43 / 64
第四十三話 全力疾走
しおりを挟む
「一ノ瀬くん!」
旧二号館の理科棟に近くのベンチ。
その横に、ユーヤはうずくまっていた。足音に、一瞬、嬉しそうに顔を上げた。しかし、来たのが隼人だと気づき、憤怒に顔を歪ませた。
「消エローーッ!」
叫びのままに引っ掴んだ石を、隼人めがけてぶん投げてきた。石は、とっさに庇った隼人の腕に当たった。わりとかなり痛かった。
頭に当たっていたらとぞっとする。
「ちょ、何す――」
「ウワアアアアアア……!」
びゅん、びゅん、とユーヤは石を投げてくる。隼人は流石にすくみあがった。
「ちょっ、ちょっ、待ってよ! 落ち着いて――」
「およびじゃねえんだよーっ! シネーーーッ!」
びゅん、びゅおん、耳の横に、風を切る石の音がよぎっていく。腕に、お腹に、石が当たる。何とか近づくと、隼人は怒鳴った。
「落ち着いてよ!」
「う・る・せえええええ!」
半端なく逆効果だった。ユーヤは石を持ったまま、殴りかかってきた。残像に、ユーヤの石を握る手が、白んでいるのが見えた。ユーヤの目は、常軌を逸していた。
「わああああっ!」
流石に命の危険を感じ、隼人は逃げた。叫びながら、ユーヤは追いかけてくる。隼人が逃げたことで、余裕ができたのかもしれない、その顔には、獲物を追い回す悦びが浮かんでいる。
「偽善者! ああああ!」
両腕をぶんぶん振り回しながら、ユーヤはめちゃくちゃに隼人を追い回した。隼人は必死で逃げ回る。地面は白く照りつけていて、眩しさに目が眩む。焦げるような陽射しは空気を揺らがせて、隼人の視界を汗でくもらせた。
怖い怖い! 殺されるー!
先ほどまでの英雄的決意もどこへやら、隼人は必死に逃げていた。とにかく障害物のあるところへ! と、隼人は理科棟へ飛び込んだ。
「あああああーっ!」
ユーヤは当然追ってきた。
が。
棟に入る、僅かな段差にけっつまずき、
「アッ……!?」
顔から地面にすっ転んだ。
びたーーーん!
すごい音がして、隼人は思わず振り返った。まつげからぽたぽたと汗が落ちる。隼人はそれをぬぐい、二度三度まばたきをして、ようやくユーヤを視界にとらえた。
「一ノ瀬くん!?」
ユーヤは動かない。石を持ったまま、床に突っ伏して倒れていた。ただ転んだにしては遅すぎるリカバリだ。隼人は思わずユーヤのもとへ駆け寄った。
そういえば、一ノ瀬くん、具合が悪そうじゃなかったか……!?
ちょうどそんなことを思い出し、隼人は慌ててユーヤの体を仰向けにした。
「大丈夫!?」
ユーヤは、汗と涙まみれの顔を真っ赤にして、ぐったりとしていた。見るからにしんどそうで、体も力が入っておらず、すごく重い。
風邪!? 熱中症……!?
どちらにしても大変だ。隼人は青くなり、きょろきょろと辺りを見渡す。ここは旧二号館の理科棟で、今は授業中。当たり前だが、人っ子ひとりいない。
南無三! とにかく隼人はユーヤを理科棟の中に引き込んだ。ここなら外より涼しいはずだ。まず保健室に行って先生に処置に来てもらって、それから体育館に応援を頼みに行こう。
体が二つ欲しい! 隼人は照りつける外へ飛び出した。
養護教諭の南先生は、すぐに氷等を持って向かってくれた。先生は小柄な女性で、自分も力自慢ではない。ユーヤを安全に運ぶのは厳しい。予定通り、隼人は体育館へ向かった。
◇
「先生!」
「なにやっとるか、中条~」
川端先生のやる気のない怒声に迎えられながら、隼人は叫んだ。
「一ノ瀬くんが、倒れました!」
「何~?」
川端先生の、顔色が変わる。
「熱中症か、風邪か、わかんないですけど、とにかく、安全に運びたいので、手伝ってください!」
ぜえはあと息をつきながら、隼人は何とか用件を伝えた。止まったら、汗がぼたぼた落ちてきた。しょっぱさを無駄に感じる。
「い、今、南先生がついててくれますから……」
応援を。と言い切るより早く、隼人の肩を誰かが掴んだ。強い力に引き寄せられ、驚くより早く、オージの蒼白の顔が視界に広がる。
「どこだ」
「……え」
「ユーヤは、どこだ!」
おそろしく切迫した声に、辺りが静まり返る。凄まじい気配に圧されながらも、隼人は、
「旧二号館の理科棟」
と言う。オージはすぐに飛んでいった。勢い肩を押されて、隼人は尻もちをついた。
瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。しかし、自分も行かなくては。川端先生が、「皆、自習~」と叫び出ていく後を、また追いかけたのだった。
旧二号館の理科棟に近くのベンチ。
その横に、ユーヤはうずくまっていた。足音に、一瞬、嬉しそうに顔を上げた。しかし、来たのが隼人だと気づき、憤怒に顔を歪ませた。
「消エローーッ!」
