46 / 73
騎士の誓い1
しおりを挟む東の空に日の入りから少し遅れて、小望月が昇っていた。
「リゼット、お前があの地下室の憐れな者たちを、眷属に変えたのか。
だが、何故だ? この悪辣な商人に加担して、王陛下に背いた理由は――」
女騎士は細剣から手を離し、跪いた。細剣がカランと音を立て、地に落ちる。
「……すべてをお話します、閣下。
そこにいる商人の妻マリーは、私の生き別れになった息子の孫娘。初めは病魔に侵されたマリーの延命のために、血を与えていました。
ですがご存知の通り、『貴族の血』では病状の悪化を遅らせることは出来ても、病そのものを治すことは出来ない」
リゼットはこれまでのことを語り始めた。
マリーのために希少で高価な薬を取り寄せ、治療するのに膨大な費用が掛かったこと。
妻の病の治療費が嵩み続け、ルニエ商会の経営が傾いていったこと。
マリーの夫――ルイーズの父は、苦肉の策として違法な『貴族の血』の販売に手を出し、それにリゼットが協力したこと……。
「私のせいで……」
マリーのすすり泣く声が響き、彼女が身も世もなく嘆くのがやり切れなかった。
ルイーズの父親はがっくりと肩を落としている。ルイーズはというと、手を固く握りしめ怒りに満ちた視線を両親に向けていた。
「愚か者。もっと他にやりようがなかったのか」
アロイスが呆れて、疲れたような声を出した。
「この身はいかようにも罰して下さい。ただ、この者たちは、私の至らなさから道を踏み外しました。どうか最底辺の奴隷として罪を贖わせて頂きたく、命ばかりはなにとぞ」
リゼットが地に額を押し付けて懇願する傍らで、ルイーズは抗議の声を上げた。
「嫌よ! 最底辺の奴隷なんて。処刑された方がずっとまし――」
再び父親が娘の口を塞いで、ルイーズの頭を地面に押し付ける。
「黙っておれ。生きてさえいれば、いつか平民に戻れるときが来るかもしれん」
「リゼット。お前は僕に背任したのではない。我らの主である王陛下の命に背いたのだ。
陛下の許可なく眷属を増やせば、厳罰されるのは知っているな? そのお前が自分の身と引き換えに、人間を減刑できると思うのはおかしい。
それにそこに居る娘は、我が妻を飢えたマルクのいる部屋に故意に閉じ込め、殺そうとしたのだぞ」
リゼットは、はっとしてルイーズを見ると、彼女は目を逸らした。
私はアロイスに手を伸ばし、そっと彼の指先に触れた。
――アロイス。殺さずに済むなら、そうしてあげて。
――君は、本当にそれでいいのか?
――もう誰かが死ぬのは、見たくないの。お願い。
同郷のマルクの二度目の死は、ルイーズが発端だった。
彼女が憎かった。
それでも、地下室で次々に滅んでいった不死者たちの姿を見た後で、もうこれ以上誰かの死を望む気持ちにはなれなかった。
アロイスは、落ちている細剣を拾い上げた。
そしてその剣を、上から大きく振りかぶって、跪いているリゼットの顔の側、ギリギリのところにヒュンと音を鳴らして突き刺した。
「ならばここで、騎士の誓いを僕に立てろ。今後百年間、忠誠を誓え」
リゼットが顔を上げた。非常に驚いている。
「勘違いするな。死ぬほど扱き使ってやる。お前の息子の子孫たちも」
「あ、ありがとうございます」
リゼットは涙を流していた。――紅い涙が、幾筋も頬を伝い落ちていく。
アロイスはつまり、彼女の騎士の身分を剥奪せず、ルイーズ親子も処刑しないと言ったのだ。
リゼットは傍らの細剣を地から引き抜くと、剣に自らの血を這わせ、剣先を自分の胸に向けてアロイスに捧げた。
彼は剣を受け取り、跪いたリゼットの肩に剣の刃を置いた。
「我、騎士リゼットは冥界の女神ヘルの御名の下に、主アロイスさまの剣となり盾となり、今後百年間いかなる時も、この命をかけて戦い守りぬくことを誓います」
アロイスは細剣の刃に口付けを落とし、リゼットに返した。
――ありがとう、アロイス。
――殺すことは、何時でもできるから、な。
少し離れた場所からルニエ商会の私兵たちは、自分たちの雇い主がどうなるのかと、緊張した様子で見守っていた。私兵たちがほっと息を吐き、身動ぎするのが聞こえて来る。
その時だった。
ビュン、と音を立て白銀に光る矢がアロイスに向かって飛んで来たのは。
「危ない!」
リゼットがアロイスを突き飛ばすようにして、地に伏せた。
さらに間髪入れず、私たちの頭上から銀で出来た網が落とされ、その衝撃で私も倒れた。
銀は不死者たちの力を削ぐ、弱点だ。
いったい、誰がこんなことを。
貴族たちは、銀の使用を人間には固く禁じているのに。
アロイスとリゼットを見れば、肌に直接銀が当たっているところから、煙が立ち昇っていた。
ひどく苦しみ、うめいている。
私が何とかしなければ。網から逃れアロイスたちを助けないと――!
