7 / 115
7. 護衛騎士との邂逅
しおりを挟む午後になると、私の負担は大きく減った。信者の多くは午前中に訪れることが多かったため、神像の前に立つ必要もなくなっていった。
(まぁ、おおかた午後は街が賑わっているでしょうね)
しかし教会が静かになるわけではなく、午後は寄付金をもった貴族が訪問する姿が見られた。暇になった私は、ちらりと背後の神像を見上げた。繊細に彫られた彫刻の像が、変わらず存在感を放っている。
(この何の変哲もない像が、信者や神官……それに神殿の者からすればありがたいものに見えるんでしょうね)
自分とは無縁の自価値観だなと思うと、神像の傍を離れた。仕事がなくなった私は、バートンに許可をもらって自室に戻ろうとした。
奥の部屋から貴族が出てくるのが見えると反射的に身を隠した。貴族もそうだが、私は会話が不可能なことを理由に、極力人との関わりを避けている。貴族を送り出すバートンを見つけると、彼の後ろで貴族が教会を出るのを見届けた。
貴族がいなくなったことを確認すると、あらかじめ書いて用意しておいた小さな紙を片手にバートンへと近付いた。とんとん、と肩をたたくと上機嫌で彼は振り向いた。
「なんだ? おぉ、ルミエーラではないか。お前に朗報だぞ」
(朗報……?)
許可を求めるよりも前に、バートンが話を始める方が先だった。
「喜べ、青色の騎士が無事ルミエーラの護衛騎士と決まったぞ!」
(思っていたより早いな)
どうやら貴族と会う合間に、騎士団長にも接触をしていたようだ。
「そういう訳で、その護衛騎士が挨拶をしに来ると言っていてな。部屋に行って待機していなさい」
(……今なのか。休めると思ったのに)
書いた紙の出番はなさそうだと悟ると、渡そうとした手をすっと下ろした。少し疲れていたこともあって、残念だと思う気持ちは大きかった。
バートンから改めて説明されたのは、騎士は神殿派遣なので、もちろん私の事情を知っているということ。筆談というコミュニケーションの取り方も、前もってバートンが教えておいてくれたようだ。
それでも念のため、自己紹介用のスケッチブックを自室に取りに帰った。
バートンの指示に従って騎士の待つ部屋に向かうと、扉をノックして開ける。そこには、先程見た青色の髪をした騎士が立っていた。来るのを待ち構えていたのか、扉を開けた瞬間目が合ってしまった。
(びっくりした……開けてすぐ目が合うなんて思わなかった)
目が合ったと思えば、既視感のある笑みを向けられた。
笑顔を返すのもなんだか違うと思って、ペコリとお辞儀をした。すると、相手もお辞儀を返してくれた。
(……凄く雰囲気の柔らかい人ね)
先程と今の笑みといい、悪意は全くと言って良いほど向けられていない。一瞬間を空けると、左側に挟んでいたスケッチブックを、両手に持ち変えてめくった。
『はじめまして。私の名前はルミエーラです。ごめんなさい。私は喋ることができません』
めくってから、自分の書いた文字が若干小さいことに気が付くと、少しずつ騎士の方へと近付いた。
「……」
彼はさっと文字に目を通すと、すぐに目を合わせて頷いた。
「お話は聞いております。聖女、ルミエーラ様。本日付より護衛騎士になりました。アルフォンス・ディートリヒです。よろしくお願いいたします」
改めて頭を下げられたので、私も一緒に会釈をした。
(アルフォンス・ディートリヒ……)
どこかの貴族の出身なのか、その名前には聞き覚えがあった。それだけではない。近付いて顔を確認すると、どこかで見たような気もしたのだ。
(確か彼は二十四歳で私よりも歳上。……何かの資料で見たのかしら)
そんな違和感を感じると、スケッチブックの真っ白なページまでめくって、尋ねたいことを書き込んだ。
『勘違いだったらすみません。どこかでお会いしたことはありますか?』
「!!」
そのメッセージを掲げれば、彼は酷く驚いた様子を見せた。目が丸くなり、口が少し開いた状態が続いた。
(どこかって書いたけど、会ってるとしたら教会しかないのよね。私がここからあまりでないから)
正しくは神殿から禁じられているので出られない、なのだが。
そう考えていると、彼はふっと笑って感心する素振りを見せた。
「……驚きました。実はこちらの教会には、何度か足を運んでいて。もちろん、騎士の格好はしていなかったので、記憶に残っていられたとは思いもしませんでした」
(そうだったんだ)
どうやら彼の実家は王都に近いようで、この教会には何度か来たことがあるらしい。
(王都に実家ってことは、お金持ちっぽい)
勝手な憶測を浮かべながら、感じた違和感の答えに納得していた。
「これもご縁かもしれませんね」
爽やかに微笑まれると、特に感じることもなかったので、信者にいつも向ける無難な笑みで返しておいた。
その笑顔を終えると、スケッチブックをめくって、事前に文字が書き込まれて準備ができていたページをめくった。
『何とお呼びしたら良いですか?』
「……呼びやすいようで構いませんよ。できれば肩書きではなく、名前で呼んでいただければ」
その答えに、少しだけ困惑が生まれた。というのも、聞いておいてなんだが、無難に騎士様と呼ぼうと思っていたからだった。
しかし、本人にそれを止められてしまったため、何とか他に無難な呼び方をないか模索する。思い付いたところで、さっと書き込んだ。
『ディートリヒ卿、でもいいですか?』
「……もちろんです」
許可が下りると、じゃあそれでいきます、という意味で私は頷いた。
恐らく貴族である彼を様付けで呼ぶか悩んだが、取り敢えず騎士らしく卿を付けで呼ぶことにした。
「では私もルミエーラ様と」
(えっ……私は聖女でも構わないのだけど)
そう思って書き出そうとすると、筆を止めることになった。
「私自身は肩書きで呼ばれるのを嫌っているのに、それを押し付けることはできませんので。ルミエーラ様と」
そう言われてしまえば、変えさせるのもおかしな話かと思い、名前呼びを承諾することにするのだった。
11
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~
岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。
「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」
開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる