27 / 37
第二部 妖精姫の政略結婚
辺境伯との結婚2
しおりを挟むスミレ宮では、ユーリア姫の結婚の準備で大忙しだった。
通婚で滞在する辺境伯の部屋と夫妻の寝室の調度などを整え、また結婚式とお披露目の支度、衣装の仮縫い、祝いの品を届ける貴族の使いの者への対応など、やらなければならないことが山ほどある。
「あら、まあ。何て素晴らしい花嫁衣裳だこと」
ユーリアの猫妖精のふくよかな乳母は、仕上がった婚礼衣装を広げて感嘆の声をあげた。
しばらく前に腰を痛めて王都の家に帰り静養していた乳母だったが「姫さまのご婚礼には私がいないと!」と言ってスミレ宮に戻って来ていた。
「ほら、フランシスも何とか言いなさいよ。この純白の衣装の襟ぐりと袖にあしらわれた艶やかな銀豹の毛皮は、花婿となる辺境伯が領地で自ら仕留めた獲物だというじゃないの。姫さまの夫君になられる方は、なかなかやるわね」
「……くっ。銀豹め、情けないぞ。辺境伯など、返り討ちにしてやればよかったのに……」
結納品と目録を確認していたフランシスは、乳母をチラリと見てからボソッと呟きまた作業に戻った。
「ついに、私らの小さかった姫さまがご結婚かぁ。あんたも早くお嫁さんを貰わなくっちゃねぇ」
「……乳母殿。余計なおしゃべりは止めて、さっさと手を動かしてくださいよ」
「はい、はい」
そしてついに結婚式まであと三日に迫った時――フランシスが王宮の回廊を足早に歩いていると、後ろから兄のシーグルドに呼び止められた。
「フランシス、ちょっと付き合え」
「え、兄上? 今忙しくて――」
フランシスが振り向くと、突然シーグルドの後ろにいた犬妖精の屈強な男たちが、わらわらと飛び出して来た。驚くフランシスをよそに、あっという間にその身体を担ぎ上げると回廊を風のように走り抜ける。
そしてとある部屋に着くと、フランシスを荷物のように放り込んだ。
妖精王から寵臣たちに与えられたその部屋は、彼らが王宮に伺候する際などに使用されている。
犬妖精族の王であり、この妖精の森の国からはヴィーセルグレーン公爵位を与えらているフランシスの父親の居室。
床に敷かれた絨毯の上に投げ出されたフランシスは、痛みをこらえて顔を上げると、老いてもなお精悍な容姿を保つ父親が、椅子に座って脚を組んでいた。
「父上! いったいこれはどういうことです」
「わしの呼び出しにも応じられない程、お前が忙しいと聞いてな。王宮に伺候したこの際、用事を済ませてやろうというわけじゃ」
犬妖精の王は、ふさふさとした長く白い眉毛の下の金眼を細めた。顎ひげ、頭上のケモ耳も尻尾もほとんど白くなっているが、その身体は筋骨隆々としてエネルギッシュ、鋭い眼差しには威圧感があった。
「いいか、ユーリア姫が結婚する前にお前も結婚しろ。今すぐ嫁を取れ。さもなくば今後、姫の側に侍ることは許さん」
「待ってください、父上。僕は――」
「言い訳は聞かん――連れて行け」
再び屈強な犬妖精の男たちに持ち上げられ、フランシスは王宮の外、王都にある父親の 邸宅へ連れて行かれた。
「兄上、お願いですっ。姫さまの大事な結婚式の前に側近の僕が居なくなってしまったら! きっと今頃は心配して心細くされていると思うのです。どうか、僕をスミレ宮に帰してください」
ヴィーセルグレーン邸の一室に閉じ込められたフランシスは、一緒について来た兄シーグルドに訴えた。
「ユーリア姫には、ちゃんと伝えておくから安心しろ。お前が嫁取りをしたら、三日後にはここから出られる」
シーグルドが合図をすると、続きの部屋から清楚な雰囲気の瞳のくりくりとした愛らしい犬妖精の娘が入って来た。
「カルロッタと申します」
パフスリーブの薄桃色のドレスのスカートを摘まみ、膝を折って愛らしく挨拶する娘を呆然と見つめ、兄を顧みる。
「彼女は物事をわきまえたよい娘だよ。悪いけど、父上からは嫁取するまでここを出すなと命じられてるんだ。三日後にまた来る」
兄は素早く部屋の外に出て、扉を閉めた。
「ふざけるな! ここから出せ!」
フランシスは扉をドンドンと叩いて、体当たりした。扉は頑丈でびくともしない。
部屋を回って調べると、窓はすべて塞がれている。浴室の換気用の窓の下に椅子を置きその上に登って、外を覗くとご丁寧に見張りまで居ることが分かった。
「クソッ」
(父上たちは本当に、僕が結婚……既成婚をしなければ、ここを出さないつもりなんだ)
0
お気に入りに追加
803
あなたにおすすめの小説
ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない
扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!?
セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。
姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。
だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。
――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。
そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。
その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。
ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。
そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。
しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!?
おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ!
◇hotランキング 3位ありがとうございます!
――
◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
清廉潔白な神官長様は、昼も夜もけだもの。
束原ミヤコ
恋愛
ルナリア・クリーチェは、没落に片足突っ込んだ伯爵家の長女である。
伯爵家の弟妹たちのために最後のチャンスで参加した、皇帝陛下の花嫁選びに失敗するも、
皇帝陛下直々に、結婚相手を選んで貰えることになった。
ルナリアの結婚相手はレーヴェ・フィオレイス神官長。
レーヴェを一目見て恋に落ちたルナリアだけれど、フィオレイス家にはある秘密があった。
優しくて麗しくて非の打ち所のない美丈夫だけれど、レーヴェは性欲が強く、立場上押さえ込まなければいけなかったそれを、ルナリアに全てぶつける必要があるのだという。
それから、興奮すると、血に混じっている九つの尻尾のある獣の神の力があふれだして、耳と尻尾がはえるのだという。
耳と尻尾がはえてくる変態にひたすら色んな意味で可愛がられるルナリアの話です。
悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~
一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、
十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。
ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は
その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。
幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、
目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。
彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。
訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、
やがて彼に対して……?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました
ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。
リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』
R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。
【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫
Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。
生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。
行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。
そしてそんな妻を愛してやまない夫。
束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。
自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。
時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。
そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
※現代もの
※R18内容濃いめ(作者調べ)
※ガッツリ行為エピソード多め
※上記が苦手な方はご遠慮ください
完結まで執筆済み
【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される
吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。
【R18】9番目の捨て駒姫
mokumoku
恋愛
「私、大国の王に求婚されたのよ」ある時廊下で会った第4王女の姉が私にそう言った。
それなのに、今私は父である王の命令でその大国の王の前に立っている。
「姉が直前に逃亡いたしましたので…代わりに私がこちらに来た次第でございます…」
私は学がないからよくわからないけれど姉の身代わりである私はきっと大国の王の怒りに触れて殺されるだろう。
元々私はそう言うときの為にいる捨て駒なの仕方がないわ。私は殺戮王と呼ばれる程残忍なこの大国の王に腕を捻り上げられながらそうぼんやりと考えた。
と人生を諦めていた王女が溺愛されて幸せになる話。元サヤハッピーエンドです♡
(元サヤ=新しいヒーローが出てこないという意味合いで使用しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる