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第二章 命名研究機関との戦い

第五十二話 名無しの権兵衛vs無のゼロ

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「ゆくぞ、青年よ」

そう言って初老の男は大剣を構える。
俺とアイも拳と弓を構えた。

『うちの室長は全ての能力を 無 にするような能力を使う』

俺の意識がない時にも俺の体に能力をかけたらしいが…それは事前にかけたルールの法の能力によって解かれた。
つまり…事前に自分に条件を課してクリアできれば無にする能力は解除できるという事だ。
事前に身体にかけた能力は無にはできない。

(それにさっき能力が解けていても驚きはしなかった、つまり何かしら解除する方法もあるって事だ)

でなければ能力を無にできるなんて反則もいいところだ。
…問題があるとすれば、その能力の発動条件がわからないこと。

(今まで出会った人達から学んだ、能力を発動するには何かしらの予備動作を行わなければならない)

自分の声を聞かせる、頭に手を置き名乗る、文字を刻む、手をかざす。
無にする能力の解除方法を見つけるまではその予備動作に注意して攻撃を避けなければならない。

「ナナシッ!!」
「!」

考えている間に大剣が俺の頭上に降りてくる。

「っ!」

ズドォォォオオオオオオオオンッ!!

初老とは思えないような腕力と大剣の力で地面を砕いた。空間全体が揺れる。
俺は寸でで回避し、アイのところまで後退した。

ブォンッ!

「そら、どうした?まだ小手調べじゃぞ」

そう言って老人は片手で大剣を背負う。
おかしい、思案していたとはいえ…挙動には細心の注意をはらっていたのに。
まるで何の前触れもなくいきなり目の前に現れた。

「……アイ、動き、見えたか?」
「…ううん。気づいた時にはもうあなたの前にいた」

ある程度の距離は保っていたのに。

……考えられるのは佰仟と同じ時間操作か。
……もしくは……


「……もしかしたら名前は…『ゼロ』…か?」
「ほう、直ぐに見抜きおったか」

予備動作が全く無かった。
加えて離れていた距離などまるで無いかのように、一瞬で詰めた。
『無』か『零』
すぐに思い浮かぶのはそんなところだったが、当たっていたようだ。

「………それで動作も無く攻撃をおこなう事ができるのか」
「言っておくがそれだけではないぞ」

ザシュッ!

そう言ってゼロは大剣で自分の腹を貫いた。

「!?」
「な、なにを…っ!?」

しかし不思議な事に血は一滴も流れなかった。

「パフォーマンスじゃよ、儂は全ての傷やエネルギーを零にする。ほれ、この通りじゃ」

老人に空いた穴はみるみるうちに再生し、身体はおろか、服さえも元通りになる。
俺達は再度驚く。

「プラスもマイナスも全てを『零』にする、つまり儂に攻撃は効かん。……この意味、わかるかの?」

エネルギーを零にする。
またしてもとんでもない能力、名前が出てきた。
世界の全てはエネルギーにより動いている。
歩く時も、剣を振る時も、呼吸する時も魔法を使う時だって。
それを全て『零』にする?どんな想いで名前をつけたらそんなチートみたいな能力がうまれるんだ。
だとしたら攻撃だけじゃなく、回復だって意味を成さない。
俺とアイの能力【アイスメリア(氷の造花)】は氷に包んだ者の再生エネルギーを爆発的に高める事で治癒をする。
それすらも『零』にする。
しかも自分に与えられる傷は『零』にして攻撃は効かない。
なんだそれは、ラスボスよりも厄介な隠しボスかよ。

「………!!」

俺はある事を思いだす。


「…巨人達を殺したのは…お前だったのか…」

溶岩騒動の時の隣町の巨人マチレスを思いだす。
彼の傷は何度能力を使っても再生できなかった。
あれは零につけられた傷…能力。
再生エネルギーを零にして…再生させない。

つまり傷は治らない。

「ほう、最強巨人の事も知っておるのか。そうじゃ、つまり儂がつけた傷は再生できんという事じゃ」

回復できないという事。
それは致命的だった。
再生すると再生しないを使い分ける事ができる。
自分の傷は零にでき、相手の傷は零にしない。

「何故全てを話したかわかるか?お主らに再生する能力があるのはわかっておる……それが無意味になる事の恐ろしさ、その恐怖を噛みしめながら戦ってもらうためじゃ」
「……プレッシャーでもかけたいってのか」
「ほっほっ、そういう事じゃの。特にナナシ君、お主にはそういう小細工でもせんと敵いそうもないからの」

……よく言う。そんな事微塵も思ってなさそうだ。
もしかしたらそれも心を乱す挑発かもしれない。

「すぅー…はぁっ…」

相手の名前は【ゼロ】
能力は攻撃無効、動作時間無し、再生不可能な大剣による斬撃。
しかも並の経験の持ち主じゃない。
経験値の差は計りしれない。

そして能力を封じる事もできる。
その発動条件は不明。
間違いなく今までで一番厄介な相手だ。

「………」

ピピピピピピピピピピピピピッッ!

俺は全ての数値を限界まで上げた。
現在上げられる数値の限界は9999まで。

スキル
【ルール】
相手に触れられなければ能力は封じられない。
【不思議】
致命傷を受けた箇所が自動回復する、失敗確率1%。
【一十佰仟】
【リーフレイン】


「よろしく、知っているだろうが俺はナナシだ」
「儂の名はゼロ、よろしくの」

バチィッ!

二人は不敵に笑い合い、激突した。
閃光速度とゼロ動作の男達はそれを横で観測するエルフの少女に音だけを先に届ける。
遅れて空気の振動が戦いの場全体を包み、震わせる。


バチンッ!!バチィッ!!ドゴォッ!バチィッ!ドゴォッ!バチィッ!バチンッ!バチィッ!バチンッ!!

