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最終章
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しおりを挟む緊張の一日が始まった。
今日は待ちに待った卒業公演当日。
生徒は皆、最終確認をしに練習室に集まっていた。といっても、今回は個人舞踊なので、一人一人が自分に向き合う時間であった。
舞踊学科の卒業公演は、各生徒の保護者や卒業生を始め、舞踊界隈のスカウト者やトップも見に来るため、国一の会場で行われていた。
既に幕は上がっており、何人かの舞踊が終わっていた。私の出番は一番最後で、トリを飾ることになっている。
鏡の自分を何度も見ながら、動きの調整を行う。
今回は集大成であるわけだが、それ以上に自分にとって大切な舞台になると思っている。その理由が、モデルにした人にある。
自分とセド、エリーさんとテオルートさん。この二つの関係は似ているのを再三に渡り確認してきた。そして導き出した答えは、私が持つセドへの想いでもあるのだ。
それを本人に明確に口にすることはできないから、こうして舞台で表現することに決めた。どうか想いが届くようにと。
私は悲恋に向き合った結果、既存にある演目はどれも表現したいものになかったため、新たに作り出す道を選択した。
この選択が間違っていないと、自身で証明するためにも、この舞台には私の全てをかける。
(自分のこれからに関しては、王妃になる道を選んだ。それならこうして舞台に立って舞踊をするのは、最後になるかもしれない)
悔いのない舞台にしよう。
そう決意を改めて胸に刻むと、自分の順番が来るまで心を落ち着かせていた。
長いようで短い待機時間が終わると、いよいよ自分の番がやって来た。舞台袖に行くと、家族がどこにいるのか気になって探した。
(セドは目立つからわかりやすいなぁ。……叔母様達はお父様達と一緒なのね)
建国祭から卒業公演までが近かったので、せっかくなら見て帰ると言ったラドと父も来てくれた。
(ニナ先生だ!)
舞踊において忘れてはいけない存在である師を見つけると、嬉しさが増したが同時に緊張も増した。
(ナターシャ、見に来てくれたのね!)
舞踊の道を志す彼女は、もちろん招待した。両親に囲まれながら、キラキラ目を輝かせて舞台を見ていた。そんな姿に思わず口角が上がる。
(……見つけられるとは思わなかったけど、きっとどこかにいるよね)
最後まで探していたのは、実はこの舞台を最も見て欲しいと思っていた人物。モデルとなった彼の胸にも、響かせたい想いがあった。
息を吐くと、舞台に向かった。
【演目:悲恋・創作】
彼は長らく一人だった。けど、運命を見つけた。言い伝えとして信じていなかった存在である番に出会ったのだ。
その日から彼の人生は今まで以上に色付いた。何にも変えがたい、幸福と呼べる日々が続いた。
その日々が当たり前になって、毎日幸せを噛み締め続けることになった。
彼は信じていた、幸福が続くことを。
けれども運命とは残酷で、彼に試練を与えた。毎日続くと信じていた幸せが、崩れてしまう未来を知った。
彼は思った。
失ってしまうくらいなら、出会わなければ良かったと。
悲恋とは、番に出会えないことでも、番に出会える喜びがわからないことでもない。
彼からすれば、本当の悲恋とは、番を失ってしまうことなのだ。
出会い体験してしまった幸福を、容赦なく壊れることになる結末なら、最初から出会わない方がよほど幸せな日々だったのではないか。
彼はそう思わずにはいられなかった。
悲恋とは、番を失うこと。そう思考が回り始めると、その考えを簡単には変えれなくなっていった。
そして彼は最愛を失った。
これを悲恋と言わずして、何を悲恋と言うのか。彼は強く強くそう思った。
傷だらけになった心を癒してくれる存在は、もうどこにもいない。
この結末こそが、悲恋だ。
時が経ってもそれは変わらない。そう思っていた。
果たしてこれは本当に悲恋なのか?
最愛は確かに失った。消えてしまった。けどまだ忘れた訳じゃない。あの日々が不幸せだった訳じゃない。
最愛に出会えたから知れた幸せがあった。
こんなに大切なことを忘れてしまっていた。
その幸せは、紛れもなく記憶に刻まれている。その記憶を忘れろと言われてできるか? いやできない。それならば、彼はその恋を悲恋と断言することはできないだろう。
彼には最愛がいた。最愛と過ごした時間があった。この事実は、記憶は、絶対に忘れてはいけないのだ。忘れたくないのだ。
それならば、自分が紡いだ恋は、必ずしも悲恋とは言わない。
その恋愛は、忘れられない宝物だから────。
この世にそれぞれの形の悲恋はあるだろう。けれども、それ一色に染まる恋はきっとない。
そう彼は微笑んで、再び涙を落とすのだった。
ピタリと舞踊を終えると、モデルとなった二人の姿を思い浮かべた。
一筋の涙が、頬を伝った。
どうか、彼に、悲恋だと苦しむ人達に、光が差しますように。
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