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 その電話に応答したのは私だった。大学生活にもやっと慣れてきた五月の連休明けのことだった。明け方、その電話にたたき起こされて、何がなにやらまったくわからないまま、受話器をもぎ取った。父も母も眠りが深いのか、夜中に救急車などが通りかかっても起きるのはいつもわたしだけなのだ。
「もしもし」
時計を見ると、朝の四時半だった。
「……フミエちゃん?」
リョウコ伯母さんだった。
「ヒロキがね……事故にあったの」
抑揚がまったく感じられない平坦な声だった。
「ヒロキ君が? 大丈夫なの? 伯母さん、今どこ?」
「……駄目だったの」
「駄目だったって、どういうこと? ね、伯母さん、どこに居るの?」
 何とか病院名だけを聞き出すと、すぐ行くとだけ言って電話を切った。

ヒロキ君は、コンビニで早朝からバイトをしていたらしい。その朝も四時ちょっと前に家を出て、自転車でバイト先に向かっているところに、居眠り運転のトラックが突っ込んで来た。自転車ごと跳ね飛ばされて宙を舞い、対向車に引かれて即死だった。
 
 病院でのことも、お通夜もお葬式もなんだか出来の悪いお芝居みたいだった。リアリティというものがまるでない。親戚一同全員が呆けた顔をしていた。泣いていたのはヒロキ君の大学の女子学生達だけだった。その中にひとりだけ、泣いていない女の子がいた。ひとりだけ背が高くて、なんとなく不器用そうな感じの人だったので余計に目立っていた。お葬式が悲しいものだってことをまるで理解していないようだった。理解していないどころか、魂が抜けている。幽体離脱中の人ってこういう感じなんだろうか。
 
 時間が経つにつれて、少しずつ、ヒロキ君はやっぱりもういないんだってことを受け入れられるようになった。いつでも会えると思って、連絡することをずっと後回しにしていたことは後悔してもどうにもならないことだけど、やはり、もっと会っておけば良かった。後悔は堂々巡りを続けた。ヒロキ君のことがあってから、永い間会っていない友達のことを思い出したときには、躊躇することなく連絡を取るようにした。大げさな言い方だけど、いつでも会えると思っていた人に突然永久に会えなくなってしまうことだってあるんだということを身をもって知ったのだ。

 ヒロキ君のことを思い出すときには、なるべく、楽しかったことだけを思い出すようにしていた。あまり残された人がいつまでも泣いていたりすると、故人はなかなか成仏できないという話をどこかで聞いたからだ。成仏だって? そんな柄じゃないんだから、やめてくれよ、勝手に仏にするなってヒロキ君なら言うだろうな。そんなことを考えながら、時々泣いた。泣いたからといって、何かが変わるわけではなかったけれど。

 
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