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夜明けまで
しおりを挟む柔らかなモスリンの夜着に着替えた私は、アロイスの寝室の扉を開けた。
寝室と言っても表向きで、彼が昼間本当に眠るのはもっと完全に陽の射さない安全な場所のはず……。
中に入ってパタンと扉を閉めると部屋の中は薄暗く、天蓋ベッドの枕もとに置いてある小型の魔道ランプの灯りがついているだけだった。
「……ソフィ」
いきなり後ろから、アロイスに抱きしめられる。
「――っ! びっくりした。気配を消さないで」
「ごめん」
私を包む彼の身体は温かく、銀髪は少し湿っていた。
「アロイスもお風呂に入ったの?」
「ああ。冷たい身体でソフィを抱きたくなかったから」
アロイスは私を横向きに抱えると、そのままベッドまで運んでそっと横たえた。
「ずっと、こうしたかった」
彼も素早くベッドに上がり、私の隣に来てぎゅっと抱きしめた。
――君を抱きしめたまま、夜明けまでゆっくりと、少しずつ血を吸いたいと思っていた。
直接心の中に語りかけられると血の絆のせいなのか、彼の欲望に煽られ身体の奥がぞくりと泡立った。
「……待って。あなたは後でゆっくり話し合おう、と言ったわ。説明して」
私はなんとかアロイスと目を合わせ、真面目な表情を作ろうとした。
本能では、このまま彼に身をゆだねたいと訴えていたのだけれど。
「わかった」
アロイスは一度固く目をつぶってから、私の身体に回されていた腕の力を抜き、起き上がった。
「できれば、ソフィには僕の庇護のもとで、これまで通りに生活させたいと思っていたんだ。
だが、あの巡察官――ユー・シュエンが君に目を付けてしまった。
あいつらは王の代理人として、大きな権限を持っている。
もし適当な理由をつけて、君を王都に連れて行くと言われたら、断るのは難しい。でも、僕の妻となれば話は別だ」
「そんな……でも、なぜ私を?」
私たちは、ベッドボードにもたれるようにして並んで座った。
「君を、というより僕たちを、かな。このノワール地方は色の薄い髪、金髪の人間が多い。
ヴィーザルの民の混血が多いからかもしれない」
「村の人たちの?」
「そう。ずっと昔、ヴィーザル村の人たちは、全員が金髪緑眼だったそうだ。そしてその色合いの人間は、貴族から、極上の味がすると言われている」
「まさか!」
私は一つの考えが頭に浮かび、小さく叫んだ。
村が壊滅したのは魔獣のせいではなく、もしかして貴族が魔獣にかこつけて村人を襲ったのではないかと想像してしまったのだ。
「いや、そうじゃない。村が全滅したのは、魔獣のせいだ。僕も領主になってから、調べた。
それにあの時、サシャ王は、僕たちのことについてほとんど知らなかった」
「でも……村が魔獣に襲われたのは、異端審問官が訪れた後だった。貴族が魔獣を使って私たちの村を襲わせたと、考えたことはない?」
「魔獣の襲撃は昼中だった。君も知っているように、僕たちは、昼中は活動できない。
ただ、……そうだね。あの日の魔獣の襲撃がなくても村は、いずれどうなっていたか分からない。貴族に逆らって生きていく道など、人間にはないのだから。
そして、ユー・シュエンが君を王都に連れて行こうと考えたのは、おそらく王に君という極上の血を献上するためだと思う」
「ひどい話ね!」
ぞわっと怖気が立つのと同時に、ひどく腹立たしかった。
でも、本当にそれだけだろうか。
ユー・シュエンが私を見る目は、美味しそうな食べ物というよりもなにか懐疑的な眼差しだった。
「まあ、僕も君の血を飲んでいるんだけど、ね」
アロイスは複雑な表情を浮かべ、自嘲した。
「だけどあいつらよりは、ずっと僕の方がましだ。それは、分かって欲しい」
「……ましだ、なんて。アロイスは私たちのことを考えてくれているのは、分かっている」
私はアロイスの肩に腕をまわし、冷えてしまった彼の頬に自分の温かな頬をすり寄せた。
血の絆を通じて彼から感情が流れ込んでくる。傷心と自己嫌悪、飢えと渇望が。
「私の血を……飲んで」
小声で告げると、アロイスは私の唇に自分のそれを重ね、ゆっくりとベッドの上に押し倒した。
彼のさらりとした銀髪が、私の頬に掛かる。
「不死者に抱かれるのは、嫌?」
薄明りの中で、真紅の瞳に見つめられる。
「――いいえ」
かすれた声で答えると、次の瞬間、息が止まるほど強く抱きしめられ、首筋に鋭い牙が埋められた。
歓喜の悲鳴を上げている私の声が、どこか遠くの方から聞こえてくる。
気づけば一糸まとわぬ姿で、アロイスと睦み合っていた。
暖かなランプの光に浮かび上がる、彼の均整の取れた骨格に沿ってついたしなやかな筋肉、長い手足。揺れる銀色の髪。
アロイスの二の腕の傷跡は子供の頃、森の中で罠で傷ついた一角兎に襲いかかられた時、私を庇って怪我をしたものだ。
温度のないアロイスに私のぬくもりが、移っていく。
――ソフィ、愛している。
――アロイス、私も。
私たちは夜が明けるまでは、一緒に過ごせる……。
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