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BAD BITCH 9
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橋本くんから、部屋を探したいので、祐介の不動産会社を紹介してほしいというメールが来たのは、美容院の取材をしてから、二週間ほどあとのことだった。
気に入った女の子にはまめにメッセージを送っているくせに、なんという放置ぶりだ。それに、祐介と別れたことを誰かから聞いてはいないのだろうか?
婚約を解消してから、祐介とは一度だけ電話で話をした。式場をキャンセルしておいたから、新婦側の招待客にそう伝えておいてくれという連絡だけの電話だった。婚約指輪を返さなくちゃと思ったけれど、言いそびれた。でも、急いで返さなければならないというようなものではない。どうしても入用であれば、祐介の方から言ってくるべきだ。
ななみには、ブログ経由で愛人になってほしいとメッセージを送ったらしい。返信は来なかったようだ。というか、来るわけがない。婚約指輪のことを言い出せなかったにもかかわらず、ななみのことを聞いたのは、それまでのふたりの会話の大部分が、ななみに関する話題で成り立っていたからだ。返信が来なくてざまーみろとは思ったけれど、そう思ってしまったことで、自分がひどく惨めに感じられた。
もともと小ぢんまりとした式を挙げる予定でいたので、婚約破棄については数人の会社関係者と友人に告げただけで、他にするべきことはなかった。会社にはとっくに辞表を出していたので、いまさら退職するのをやめることはできなかった。また仕事を探すか、それともフリーランスになるかはまだ考えていない。
いつまでも祐介との破談にこだわっているわけにもいかないし、別れたとはいえ、電話での祐介の意気消沈した様子も気になっていた。週末を返上しなければならないほど差し迫った仕事もなかったので、橋本くんの部屋探しにつき合うことにした。
土曜日に祐介のオフィスの最寄り駅で待ち合わせをした。橋本くんはすでに女の子とふたりで朋子を待っていた。橋本くんより少し背が高くて、黒のトレンチコートを着た、可愛いというよりかっこいい感じの子だった。どこかで会ったことがあるような気がして、すぐに思い出した。増山さんだった。取材した美容院にいた、瀬川ななみの友達だ。
「朋子さん、紹介するの忘れてました。彼女の千夏です」
あのとき知り合って、もう彼女なのか。若いっていいなあ。
「取材でお会いしましたよね、前田朋子です」
「先日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
千夏は、運動部の後輩みたいな口調で言うと、ぺこりと頭を下げた。
「引っ越すんだったら、いっしょに住もうってことになって、連れてきちゃいました」
千夏の名前で契約をすれば、橋本くんがフリーランスでも問題はないだろう。だったら、わざわざ祐介を紹介しなくても、好きに引越し先を探してくれと言いたいところだったけれど、祐介とはすでにアポを取りつけてあったので、朋子たちは、祐介の勤める不動産会社に向かった。
三週間ぶりに会う祐介は、見る影もなくやつれていた。橋本くんと千夏を紹介し、祐介が物件のリストを見せる。何度か会ったことのある祐介の同僚は遠巻きに朋子のことを見ている。破談のことを知っているのだから、無理もない。
駅からそれほど遠くない2DKのマンションを三件ほど見せてもらうことにした。がらんとした空室のマンションを得意げに歩き回る祐介を見ると、初めて会ったころのことを思い出し、ため息が出そうになる。
最初と二番めは、若い人向けではあるけれど、なんとなく薄っぺらな感じのする部屋だった。最後に見た、やや築年数は経っているけどしっかりとした作りのマンションを、ふたりは気に入ったようだった。水回りを中心にリフォームされていて、ベランダも広々としている。住み心地も悪くなさそうだった。
ベランダからは、新宿の高層ビル街がよく見えた。どのビルがどのあたりに見えるなどと眺望のチェックを始めた橋本くんと千夏をベランダに残し、朋子は祐介と共に、フローリングのダイニングキッチンに戻った。
「ごめんな朋子、なあ、誰か紹介しようか。うちの会社にも独身のやつがけっこういるし、朋子のことはみんな美人だって言ってるし」
そんな、厄介払いでもするみたいに、同僚を紹介するなどと言わないでくれ。誰でもいいから結婚したがっているとでも思ってるのだろうか?
「ううん。気を遣ってくれなくても平気。それより、自分の心配をしなさいよ」
「だめだな、ななたん。あれからブログ更新してないし、何度コメント入れても反応がないんだ」
祐介の心配ごととは、ななみから返信がないということに集約されている。今に始まったことではないけれど。
「そんなことより、ごはんはちゃんと食べてるの? いくらななみちゃんのことが好きだからって、そんなに思いつめたってどうにもならないのに」
「朋子に言われなくてもわかってるよ。こんなドルオタに二百万円払うって言われても、嫌に決まってるよな。でももう放っておいてくれよ。朋子にはわかるわけないし、わかってほしいとも思ってないんだから」
「わたしはただ、祐介のことを心配してただけなのに」
橋本くんと千夏がベランダから戻ってきたので、朋子たちはそのマンションをあとにした。
気に入った女の子にはまめにメッセージを送っているくせに、なんという放置ぶりだ。それに、祐介と別れたことを誰かから聞いてはいないのだろうか?
