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第二部 妖精姫の政略結婚

辺境伯との結婚2

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 スミレ宮では、ユーリア姫の結婚の準備で大忙しだった。
 通婚で滞在する辺境伯の部屋と夫妻の寝室の調度などを整え、また結婚式とお披露目の支度、衣装の仮縫い、祝いの品を届ける貴族の使いの者への対応など、やらなければならないことが山ほどある。

「あら、まあ。何て素晴らしい花嫁衣裳だこと」

 ユーリアの猫妖精ケット・シーのふくよかな乳母は、仕上がった婚礼衣装を広げて感嘆の声をあげた。
 しばらく前に腰を痛めて王都の家に帰り静養していた乳母だったが「姫さまのご婚礼には私がいないと!」と言ってスミレ宮に戻って来ていた。

「ほら、フランシスも何とか言いなさいよ。この純白の衣装の襟ぐりと袖にあしらわれた艶やかな銀豹の毛皮は、花婿となる辺境伯が領地で自ら仕留めた獲物だというじゃないの。姫さまの夫君になられる方は、なかなかやるわね」

「……くっ。銀豹め、情けないぞ。辺境伯など、返り討ちにしてやればよかったのに……」

 結納品と目録を確認していたフランシスは、乳母をチラリと見てからボソッと呟きまた作業に戻った。

「ついに、私らの小さかった姫さまがご結婚かぁ。あんたも早くお嫁さんを貰わなくっちゃねぇ」

「……乳母殿。余計なおしゃべりは止めて、さっさと手を動かしてくださいよ」

「はい、はい」
 

 


 そしてついに結婚式まであと三日に迫った時――フランシスが王宮の回廊を足早に歩いていると、後ろから兄のシーグルドに呼び止められた。

「フランシス、ちょっと付き合え」

「え、兄上? 今忙しくて――」

 フランシスが振り向くと、突然シーグルドの後ろにいた犬妖精クー・シーの屈強な男たちが、わらわらと飛び出して来た。驚くフランシスをよそに、あっという間にその身体を担ぎ上げると回廊を風のように走り抜ける。
 そしてとある部屋に着くと、フランシスを荷物のように放り込んだ。

 妖精王から寵臣たちに与えられたその部屋は、彼らが王宮に伺候する際などに使用されている。
 犬妖精クー・シー族の王であり、この妖精の森の国からはヴィーセルグレーン公爵位を与えらているフランシスの父親の居室。

 床に敷かれた絨毯の上に投げ出されたフランシスは、痛みをこらえて顔を上げると、老いてもなお精悍な容姿を保つ父親が、椅子に座って脚を組んでいた。

「父上! いったいこれはどういうことです」

「わしの呼び出しにも応じられない程、お前が忙しいと聞いてな。王宮に伺候したこの際、用事を済ませてやろうというわけじゃ」

 犬妖精クー・シーの王は、ふさふさとした長く白い眉毛の下の金眼を細めた。顎ひげ、頭上のケモ耳も尻尾もほとんど白くなっているが、その身体は筋骨隆々としてエネルギッシュ、鋭い眼差しには威圧感があった。

「いいか、ユーリア姫が結婚する前にお前も結婚しろ。今すぐ嫁を取れ。さもなくば今後、姫の側に侍ることは許さん」

「待ってください、父上。僕は――」

「言い訳は聞かん――連れて行け」

 再び屈強な犬妖精クー・シーの男たちに持ち上げられ、フランシスは王宮の外、王都にある父親の 邸宅タウンハウスへ連れて行かれた。

「兄上、お願いですっ。姫さまの大事な結婚式の前に側近の僕が居なくなってしまったら! きっと今頃は心配して心細くされていると思うのです。どうか、僕をスミレ宮に帰してください」

 ヴィーセルグレーン邸の一室に閉じ込められたフランシスは、一緒について来た兄シーグルドに訴えた。

「ユーリア姫には、ちゃんと伝えておくから安心しろ。お前が嫁取りをしたら、三日後にはここから出られる」

 シーグルドが合図をすると、続きの部屋から清楚な雰囲気の瞳のくりくりとした愛らしい犬妖精クー・シーの娘が入って来た。

「カルロッタと申します」

 パフスリーブの薄桃色のドレスのスカートを摘まみ、膝を折って愛らしく挨拶する娘を呆然と見つめ、兄をかえりみる。

「彼女は物事をわきまえたよい娘だよ。悪いけど、父上からは嫁取するまでここを出すなと命じられてるんだ。三日後にまた来る」

 兄は素早く部屋の外に出て、扉を閉めた。

「ふざけるな! ここから出せ!」

 フランシスは扉をドンドンと叩いて、体当たりした。扉は頑丈でびくともしない。
 部屋を回って調べると、窓はすべて塞がれている。浴室の換気用の窓の下に椅子を置きその上に登って、外を覗くとご丁寧に見張りまで居ることが分かった。

「クソッ」

(父上たちは本当に、僕が結婚……既成婚をしなければ、ここを出さないつもりなんだ)

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