20 / 64
第二十話 おはよう
しおりを挟む
待ちに待った音楽の授業。
隼人は意気揚々と教室を飛び出した。ふんふんと鼻歌を歌いながら、辺りを見渡す。黒いライオンのような威風堂々の姿は見えない。もう教室にいってるのかもしれない。
しばらく歩いていると、後ろからどん、と衝撃がきた。
「痛っ」
「あ~悪ぃ」
振り返ると、ケンがにやにやと笑い、軽く上げていた右足を直した。蹴られた。そう思ったが、隼人は「いえ」と前に向き直り、歩き出した。
そこで、また蹴られる。
「なんですか?」
「ハァ? 何もしてねぇけど?」
今度は凄まれた。
絶対嘘だ。絶対今、蹴ったぞ。
それでも再びこらえ、歩き出す。
教室で。多対一で絡まれることはなくなった、というよりユーヤたちに絡まれることはなくなったが、ケンやマオ、ヒロイさんはこうして影で隼人に攻撃を続けてきた。
そこでまた、蹴られる。今度は勢いが強くて、隼人は前にてててとたたらを踏んだ。
「あの!」
流石に腹が立って、隼人はくるりと振り返った。
「何でかまってくるんですか? 一ノ瀬くんはやめたのに!」
はっきりと言った。言ってやったぞ、隼人は満足し、ケンを見上げた。そしてぎょっと目を見開く。ケンが、ものすごい形相で、隼人をにらみおろしていた。
「何様だよテメェ。なめてんのか?」
何だ? そんなにまずいことを言ったのか?
隼人は不安になってきた。ケンはじりじりと隼人に詰め寄り、壁際まで追い込むと、ダン! と隼人の顔の横に肘をついた。
「いいか。ユーヤはカンケーねえ。オレがオメーがムカつくから、やんだよ」
隼人は動転する。何でだ。一ノ瀬くんのために、怒っていたんじゃないのか?
ケンの瞳孔はひらいている。口の端からのぞいた犬歯が、獰猛に光っていた。
「オレに決定権があんだよ。わかったかラァ!?」
風圧に目を閉じる勢いで怒鳴られ、ぽかんとする。
隼人は咄嗟に頷こうとして、それではっとなる。
龍堂くん!
向こうから、龍堂が歩いてくるのが見えた。
曲を聞いているのだろう、目を伏せていてこちらには気づいていない。
隼人はそれを見て、理解したあと、自分の置かれている状況を再確認した。このままだと、龍堂が見る。知られる――
隼人は咄嗟に、ケンを突き飛ばしていた。
「はぁ……!?」
突き飛ばした、といっても体格のいいケンである。ほんのわずかよろけたに過ぎない。けれど、十分な隙だった。
隼人はケンの包囲から抜け出し、龍堂のもとへ駆け寄った。
「龍堂くん!」
龍堂が目を上げた。追いかけてきたケンが、「ハァ?」と怪訝な声を上げる。
「お、おはよう!」
食い気味の挨拶。けれど、一番言いたいことだった。龍堂とずっと話したかった。
ケンが、「ハァ?」ともう一度言ったのが聞こえた。
龍堂は隼人を見る。隼人はどきどきとその目を見つめた。
「ふはっ」
その時、ケンが鼻で笑った。そして勝利を確信した笑みで、ずかずかと隼人に歩み寄ると、隼人の肩をつかんだ。
「えっ?」
「おい、龍堂困ってんだろぉ? 絡むなよ」
にこにこと笑って、隼人をぐいっと引き寄せる。隼人は困惑に、ケンを見上げた。ケンの笑顔の奥は、残忍に光っていた。ケンは、龍堂に笑って見せる。
「ごめんなー、龍堂。こいつ距離感バグってるからさ。ほら行くぞ」
そう言って、隼人を引っ立てていこうとする。抵抗するが、強い力で掴まれて、隼人はずるずると引きずられる。隼人はケンを見上げた。
「ちょっ……な、やめてよ!」
「バーカ。龍堂がお前を助けるわけねーだろぉ? 見る目なさすぎだろ」
ケンは嘲笑まじりに、隼人に囁く。
隼人は悔しくて、その場に踏ん張り、ケンをぐいぐいと押しのけようとする。ケンは更に力を込めて、隼人を引きずった。
何だこの人。意味がわからない。嫌いな人間に、どうしてこんなに構うんだろう。
隼人は悔しさにまじり、なかば恐怖を覚えた。
「あっ!」
その時、隼人の体がいきなり軽くなった。反動でよろけた体を、支えられる。腕だ。見上げた先にいたのは。
「龍堂くん」
龍堂は無言で、向こうを見ていた。そこには、ケンが尻もちをついて倒れ込んでいた。
「なっ、……テメ……」
ケンの表情が困惑から、怒りに変わろうとする。しかしそれより早く、龍堂は隼人に向き直った。
斜めにかしいだ体を、すいと起こされる。
「おはよう、中条」
ハスキーな低音が、たった一言。けれど、隼人には全て伝わった。隼人は「うん」と頷いた。
何をするわけでもない。ただ隼人と龍堂は、一緒に教室へと入ったのだった。
隼人は意気揚々と教室を飛び出した。ふんふんと鼻歌を歌いながら、辺りを見渡す。黒いライオンのような威風堂々の姿は見えない。もう教室にいってるのかもしれない。
しばらく歩いていると、後ろからどん、と衝撃がきた。
「痛っ」
「あ~悪ぃ」
振り返ると、ケンがにやにやと笑い、軽く上げていた右足を直した。蹴られた。そう思ったが、隼人は「いえ」と前に向き直り、歩き出した。
そこで、また蹴られる。
「なんですか?」
「ハァ? 何もしてねぇけど?」
今度は凄まれた。
絶対嘘だ。絶対今、蹴ったぞ。
それでも再びこらえ、歩き出す。
教室で。多対一で絡まれることはなくなった、というよりユーヤたちに絡まれることはなくなったが、ケンやマオ、ヒロイさんはこうして影で隼人に攻撃を続けてきた。
そこでまた、蹴られる。今度は勢いが強くて、隼人は前にてててとたたらを踏んだ。
「あの!」
流石に腹が立って、隼人はくるりと振り返った。
「何でかまってくるんですか? 一ノ瀬くんはやめたのに!」
はっきりと言った。言ってやったぞ、隼人は満足し、ケンを見上げた。そしてぎょっと目を見開く。ケンが、ものすごい形相で、隼人をにらみおろしていた。
「何様だよテメェ。なめてんのか?」
何だ? そんなにまずいことを言ったのか?
