上 下
59 / 60

第五十九話 エピローグ・前編

しおりを挟む
 あの気分が悪くなる天界の出入り口を抜け、一路ザイドハーマを目指す。ヴェイヴァルはエテメンアンキが見つかったあとでは維持する価値がないので、ベルたちもシェム将軍の部隊に合流する手はずになっている。

 しばらく飛んでいると、すでに懐かしさすら覚えるあの朽ちた港街が見えてきた。潮風の匂いが鼻孔をくすぐる。

 虚空に花火のようにラドネス語で巨大な「勝利」の文字を描く。これで望遠鏡を持った見張りが気づいてくれるだろう。

 距離が少し縮まってくると、風に乗って三十万の歓声が聞こえてくる。

 魔導師たちが諸手を挙げている姿が視認できるようになった。先頭付近で落ち着きなく飛び跳ねてるのは……マルコ以外考えられない。すでにベルたちが合流しているということは、思いの外時間が経過したらしい。抱き合って喜んでいるものまで居て、女所帯ならではの光景だなと益体もない事に思いを巡らせてしまった。

 ◆ ◆ ◆

「ルシフェル様、ご帰還お待ちしておりました!」

 ひざまずく群衆の前に舞い降りると、制服姿に戻っている先頭のベルがおもてを伏せたまま言葉をかけてくる。彼女の後ろには久しぶりに会うシェム将軍が伏せている。そのやや後ろで数人がかりで頭を押さえつけられてるのは……まあ、確認するまでもないな。

「堅苦しい挨拶はしなくていい。皆、おもてを上げ、楽な姿勢になるといい」

 言葉に従い、皆が立ち上がる。

「色々と話したいことがあるが、まずは、こう言っておこう。神はもう居ない! 我らの勝利だ!」

 再び巻き起こる黄色い歓声。いやはや、三十万人もいると凄いボリュームだ。

「ルシフェル様、我々は救われたのですね。どれほど感謝を述べたら良いのか分かりません。ラドネスの民を代表して、感謝いたします……!」

 拭っても拭っても溢れてくる嬉し涙を止めることができないまま、ベルが述べる。彼女を見ていると、パダールでのあの夜を思い出す。人々の思いをその細い肩に背負った皇女。君は本当に優しくて責任感の強い女性だ。

「勝利を信じておりました! 軍を預かる身でありながら、ルシフェル様のお力に頼り切る形になり、自らの非才を恥じる次第です……って出てきちゃダメぇ!」

 シェム将軍が生真面目を絵に描いたような顔で頭を垂れると、どうやらテントからちゅーちゅんがほっつき歩いて来てしまったようで、慌てて隠している。最後の最後で締まらないなぁ、将軍……。まあ、そんなところが愛嬌あっていいと思うぞ、個人的には。

「オマエやっぱりすごい! オレ、人狼族ル・ガルーのためにオマエと元気な子供いっぱい作る!」

 さきほど飛び跳ねていたであろうマルコは、皆に襟首をひっ掴まれながら、今にも飛びかからんと物凄い勢いで尻尾を振っている。まあ、その話はまた後でな。

「ボクたち、ルシフェル様が帰ってきたら結婚式を挙げようねって約束してたんです!」

「是非、祝福してください!」

 互いの手を強く握りながら、シトリーとウィネが結婚を宣言する。もちろんいいとも。二人の愛を阻むものはもう何もない。

「さすがです、ルシフェル様! ルシフェル様がもたらした科学、私達がより発展させます!」

 最後までお約束ありがとう、フォル。コンピューターゲームやアニメの登場を楽しみに待っているぞ。まあ、フォル的には宇宙にロケット飛ばすのが先かな。

「お疲れ様でした、ルシフェル様。今日は、頑張ってご馳走作りますね!」

 ユコも元気そうで何よりだ。より一層女らしさが増した気がする。君の願いも完全に叶えないとな。今の俺ならきっとできるはずだ。

 ◆ ◆ ◆

 夜には軍糧を使った質素なものではあるが、宴会となった。皆の話で再確認したが、どうも我々は一ヶ月近く戦っていたことになるらしい。僭称者せんしょうしゃの住まう天界とこちらでは、ずいぶんと時の流れが違うようだ。下手をすると、何十年とか経過したのかも知れないな。

 逆に皆が俺の土産話で驚いたのが、神と思っていた存在がただの異世界人に過ぎなかったということだ。まあ、驚くよな。しかし、これで世界にまだ残存するあろう信徒の求心力は完全に失ったことは確かだ。本当に、色んな人々が奴のペテンに踊らされたものだ。

 ラドネスに戻ったら心に決めたことを発表しよう。あの僭称者せんしょうしゃと出会ってから、強く心に決めたあのことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...