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二章第一節 一流警備兵イシハラナツイ、借金返済の旅

■番外編.セーフ・T・シューズ 其の② ※シューズ視点

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<港町 ボウソウハントウ>
 
「おじさん、ここでいーよー。ありがとー」
「大丈夫か嬢ちゃん……たった一人で……」
「うん、大丈夫だよー」

 アタシは港町に向かっていた行商人のおじさんの馬車から降りてお礼を言った。
 シュヴァルトハイムでは繁忙季だったから魔物達が強かったけど無事に港にたどり着けて良かった。

「お礼を言うのはこっちだよ、嬢ちゃんの的確な指示のおかげで無事に港に着けたんだ」
「そんなことないよー、じゃああたしもう行くね」
「ああ、気をつけるんだよ」

 アタシは送ってくれたおじさんと別れて、一人……賑わいをみせる町並みを眺めながら海に向かって歩き出す。

 港町は活気づいていてどの職業の人も忙しそう。
 色々な人が自分に向いてたり、好きだったりする職業に就いて生活してるんだよね。
 でも、生きるために仕方なかったり、嫌々でも誰かの為に働かなきゃいけない人達もいて……。

「……イシハラ君は……今なにしてるのかなぁ……」

 ムセンちゃんもエメラルドちゃんも、すだれおじさんもエミリちゃんも元気かなー?
 みんな、アタシがもし……無事にまたこの大陸に来れたら笑ってくれるかなー?
 ……出来れば戻りたい、アタシはまたイシハラ君に会いたい。
 でも、逃げ出したままで……出会った時のエメラルドちゃんみたいに全てを投げ出したままじゃ……きっとダメなんだよね。
 イシハラ君はそれを許してくれない、ぅうん、もしかしたらそんな事気にも留めないかもしれない、それはわからない。

 でも、アタシがこのままじゃ嫌なんだ。
 こんなもやもやしたまま、イシハラ君と一緒にいる事はできない。
 
 逃げ出したアタシも、そして、贖罪(しょくざい)でもするかのように流れるままに警備兵試験を受け続けていたアタシも、その原因をつくってしまったままのアタシも、全てを精算しなくちゃいけない。

 けど……『あの人』はそれを決して許してはくれない。
 どんなに謝っても、絶対に許してはくれない。
 だから、アタシは逃げ出した。

「…………何だろう……考えると……体が重くなるよー……やだなぁ……」

 カツ……カツ……カツ…………

「………………あ」

 ぼんやりと町を歩いていると、人混みの前方から特徴的な足音をさせた女の人が歩いてくる。
 貴族令嬢が社交会で履いているような、踵(かかと)の高い靴。

 アタシの体は更に重さを増す。
 
 三年も顔を見ていなかったけどその姿は三年前、最後に見た時とほとんど同じだから直ぐにわかった。
 水色の長い髪、二十歳になったばかりとは思えないほどの大人びた顔つきにプロポーション。
 アタシの言う『あの人』が、あたしの姿を視界に捉えたのちに微かに笑みを浮かべながら第一声を放った。

「久しいわね、シューズ」
「………お姉ちゃん……」

 そう、アタシの姉。
 守護貴族セーフ家の次女のセーフ・T・ネットお姉ちゃん。
 
「お姉ちゃん……アタシ」
「……色々と話したい事はあるけれど、まずは一番言いたかった事を言わせて頂戴?」

 お姉ちゃんは優しい笑顔を見せたのち、アタシの第一声を遮(さえぎ)ってそう言った。
 まるで、アタシの発言なんか許さないように。

 そして、笑顔が嘘だったかのような険しい顔に変貌しながら、唇を噛みしめながら言い放つ。

「私はあなたを──【マルクス】を殺したあなたを赦さない。マルクスはあなたの所為で死んだ……もう逃がさないわ、絶対に、償ってもらう」
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~
 


 ~3年前~ <ストレア大国『ノイシュルーツ家』>

 コンコン……ガチャ

「マルクス君、こんにちはー」
「やぁ、ネット。シューズ君、こんにちは」
「マルクス、今日も『技術』についてシューズに教えてあげて」

 アタシの家での日常はその殆どが戦闘に関する訓練や武器の適性訓練、魔物の生態や行動についての勉強漬けの毎日だった。
 軍事家系では当たり前の事なんだって疑いはしなかったし、どれも簡単にこなせたから別に嫌にはならなかった。
 
 大体がネットお姉ちゃんがつきっきりで教育役をしてくれたんだけど、お姉ちゃんが忙しい時とかはその分野の専門職の人が来てくれたりした。
 『技術』についての勉強の時は技術研究家系の長子であるマルクス君がアタシの教育役だった。

「じゃあ、私は仕事があるからお願いねマルクス。シューズに変な事を吹き込むのだけは止して頂戴」
「はは……気を付けるよ。君も最近前にも増して忙しそうだけど身体には気を付けるんだよ」
「わかっているわ、じゃあシューズ。ちゃんと大人しく勉強するのよ?」
「うん、わかったー」

 マルクス君との勉強の時間は一風変わっていて少し楽だった。
 その理由はマルクス君がアタシと同じ考えを持っていたから、イルムンストレアの貴族ではアタシとマルクス君くらいしかいなかったんじゃないかってくらい。
 職業差別の観念を一切排除した考えの持ち主だったから。

「ねー、マルクス君。どこに行くの?」
「今日はシューズ君に城下にある職業に就いてる人達の技術を見てほしくてね、ネットには怒られるかもしれないけど……シューズ君のその考えは軍事指揮に於(お)いて必ず役立つと思うんだ」
「うん、わかったー」

