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巡察官
しおりを挟む半月より膨らんだ十日夜の月――は傾き、夜明けまであと三刻ほど。
まだ夜の住人たちの時間は、終わらない。
見慣れぬ衣装を着た貴族は、私の腰に手をまわすとそのまま一緒に飛んで、木陰に移動した。
「「ソフィさまっ」」
「お前たちは、そこで見ていろ!」
アンヌが悲鳴を上げ、ヨハンが駆け寄ろうとするのを、男が制止した。
暗がりの中で、貴族の赤い目が爛々と光っている。
ごつごつとした樹の幹に身体ごと押しつけられ、身動きが取れない。
「ここはアロイス――伯爵の城。あなたが好き勝手にできる場所では、ないはずです」
震える声で睨みつけると、男はくっくっと笑った。
「いいねぇ、その目つき。お前、名前は? 俺はユー・シュエン。ユーが姓でシュエンが名だ」
貴族にしか姓は許されてないが、中原のほとんどの地域では名が先に来て姓が後になる。東地方を除いて。
――なんで東地方出身の貴族がここに居るの?
もう、うんざりだった。今日はそれでなくても色々なことがあり過ぎたから。
崩落事故、それからマルクの儀式が失敗して、リゼットにマルクを眷属に変えさせてしまったこと。
そして今また、風変わりな衣装を着た貴族に絡まれている。
「私はソフィ、伯爵の専属の者です。放して下さい」
こう言えば、他の貴族は私に手出ししないはず……。
「へーぇ、そうなんだ」
ユー・シュエンは、私の言葉にも構わず首筋を咬んだ。
痛みの次に来る、冷たい戦慄。
アロイスとは違う、ぞっとするような愉悦に涙があふれる。
アロイス以外の貴族に咬まれるのは初めての経験だった。
血を吸われて一瞬意識が飛び、気づけば咬み痕を舐められていた。
「……想像以上に旨かった。もっと血の旨味が増すようにしてみたくなる」
パシン!
思わず、この男の頬を叩いてしまった。
その手を掴まれ、振りほどこうとするけれど放してくれない。
「面白い腕輪をしているなぁ」
ユー・シュエンは私の手首を持ったまま、顔を近づけた。アロイスが、私を守るためにつけた腕輪をしげしげと眺めている。
「この腕輪は、封印の付与が施されている。こんなものを付けて、いったい君は何者なんだい?」
「――ユー・シュエン卿、こんな所におられたのですね」
アロイスの副官、パトリスが配下の騎士を数人連れてこちらにやって来た。
「お探し申し上げておりました。さあ、伯爵もギルメット卿もあちらで待っておられます」
「ちっ! もう来やがったか。……ソフィ、また今度、な」
ようやくユー・シュエンから解放されて、肩の力を抜く。
彼らが行ってしまうと、もうこれ以上何かが起こる前に早く西館の部屋に帰ろうと思った。
――その時。
「問題を、起こすな」
パトリスがいつの間にか引き返して来ていて、私の手を捻り上げた。
「……っ! 私は、何も」
言いかけて、口をつぐむ。
本当に、何もしてないと言い切れるだろうか。マルクのこともある。
「今のは王都から来た巡察官の一人だ。あいつに近寄るな。大人しくしていろ。
アロイス様に迷惑をかけたら、許さん」
パトリスは私の返事も待たず、言いたい事だけ言うと居なくなってしまった。
痛む腕をさすりながら、アンヌとヨハンに「帰りましょう」と声を掛けた。
「ソフィさま……」
「大丈夫よ、アンヌ、ヨハン。もう夜も遅いわ。部屋へ、急ぎましょう」
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