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序章第二節 石原鳴月維、身辺警備開始
三十九.銃声
しおりを挟む〈ブッコロリ森林・奥地〉
「草木だらけです……整備された道は無いのでしょうか……?」
「知らないなのよ……けど……人が住むような森じゃないのよ……たぶんそんな道無いなのよ……」
ムセンとエミリはぶつくさ言いながらガサガサと草木を掻き分け、懸命についてくる。
「すだれおじさん大丈夫? 髪の毛抜けてない?」
「ひぃ……はぁ……だ、大丈夫ですぅ……」
その後ろには殿(しんがり)をつとめるシューズとスズキさん。シューズが疲弊した様子のスズキさんの髪を心配している。
「御主人様御主人様! もうすぐ湖畔に着くっぴ! あと1kmほどだっぴよ!」
「鳥、1kmはもうすぐとは言わん。マジめんどい道のりと言うんだ」
「ぴ! 勉強になるっぴ!」
俺達はエミリの目的兼試験クリア条件でもある『マタゴ花』とやらを見つけるため、森を歩いていた。
エミリの話によるとその花はこの森の水辺にしか咲かないという面倒くさい花でしかもそれは森の最奥地のネイズマヨ山の麓(ふもと)まで行かないといけないという面倒くささでそこにたどり着くまで徒歩で二時間ほど歩く面倒くささで森が広すぎ面倒くさくて生きるのが面倒くさい。
「イシハラさん! エミリさんの前なのですからあまり面倒面倒言わないで……」
「? 何だ?」
「……なっ、何でもありませんっ!」
ムセンはエミリの後ろに隠れた。何か様子が変だな、特に温泉を出たあたりから。俺の顔をまともに見ないしすぐにエミリかシューズの後ろに隠れる。
もしかすると。
こいつ、成長して霊的な何かを見えるようになったんじゃないか?
しかし怖がりだからまともに見れない。だから誰かの後ろに隠れる。
そう考えると全ての合点がいく。素晴らしい推理だ。
「そんなわけないなのよ! イシハラは女心を勉強するなのよ! それと思った事をすぐ口に出しすぎなのよ!」
どうやら間違いだったようだ。まぁどうでもいい、さっさと依頼を果たして帰るとしよう。
「で? その『マタゴ花』ってどんな花なんだ?」
「白い球体の実を咲かせる花です、その実は食用で滋養強壮に良く若返りの効果もあるそうで薬用にも使われていますよ。美肌効果もあるようで……昔はとても希少価値の高い花でした」
「そうなんですか」
さすがスズキさん、博識だな。しかし話を聞く限りまるっきりそのまま卵だな、マタゴ花。
卵を想像したら腹が減った。この世界は俺の腹を減らせる事に必死なのだろうか?何かと腹が減る事が多い。その卵花食ってもいいんだろうか。
「そのお花……沢山あるのなら私も一つ頂いてもよろしいのでしょうか……?」
ムセンが小声で恥ずかしそうに言った。こいつも卵料理が目当てなのだろうか、オムレツでも作ってもらおうか。
オムレツ、オムツ、パン○ース。
「構わないのではないでしょうか? しかしあまり高値にはなりませんよ? 今では『技術』が発展したせいか……収穫する人もあまりいませんし」
「ムセンちゃん、若返りたいのー?」
「い……いいじゃないですか! 聞かないでください!」
「ぴ! 見えてきたぴよ!」
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〈ブッコロリ森林湖畔〉
「わぁ……わぁっ!……綺麗です…」
薄暗い森林を抜け出した俺達の視界に久々に開けた空と日の光が飛び込んでくる。ムセンの喜びの通り、確かにそこは異世界に来て一番の綺麗な景色だった。
『神秘的 湖』で検索すると出てくる景色だ。広い湖の向こう側には山への登山道みたいなのがある。これがマヨネーズ山か、いや、ネイズマヨだっけ?
