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第一章 一流警備兵イシハラナツイ、勤務開始

八十九.秘密の時間

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「隣………いいかなぁ……?」
「構わん」

 シューズはそう言って俺に了承を得ると何かを確かめるように恐る恐る湯槽に足を踏み入れる。
 その白く綺麗な肌を恥ずかしげに晒しつつ。

 そして、お互いの肌が触れ合う距離まで近づき隣に腰をおろした。

「………恥ずかしいよー……」
「なら何で入ってくる」
「話がしたかったんだよー……二人だけで……」

 湯気により湿って艶を増した綺麗な水色の髪、大きく可愛らしい瞳に幼い顔立ち、背は低いが出るところは出てしまるところはしまっている。
 健康的な肌にはそれに上手く調和するように桃色に光る箇所が存在していた。
 それらもお湯に濡れた事でより一層に艶感を増し、妖艶とも言えるような魅力を放っていた。

「イシハラ君ー、解説しないでー? 余計恥ずかしいよー……」
「すまん」

 シューズは俺に寄り添って、視線を下に落とす。
 恥ずかしがっているのか落ち込んでいるのか俺と目を合わせようとはしない。

「あっ………」

 しかし、何かに気づいて慌てたように視線を前方まで上げた。
 顔を更に紅くしながらもその目はちらちらと湯に浸かっている俺の腰あたりを気にしていた。

「……………イシハラ君も男だねー………そーゆー事に興味ないのかと思ってたよー」
「そんなわけないだろう、そもそもお前にもそういった羞恥心があるとは思わなかったぞ」
「ひどいよーイシハラ君、アタシだって女の子なんだよー?」
「俺だって男の子だぞ」

 そうだよねー、とシューズは少し嬉しそうにした。
 一体何しに来たんだこいつ。

「何か話があるんだろう?」
「………うん。聞いてくれるかなぁ?」
「いいだろう、時間はあるんだ。自由に話せ」

 ムセン達も心配してることだしな。
 何よりいつも自由天然でやりたい事をやってるこいつがずっと考え込んでると不自然で違和感がある。

 こいつはいつもただただシンプルに自由に、やりたい事を隠さずに本能のまま生きている方が似合っている。俺も似たような生き方をしているしな。
 同気相求なのか同族嫌悪なのかはわからないが、そんなやつが不自由な生き方をしているのを見るとイライラする。

「アタシがさー、貴族だったのは話したよねー?」
「ああ」
「アタシの家はねー、武家って言って代々……国の王様から軍事関連の全てを一任されてたんだー。王様の身辺警護から兵士の育成、他国との戦争じゃ軍事指揮を執りながら自分たちも最前線で戦うくらいに争い事全てにおいて政権に口出しできるくらいの家だったんだよー」

 ポツポツと、シューズは語り始める。
 こいつが今まで何を抱え、どうやって生きてきたのか。
 どんな家に産まれ、どんな思いを抱いて暮らしてきたのか。
 何故、家を破門され、放浪し、この地に至ることになったのか。
 何故、警備兵試験を何度も受け、そこで結婚相手を探していたのか。

 何故、俺にしつこく求婚してきたのか。

 俺達はのぼせないように湯からあがったり入ったりを繰り返しながら長い時間と、シューズの半生の思いを共有した。

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「ふむ、話は大体わかった」
「ごめんねー……長くなっちゃって……」

 約一時間ほど話していたか。
 シューズの肌は普段が白い反動で全ての部分がわかりやすく真っ赤に染まっている。

「無理するな、のぼせるぞ」
「大丈夫だよー、アタシ氷属性検定も持ってるからいざとなったら冷やせるよー」
「何て便利」
「……………それでねー、イシハラ君。アタシ……」
「話はわかった、と言ったろう。つまり結婚は取り止め、と言いたいんだな?」

「………………………」
「別に俺に許可を取る必要はない。そもそも俺は了承してない」
「…………………………怒ってるよねー……? でもね」
「怒っているわけじゃない。話を聞く限りお前は俺の見込み違いだったというだけだ。今この世界にある『職業差別』をお前はしないものだと思ってたからな。俺に求婚したのも、警備兵にこだわったのも、結局はお前が一番職業差別を行っていた証だったというわけだ」

「……………ちがう」
「俺が警備兵になろうとしてなければ俺に求婚する事はなかっただろ? だったら違わない」
「……最初はそうだった、でも、ちがう……」
「何が違う? 俺が騎士を目指していたらお前は俺にすり寄ったてきたか?」
「ちがう……ちがうんだよーイシハラ君…………」
「まぁどうでもいい事だ、とりあえず俺はもうあがるぞ? お前もあがったらどうだ?」

 俺は長すぎて飽きたから風呂からさっさと出ようとする。
 まったく、俺は女子じゃないんだ。男の入浴なぞ5分で充分だというのに。

「……っ! 待ってっ!!」

 シューズが後ろから叫んで俺の腕を掴む。すると足を滑らせたような音がした。

「あっ」

 シューズが後ろから俺の手を掴んだ瞬間、シューズが俺を巻き込むようにして足を滑らせたらしい。
 とりあえず危なかったので俺はシューズの方を向いて抱き止め、背中から床に落ちた。

 風呂に男女二人分の重さが床に叩きつけられる音が響く。

 俺はシューズを抱き抱えたまま床に寝転がった。
 この館の風呂は公衆浴場のように天井が高く、音がよく木霊する。
しかし、今は換気の音と循環する湯の音、そして俺達の息遣いしか聞こえない。

 シューズは俺の胸に顔を埋めたまま動かなかった。

「大丈夫か?」
「……………好き、好き、好きなんだよー……イシハラ君……信じて」
「わかった、お前はそれでどうしたいんだ?」
「…………………………………………………」

 シューズは長い間を置いた後、ゆっくりと上半身だけを起こした。

 そして、寝ている俺に裸でまたがったまま、再度顔を下ろした。
 より一層俺の顔に近づくように。

 お互いの唇が重なりあうように。

「………………んっ…………んむ…………っは、………お願いがあるんだー……イシハラ君」
「何だ?」
「今日の事、二人だけの秘密にしてほしいんだよー……これからする事もアタシの過去の話も全部」
「わかった」

「……………イシハラ君、………んっ」


 そして、俺達は秘密の時間を過ごした。

 どんな秘密かって?
 それを言うのは野暮というものだな、そもそも秘密だし。

 とにかく、そんな事があった翌日。

 シューズは俺達の前から姿を消した。
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