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第一章 箱使いの悪魔

#000.■悪魔と天使(じゅうしゃ)

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 時刻は人々が活動を終え闇夜に包まれる十二刻の時。
 騒がしかった街の喧騒は嘘のように途絶え、人々はまた日の昇る時間を家族や友人達と共に夢見心地で迎えるのだろう。
 
 この街の名は『ウォールレイト』
 ロートレスという国の東南地点に位置する行商の盛んな街で、多種族多民族が行き交う国に於いての商業都市に位置づけされている。
 広大である街の一部を覗いてみても、貴族の出資する『学院』、教会の運営する『孤児院』、商売人らが営む独自の建築法を用いた様々な店や露店、工房などが軒を連ねている。
 街は厳重に内壁、外壁にて覆われており矢狭間、狭間や胸壁には交代により昼夜問わず兵士が立たされている。
 外側には堀が巡らされ門は跳ね橋により侵入者の来訪を拒み、魔法により結界も張られているため魔獣すらも街を襲来するのは容易ではないだろう。

 しかし、その鉄壁な守りを嘲笑うかのように……この街ではここ数月の間『変死体』が発見されるという事件が多発していた。
 犠牲者の数は既に十に達し、その犠牲者は無惨なまでに鋭利に斬り刻まれていたり、顔が変形するほどに焼かれていたり、殴打されていた。
 発見場所も殺害方法も一貫性はなく、また、犠牲者もウォールレイトの住民であったりスラムの住人であったり余所の街の人間であったりと様々であった。

 たった一つ、共通しているのは犠牲者がみな『幼い奴隷の少女』であったこと。
 そして、それを理由として建前上では巡回の兵士を増員したものの
王や教皇達のこの事件への関心は高くなく……現在もこの連続殺人者は正体不明のまま野放しとされていた。

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「はぁっ……はぁっ……!!」

 少女は走る。
 薄暗く、人気(ひとけ)の無い街の裏路地。
 人の姿はない、巡回する兵士の姿も飲んだくれ酔いつぶれている冒険者や職人の姿も娼婦の姿でさえも。
 普段であれば灯っている家の光も何故かそれを覗かせない、故に、助けを求める事も望めない。

 走る少女の名は『メリア』
 年齢は12才、主人の手伝いでこの街にやってきた賢く優しい年相応の身なりをしたごく普通の少女だ。

 奴隷である事を除いてではあるが。
 
「はぁっはぁっ……はぁっ……!」

 息も絶え絶えにさらに暗い路地に入る。
 もうどのくらい走っているだろうか、などと考える余裕すら無い。
 たとえ足が限界を迎えようと止まるわけにはいかなかった。

 メリアは知らなかった。
 この街に連続殺人者が潜んでいた事を。

 知る由もない、この街を守る騎士や兵士……大人達のその誰もが連続殺人者の正体や潜入地を掴めていないのだから。
 そして、公にはこの連続死は『事故死』として片付けられているのだから。
 この街の住民でもない幼い少女が真実を知ろうはずもない。

 そして、誰もが知る由もない。
 連続殺人者、その正体がこの街を守護しているはずの数名の兵士である事を。

「へへへ、逃げんなよぉ! 俺達と仲良くしようぜえ?!」
「おい、あんまでけぇ声出すなよ。せっかく久しぶりのうさ晴らしだってのに……聞こえちまうだろうが」
「そうだぜ、その為に人払いしたんだからよ」

 甲冑を纏った三名の兵士が薄ら笑いを浮かべながら少女を行き止まりへと導いていく。
 この街を知り尽くす兵士達から逃げおおせるわけもなく、少女は為す術もなく追い込まれていた。

 本来ならば自身を守るべき兵士達に追われる絶望に勤勉で聡明な少女は悟る。
 きっと誰に助けを求めても無駄なのであろう事を。
 しかし、それで生を諦められるほどに少女はまだ歳を重ねてはいなかった。

「はぁっ……はっ……はぁっ……誰か……お願いっ……助けてっ……」

 悟りとは別に働く感情から漏れる小さな呟きは、迫る兵士の足甲が鳴らす足音に掻き消される。

 何故、兵士達がこのような凶行に及ぶか。
 特に意味はなかった、言葉通りの単なる暇潰し、憂さ晴らし、窮屈で代わり映えしない毎日を潤すちょっとした刺激。
 兵士であれば疑いを回避するのは容易いし、複数人であれば勤務表を誤魔化せる事ができるし、犠牲者が奴隷であれば話がそこまで大きくならないと知っていたから。

「奴隷にしちゃあ中々上玉じゃねえか……こりゃあひん剥いて姦すしかねぇな」
「はっ! 少女趣味が過ぎるだろお前。じゃあ殺すのは俺にやらせろよ」

 メリアは祈る。
 誰に向けた祈りなのかは自分にもわからない。
 『正義』であるはずの兵士達に凶刃を向けられているのだ。
 正しく絶対であるはずの神に祈ろうとは到底思えなかった。
 この世に生を受けてから、不遇であったメリアがそう思うのも無理からぬ事ではある。
 
 ──『神は助けてくれない、では、誰に祈ればいい?』──


 メリアは街の内門の壁に背をつけて涙を流す。
 すると、立ち塞がる兵士達の向こう側に光が見えた。

 しかし、それはメリアの見間違いであり単なる光そのものではなかった。


 それは眩いばかりに光輝く、真っ白な髪をした天使であった。
 全てが白く、とても儚げで瞼を一瞬でも閉じてしまえばそのまま消えてしまいそうな……絵画で見るよりも美しい天使の姿。
 まるで発光でもしているかのような、白金の天の使い。

 物語の世界にでも迷い込んだのか、と呆けるメリアだったがよく見るとその天使が自分とさして年齢の変わらない、現実の少女である事に気付く。

 その少女は闇夜に『蒼(あお)』と『紅(あか)』の二種の眼光を点しこちらを見る。
 そして、誰に向けたのか判然としない不明瞭な言葉を発する。

「聞くまでもない……本当に問うのも馬鹿らしい質問を投げかける私をお許しくださいませ御主人様。そちらにいるゴミ達……いえ、失礼しました。それを決定するのは貴方様で御座いますね、そちらにいる兵士達をどう判じ、どう処理されるべきとお考えでしょうか?」
 
 天使の少女は壁を見上げながら、メリアや兵士達にも聞こえるくらいの声量でそう言った。
 当然、困惑する兵士やメリアは反応できずにいる。
 当然、天使の少女もこの場にいる者達に問うたのではない。


 メリアが背をつける『壁』の向こう側。
 そこに天使の御主人(マスター)は存在していた。

 天使の視線の先の『壁』は突如、動き出す。
 何かにくり貫かれるように四角く。
 そしてくり貫かれた壁は突如として消えてしまった。

 壁には四角い空洞が出来上がり、その中からその男は現れた。
 
 まるで異界から召喚されたかのように──現れた男は笑いながら言った。


「──なはは、本当に聞くまでもないな。『クソ野郎には地獄の苦しみと死を与えろ』」
 
 
 天使が頬を染めながら『ソウル様……』と男を見ながら呟く。
 メリアは知らない。
 この男、【ソウル・サンド】がやがて世界を創り変える事を。

 
                  ー   第一章 【箱使いの悪魔】 ー
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