網を掴み、立ち上がろうとすると、反りのある片刃の細身の剣の切っ先を目前に突きつけられた。
漆黒の髪を後ろで束ねた男の、切れ長の紅い目がギラリと光る。胸の前で襟を重ね、腰の辺りで帯で留めその下に脚衣を穿く東地方風の服――巡察官ユー・シュエンがそこに居た。
0
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
本編完結R18)メイドは王子に喰い尽くされる
ハリエニシダ・レン
恋愛
とりあえず1章とおまけはエロ満載です。1章後半からは、そこに切なさが追加されます。
あらすじ:
精神的にいたぶるのが好きな既婚者の王子が、気まぐれで凌辱したメイドに歪んだ執着を持つようになった。
メイドの妊娠を機に私邸に閉じ込めて以降、彼女への王子の執着はますます歪み加速していく。彼らの子どもたちをも巻き込んで。※食人はありません
タグとあらすじで引いたけど読んでみたらよかった!
普段は近親相姦読まないけどこれは面白かった!
という感想をちらほら頂いているので、迷ったら読んで頂けたらなぁと思います。
1章12話くらいまではノーマルな陵辱モノですが、その後は子どもの幼児期を含んだ近親相姦込みの話(攻められるのは、あくまでメイドさん)になります。なので以降はそういうのokな人のみコンティニューでお願いします。
メイドさんは、気持ちよくなっちゃうけど嫌がってます。
完全な合意の上での話は、1章では非常に少ないです。
クイック解説:
1章: 切ないエロ
2章: 切ない近親相姦
おまけ: ごった煮
マーカスルート: 途中鬱展開のバッドエンド(ifのifでの救済あり)。
サイラスルート: 甘々近親相姦
レオン&サイラスルート: 切ないバッドエンド
おまけ2: ごった煮
※オマケは本編の補完なので時系列はぐちゃぐちゃですが、冒頭にいつ頃の話か記載してあります。
※重要な設定: この世界の人の寿命は150歳くらい。最後の10〜20年で一気に歳をとる。
※現在、並べ替えテスト中
◻︎◾︎◻︎◾︎◻︎
本編完結しました。
読んでくれる皆様のおかげで、ここまで続けられました。
ありがとうございました!
時々彼らを書きたくてうずうずするので、引き続きオマケやifを不定期で書いてます。
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
書くかどうかは五分五分ですが、何か読んでみたいお題があれば感想欄にどうぞ。
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
去年の年末年始にアップしたもののうち
「うたた寝(殿下)」
「そこにいてくれるなら」
「閑話マーカス1.5」(おまけ1に挿入)
の3話はエロです。
それ以外は非エロです。
ってもう一年経つ。月日の経つのがああああああ!
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
【R18】転生先のハレンチな世界で閨授業を受けて性感帯を増やしていかなければいけなくなった件
yori
恋愛
【番外編も随時公開していきます】
性感帯の開発箇所が多ければ多いほど、結婚に有利になるハレンチな世界へ転生してしまった侯爵家令嬢メリア。
メイドや執事、高級娼館の講師から閨授業を受けることになって……。
◇予告無しにえちえちしますのでご注意ください
◇恋愛に発展するまで時間がかかります
◇初めはGL表現がありますが、基本はNL、一応女性向け
◇不特定多数の人と関係を持つことになります
◇キーワードに苦手なものがあればご注意ください
ガールズラブ 残酷な描写あり 異世界転生 女主人公 西洋 逆ハーレム ギャグ スパンキング 拘束 調教 処女 無理やり 不特定多数 玩具 快楽堕ち 言葉責め ソフトSM ふたなり
◇ムーンライトノベルズへ先行公開しています
【R18】異世界で公爵家の教育係となりました〜え?教育って性教育の方ですか?〜
星型のスイカ
恋愛
特に人に誇れる才能もないけど、道を踏み外した経験もない。
平凡が一番よねって思って生きてきた、冬馬ゆき、二十二歳。
会社帰りに突然異世界転移してしまい、しかもそこは平民が性に奔放すぎるとんでも異世界だった。
助けてもらった老紳士の紹介で逃げるように公爵家の教育係の面接に向かうと、そこにはとんでもない美形兄弟がいた。
私って運が良いなぁなんて喜んでいたら、え?教育係といっても、そっちの教育ですか?
思ってた仕事じゃなかった!
絶対に無理です、だって私……処女なのに!
問題児とされる公爵家の兄弟四人に、あれよあれよと性教育をすること(されること)になるお話です。
※魔法のあるふんわり異世界です。
※性癖色々です。細かいことは気にしない、何でもアリな人向けです。
※男性キャラの主人公以外との性行為描写があります。
※主人公だいぶ天然な子です。
※更新不定期です。
【R-18】愛されたい異世界の番と溺愛する貴公子達
ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもこの作品📝も(8/25)HOTランキングに入れて頂けました🤗 (9/1には26位にまで上がり、私にとっては有り難く、とても嬉しい順位です🎶) これも読んで下さる皆様のおかげです✨ 本当にありがとうございます🧡
〔あらすじ〕📝現実世界に生きる身寄りのない雨花(うか)は、ある時「誰か」に呼ばれるように異世界へと転移する。まるでお伽話のような異世界転移。その異世界の者達の「番(つがい)」として呼ばれた雨花は、現実世界のいっさいの記憶を失くし、誰かの腕の中で目覚めては、そのまま甘く激しく抱かれ番う。
設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハピエン💗 只今📝不定期更新。
稚拙な私の作品📝を読んで下さる全ての皆様に、改めて感謝致します🧡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる