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薔薇浴
しおりを挟む議会は、ノワールに至急、支援部隊を送るという決定がなされる。
机の上の魔石の結晶の光が消えるのと同時に、陰たちも居なくなった。
ギルメットが扉を開けると、そこには事の成り行きを心配した騎士や使用人たちが、大勢集まっていた。
「伯爵は引き続き、前線で指揮を執ることになった」
ギルメットの知らせに、廊下から歓声が上がる。
広間に入って来た使用人たちによって、私たちの拘束は解かれた。
「ふん、命拾いしたな。だが近いうちに、きっと貴様の化けの皮を剥がしてやる」
ユー・シュエンは、捨て台詞を残して立ち去って行った。
議会の後戒めを解かれ、アロイスの居室に戻った私たちは心身ともに疲労困憊していた。
衣服は返り血などを浴びて汚れ、嫌な臭いがしている。
アロイスは侍女たちに命じて、浴室の準備をさせた。
「いつもより真紅の薔薇を多く用意して」
間もなくして、浴室から真紅の薔薇の芳香が漂ってくる。
侍女たちは、アロイスが扉を指すと静かに下がっていく。
彼は私のドレスの着脱に手を貸し、自分の汚れた軍衣を脱ぎ捨てた。
アロイスに手を引かれ、浴室に足を踏み入れるとさらに、甘く濃い薔薇の芳醇な香りに包み込まれる。
白い陶器の浴槽に張られた湯に、ぎっしりと浮かぶ真紅の花びら。
その中に私たちは、並んで浸かった。
苦手だったこの薔薇の濃厚な香りも、アロイスの滋養になると知った今では愛おしく思える。
彼の胸にもたれ、ぬるめのお湯の中に身体を横たえると、張りつめていた緊張が緩み思わず息をついた。
この後アロイスは、再び危険な前線へと赴かなければならない。
そう思うと、今はエタン村方面の戦況や、ユー・シュエンの策謀について、考えるのも口にすることも恐ろしかった。
「腕輪はどうしたの?」
「あ、ごめんなさい。失くしてしまって――」
「あれは君の中に流れる妖精の血の匂いを隠すための魔道具だ。代わりのものを用意するまで、貴族、特に巡察官には絶対に近づかないようにして。
貴族は妖精の血にひどく惹きつけられるんだ」
「まさか! 子供の頃に聞かされた、あのお伽噺は、本当の話だったというの? ヴィーザル村の人たちの先祖が世界樹の森から来た妖精の末裔だったという……」
「そうだ。僕たちの先祖は長い旅の果てに、このノワールの地にまでたどり着いて、ここの人々と結婚し村を作った。この地方の人々が色彩の薄い髪や瞳を持っているのは、妖精《フェアリー》の血が混じっているからだろう。長い年月が経って、妖精の特徴、金髪緑瞳を持つ者は少なくなっていたけど。
そしてあの十年前の魔獣暴走が起こってしまった。今はもう、妖精の血を色濃く残すのは君だけかもしれない」
「どうして、今になってそんな話を……」
私の髪を結っていたリボンをアロイスが解くと、長く豊かな金髪がほどけてお湯の中に落ちた。
「……ソフィを残して行かなければならないのは、とても心残りだ」
「すぐに戻って来るのよね?」
アロイスはお湯の中の私を抱きしめ、唇を重ねた。
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