ハヤトロク

白崎ぼたん

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第二十五話 どいてくれないか

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 翌日、隼人は重装備で過ごしていた。どこにいくにも、鞄を持ち歩き、つど確認をする。大変だけれど、その甲斐あって教科書たちは守れていた。

「おい、どこにいくんだよ?」

 ちょっと外の空気を吸いに行こうとしたら、丁度入ってきたケンに行き合った。ついでマオ、ヒロイさんが入ってくる。三人とも、にやにやと笑って、隼人を囲んだ。

「そんなに急いでトイレ~?」
「何でもないです」
「やっぱり、うんこだ~からあげうんこ!」

 隼人は恥ずかしかったが、こらえてマオとケンの間を抜けようとした。
 
「はあ~? 何無視してんの?」

 マオが、隼人の鞄をぐいと掴んだ。重さに振られて、隼人はつんのめる。

「てか、何で鞄? 無駄に重いし」

 斜め上に引っ張り上げられ、隼人は体の軸が揺れる。

「何入れてんの? 重すぎなんだけど」
「死体とか?」

 埋めにいくんでちゅか~きゃははとヒロイさんが笑う。ケンは、「寝てんのか?」隼人のこめかみを指で突いた。隼人はびくりと体をこわばらせた。というのも、鞄のことをマオに突かれ、動転していたのである。
 ケンは隼人の反応に、意外そうに目を丸くし、それから気を良くしたらしい。嗜虐的な笑みを浮かべた。

「何ビビってんだよァ?」

 隼人は悔しかった。唇をぎゅっとかみしめた。ケンたちの向こうで、同じクラスの生徒たちが、迷惑そうに眉をひそめ、後ろの方の扉に向かった。まただよ、とうんざりした口パクが目に入った。

「どいてください」

 隼人は三人に言った。その声は焦燥から、常になく声が上ずっていた。ケンたちはその様子に、いっそうわきたつ。

「なーに~? 怖いんだけど」
「なに怒ってんのお?」
「よっぽどまずいもん入れてんじゃね?」

 そう言って、隼人の体をケンとマオが羽交い締めにした。

「離せ!」

 隼人は叫んだ。ばたばたと足を動かす。見られて困るものなんて入っていない。けれど、自分の窮状を知られるのは耐えがたかった。

「あやし~」
「アンナ、見ろ、見ろっ」
「う~ぃ♡」

 ヒロイさんが、隼人の鞄を開けようとチャックに手をかけた。

「どいてくれないか」

 ハスキーな低音が、辺りを割いた。
 隼人だけでなく、ケンやマオ、ヒロイさんの動きも止まった。

「は?」
「龍堂くんだよね? クラス隣だよ~?」

 マオが不快そうに顔をしかめると、ヒロイさんもそれにのっかった。煽りの中に、龍堂への好奇の情が見える。ケンは一人、落ち着かなげに、龍堂を横目で睨んでいた。龍堂は、三人の視線にいささかも動じた様子も見せず、隼人を見ていた。

「中条を離してくれないか? ぼくは彼に用があるから」

 三人が息をのむ。頼みを聞いたかのように、二人の拘束が緩まった。隼人は鞄を抱え込んだ。

「おいで」

 隼人の背に手をやると、龍堂はぐい、とケンとマオから隼人を引き離した、貝の殻を外すように、隼人が二人の拘束からはがれる。

「あっ」

 隼人が驚きに目を見張るより早く、龍堂は歩きだしていた。

「待てよ!」
「よせ」

 気色ばんだマオを、ケンが止める。ヒロイさんは唖然として、隼人と龍堂を見送っていた。
 丁度、教室に向かってきていたユーヤ、オージ、マリヤさんともすれ違った。しかし、隼人は、どこかぼうっとして、彼らにも注意が払えていなかった。

「龍堂くん、ありがとう」

 隼人が、歩きながら、龍堂を見上げる。龍堂は、隼人を見下ろし、目で頷いた。

「用って何?」

 その問いには、龍堂は少し黙った。威風のある眼差しに思案が見え、それで、隼人は「あっ」と気づいた。俺のこと、助けてくれたんだ。なのに黙ってる。

「ありがとう」

 隼人は、顔中を笑顔にした。頬が熱く火照っている。嬉しかった。龍堂の口の端が、かすかに笑んだのが見えた。

 予鈴がなるまで、二人は廊下で話していた。窓枠にもたれた龍堂を、初夏の光が照らしている。澄んだ目に緑の影がさして、綺麗だった。

◇◇

 予鈴がなり、隼人は教室に入る。幾数の視線が、隼人に向けられた。隼人は席に向かった。
 しかし、ひときわ強い視線を感じ、思わず振り返った。
 ユーヤだった。ユーヤのそれに気付いたオージにうながされ、そらされた。
 ユーヤの視線は刺すように鋭く、びっくりするほど冷たかった。

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