 その日はアタシは初めて貴族街以外に行ったんだ。
 あくまで授業っていう名目で。
 
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<ストレア大国.『王都城下町』>
 
「わー、すごいねー。本当にこんなに変な建物に人が住んでるんだー。壊れないの?」
「シュ……シューズ君、声が大きいよ……」

 城下には貴族街とは違って木や石造りの家とかがあってアタシは不思議でならなかったなー、魔物とかが襲ってきたらすぐに壊れちゃうんじゃないかって。
 それまで平民って言われてる王族や貴族以外の人達の事を『知る必要すらない』って誰も教えてくれなかったし、馬車で通行する時も見せてもらえなかったからアタシには新鮮な光景だった。
 遠くからか絵本でしか見た事の無かった世界を歩くとそこには色んな働いている人達がいた。
 武器を研磨してる人、果物や薬瓶を売っている露店商人、家畜の剥いだ皮を鞣(なめ)す人、路上でリュートを演奏して銅貨を稼ぐ人、花を籠に入れて配る人。
 貴族街では見る事が無かった職業、本で読んだ通りに平民って呼ばれる人達はああやって毎日暮らしてるんだね。

 別に可哀想なんて同情をする事はなかったし、逆に羨ましいとも思わなかった。
 人にはそれぞれ役割があるし、職業だってそう。
 その人や職業にしか出来ない事だってある、逆を言えば貴族にだって貴族にしか出来ない事があるし貴族にだって出来ない事もある。
 当時のアタシはそんなの当たり前だって思ってたから。
 
「僕はね、この国が軍事大国と呼ばれるほどになったのは……勿論セーフ家……君達守護貴族の力があってこそのものだと思ってる。けどね、僕達だって一人で野菜や武器を作る事はできない……仮にそんな技術を持っていたとしても時間も労力も用意する事はできない……だからそれをできる人達がそれぞれ互いに支え合っている……この国はそうやって出来上がった。そう考えているんだ」

 マルクス君もやっぱり同じ考えで、二人の時はいつも同じ事を言ってた。
 
「もう何回も聞いたよー? それに何度も言ってるけどお姉ちゃんに聞かれたらまた怒られるよ?」
「はは、ごめんごめん。君達一家の考え方や教育方針を否定しているわけじゃないんだ。ただ、シューズ君にはその考え方を曲げないで欲しい……セーフ家のやり方だけだといつか必ず新たな魔王軍に通用しなくなる……そんな気がしてね」

 新しい魔王軍……魔物独自の生態技術じゃなくて人間達が使う技術をどこからか身に付けて魔界から再び現れた脅威。
 前魔王時代の生き残り……オルスに残る『野良魔物』の存在だけで手一杯だったものに追い討ちをかけるように、今までの常識や経験が通用しない………前魔王軍よりも遥かに厄介な魔物達まで現れた事で世界各国が躍起になって対応に追われて全てが後手に回っていた。
 前魔王を討伐した【勇者セルシオン一行】や前時代で名を馳せた高名な技術を持つ職業の人達がなんとか食い止めてくれたおかげで水際で人類滅亡は防げてはいたけど……ジリ貧は確実だって言われてた。
 

「ネットは強いし頭もいいけど……時折無茶をしかねないからね。窮地に陥ったらきっと助けになるのは……シューズ君、君しかいない。だからネットを守ってあげてほしい」
「もちろんだよー、やっぱりマルクス君はお姉ちゃんが好きなんだねー♪」
「かっ……からかわないでくれよ……」
「どうして赤くなるのー? アタシもお姉ちゃんが好きだけど赤くならないよー?」
「……はは、君ももう少ししたらわかるようになるよ」

 他愛もない話をしながら、アタシ達はそれから数々の職業の技術を見せてもらった。
 食事処での調理の技術……調理師と呼ばれるおばさんは食べ物の事をよく知ってた。
 図書館での知識の技術……司書って呼ばれる女の人はどんな本が何処にあるのか、それがどんな内容なのかすぐに答えてくれたし古代語の翻訳もお手のもの。
 魔物を従える技術……獣使役師(テイマー)と呼ばれるお姉さんは凶暴であるはずの魔物と凄く仲が良くて本ではわからない魔物の事をいっぱい教えてもらえた。

「すごいねー、みんなどうやってるんだろー? アタシにもできるかなー?」
「……やろうと思えばきっとできるよ。才能や努力を可視化してその人を表すもの……それが技術さ。技術はまだ未知のものが多い……未だに解明されていない部分もある、特に最近注目されているのは【召喚】の技術だね。技術推進の源とされている『聖職石』を利用した召喚技術の開発を各国で進めている、もし上手く行けば【オルス】ではない別世界から異界人を召喚する事も可能となるんだ」
「ふーん」

 【オルス】とは違う別世界……12歳だったアタシにはピンと来なかったし当時は夢物語のようであんまり興味もなかった。
 まさか、今ではその別世界の人に恋をするなんて思いもよらなかったからね。

「技術はどんどん進化していく……僕達ノイシュルーツ家はその先を見出ださなければならない。シューズ君は『とある村人』がセルシオン様の陰で活躍していた話を聞いた事があるかい?」

 マルクス君はアタシに突然よくわからない話を振る。
 勇者セルシオンの話は勿論知っていたけど、村人なんていう職業の話を当然うちの家族がするはずがなかったからアタシは首を横に振った。

「その人は最弱と呼ばれている『村人』と『ある職業』を掛け持ち、魔王軍と渡り合った。その人の話は聞けば聞くほどに僕の憧れとなったんだ。……勿論、声を大にしては言えないんだけど……」
「??? ねー、何の話なの? よくわからないよー」
「……その人の名は【アラン・ピンカー】、村人であり【警備兵】としてオルスを救った人さ」
「………警備兵……?」

 それが、アタシが初めて警備兵という職業を耳にした日だった。
 
 
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