「わぁ……本当に綺麗なのよ、初めて見たなのよ……こんな綺麗な景色……」
「そうなのか?」
「……うん、あたしは街の外に出る事も滅多にないなのよ……魔物も多いし……お母さんはずっとお仕事してて……お留守番してなきゃいけないから……」
「そうか」
こんな綺麗な景色が近くにあるのに勿体ないな。
「………お母さんにも……見せたかったなのよ……」
「……エミリさん……」
何過去形にしてるんだこいつ、死んだのかお母さんとやらは。
「そんなわけないなのよ! 疲れてるだろうけど……元気なのよ!」
「だったら次一緒に来ればいいだろう、馬鹿かお前」
「簡単に言わないでなのよ! お金だってないし……あたし達だけで外に出られるわけないのよ!」
「俺達を呼べばいいだろう」
「…………え?」
「俺達が連れてってやればいいんだろう」
「…………仕事以外でそんな事しないんじゃなかったなのよ?」
「勿論仕事でだ、俺達はこの試験を終えて警備兵になる。警備の仕事には今回のように『身辺警護』というものがある。勝手に依頼しろ」
「………言ったなのよ、払うお金なんてないなのよ……」
「報酬は応相談だ、別に金じゃなくていい。寝床や料理でもな」
「……イシハラ……」
「だからガキはガキらしく綺麗な景色にはしゃいでればいい、お前の母親はお前にそうさせたくて一生懸命働いてるんだ。余計な気を使うんじゃない。ガキなんだから」
俺はそう言ってエミリの頭に手を乗せた。
「………っ……ガキガキ言うな……なのよっ……ぐすっ……」
ガキって言われて泣いてるようじゃガキだろうに。
「うーん、たぶんそれで泣いてるんじゃないと思うよイシハラ君」
じゃあなに泣いてんだこいつ。もしかしたら。
花粉症か。
確かに周りは木々だらけだ、ファンタジー世界だから日本にはない花粉があるかもしれない。名推理。
俺は湖に飛び込んだ。
「「「「!?」」」」
皆が驚き、呆気にとられたような表情をする。
「いきなり何やってるんですか!?!? イシハラさん!」
「花粉症対策だ」
「意味がわかりません!? せっかく素晴らしい事仰ったのに奇行に走らないでください!!」
「……あは、あははっ……全くなんなのよ……あんたって本当にわけがわからないやつなのよっ……! あははっ」
「! エミリさん……」
「ぐすっ……エミリ君が笑ったの…初めてですねっ……私も娘と重ねてしまって涙が……っ……ぐすっ……」
「イシハラ君ー受け止めてー」
シューズも水しぶきを上げて湖に飛び込んできて俺に抱きついてきた。こいつも花粉症か、全く厄介なものよな。
「シューズさんまで何してるんですか!? そ……それに抱きつくなんてっ……!」
「ムセン、あんたも同じ事すればいいなのよ」
「え……? で……でも……そんな……抱きつくなんて…………恥ずかしいです……」
「いいなのよ? シューズは見ての通り……自分の気持ちに正直に生きているなのよ?このままじゃ差は開く一方なのよ?」
「なっ……何の差ですか!……………………………………………んっ!」
ムセンも飛び込んできた、揃いも揃って花粉症か。
「……はぁ……全く世話が焼けるなのよ……」
「エミリ君、君も飛び込んでみてはいかがですか?」
「遠慮しとくなのよキイチ、着替えもないし……あたしはそこまでガキじゃないなのよ」
「………そうですか…」
「………けど」
「?」
「つ……次……お母さんと………みんなと来た時には……やってみても……いいなのよ……っ」
「……!……ふふっ、そうですか」
「ぴぃっ!楽しいっぴ!」
いつの間にか鳥も湖に入りバシャバシャやっている。俺の右肩にはシューズが掴まり、左肩にはムセンが掴まっている。何でくっついてくるんだこいつら、重くて鬱陶しい。
「け……結構深いんですねこの湖……! しっかり掴んでてくださいイシハラさんっ! んっ!? へっ…………変なところ掴まないでください!」
「イシハラ君ー、お尻に手やっていいよー、……ん……そこ……んん……」
「こんな場所でお二人共何してるんでっ……んっ! イシハラさんっ!そこはだめっ……!」
耳元でくそやかましい、喚くなら一人で泳がんかい。
「あははっ、まったくあの三人はしょうがないなの」
パァァァァァンッッッ!!
すると、破裂音と共に何かが倒れたような音がした。その音に驚いた木々に止まっていた鳥達が一斉に空へと逃げていく。
「…………………………………………………え?………エミ……リ……君……?」
「………え…………エミリさぁぁぁぁぁぁっん!!!」
それは一発の銃声と、その標的となった幼い少女が宙を舞い地面に叩きつけられた音だった。
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