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精霊の声を聞け
15 とある魍魎の未練
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宛もなく誰かを捜している。たまに山で会う人間は外ればっかり。ならばと村を垣間見れば、不愉快な光景も多い。
薄茶色の頭はよく誰かに罵倒されている。弱いのかな。そのくせ村の連中は、具合を悪くすればそいつをあてにする。意味不明な生き物。
魍魎になって人間を眺めると、どうしようもない部分が目に付く。とても醜い。
その分そうじゃない奴を見付けると気分が良い。あの毛色の違う奴はとても気になる。あの子を見付けるのが先だけど。
あの子はどこにいるだろう、会えば分かるの? 忘れたことも思い出せるの? それを縁にしている自覚はあった──
「ひ……っ!」
「で、出た!」
ある日人間に出会した。大人ばっかり、期待外れ。あの子はもっと小さくて……そうだったっけ?
「こんな時くらい役に立ちなさいな! 愚図!」
「っ!?」
煩い人間が自分より歳下の人間を突き飛ばす。こっちに倒れるしかないそいつの目を見た。
灰を溶かした紫に、日光が差し込んで──……
『いた』
胸の奥で膨れ上がる感情は雑多に。大きくなったのね、遅くなっちゃった、会いたかった……歓喜も惑いも混ざり合って弾けた。
『この子だ』
見付けた。見付けた。やっと会えた。あのね……
「いっ……!」
倒れるまま土と石であの子は怪我をする。掌に血が滲んで、痛そうに。それは小さな怪我でも、あの子の身体には多かった。
「今の内に!」
「逃げるのよ、早く!」
こいつら人間のくせに……知能も道具もない生き物ならいざ知らず、よくもこんな真似が出来る。
だけど私も虐げられる様を放置した。見殺しにしてた。私もこいつらみたいだったんだ。
「毒草でもなんでも使って、足止めなさいよ癒々!」
『ゆゆ』
蘇る。心が燃える。思い出す──
強くならなくちゃ、悲しませないように。守れるように。誰にも手を差し伸べることは出来ないと、世界の全部がゆゆを一人ぼっちにしても、私がいるの。
『……さない』
──ゆゆ、最初の友達。
──大好き。約束。
──私が守ってあげる。
『許さない』
加護じゃない、これは誓い。ただ私が選んで願い続けて行くこと。誰もゆゆを守らないなら、世界のどこにも救いがないなら、私が戦う。
加護じゃなくてごめんね。私は格も低くて、あんまり強くもなれなかった。でも、私がゆゆを守るの!
「何、なんなの!?」
「どうしてこちらばかり!」
「誰かどうにかしなさいよ! 精霊様、私の精霊様、災いからお守り下さいな!」
煩い、お前ら絶対許さない!
『二度とこの子に近付くな!』
人間を追い払った後、ゆゆもそこにはいなかった。
私が大人になったゆゆを分からなかったみたいに、魍魎に成り果てた私はゆゆに気付かれなかった。
仕方ない、それでも良いの。決めたことだから。けど人間の輪の中に入れないゆゆは、一人でいるに違いない。
『ごめんね……』
私の思いはいつか通じるの? 声は届くの?
もう叶わないんだろうなぁ。精霊ですらなくなってしまったもの。ゆゆの望むものを私はあげられないんだ。一つも叶えてあげられない。
***
『むむむ、むーっ……出来なぁい』
ぼひゅ……と抜けて行く力と空気。使いたいように力が使えない。何をしたいかは明確なのに。
何度会っても魍魎の姿じゃ怖がられちゃう。人間の形を真似たら、また友達になれるかもしれない。だからずっと練習してるのに、上手く出来ない。
完全に別の姿を取るのは大精霊より上、神霊くらいにならないと無理だ。魍魎なら人間を食べれば形を奪えるらしいけど……
『ああ、一人いた。ゆゆと歳が近そうな男』
都合良くそいつが夜中に畑をウロウロしていて。木に登った男を蹴落とす。こいつの姿を奪えば……
けどもしゆゆに知り合いを食べたと悟られたら、余計に怖がられる──
ハッとした。腕が折れたと男は喚くが、どうでもいい。こいつ嫌い。だからやーめた。
『こいつの顔じゃ、ゆゆも嫌がりそうだし』
どうして私もっと強く生まれなかったの? せめてゆゆがどこか、平和な場所に移ってくれたら良いな。
──なんて暢気なことを。人間の悪意がどれ程醜悪か、私は目の当たりにする。
***
悲鳴が聞こえた。寄って集って取り押さえられている、苦痛の声。
『ゆゆ!』
まるで化物と戦ってる気でいるみたいに、愚かな人間達が私の大事な友達に乱暴している。あれだけ思い知らせてやったのに……
ねえ、何も学ばないの?
『……自業自毒……!』
この世で一番苦しんで欲しい。己の罪と悪意に苛まれて悶えろ。こいつらには、付ける薬もないでしょう?
昏倒した人間達を後目に、私はゆゆの為に形を変えた。人間の形……そうだ、出会った頃のゆゆの姿を真似れば、私だって気付くかも。
その途中見付けたの、太い糸を編んだ花飾り。昔くれると約束したのはきっと──……
『完成してたの』
火に誘われて飛び込む虫も、こんな心地なんだろうか。魂が惹かれるの。抗い難い懐古の念が、私をふらふらと向かわせた。
私の為にお揃いでゆゆが作ってくれたの。私にくれると言っていたの。古びて褪せた糸、くたびれた形が、月日の流れを宿してる。
これは、これだけは私の物と言っても良い筈だ。どうして残してくれてたの? どんな気持ちでいたの? 私のこと忘れないでいてくれたの? 大人になっても、ずっと……?
