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第四十九話 ありがとう
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「じゃあ、台車を戻しておいてね」
そう言って、早川先生は去っていった。
「先生、さようなら」
隼人は頭を下げ、台車を返しに走った。
予定よりずいぶん時間がかかってしまった。マリヤさんに申し訳ない、隼人は足早に教室に戻った。
「阿部さん、遅くなってごめん!」
教室へ駆け込んだ隼人は、目を見開いた。
「あれ?」
教室は、無人だった。机の上にぽつんと隼人のカバンだけが残されている。
「マリヤさん、帰っちゃったのか」
安堵と脱力が、隼人を襲う。隼人はカバンを開いた。念の為、中身を確認したが、損なわれているものはないようだ。隼人は安心して、カバンを閉じる。
そして置いてあったほうきを取り直し、掃除を再開したのだった。
掃除が終わった頃には、校舎内は薄く陰りだしていて、暗い影と混じり合っていた。
隼人は何となく忍び足で昇降口に向かう。すると、大きな人影と行きあった。
「――中条?」
「龍堂くん!」
隼人は声を上げる。龍堂も隼人に気づいて、少し驚きの声を上げた。
「今帰りか?」
「うん、いろいろ用事があって。龍堂くんは?」
「ぼくもそんなところ」
柔らかな響きで発される、ハスキーな低音を聞いていると、隼人は気持ちがやさしく凪いでいくのを感じた。ふわふわ心地よくて、自然と笑みがこぼれる。
二人は、自然と並んで歩き出す。
「お疲れ」
「ありがとう! 龍堂くんもおつかれさま」
龍堂の言葉に、すーっと今日一日の疲れが抜けていくような気がした。
今日はいろんなことがあったけれど、今このとき全部がむくわれていく気がした。
校門を抜け、通学路を歩き出す。家が近いのは、何となく知っている。だけど、こうして一緒に帰るのは初めてだ。
――どこまで一緒かな?
ずっと続けばいいな。そんなことを考えながら、隼人は歩いた。
会っていなかった間のことを話したり、夕闇の色を話したり、ただ黙って歩いたり。素敵なことはたくさん増えていって、あっという間に時を満たしてしまうから。
「龍堂くん」
「何だ?」
「ありがとう」
会えて嬉しいとか、一緒にいて楽しいとか、色んな気持ちがある。けど、今日言葉になったのはこの五音だった。さや、と夏の風が虫の羽音をのせて吹く。
龍堂は、一瞬、じっと隼人を見つめて、それから微笑した。
「どういたしまして」
そうして、ぽんぽんと隼人の頭を撫でた。ぶわっと頰が熱くなった。隼人は、胸がいっぱいで、嬉しくて――ただ笑った。
◇
「へへへ」
隼人は自室で頬杖をついて、余韻に浸っていた。ミルク飴とか、チョコレートが溶けていくみたいな、甘い多幸感が、隼人を包んでいる。
「龍堂くんって、なんであんなに優しいんだろ」
なんだか、すべてわかられているような気がする。そばにいると安心して、ドキドキして、ふわふわする。不思議だけど、幸せな気持ちになる。
「今日も頑張ろ」
ぐっと体を伸ばす。今日はもうくたくただったけれど、歩きたいし、勉強だってしたい。何でもできるような気持ちになる。
「龍堂くんといると『無敵』だもんね」
そう言って、隼人は立ち上がった。歩きに行く前に、明日の準備をしなくちゃいけない。
もうそろそろ夏休みに入る。教科書を入れ替えながら、隼人はひとりごちる。
「夏休みになっても……ううん、なったらもっとたくさんお話できるかな?」
この前みたいに一緒に散歩したりして。ぱあっと弾んだ気持ちが照れくさくて、ぱたぱたと入れ替えをすませ、カバンを閉じた。
「さっ、歩きに行こう!」
立ち上がり、鼻歌交じりに部屋を飛び出す。隼人は浮かれていて、まったく気づかなかった。
