ハヤトロク

白崎ぼたん

文字の大きさ
上 下
49 / 64

第四十九話 ありがとう

しおりを挟む
「じゃあ、台車を戻しておいてね」

 そう言って、早川先生は去っていった。

「先生、さようなら」

 隼人は頭を下げ、台車を返しに走った。
 予定よりずいぶん時間がかかってしまった。マリヤさんに申し訳ない、隼人は足早に教室に戻った。

「阿部さん、遅くなってごめん!」

 教室へ駆け込んだ隼人は、目を見開いた。

「あれ?」

 教室は、無人だった。机の上にぽつんと隼人のカバンだけが残されている。

「マリヤさん、帰っちゃったのか」

 安堵と脱力が、隼人を襲う。隼人はカバンを開いた。念の為、中身を確認したが、損なわれているものはないようだ。隼人は安心して、カバンを閉じる。
 そして置いてあったほうきを取り直し、掃除を再開したのだった。

 掃除が終わった頃には、校舎内は薄く陰りだしていて、暗い影と混じり合っていた。
 隼人は何となく忍び足で昇降口に向かう。すると、大きな人影と行きあった。

「――中条?」
「龍堂くん!」

 隼人は声を上げる。龍堂も隼人に気づいて、少し驚きの声を上げた。

「今帰りか?」
「うん、いろいろ用事があって。龍堂くんは?」
「ぼくもそんなところ」

 柔らかな響きで発される、ハスキーな低音を聞いていると、隼人は気持ちがやさしく凪いでいくのを感じた。ふわふわ心地よくて、自然と笑みがこぼれる。
 二人は、自然と並んで歩き出す。

「お疲れ」
「ありがとう! 龍堂くんもおつかれさま」

 龍堂の言葉に、すーっと今日一日の疲れが抜けていくような気がした。
 今日はいろんなことがあったけれど、今このとき全部がむくわれていく気がした。
 校門を抜け、通学路を歩き出す。家が近いのは、何となく知っている。だけど、こうして一緒に帰るのは初めてだ。
 ――どこまで一緒かな?
 ずっと続けばいいな。そんなことを考えながら、隼人は歩いた。
 会っていなかった間のことを話したり、夕闇の色を話したり、ただ黙って歩いたり。素敵なことはたくさん増えていって、あっという間に時を満たしてしまうから。

「龍堂くん」
「何だ?」
「ありがとう」

 会えて嬉しいとか、一緒にいて楽しいとか、色んな気持ちがある。けど、今日言葉になったのはこの五音だった。さや、と夏の風が虫の羽音をのせて吹く。
 龍堂は、一瞬、じっと隼人を見つめて、それから微笑した。

「どういたしまして」

 そうして、ぽんぽんと隼人の頭を撫でた。ぶわっと頰が熱くなった。隼人は、胸がいっぱいで、嬉しくて――ただ笑った。



「へへへ」

 隼人は自室で頬杖をついて、余韻に浸っていた。ミルク飴とか、チョコレートが溶けていくみたいな、甘い多幸感が、隼人を包んでいる。

「龍堂くんって、なんであんなに優しいんだろ」

 なんだか、すべてわかられているような気がする。そばにいると安心して、ドキドキして、ふわふわする。不思議だけど、幸せな気持ちになる。

「今日も頑張ろ」

 ぐっと体を伸ばす。今日はもうくたくただったけれど、歩きたいし、勉強だってしたい。何でもできるような気持ちになる。

「龍堂くんといると『無敵』だもんね」

 そう言って、隼人は立ち上がった。歩きに行く前に、明日の準備をしなくちゃいけない。
 もうそろそろ夏休みに入る。教科書を入れ替えながら、隼人はひとりごちる。

「夏休みになっても……ううん、なったらもっとたくさんお話できるかな?」

 この前みたいに一緒に散歩したりして。ぱあっと弾んだ気持ちが照れくさくて、ぱたぱたと入れ替えをすませ、カバンを閉じた。

「さっ、歩きに行こう!」

 立ち上がり、鼻歌交じりに部屋を飛び出す。隼人は浮かれていて、まったく気づかなかった。
 カバンからノートが一冊、なくなっていたことに。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生しけど楽しまない選択肢はない!

