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本編
母と子 2
しおりを挟む「お前が、フェリクスを手に掛けたのか。実の子を! 余の第一王子を……っ」
「し、知らないわ。放してっ」
ジェレミーは、エレオニーの肩をつかみ揺さぶる。
近衛騎士も、後ろから司祭に借りた別のランタンを持って入って来た。
「父上を殺したのもエレオニー、お前だったのか!?」
エレオニーは、今まで母親と話していたことを全て聞かれてしまったと悟り、唇を噛んだ。
「なぜだ、なぜそんなことを!」
「なによ、陛下だってあなたの子を身籠っているわたくしを、殺そうとしてるじゃない!」
「ちがう! 余は秘密の通路から、そなたを逃がすつもりだった」
ここまで二人の様子を黙って見ていた近衛騎士は、上王をエレオニーが殺めたと知ると剣を抜いた。
この騎士は王家への忠義に厚い家の出で、上王に取り立てられてジェレミーの側近武官になったことに、深く恩義を感じていた。
「陛下、そこをお退きください。王家の禍根となるその毒婦を、もはや生かして置くことは出来ません!」
「いや、でもエレオニーには余の子が……!」
「ひっ! いやぁっ、助けてぇっ」
「陛下と王家のためです! あとで私への罰は、何なりと。
亡き上王陛下の敵、覚悟!!」
騎士は問答無用とばかりに王を押しのけると、悲鳴を上げて逃げようとするエレオニーに向かって、剣を振り下ろした。
するとそこへ、いきなりエレオニーの母親が飛び込んで来た。
娘に向けられた剣を、その身に受ける。
辺り一面に血飛沫が飛び散り、絶命した女がどさりと石の床に倒れた。
「信じられない。召使が、あんな女を庇うなんて……」
呆然とするジェレミーと騎士。
エレオニーは、その隙に秘密の通路に逃げ込む。
内側から素早く扉を閉めて、閂を降ろした。
「だめだ。行くな、エレオニー!
その通路は案内がなければ、迷ってしまうぞ。ここを開けるんだ!」
ジェレミーが扉を叩いて呼び掛ける。
それを無視して、エレオニーは歩き出した。
「上王はこの通路が、王宮の中と王宮の外の二つの出口に繋がっている、と言っていたわ。
もう王都はおしまいね。ペドリーニ商会と合流して、別の都にでも逃げた方がよさそう。
わたくしはこれから生まれて来るお腹の子に、必ず王位を継がせる。
そしてこの国を、好きなように牛耳ってやる!」
ランタンを掲げ、暗く狭い通路を進んで行く。
通路の中は埃っぽく、カビ臭かった。
しばらく歩いていると、誰もいないはずなのに、ピタピタと後をついて来るような音が聞こえてくる。
立ち止まって耳を澄ますと、シンと静まり返えっている。
エレオニーは、ゆっくりと後ろを振り返った。
通路には誰もいない。
(音が反響しただけね。暗い通路で一人だから不安になっているのかしら。これくらいのことで、負けるものですか)
「……キャッ!」
不意に足首に、冷たいものが触れた感触がした。
驚いたエレオニーは、思わずランタンを落としてしまった。
幸い灯りは消えることもなく、ランタンもヒビが入りはしたが壊れなかった。
「灯りがなくなったら大変だわ。このロウソクだって長い時間は持たない。急いで抜け道を出なくちゃ」
エレオニーは、冷たい感触のものが何だったのか、キョロキョロと足元を探しながら、屈んだ。
「トカゲとか蛇かしら、怖いわ」
落としたランタンを拾おうと、手を伸ばす。
「ヒッ!」
すると今度は、背中に何かが抱きついて来た。
「いやぁあああっ!」
頬に、冷たいものが当たる。
腰を抜かしたエレオニーは、石の床にぺたんと座った。
首をゆっくりと動かして、横目でそれが何なのかと、こわごわと見た。
肩越しに見えたのは――暗がりの中、ランタンの薄ぼんやりとした光に照らされて浮かぶ、死んだ赤子の顔。
「いやぁあああああああああああ!!」
エレオニーは、フェリクスの身体を突き飛ばした。
小さな身体が壁に当たって、床にゴツリと落ちる。
その衝撃で、フェリクスの首があらぬ方へ曲がってしまった。
しかし 動く屍と化したフェリクスは、曲がった首のまま這い寄ってくる。
「来ないでぇぇええええっ」
そして、ランタンの灯りが消える。
暗闇の中、エレオニーの絶叫が鳴り響いた。
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