愛の献身

白崎ぼたん

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蛍の光~死んでしまった僕たちへ~

〈3〉...俺は子供だった。

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 結論から言うと。
 俺は子供だった。

傍士ほうじ、冷静になりなさい」

 父も母も、ケイに傾倒する俺を止めた。
深入りすると危険だと、お前は子供だから、わからないのだと。周囲だって、明らかに暴力を受けているケイたち兄妹を見て見ぬふりし、あまつさえいじめるなどもした。
 俺はいつだって、軽蔑していた。父も母も、周囲の人間たちも。皆、保身ばかりだから、社会がちっとも良くならないのだとさえ思っていた。
 俺はお前たちみたいな、汚くてずるい人間になるものか。大人になるということが、保身まみれの人間になることなら、死んだほうがましだ。
 そんなことを、面と向かって父に言ったこともある。ただ悲しい顔をして、首を振った。
 いずれわかる時が来る、と。

 隣に眠るケイを、横目で見る。いつもはヤスちが奪い合って寝る、客用布団は、湿っていて大した寝心地でないだろう。けれどもケイは喜んで、全部の疲れを吸わせるように横たわった。
 かわらず繊細な作りの顔立ちは、少年らしい幼さがぬけても、やわな雰囲気が残っていた。痩せ気味で、青ざめている分、肌の薄い部分の仄赤さが映える。
 綺麗になった。あんなことがあっても、いっそう増した美質に、俺は哀しい気持ちになる。
 俺はそっと、その美しさに触れる。渇いた肌は、俺の汗を吸うように吸い付いた。
 その引力に、俺は手を離した。勢いが強くて、ケイは身じろぐ。
 起こしたか。俺は、よりどころのない気持ちを胸に手を当てて支えた。
 ケイは枕に潜るよう沈み、眠りは深くなった。つむじが見える。深く静かな寝息を聞いて、俺は息をついた。そして、自分の布団に倒れ込む。体が汗に冷えていた。
 眠れない。けれど、これ以上ケイを見ないよう、両手で瞼を塞いだ。開けてはならない、箱を開けないように。

 俺は子供だった。そして二十一歳の今、俺はもう子供ではない。
 重き荷を背負い走ると言い切れる向こう見ずさが、俺にはもうない。生命という罪を背負うという重みが、既にのしかかりだしていた。
 それを汚い大人になったと、自嘲しきれないくらいに。
 むしろ俺は何も考えていなかったのだと、この世にはどうにもならないことがあると、目覚めたのだと。
 自己弁護できるくらいに。
 もう、子供ではなくなっていたのだ。



 ケイの後をついて歩いたのは、うんざりするほど見覚えのある道だった。ケイの背中が待ち遠しそうで、俺はひどくきまりが悪かった。

「それにしても、ようわかったな」
「なに?」

 俺は、ケイの気をそらすように言った。ケイに聞き返されて、俺は話題選びに失敗したことに気づいた。しかし、はぐらかすのも気持ち悪い。俺は続投を決意した。

「俺の大学」

 最後に手紙を書いたとき、受験する大学を、何となく書かなかった。まだその時は、ケイへの熱が冷めきってない時だったから、自分の中でも天啓が働いたと思う。
 天啓。馬鹿らしいことだが、心底ホッとしたものだ。それも、ケイと再会した現在、過去になってしまったが。
 俺の親が教えるはずがないから、何でだかわからなかった。ケイは、「うん」と頷いた。木下闇を振り返りながら歩くので、まばらに影が紅潮した肌にかかっている。

「ほうちゃん、昔言うてたやん」
「は?」
「“俺は地元から離れる気ないで、何があってもお前らには俺がおる”って」

 ケイは、俯いてやわらかく笑った。まぶたの向こうには、俺がいるのだろう。輝かしい俺が。

「ほんで、大体ここかなあて当たりつけたんや。ほうちゃんは賢いさけ、地元でも一番ええとこ行くやろてな」
「そうか……」
「そしたらおった。嬉しかったなあ」

 俺は俯いて、顔をそらし黙り込んだ。ケイとの約束を守ったわけじゃない。俺は、ただ県外での目当ての大学に届かなかったから、しゃあなしに地元を受けただけなのだ。――心の何処かで、お前の影におびえながら。

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