カバンからノートが一冊、なくなっていたことに。
そう言って、早川先生は去っていった。
「先生、さようなら」
隼人は頭を下げ、台車を返しに走った。
予定よりずいぶん時間がかかってしまった。マリヤさんに申し訳ない、隼人は足早に教室に戻った。
「阿部さん、遅くなってごめん!」
教室へ駆け込んだ隼人は、目を見開いた。
「あれ?」
教室は、無人だった。机の上にぽつんと隼人のカバンだけが残されている。
「マリヤさん、帰っちゃったのか」
安堵と脱力が、隼人を襲う。隼人はカバンを開いた。念の為、中身を確認したが、損なわれているものはないようだ。隼人は安心して、カバンを閉じる。
そして置いてあったほうきを取り直し、掃除を再開したのだった。
掃除が終わった頃には、校舎内は薄く陰りだしていて、暗い影と混じり合っていた。
隼人は何となく忍び足で昇降口に向かう。すると、大きな人影と行きあった。
「――中条?」
「龍堂くん!」
隼人は声を上げる。龍堂も隼人に気づいて、少し驚きの声を上げた。
「今帰りか?」
「うん、いろいろ用事があって。龍堂くんは?」
「ぼくもそんなところ」
柔らかな響きで発される、ハスキーな低音を聞いていると、隼人は気持ちがやさしく凪いでいくのを感じた。ふわふわ心地よくて、自然と笑みがこぼれる。
二人は、自然と並んで歩き出す。
「お疲れ」
「ありがとう! 龍堂くんもおつかれさま」
龍堂の言葉に、すーっと今日一日の疲れが抜けていくような気がした。
今日はいろんなことがあったけれど、今このとき全部がむくわれていく気がした。
校門を抜け、通学路を歩き出す。家が近いのは、何となく知っている。だけど、こうして一緒に帰るのは初めてだ。
――どこまで一緒かな?
ずっと続けばいいな。そんなことを考えながら、隼人は歩いた。
会っていなかった間のことを話したり、夕闇の色を話したり、ただ黙って歩いたり。素敵なことはたくさん増えていって、あっという間に時を満たしてしまうから。
「龍堂くん」
「何だ?」
「ありがとう」
会えて嬉しいとか、一緒にいて楽しいとか、色んな気持ちがある。けど、今日言葉になったのはこの五音だった。さや、と夏の風が虫の羽音をのせて吹く。
龍堂は、一瞬、じっと隼人を見つめて、それから微笑した。
「どういたしまして」
そうして、ぽんぽんと隼人の頭を撫でた。ぶわっと頰が熱くなった。隼人は、胸がいっぱいで、嬉しくて――ただ笑った。
◇
「へへへ」
隼人は自室で頬杖をついて、余韻に浸っていた。ミルク飴とか、チョコレートが溶けていくみたいな、甘い多幸感が、隼人を包んでいる。
「龍堂くんって、なんであんなに優しいんだろ」
なんだか、すべてわかられているような気がする。そばにいると安心して、ドキドキして、ふわふわする。不思議だけど、幸せな気持ちになる。
「今日も頑張ろ」
ぐっと体を伸ばす。今日はもうくたくただったけれど、歩きたいし、勉強だってしたい。何でもできるような気持ちになる。
「龍堂くんといると『無敵』だもんね」
そう言って、隼人は立ち上がった。歩きに行く前に、明日の準備をしなくちゃいけない。
もうそろそろ夏休みに入る。教科書を入れ替えながら、隼人はひとりごちる。
「夏休みになっても……ううん、なったらもっとたくさんお話できるかな?」
この前みたいに一緒に散歩したりして。ぱあっと弾んだ気持ちが照れくさくて、ぱたぱたと入れ替えをすませ、カバンを閉じた。
「さっ、歩きに行こう!」
立ち上がり、鼻歌交じりに部屋を飛び出す。隼人は浮かれていて、まったく気づかなかった。
カバンからノートが一冊、なくなっていたことに。
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