上 下
49 / 207
序章第二節 石原鳴月維、身辺警備開始

四十四.帰るまでの遠足

しおりを挟む


 馬の蹄(ひづめ)の音が大きくなるたびに馬車が一層ガタガタと揺れる。
 ふむ、乗り心地は悪くない。
 黒いフードを被り、仮面をつけた女が馬を操っている。諜報ナントカのウテンの仲間だろうか。

 しかし車や電車でもそうだが人は心地良く揺れると母親の胎内にいた時の感覚と無意識に同調し眠くなるらしい。というわけで眠さの限界を迎えた俺は話を聞きながら寝る事にした。

「イシハラさん……良く眠れますね……今から……もしかしたら戦争が始まるかもしれないというのに……怖くはないのですか?」
「ZZZ別に。怖かろうがそうじゃなかろうが、やる事は変わらん。だったらやればいいだけだZZZ」
「貴方に恐怖心というものはないのですか……本当に……どんな時でも変わりませんね……でも今はそれがありがたいです」
「ちょっと待って。いー君は眠りながら喋っている? おかしい。どんな仕組み? 興味深い」
「……ウテンさん、たぶんそこまで真面目に追求する類のものではないと思います……」

 俺達は状況の確認や街に着いた後に何をすべきかを綿密に話し合う。

「いー君以外の人は住民の避難誘導をしてほしい。街外れに地下大聖堂への入り口がいくつかある、そこは結界が張られいて魔物の侵入を防ぐ。避難場所はそこ」

「わ、私はすぐに家族の元へ行かないとっ……!」
「あたしもなのよ! お母さんを一人にできないなのよっ!」

「落ちついて、スズ・キイチ・ロウ。心配なのはわかるけど住民達はもう避難を始めている。住民の人口を考えると会えるわけがない。諦めて。エミリ・ハーネスト……あなたはすぐに避難して。貧民街の人達はすぐに避難できるかはわからないけど、あなたはいー君達の依頼人だから先に避難できる」

「そ……そんなっ……! 諦められるわけがないでしょうっ!!」
「すぐに避難できるかわからないって……どういう事なのよっ!?」

「スズ・キイチ・ロウ、あなたは試験中の身とはいえ警備兵。だったら私情を置いて警備すべき人を優先させなければいけないから。あなたが迅速に誘導してくれれば助かる人もいる。エミリ・ハーネスト、避難には優先順位が定められている。貧民街の住民は最後。地下聖堂の収容にも限界があるから。王族、貴族、怪我人、病人、生産者、高名技術者、納税者が優先。他に何かある?」

 ウテンはスズキさんとエミリの質問に、事実だけを淡々と述べた。

「……!確かに……そうです……けどっ……!」
「だったらっ……あたし達は……貧乏人達は……避難できなかったら……魔物に殺されてもしょうがないってことなのよ!?」

「いつまでも駄々をこねないでスズ・キイチ・ロウ。エミリ・ハーネスト、そうは言ってない。あくまで事実を述べただけ」

「「………っ…」」

 冷酷に事実を告げるウテンにスズキさんもエミリも唇を噛みしめながら押し黙る。

「これが住民達の生存率を上げ、ひいては国を守る事にもなる最優先行動。それが、あなた達『警備兵』の仕事」

「………」
「………ぴぃ」

 シューズは無表情で何も言わず、鳥は少し哀しそうにスズキさんとエミリを交互に見る。
 ふむ。黙って聞いていたが、ウテンの指示は概(おおむ)ね正しい。冷静に、第一に、最優先にやらなければいけない事だけを告げる。至ってシンプル。確かにそれが街を、国を、守るという観点からしてみれば『警備兵』がやるべき事だろうな。
 素晴らしい、実に俺好みで簡潔な考え方だ。ウテンは俺に似通った部分があるようだ。

「………………っ! ウテンさんっ……! そんな言い方はっ!」
「ZZZだが断るzzz」

 ムセンが涙目になりながらウテンに何か言おうとしていたのを遮り、俺は寝ながら有名台詞を言った。

「……えっ?……イシハラさん…?」
「……? 何が? どうしたのいー君?」

 概ね正しいとは言ったが一つだけ、ウテンは決定的な間違いをおかしている。

「エミリ、俺達は街に着いたら何をすればいい?」

 俺はエミリに指示を仰ぐ。何故なら俺達はまだ『警備兵』になっていない。この試験は『エミリが目的の物を手にいれ、家まで警備する事』
 家に帰るまでが遠足。こんな事ガキでも知っている。まだ試験は終わってはいないのだ。
 つまり、俺達の行動を決めるのはウテンじゃない。依頼人であるエミリだ。

「……イシハラっ………ぐすっ…」
「ガキはすぐに泣く、それで? 依頼人様である『ガキ』の次のわがままは何だ?」
「………あたしをっ! お母さんのところに連れていってほしいなのよ! 警備してほしいなのよっ!!」
「承知した、母親の元まで警備してやろう」

 それが達成されてようやく俺達は『警備兵』だ。諜報ナントカだかとか王の命令だか知らないが、まだ俺達がそれを聞いてやる筋合いなぞ無い。
 警備協会との連絡手段がない以上、俺達に今、指図できるのは依頼人だけだ。
 全く、何が『簡単な試験』だか。面倒な事の連続じゃないか、試験終わったらクレームいれよう。

「……イシハラさん……」
「スズキさん、あんたはどうするんだ?」

 だがウテンの言う事は一理ある。まだ警備兵では無いとはいえ、未だ試験の最中。事情が事情とはいえ、それを放り投げて家族を優先するというのならスズキさんは試験をリタイアという形になる。世の中そんなに甘くはない。

「……私はっ……!」
「あんたの家族が一番にあんたに求めてるのは何だ?」
「………………イシハラ君……」

 まぁ、こんな事を言わなくてもスズキさんならわかっているだろう。何を一番に優先すべきかは。

「……えぇ、勿論ですとも。エミリ君、私は……家族のところへ行きたい、行かせてほしいっ!」
「……わかってるなのよ、キイチ。試験……お疲れ様、なのよ。家族のところへ行ってあげてほしいなのよ、いつか……キイチの娘さんとも遊びたいなのよ。だから……絶対守ってあげてなのよ!」
「えぇ! 必ず!」

 依頼人の許可も得たし、これでスズキさんは脱落か。まぁスズキさんなら次の機会で必ず合格するだろう。
 ウテンは不満げな顔をしていたが、諦めたようで俺に言った。

「…………仕方ない。けど、いー君。依頼人を母親に届けたら私と一緒に来てもらう。絶対」
「やる気があったらな」
「駄目。絶対来てもらう」
「何度も言わせるな、イライラする」
「やだ。だめ。離さない」
「我、拒否、自分で決める」

「何イチャイチャしてるんですかっ!! そんな事してる場合じゃないでしょう!!」

 しつこいウテンと俺のやり取りにムセンがお得意の突っ込みをいれる。これのどこがイチャイチャしてるんだ。

「『ウテン』、連絡がきたよ。ちょっとマズイ事になりそう」

 馬を操っていた仮面女から馬車に声がかかる。

「どうしたの?」

 仮面女は簡潔に告げた。

「『ガレン砦』は突破された、騎士二名は敗退、重傷。このままだと街で魔王軍とかち合うかも」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない

AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。 かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。 俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。 *書籍化に際してタイトルを変更いたしました!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...