上 下
9 / 12

BAD BITCH 9

しおりを挟む
 橋本くんから、部屋を探したいので、祐介の不動産会社を紹介してほしいというメールが来たのは、美容院の取材をしてから、二週間ほどあとのことだった。
 気に入った女の子にはまめにメッセージを送っているくせに、なんという放置ぶりだ。それに、祐介と別れたことを誰かから聞いてはいないのだろうか?
 婚約を解消してから、祐介とは一度だけ電話で話をした。式場をキャンセルしておいたから、新婦側の招待客にそう伝えておいてくれという連絡だけの電話だった。婚約指輪を返さなくちゃと思ったけれど、言いそびれた。でも、急いで返さなければならないというようなものではない。どうしても入用であれば、祐介の方から言ってくるべきだ。
 ななみには、ブログ経由で愛人になってほしいとメッセージを送ったらしい。返信は来なかったようだ。というか、来るわけがない。婚約指輪のことを言い出せなかったにもかかわらず、ななみのことを聞いたのは、それまでのふたりの会話の大部分が、ななみに関する話題で成り立っていたからだ。返信が来なくてざまーみろとは思ったけれど、そう思ってしまったことで、自分がひどく惨めに感じられた。
 もともと小ぢんまりとした式を挙げる予定でいたので、婚約破棄については数人の会社関係者と友人に告げただけで、他にするべきことはなかった。会社にはとっくに辞表を出していたので、いまさら退職するのをやめることはできなかった。また仕事を探すか、それともフリーランスになるかはまだ考えていない。
 いつまでも祐介との破談にこだわっているわけにもいかないし、別れたとはいえ、電話での祐介の意気消沈した様子も気になっていた。週末を返上しなければならないほど差し迫った仕事もなかったので、橋本くんの部屋探しにつき合うことにした。
 土曜日に祐介のオフィスの最寄り駅で待ち合わせをした。橋本くんはすでに女の子とふたりで朋子を待っていた。橋本くんより少し背が高くて、黒のトレンチコートを着た、可愛いというよりかっこいい感じの子だった。どこかで会ったことがあるような気がして、すぐに思い出した。増山さんだった。取材した美容院にいた、瀬川ななみの友達だ。
「朋子さん、紹介するの忘れてました。彼女の千夏です」
 あのとき知り合って、もう彼女なのか。若いっていいなあ。
「取材でお会いしましたよね、前田朋子です」
「先日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
 千夏は、運動部の後輩みたいな口調で言うと、ぺこりと頭を下げた。
「引っ越すんだったら、いっしょに住もうってことになって、連れてきちゃいました」
 千夏の名前で契約をすれば、橋本くんがフリーランスでも問題はないだろう。だったら、わざわざ祐介を紹介しなくても、好きに引越し先を探してくれと言いたいところだったけれど、祐介とはすでにアポを取りつけてあったので、朋子たちは、祐介の勤める不動産会社に向かった。
 三週間ぶりに会う祐介は、見る影もなくやつれていた。橋本くんと千夏を紹介し、祐介が物件のリストを見せる。何度か会ったことのある祐介の同僚は遠巻きに朋子のことを見ている。破談のことを知っているのだから、無理もない。
 駅からそれほど遠くない2DKのマンションを三件ほど見せてもらうことにした。がらんとした空室のマンションを得意げに歩き回る祐介を見ると、初めて会ったころのことを思い出し、ため息が出そうになる。
 最初と二番めは、若い人向けではあるけれど、なんとなく薄っぺらな感じのする部屋だった。最後に見た、やや築年数は経っているけどしっかりとした作りのマンションを、ふたりは気に入ったようだった。水回りを中心にリフォームされていて、ベランダも広々としている。住み心地も悪くなさそうだった。
 ベランダからは、新宿の高層ビル街がよく見えた。どのビルがどのあたりに見えるなどと眺望のチェックを始めた橋本くんと千夏をベランダに残し、朋子は祐介と共に、フローリングのダイニングキッチンに戻った。
「ごめんな朋子、なあ、誰か紹介しようか。うちの会社にも独身のやつがけっこういるし、朋子のことはみんな美人だって言ってるし」
 そんな、厄介払いでもするみたいに、同僚を紹介するなどと言わないでくれ。誰でもいいから結婚したがっているとでも思ってるのだろうか?
「ううん。気を遣ってくれなくても平気。それより、自分の心配をしなさいよ」
「だめだな、ななたん。あれからブログ更新してないし、何度コメント入れても反応がないんだ」
 祐介の心配ごととは、ななみから返信がないということに集約されている。今に始まったことではないけれど。
「そんなことより、ごはんはちゃんと食べてるの? いくらななみちゃんのことが好きだからって、そんなに思いつめたってどうにもならないのに」 
「朋子に言われなくてもわかってるよ。こんなドルオタに二百万円払うって言われても、嫌に決まってるよな。でももう放っておいてくれよ。朋子にはわかるわけないし、わかってほしいとも思ってないんだから」
「わたしはただ、祐介のことを心配してただけなのに」
 橋本くんと千夏がベランダから戻ってきたので、朋子たちはそのマンションをあとにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした

日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。 若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。 40歳までには結婚したい! 婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。 今更あいつに口説かれても……

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

腐っても女子、ですから

江上蒼羽
恋愛
【売名恋愛】スピンオフ。 人気お笑いコンビ、まんぼうライダーのツッコミ担当間宮 志保(24) 紆余曲折を経て幸せになった相方に反してグダグタな自分に悩む日々。 現実の男なんかクソ喰らえ! 二次元、BLバンザイ!OKカモン!どんと来い! 一生現実から目を背け続けてやると思っていたのに…… 「俺を心の拠り所にしてみない?」 見た目も中身もチャラい俳優から、冗談とも本気ともつかない交際の打診。 これは乗ってみる価値有り……だよね? H28.11/1~エブリスタにて公開。 H31.4/25~アルファポリスにて公開開始。

皇太子殿下の秘密がバレた!隠し子発覚で離婚の危機〜夫人は妊娠中なのに不倫相手と二重生活していました

window
恋愛
皇太子マイロ・ルスワル・フェルサンヌ殿下と皇后ルナ・ホセファン・メンテイル夫人は仲が睦まじく日々幸福な結婚生活を送っていました。 お互いに深く愛し合っていて喧嘩もしたことがないくらいで国民からも評判のいい夫婦です。 先日、ルナ夫人は妊娠したことが分かりマイロ殿下と舞い上がるような気分で大変に喜びました。 しかしある日ルナ夫人はマイロ殿下のとんでもない秘密を知ってしまった。 それをマイロ殿下に問いただす覚悟を決める。

処理中です...