ハヤトロク

白崎ぼたん

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第四十三話 全力疾走

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「一ノ瀬くん!」

 旧二号館の理科棟に近くのベンチ。
 その横に、ユーヤはうずくまっていた。足音に、一瞬、嬉しそうに顔を上げた。しかし、来たのが隼人だと気づき、憤怒に顔を歪ませた。

「消エローーッ!」

 叫びのままに引っ掴んだ石を、隼人めがけてぶん投げてきた。石は、とっさに庇った隼人の腕に当たった。わりとかなり痛かった。
頭に当たっていたらとぞっとする。

「ちょ、何す――」
「ウワアアアアアア……!」

 びゅん、びゅん、とユーヤは石を投げてくる。隼人は流石にすくみあがった。

「ちょっ、ちょっ、待ってよ! 落ち着いて――」
「およびじゃねえんだよーっ! シネーーーッ!」

 びゅん、びゅおん、耳の横に、風を切る石の音がよぎっていく。腕に、お腹に、石が当たる。何とか近づくと、隼人は怒鳴った。

「落ち着いてよ!」
「う・る・せえええええ!」

 半端なく逆効果だった。ユーヤは石を持ったまま、殴りかかってきた。残像に、ユーヤの石を握る手が、白んでいるのが見えた。ユーヤの目は、常軌を逸していた。

「わああああっ!」

 流石に命の危険を感じ、隼人は逃げた。叫びながら、ユーヤは追いかけてくる。隼人が逃げたことで、余裕ができたのかもしれない、その顔には、獲物を追い回す悦びが浮かんでいる。

「偽善者! ああああ!」

 両腕をぶんぶん振り回しながら、ユーヤはめちゃくちゃに隼人を追い回した。隼人は必死で逃げ回る。地面は白く照りつけていて、眩しさに目が眩む。焦げるような陽射しは空気を揺らがせて、隼人の視界を汗でくもらせた。
 怖い怖い! 殺されるー!
 先ほどまでの英雄的決意もどこへやら、隼人は必死に逃げていた。とにかく障害物のあるところへ! と、隼人は理科棟へ飛び込んだ。

「あああああーっ!」

 ユーヤは当然追ってきた。
 が。
 棟に入る、僅かな段差にけっつまずき、

「アッ……!?」

 顔から地面にすっ転んだ。

 びたーーーん!

 すごい音がして、隼人は思わず振り返った。まつげからぽたぽたと汗が落ちる。隼人はそれをぬぐい、二度三度まばたきをして、ようやくユーヤを視界にとらえた。

「一ノ瀬くん!?」

 ユーヤは動かない。石を持ったまま、床に突っ伏して倒れていた。ただ転んだにしては遅すぎるリカバリだ。隼人は思わずユーヤのもとへ駆け寄った。
 そういえば、一ノ瀬くん、具合が悪そうじゃなかったか……!?
 ちょうどそんなことを思い出し、隼人は慌ててユーヤの体を仰向けにした。

「大丈夫!?」

 ユーヤは、汗と涙まみれの顔を真っ赤にして、ぐったりとしていた。見るからにしんどそうで、体も力が入っておらず、すごく重い。

 風邪!? 熱中症……!?

 どちらにしても大変だ。隼人は青くなり、きょろきょろと辺りを見渡す。ここは旧二号館の理科棟で、今は授業中。当たり前だが、人っ子ひとりいない。
 南無三! とにかく隼人はユーヤを理科棟の中に引き込んだ。ここなら外より涼しいはずだ。まず保健室に行って先生に処置に来てもらって、それから体育館に応援を頼みに行こう。
 体が二つ欲しい! 隼人は照りつける外へ飛び出した。

 養護教諭の南先生は、すぐに氷等を持って向かってくれた。先生は小柄な女性で、自分も力自慢ではない。ユーヤを安全に運ぶのは厳しい。予定通り、隼人は体育館へ向かった。



「先生!」
「なにやっとるか、中条~」

 川端先生のやる気のない怒声に迎えられながら、隼人は叫んだ。

「一ノ瀬くんが、倒れました!」
「何~?」

 川端先生の、顔色が変わる。

「熱中症か、風邪か、わかんないですけど、とにかく、安全に運びたいので、手伝ってください!」

 ぜえはあと息をつきながら、隼人は何とか用件を伝えた。止まったら、汗がぼたぼた落ちてきた。しょっぱさを無駄に感じる。

「い、今、南先生がついててくれますから……」

 応援を。と言い切るより早く、隼人の肩を誰かが掴んだ。強い力に引き寄せられ、驚くより早く、オージの蒼白の顔が視界に広がる。

「どこだ」
「……え」
「ユーヤは、どこだ!」

 おそろしく切迫した声に、辺りが静まり返る。凄まじい気配に圧されながらも、隼人は、

「旧二号館の理科棟」

 と言う。オージはすぐに飛んでいった。勢い肩を押されて、隼人は尻もちをついた。
 瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。しかし、自分も行かなくては。川端先生が、「皆、自習~」と叫び出ていく後を、また追いかけたのだった。



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