ガラッガラガラガラッッ!!

ズドドドドドドド!

ドォンッドォンッ!

点在する柱は、お互いの衝突の衝撃波か、はたまた柱自体に衝突したのかはわからないが次々と崩れ落ちる。
その攻撃のやりとりは、時間にして一分程だったがアイの動体視力で捉えられるものは一つとしてなかった。
アイはその事実を受け止め、弓を構える。

(アタシはこの戦いにはついていけない、だったらやるべき事は決まってる。足手纏いにはならない事、そして……チャンスを待つ事……それが…弓使いのアタシの戦い方っ!)

「その若さで凄まじい力じゃ、末恐ろしい!」

(なるほど、漫画とかでよく見る攻防中の会話のやり取りってこういう感じなのか)

お互いに攻撃を繰り出し、達人ですら回避できないような速度で回避を繰り返しているのに何故か会話は聴こえる。
漫画ではよく言われる時間と感覚の矛盾。
それを初めて実感できた。

「お主なら…あの男に届くかもしれんな」

ゼロはまるで剣を振っていなかった。
正確にはきっと振っているのだろう、しかしゼロ動作の故、まるで大剣が独りでに意志を持ち攻撃を仕掛けてきているようだった。

(たぶん普通だったら斬られた事にすら気づかず戦いが終わるんだろうな)

極限まで上げたパラメーターとスキルによりかろうじて斬撃の瞬間だけを捉える事ができた。

しかし恐ろしい。
いつだったか女神が言っていたが、上限値いっぱいまでパラメーターをあげると国を一人で破壊可能な程の力になるらしい。
しかしそんな化け物を意に介さず渡り合う老人。
それは攻撃エネルギーとやらをゼロにできる能力のおかげなんだろうが…

数秒の間に、俺達はおよそ数百の攻防を果たす。
俺は老人自体は狙っていなかった。
破壊すべきは武器。
大剣を破壊できさえすれば…いくら能力が強かろうと化け物だろうと一人の老人。
一気に優勢になる。

しかし攻撃のエネルギー自体が無くされているからか…大剣に拳や脚が当たっても全く手応えを感じられない。

「無駄じゃよ、お主の攻撃エネルギーは全てゼロになる」

しかし、それは狙い通りだった。

(狙いは一つ)

その攻撃に隠れて気づかれないように武器に文字を刻む事。

そう、『殺』の文字を。

(そのためには無策に剣を殴打し続けてるように見せなきゃならない)

ドドドドドドドドドドドドッッ!!
バチィッ!バチバチッッ!

互いに傷はなく、決定打もなかった。
戦闘している二人にとっては永遠、観測している者にとっては一瞬に感じる時間が流れる。
時間が一分を越えようとしていても音と火花は鳴り止みそうもない。


それを打ち壊したのは新たにこの戦闘の場に足を踏み入れた人物の一言だった。

「終わったーるる」

正確には人物達、一個の集団。
立っていたのは五名。気を失っているのが五名。

「っ!……み、みんな…!?」
「!!」

「こっちもだ」
「華麗に終わったよ」
「小娘達にしては頑張った方ね」
「殺したかった…」ブツブツ…
「所長命令だから仕方ないーるる」

「…」「…」「…」「…」「…」

皆は傷だらけでそれぞれの幹部達に連れられていた。
床に引きずられたり、肩に担がれていたり様々ではあったが。

「皆……っ!!」

「油断しおったな、終わりじゃ」
(しまっ…!)

ザクッ

「………かっ……はっ……?」

大剣が先ほど老人を貫いたように、今度は俺の体を突き抜けた。

「そして、儂のマスタースキルの発動じゃ。相手の能力を『零』にする。この能力は儂と対峙して五分たたんと相手に効果を発揮せん。全く厄介な条件よ」

(話してたのは……ただの……時間稼ぎ……だった…のか…)

ビチャビチャビチャッッ…

大量の血が大剣に滴り落ちる。
身体を貫いた大剣は少し横に払えば胴体を真っ二つにしてしまいそうだった。

「ただただ貫通のみを目的に命名した相棒…名剣「絶貫」、貫けぬものは無し」

そう言ってゼロは深く大剣を押し込む、その際に俺の身体に触れた。

スキル【ルール】失敗

その反動によりゼロに封じられる事もなく、俺の能力は全て封じられた。

スキル【不思議】失敗

その光景を見ていたアイが氷を纏った矢を俺に向ける。
……あれは……氷の造花を乗せた…矢…か。
あれを喰らえばきっと…回復…できるんだ……アイ…。

「……っ!!」

ヒュッ!!

【アイスメリアアロー】

ピキピキ……パリィィィンッ!

「無駄じゃ娘、お主の能力も既に封じられた。それ以前に回復は意味を成さん」

ガッ

「うっ…!!?」
「大人しくしておけ」

アイの後ろには『無限』の青年がいて、アイの首を一撃…殴打した。

ガクッ

それによりアイも気絶する。

「……ア…イ……みん…な…」

ゼロは大剣から手を離す。
柄の部分をゼロが足で押さえ、床につく。
地面に着き斜めになるにつれ、俺の身体は少し持ち上がった。
貫かれたままの俺の体は剣が支えになり、前にも後ろにも倒れこむ事もできなかった。

「血だけは後に止めてやろう、死なれては研究に使えぬからな」
「他のやつらはどうする?」
「その娘だけは儂が所長の元へ連れてゆく、後は拘束しておけい」

「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」

「…………」


もう誰も、俺の名を呼ぶ者はいなかった。








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