みりん
BL
ユーリは前世の記憶を思い出した! そして自分がBL小説の悪役令息だということに気づく。 こんな美形に生まれたのに楽しまないなんてありえない! 主人公受けです。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

番、募集中。

Q.➽
BL
番、募集します。誠実な方希望。 以前、ある事件をきっかけに、番を前提として交際していた幼馴染みに去られた緋夜。 別れて1年、疎遠になっていたその幼馴染みが他の人間と番を結んだとSNSで知った。 緋夜はその夜からとある掲示板で度々募集をかけるようになった。 番の‪α‬を募集する、と。 しかし、その募集でも緋夜への反応は人それぞれ。 リアルでの出会いには期待できないけれど、SNSで遣り取りして人となりを知ってからなら、という微かな期待は裏切られ続ける。 何処かに、こんな俺(傷物)でも良いと言ってくれる‪α‬はいないだろうか。 選んでくれたなら、俺の全てを懸けて愛するのに。 愛に飢えたΩを救いあげるのは、誰か。 ※ 確認不足でR15になってたのでそのままソフト表現で進めますが、R18癖が顔を出したら申し訳ございませんm(_ _)m

俺が聖女⁈いや、ねえわ!全力回避!(ゲイルの話)

をち。
BL
ある日突然俺の前に聖獣が現れた。 「ゲイルは聖女なの。魔王を救って!」 「いや、俺男だし!聖女は無理!」 すると聖獣はとんでもないことを言い出す。 魔王は元人間だという。 人間の中で負の魔力を集めやすい体質の奴が魔王になるのだそう。 そしてそのほとんどが男なんだそうな。 んでもって、そいつは聖女の家系の者に惹かれる傾向にあるらしい。 聖女の方も同様。 「お互いに無意識に惹かれ合う運命」なんだと! そしてその二人が交わることで魔王の負の魔力は浄化されるのだという。 「交わる?」 「えっとお。人間では使わないのかな? 交尾?番う?」 「もういい!ヤメロ!!」 とにかく、それは聖女の家系の方が男だろうと女だろうと関係ないらしい。 お構いなしに惹かれ合っちまう。 だから聖女の血を絶やさぬよう、神の力だか何だか知らんが、聖女の家系の魔力の強い男、つまり聖女になりうる男は|胎《はら》めるようになった。 「その聖女の家系がゲイルのところ。 だからゲイルは聖女なんだよ!」 ここまで聞いて俺は思わず叫んだ。 「クソが!!男だとか女だとかを気にしろよ!! 構えよ!そこは構いまくれよ!! こっちを孕ませたらおけ、みたいなのヤメロ!! サフィール家だけがワリ食ってんじゃねえか!」 男なのに聖女だといわれたゲイル。 ゲイルははたして運命とやらを無事回避できるのか?! ※※※※※※※※ こちらは「もう我慢なんてしません!家族にうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」に登場するゲイルが主役のスピンオフ作品となります。 本編とリンクしつつ微妙に違う世界線のifストーリーです。 単品でもお読み頂けますが、よろしければぜひ本編も♡ スンバラシイお父様ゲイルが可愛い息子タンを溺愛しておりますw

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈学園イチの嫌われ者が総愛される話。嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。改行多めで読みにくいかもです。

噂の補佐君

さっすん
BL
超王道男子校[私立坂坂学園]に通う「佐野晴」は高校二年生ながらも生徒会の補佐。 [私立坂坂学園]は言わずと知れた同性愛者の溢れる中高一貫校。 個性強過ぎな先輩後輩同級生に囲まれ、なんだかんだ楽しい日々。 そんな折、転校生が来て平和が崩れる___!? 無自覚美少年な補佐が総受け * この作品はBのLな作品ですので、閲覧にはご注意ください。 とりあえず、まだそれらしい過激表現はありませんが、もしかしたら今後入るかもしれません。 その場合はもちろん年齢制限をかけますが、もし、これは過激表現では?と思った方はぜひ、教えてください。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...