『ゆゆ……っ』
薄茶色の頭はよく誰かに罵倒されている。弱いのかな。そのくせ村の連中は、具合を悪くすればそいつをあてにする。意味不明な生き物。
魍魎になって人間を眺めると、どうしようもない部分が目に付く。とても醜い。
その分そうじゃない奴を見付けると気分が良い。あの毛色の違う奴はとても気になる。あの子を見付けるのが先だけど。
あの子はどこにいるだろう、会えば分かるの? 忘れたことも思い出せるの? それを縁にしている自覚はあった──
「ひ……っ!」
「で、出た!」
ある日人間に出会した。大人ばっかり、期待外れ。あの子はもっと小さくて……そうだったっけ?
「こんな時くらい役に立ちなさいな! 愚図!」
「っ!?」
煩い人間が自分より歳下の人間を突き飛ばす。こっちに倒れるしかないそいつの目を見た。
灰を溶かした紫に、日光が差し込んで──……
『いた』
胸の奥で膨れ上がる感情は雑多に。大きくなったのね、遅くなっちゃった、会いたかった……歓喜も惑いも混ざり合って弾けた。
『この子だ』
見付けた。見付けた。やっと会えた。あのね……
「いっ……!」
倒れるまま土と石であの子は怪我をする。掌に血が滲んで、痛そうに。それは小さな怪我でも、あの子の身体には多かった。
「今の内に!」
「逃げるのよ、早く!」
こいつら人間のくせに……知能も道具もない生き物ならいざ知らず、よくもこんな真似が出来る。
だけど私も虐げられる様を放置した。見殺しにしてた。私もこいつらみたいだったんだ。
「毒草でもなんでも使って、足止めなさいよ癒々!」
『ゆゆ』
蘇る。心が燃える。思い出す──
強くならなくちゃ、悲しませないように。守れるように。誰にも手を差し伸べることは出来ないと、世界の全部がゆゆを一人ぼっちにしても、私がいるの。
『……さない』
──ゆゆ、最初の友達。
──大好き。約束。
──私が守ってあげる。
『許さない』
加護じゃない、これは誓い。ただ私が選んで願い続けて行くこと。誰もゆゆを守らないなら、世界のどこにも救いがないなら、私が戦う。
加護じゃなくてごめんね。私は格も低くて、あんまり強くもなれなかった。でも、私がゆゆを守るの!
「何、なんなの!?」
「どうしてこちらばかり!」
「誰かどうにかしなさいよ! 精霊様、私の精霊様、災いからお守り下さいな!」
煩い、お前ら絶対許さない!
『二度とこの子に近付くな!』
人間を追い払った後、ゆゆもそこにはいなかった。
私が大人になったゆゆを分からなかったみたいに、魍魎に成り果てた私はゆゆに気付かれなかった。
仕方ない、それでも良いの。決めたことだから。けど人間の輪の中に入れないゆゆは、一人でいるに違いない。
『ごめんね……』
私の思いはいつか通じるの? 声は届くの?
もう叶わないんだろうなぁ。精霊ですらなくなってしまったもの。ゆゆの望むものを私はあげられないんだ。一つも叶えてあげられない。
***
『むむむ、むーっ……出来なぁい』
ぼひゅ……と抜けて行く力と空気。使いたいように力が使えない。何をしたいかは明確なのに。
何度会っても魍魎の姿じゃ怖がられちゃう。人間の形を真似たら、また友達になれるかもしれない。だからずっと練習してるのに、上手く出来ない。
完全に別の姿を取るのは大精霊より上、神霊くらいにならないと無理だ。魍魎なら人間を食べれば形を奪えるらしいけど……
『ああ、一人いた。ゆゆと歳が近そうな男』
都合良くそいつが夜中に畑をウロウロしていて。木に登った男を蹴落とす。こいつの姿を奪えば……
けどもしゆゆに知り合いを食べたと悟られたら、余計に怖がられる──
ハッとした。腕が折れたと男は喚くが、どうでもいい。こいつ嫌い。だからやーめた。
『こいつの顔じゃ、ゆゆも嫌がりそうだし』
どうして私もっと強く生まれなかったの? せめてゆゆがどこか、平和な場所に移ってくれたら良いな。
──なんて暢気なことを。人間の悪意がどれ程醜悪か、私は目の当たりにする。
***
悲鳴が聞こえた。寄って集って取り押さえられている、苦痛の声。
『ゆゆ!』
まるで化物と戦ってる気でいるみたいに、愚かな人間達が私の大事な友達に乱暴している。あれだけ思い知らせてやったのに……
ねえ、何も学ばないの?
『……自業自毒……!』
この世で一番苦しんで欲しい。己の罪と悪意に苛まれて悶えろ。こいつらには、付ける薬もないでしょう?
昏倒した人間達を後目に、私はゆゆの為に形を変えた。人間の形……そうだ、出会った頃のゆゆの姿を真似れば、私だって気付くかも。
その途中見付けたの、太い糸を編んだ花飾り。昔くれると約束したのはきっと──……
『完成してたの』
火に誘われて飛び込む虫も、こんな心地なんだろうか。魂が惹かれるの。抗い難い懐古の念が、私をふらふらと向かわせた。
私の為にお揃いでゆゆが作ってくれたの。私にくれると言っていたの。古びて褪せた糸、くたびれた形が、月日の流れを宿してる。
これは、これだけは私の物と言っても良い筈だ。どうして残してくれてたの? どんな気持ちでいたの? 私のこと忘れないでいてくれたの? 大人になっても、ずっと……?
『ゆゆ……っ』
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