叫びのままに引っ掴んだ石を、隼人めがけてぶん投げてきた。石は、とっさに庇った隼人の腕に当たった。わりとかなり痛かった。
頭に当たっていたらとぞっとする。
「ちょ、何す――」
「ウワアアアアアア……!」
びゅん、びゅん、とユーヤは石を投げてくる。隼人は流石にすくみあがった。
「ちょっ、ちょっ、待ってよ! 落ち着いて――」
「およびじゃねえんだよーっ! シネーーーッ!」
びゅん、びゅおん、耳の横に、風を切る石の音がよぎっていく。腕に、お腹に、石が当たる。何とか近づくと、隼人は怒鳴った。
「落ち着いてよ!」
「う・る・せえええええ!」
半端なく逆効果だった。ユーヤは石を持ったまま、殴りかかってきた。残像に、ユーヤの石を握る手が、白んでいるのが見えた。ユーヤの目は、常軌を逸していた。
「わああああっ!」
流石に命の危険を感じ、隼人は逃げた。叫びながら、ユーヤは追いかけてくる。隼人が逃げたことで、余裕ができたのかもしれない、その顔には、獲物を追い回す悦びが浮かんでいる。
「偽善者! ああああ!」
両腕をぶんぶん振り回しながら、ユーヤはめちゃくちゃに隼人を追い回した。隼人は必死で逃げ回る。地面は白く照りつけていて、眩しさに目が眩む。焦げるような陽射しは空気を揺らがせて、隼人の視界を汗でくもらせた。
怖い怖い! 殺されるー!
先ほどまでの英雄的決意もどこへやら、隼人は必死に逃げていた。とにかく障害物のあるところへ! と、隼人は理科棟へ飛び込んだ。
「あああああーっ!」
ユーヤは当然追ってきた。
が。
棟に入る、僅かな段差にけっつまずき、
「アッ……!?」
顔から地面にすっ転んだ。
びたーーーん!
すごい音がして、隼人は思わず振り返った。まつげからぽたぽたと汗が落ちる。隼人はそれをぬぐい、二度三度まばたきをして、ようやくユーヤを視界にとらえた。
「一ノ瀬くん!?」
ユーヤは動かない。石を持ったまま、床に突っ伏して倒れていた。ただ転んだにしては遅すぎるリカバリだ。隼人は思わずユーヤのもとへ駆け寄った。
そういえば、一ノ瀬くん、具合が悪そうじゃなかったか……!?
ちょうどそんなことを思い出し、隼人は慌ててユーヤの体を仰向けにした。
「大丈夫!?」
ユーヤは、汗と涙まみれの顔を真っ赤にして、ぐったりとしていた。見るからにしんどそうで、体も力が入っておらず、すごく重い。
風邪!? 熱中症……!?
どちらにしても大変だ。隼人は青くなり、きょろきょろと辺りを見渡す。ここは旧二号館の理科棟で、今は授業中。当たり前だが、人っ子ひとりいない。
南無三! とにかく隼人はユーヤを理科棟の中に引き込んだ。ここなら外より涼しいはずだ。まず保健室に行って先生に処置に来てもらって、それから体育館に応援を頼みに行こう。
体が二つ欲しい! 隼人は照りつける外へ飛び出した。
養護教諭の南先生は、すぐに氷等を持って向かってくれた。先生は小柄な女性で、自分も力自慢ではない。ユーヤを安全に運ぶのは厳しい。予定通り、隼人は体育館へ向かった。
◇
「先生!」
「なにやっとるか、中条~」
川端先生のやる気のない怒声に迎えられながら、隼人は叫んだ。
「一ノ瀬くんが、倒れました!」
「何~?」
川端先生の、顔色が変わる。
「熱中症か、風邪か、わかんないですけど、とにかく、安全に運びたいので、手伝ってください!」
ぜえはあと息をつきながら、隼人は何とか用件を伝えた。止まったら、汗がぼたぼた落ちてきた。しょっぱさを無駄に感じる。
「い、今、南先生がついててくれますから……」
応援を。と言い切るより早く、隼人の肩を誰かが掴んだ。強い力に引き寄せられ、驚くより早く、オージの蒼白の顔が視界に広がる。
「どこだ」
「……え」
「ユーヤは、どこだ!」
おそろしく切迫した声に、辺りが静まり返る。凄まじい気配に圧されながらも、隼人は、
「旧二号館の理科棟」
と言う。オージはすぐに飛んでいった。勢い肩を押されて、隼人は尻もちをついた。
瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。しかし、自分も行かなくては。川端先生が、「皆、自習~」と叫び出ていく後を、また追いかけたのだった。
20
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
平凡くんと【特別】だらけの王道学園
蜂蜜
BL
自分以外の家族全員が美形という家庭に生まれ育った平凡顔な主人公(ぼっち拗らせて表情筋死んでる)が【自分】を見てくれる人を求めて家族から逃げた先の男子校(全寮制)での話。
王道の転校生や生徒会、風紀委員、不良に振り回されながら愛されていきます。
※今のところは主人公総受予定。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる