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第一章 一流警備兵イシハラナツイ、勤務開始

八十七.早とちり

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「と、そんなおかしな一日だった。おしまい」
「…………」

 俺がそう言うと、コクリ、とヴァレットは頷いた。


<騎士イシハラの館>

 俺はワークショップの体験後、マイホームに戻った。
 ルメットが滅茶苦茶な技術を使ったおかげであの空間は一時使用不能になってしまい店じまいしていた。
 ルメットは陽気に平謝りしていたが、その後どうなったのかは知らないしどうでもいい。

 とにかく、結局テレポート技術は見つからず快適通勤計画は頓挫(とんざ)したのでまた一日半かけてみんなで家に戻ってきたのだ。
 まったく、何て無駄な時間だったのだろうか。

 しかし俺は諦めない、通勤を快適にするのは必要不可欠。
 なんとかして他の方法がないかマイホームの書庫にある書物などをずっと漁っていた。

「…………」

 ムセン達は料理やらなんやらの仕度をしていて書庫には俺と従者のヴァレット・ヴァイオレットだけしかいない。
 ヴァレットは俺の話を聞くと有無を言わさず勝手にテレポート職業探しに協力してくれた。
 一言も何も喋ってないけど。何か話さない理由でもあるのだろうか、まぁどうでもいい。話したくなったら話すだろう。
 俺は雑談にワークショップで起きた事を適当に話していた。

「探すのはテレポートが最善だが、妥協案として通勤時間を二時間以内におさめたい。ここから王都、若しくは現場まで二時間で行ける方法を探してくれ」
「…………」

 再度、コクリとヴァイオレットは頷いた。
 改めて見るとせっかくの小麦色の肌が傷だらけだな、日焼け美人なのにもったいない。

「…………」

 フルフル、とヴァイオレットは首を横に振った。
 何だ? 見つからないのか? 諦めるのが早すぎる、諦めたらそこで試合終了だ、と俺は説教しようとした。

 するとグイッと、ヴァイオレットは俺の鼻先まで顔を近づけてきた。そして俺の手を取り、掌に指先でなんかしている。

『ち、が、う。お館様ずっと一人言喋ってる、無意識なのか知らないけど全部声にでてる。あたしは女を捨てて、いる。傷の同情はしなくて、いい』

 なにをしているのかと思ったら掌に指先で文字を綴っている。
 なんて面倒なやり取りだ、これから全部筆談で会話するつもりか。

 フルフル

 と、ヴァイオレットはまた首を横に振った。
 俺の手を掴んだ小麦色の手も指先も身体も何故か震えている。

『ごめん、なさい。あたしは声を出せないんだ、出したくても』
「最初に言え」

 なんだ、そーゆー病気か何かか。
 だったら早くそう言えばいいのに、それならそれなりの会話方法がいくらでもあるというに。

『ごめん、なさい。お館様に迷惑かと思った。以前のお館様にはそれで解雇された。お館様が代わったから再度セバスが拾ってくれた。言い出せなかった、でも、以前のお館様と違うと思って打ち明けた』
「声が出ないくらいどうとでもなる、意思疎通できるんなら別にいい」

 最近ではそういった雇用枠も増えている事だしな、まぁ地球の話だけど。
 話を聞く限り産まれつき声が出ないというわけじゃないらしい。

『あたしは戦闘部族出身で戦闘しかしてこなかった。それを見込まれて以前のお館様に雇われた、戦闘狂のお館様に付き添って色んな魔物と戦った。その中で魔物にやられて声帯を失ったんだ』

 なるほど、なら仕方ないな。

『何でもするから見捨てないで。捨てられたら居場所がない。故郷も魔物に滅ぼされたんだ』
「バカかお前、そんなもったいない事誰がするか」

 そもそも俺に人事権などない。セバスに一任してあるし。

「しかしそんな目に合ったのに戦闘に恐怖はないのか?」
『ない、あたしに出来る事はそれくらいしかない。いざとなったらお館様の盾になるから』
「ダメだ、それは警備兵である俺の役目だ。俺の盾になったら許さないぞ」
『………それじゃああたしのいる意味がないよ』
「いくらでもある、強い魔物と戦ってくれ。俺がサポートして守ってやる。俺は戦うのが面倒なんだ。いざとなったら俺が盾になる」
『立場が逆! お館様を守るのがあたしの仕事!』
「なら、対等な立場でいいだろう。ウルベリオン王もそーゆー政策を打ち出した事だしな。お前は俺の戦闘パートナーになれ」
「…………」

 ヴァイオレットは少し変な顔をした後、少し微笑んで再度筆談する。

『聞いた通り……本当に変なお館様。わかった、お互いに守り合えばいいんだな。だったらずっと一緒にいる』
「好きにすればいいさ」

 俺がそう言うとヴァイオレットはまた少し微笑んだ。

 そんな事より今は通勤快適計画を進めなければ。
 テレポートがないんだったら次に思い浮かぶのはどこでもド○的な未来道具だ。ムセンだったら隠し持ってそうな気がする、聞いてみるか。

 俺が厨房に行こうとするとヴァイオレットが袖を引っ張って引き留めた。

「ん?」
『一つ、お館様の言う時間短縮の手段はあるよ』
「なんだ?」
『飛竜を手懐ければいい、竜族に協力してもらって』


 竜、なるほど。
 うっかり失念していた、男の子のロマン。

 そうか、空の旅なら魔物にも邪魔されんしなにより気持ちがいい。
 飛行機やヘリみたいなものだから大幅な時間短縮になるだろう。何故思いつかなかったんだろうか。

「でかした、ヴァイオレット。ボーナス額を上げるように宝ジャンヌに掛け合ってやろう」
『別にそれはいいんだけど……提案してなんだけど竜は手懐けるのがとても難しい。エルフ族と同じで人に対して排他的。当てはあるの?』
「ない事もない」

 なんせ同じ警備協会(かいしゃ)に竜人がいるからな。
 そうと決まれば王都に出向いて【アマクダリ】に会いに行くとしよう。

「今すぐ王都へ向かう、着いてくるか?」
『勿論さ』

 よし、早速竜に乗って出発だ。飛行時間はどのくらいだろうか?
そしてこの世界に領空権などは存在するのだろうか? 王都に向かおうとして撃ち落とされなどでもしたらたまったもんじゃないな。調べなければ。そして竜と意思疎通は可能なのだろうか? まぁスマホ技術があれば何とかなるか。色々とやる事ができてしまったな。じゃあ竜に乗ってアマクダリに竜と契約するために色々協力してもらって。
 

 ん、待てよ?
 まだ竜は飼ってなかった。

 と、いう事はまた王都に一日以上かけて移動しなければならない。

 話を聞いただけでもう竜が手に入ったと勘違いしてしまった。そーゆーことってたまにあるよな。早とちり早とちり、危ないところだった。

「やっぱやめた、休んだら行く。何故ならまだ竜がいなかったから。王都に着くのに一日以上かかるから、面倒」
『…………本当に変な人だね』



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