婚約を解消してから、祐介とは一度だけ電話で話をした。式場をキャンセルしておいたから、新婦側の招待客にそう伝えておいてくれという連絡だけの電話だった。婚約指輪を返さなくちゃと思ったけれど、言いそびれた。でも、急いで返さなければならないというようなものではない。どうしても入用であれば、祐介の方から言ってくるべきだ。
ななみには、ブログ経由で愛人になってほしいとメッセージを送ったらしい。返信は来なかったようだ。というか、来るわけがない。婚約指輪のことを言い出せなかったにもかかわらず、ななみのことを聞いたのは、それまでのふたりの会話の大部分が、ななみに関する話題で成り立っていたからだ。返信が来なくてざまーみろとは思ったけれど、そう思ってしまったことで、自分がひどく惨めに感じられた。
もともと小ぢんまりとした式を挙げる予定でいたので、婚約破棄については数人の会社関係者と友人に告げただけで、他にするべきことはなかった。会社にはとっくに辞表を出していたので、いまさら退職するのをやめることはできなかった。また仕事を探すか、それともフリーランスになるかはまだ考えていない。
いつまでも祐介との破談にこだわっているわけにもいかないし、別れたとはいえ、電話での祐介の意気消沈した様子も気になっていた。週末を返上しなければならないほど差し迫った仕事もなかったので、橋本くんの部屋探しにつき合うことにした。
土曜日に祐介のオフィスの最寄り駅で待ち合わせをした。橋本くんはすでに女の子とふたりで朋子を待っていた。橋本くんより少し背が高くて、黒のトレンチコートを着た、可愛いというよりかっこいい感じの子だった。どこかで会ったことがあるような気がして、すぐに思い出した。増山さんだった。取材した美容院にいた、瀬川ななみの友達だ。
「朋子さん、紹介するの忘れてました。彼女の千夏です」
あのとき知り合って、もう彼女なのか。若いっていいなあ。
「取材でお会いしましたよね、前田朋子です」
「先日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
千夏は、運動部の後輩みたいな口調で言うと、ぺこりと頭を下げた。
「引っ越すんだったら、いっしょに住もうってことになって、連れてきちゃいました」
千夏の名前で契約をすれば、橋本くんがフリーランスでも問題はないだろう。だったら、わざわざ祐介を紹介しなくても、好きに引越し先を探してくれと言いたいところだったけれど、祐介とはすでにアポを取りつけてあったので、朋子たちは、祐介の勤める不動産会社に向かった。
三週間ぶりに会う祐介は、見る影もなくやつれていた。橋本くんと千夏を紹介し、祐介が物件のリストを見せる。何度か会ったことのある祐介の同僚は遠巻きに朋子のことを見ている。破談のことを知っているのだから、無理もない。
駅からそれほど遠くない2DKのマンションを三件ほど見せてもらうことにした。がらんとした空室のマンションを得意げに歩き回る祐介を見ると、初めて会ったころのことを思い出し、ため息が出そうになる。
最初と二番めは、若い人向けではあるけれど、なんとなく薄っぺらな感じのする部屋だった。最後に見た、やや築年数は経っているけどしっかりとした作りのマンションを、ふたりは気に入ったようだった。水回りを中心にリフォームされていて、ベランダも広々としている。住み心地も悪くなさそうだった。
ベランダからは、新宿の高層ビル街がよく見えた。どのビルがどのあたりに見えるなどと眺望のチェックを始めた橋本くんと千夏をベランダに残し、朋子は祐介と共に、フローリングのダイニングキッチンに戻った。
「ごめんな朋子、なあ、誰か紹介しようか。うちの会社にも独身のやつがけっこういるし、朋子のことはみんな美人だって言ってるし」
そんな、厄介払いでもするみたいに、同僚を紹介するなどと言わないでくれ。誰でもいいから結婚したがっているとでも思ってるのだろうか?
「ううん。気を遣ってくれなくても平気。それより、自分の心配をしなさいよ」
「だめだな、ななたん。あれからブログ更新してないし、何度コメント入れても反応がないんだ」
祐介の心配ごととは、ななみから返信がないということに集約されている。今に始まったことではないけれど。
「そんなことより、ごはんはちゃんと食べてるの? いくらななみちゃんのことが好きだからって、そんなに思いつめたってどうにもならないのに」
「朋子に言われなくてもわかってるよ。こんなドルオタに二百万円払うって言われても、嫌に決まってるよな。でももう放っておいてくれよ。朋子にはわかるわけないし、わかってほしいとも思ってないんだから」
「わたしはただ、祐介のことを心配してただけなのに」
橋本くんと千夏がベランダから戻ってきたので、朋子たちはそのマンションをあとにした。
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