隼人は不安になってきた。ケンはじりじりと隼人に詰め寄り、壁際まで追い込むと、ダン! と隼人の顔の横に肘をついた。
「いいか。ユーヤはカンケーねえ。オレがオメーがムカつくから、やんだよ」
隼人は動転する。何でだ。一ノ瀬くんのために、怒っていたんじゃないのか?
ケンの瞳孔はひらいている。口の端からのぞいた犬歯が、獰猛に光っていた。
「オレに決定権があんだよ。わかったかラァ!?」
風圧に目を閉じる勢いで怒鳴られ、ぽかんとする。
隼人は咄嗟に頷こうとして、それではっとなる。
龍堂くん!
向こうから、龍堂が歩いてくるのが見えた。
曲を聞いているのだろう、目を伏せていてこちらには気づいていない。
隼人はそれを見て、理解したあと、自分の置かれている状況を再確認した。このままだと、龍堂が見る。知られる――
隼人は咄嗟に、ケンを突き飛ばしていた。
「はぁ……!?」
突き飛ばした、といっても体格のいいケンである。ほんのわずかよろけたに過ぎない。けれど、十分な隙だった。
隼人はケンの包囲から抜け出し、龍堂のもとへ駆け寄った。
「龍堂くん!」
龍堂が目を上げた。追いかけてきたケンが、「ハァ?」と怪訝な声を上げる。
「お、おはよう!」
食い気味の挨拶。けれど、一番言いたいことだった。龍堂とずっと話したかった。
ケンが、「ハァ?」ともう一度言ったのが聞こえた。
龍堂は隼人を見る。隼人はどきどきとその目を見つめた。
「ふはっ」
その時、ケンが鼻で笑った。そして勝利を確信した笑みで、ずかずかと隼人に歩み寄ると、隼人の肩をつかんだ。
「えっ?」
「おい、龍堂困ってんだろぉ? 絡むなよ」
にこにこと笑って、隼人をぐいっと引き寄せる。隼人は困惑に、ケンを見上げた。ケンの笑顔の奥は、残忍に光っていた。ケンは、龍堂に笑って見せる。
「ごめんなー、龍堂。こいつ距離感バグってるからさ。ほら行くぞ」
そう言って、隼人を引っ立てていこうとする。抵抗するが、強い力で掴まれて、隼人はずるずると引きずられる。隼人はケンを見上げた。
「ちょっ……な、やめてよ!」
「バーカ。龍堂がお前を助けるわけねーだろぉ? 見る目なさすぎだろ」
ケンは嘲笑まじりに、隼人に囁く。
隼人は悔しくて、その場に踏ん張り、ケンをぐいぐいと押しのけようとする。ケンは更に力を込めて、隼人を引きずった。
何だこの人。意味がわからない。嫌いな人間に、どうしてこんなに構うんだろう。
隼人は悔しさにまじり、なかば恐怖を覚えた。
「あっ!」
その時、隼人の体がいきなり軽くなった。反動でよろけた体を、支えられる。腕だ。見上げた先にいたのは。
「龍堂くん」
龍堂は無言で、向こうを見ていた。そこには、ケンが尻もちをついて倒れ込んでいた。
「なっ、……テメ……」
ケンの表情が困惑から、怒りに変わろうとする。しかしそれより早く、龍堂は隼人に向き直った。
斜めにかしいだ体を、すいと起こされる。
「おはよう、中条」
ハスキーな低音が、たった一言。けれど、隼人には全て伝わった。隼人は「うん」と頷いた。
何をするわけでもない。ただ隼人と龍堂は、一緒に教室へと入ったのだった。
21
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
平凡くんと【特別】だらけの王道学園
蜂蜜
BL
自分以外の家族全員が美形という家庭に生まれ育った平凡顔な主人公(ぼっち拗らせて表情筋死んでる)が【自分】を見てくれる人を求めて家族から逃げた先の男子校(全寮制)での話。
王道の転校生や生徒会、風紀委員、不良に振り回されながら愛されていきます。
※今のところは主人公総受予定。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる