上 下
21 / 43
第一章 黒翼の凶鳥王編

第二十一話 魔導剣士ロイ、観劇する

しおりを挟む
 モロオ卿と劇場の商談は、つつがなくまとまり、我々は再度バーブルを訪れた。そちらの劇団との契約もまとまったが、遠征は早くてもさらに二週間後とのことで、今回はバーブルの品を仕入れ、米のさらなる供給を目指す。

 この頃になると、「うちでも米を買いたい」という店が増え始め、また家庭用としても、少しずつ需要が見込めるようになってきた。卿からは感謝されることしきりで、極めて良好な関係が築けている。

「VIP席用意したからさ、劇、見に来てよ」

 さらに再度バーブルを訪れ、劇団を連れ帰ってきた数日後、青い三日月亭にいらしたモロオ卿から、チケットを六枚頂いた。女将さんとバーシにも、同じものを配られている。

「ありがとうございます。ご商売の成功ともども、楽しみですね」

「うん。みんなの力で、バーブルブームが来つつあるからね。これで決定打にするよ」

 上機嫌のモロオ卿。

「他にも、有力貴族の方々を招いていてね。さすがの僕も、ちょっと緊張するな」

「それはまたずいぶん、お話が大きいですねえ」

「うんうん。じゃあ、僕は色々やることがあるから当日!」

 ちょっとした思いつきが、ずいぶんと大きくなったものだ。それが今、自分の手を離れて独り立ちしつつある。誇らしいやら、少し寂しいやら。俺としては、あまり深入りする気もなかったし、あくまでも本業は冒険者だと思っているので、これでいいのだろう。

 我々スティング・ホーネットとしても、モロオ卿がイロ・・を付けてくださったこともあり、一連の仕事は結構大きな収入となった。

 開演は一週間後とのことで、VIP席に招待された以上、粗末な格好ではいけない。皆で、フォーマルな衣装を仕立てに行くことにした。


 ◆ ◆ ◆


 かくして、街一番の服飾店「レアリティ」で服を作ったわけだが、受け取り当日に試着したサンが、今にも泣き出しそうな声を上げる。

「兄貴~。やっぱオレ、こんなヒラヒラした格好無理っス~!」

 とは彼女の弁だが、浅黒い肌と黄色いドレスが引き立て合ってて、実に綺麗じゃないか。

「いやいや、サン。とても似合っているぞ」

「ほんとっスか?」

 懐疑的なマイシスターに、うんうんとうなずく。

「兄貴がそう言ってくれるなら……」

 今度は、何だかもじもじし始めたぞ。むう。

 他の皆も、パティは青、フランは白、クコは緑、ナンシアは赤基調のドレスを試着している。かくいう俺は、黒のタキシード。さすがのパティも、鎧を着てVIP席に座る気はないようで、真っ赤な顔をしながら、ドレスの具合を試している。

 フォーマルウェアも調達し終わって、明日の開演を待つばかりとなった。

「う~さぶ!」

 服飾店からの帰途、不意に寒気を覚えて体を震わせる。最近冷えるなと思ったら、すっかり晩秋か。枯れ葉が旋風つむじかぜに舞っている。時が流れるのは早いもんだ。


 ◆ ◆ ◆


 ついに劇も開幕。我々は女将さん、バーシとともに、二階のボックス席で観劇と洒落込んでいる。女将さんはピンク、バーシは紺色のドレスを着ていて、大変カラフルなことだ。モロオ卿は別のボックス席で、懇意にしている貴族と観劇するらしい。貴族とのお付き合いも大変ですな。我々冒険者は、気楽なもんです。

 劇の内容は、バーブルからさらに東に海を渡った地「オウカ」に存在する、サムライと呼ばれる戦士の活躍を描いた、剣豪もの。殺陣が見事で、主人公がばったばったと敵をなぎ倒すさまが、実に圧巻だ。こういうのは、リアルさよりも痛快さよな。

 VIP席では、オードブルとともにスケロク寿司が振る舞われており、一般席の客にもスケロクが振る舞われているはず。そういえば、劇場の入り口で様々なバーブル製品が売られていたな。

 劇もクライマックスが過ぎ、あとは終劇に向かうというところで、尿意を催してしまった。

「ロイさん、どちらへ?」

「用足し。あとで展開教えてくれ」

 立ち上がったとき、クコに尋ねられたので簡潔に述べる。するとこいつ、頬に手を当て、「あらあら」なんて言いながら、妙ににんまりするじゃないか。変な想像しやがったな。本当にシモのことしか頭にないのか、こやつは。


 ◆ ◆ ◆


 トイレの帰り、扉が開いているボックス席が目に入った。そういえば、モロオ卿があの辺りの席だと仰っていた気がするな。

 通り過ぎざまに、何の気なしに中をちらりと見ると、席で観劇されている見知ったモロオ卿、貴族と思しき男の後ろ頭、それとナイフを振りかざしたフードとローブ姿の人影が目に入る。

 って、ナイフだと!?

「曲者!!」

 声を上げ、不審者に飛びかかる! 揉み合いになり、とりあえず得物は落とさせることには成功したが、やつはボックス席の窓から飛び降り、逃走を図る!

「逃がすか!」

 俺もそのまま飛び降り、観客の間を泳ぐように追跡する。犯人がパニックを起こした観客に行く手を阻まれ、まごついているところを、三角絞めで取り押さえることに成功した。

 ややあって警備員がやってきたので、身柄を引き渡す。やれやれ、せっかくの劇をめちゃくちゃにしやがって、この野郎。


 ◆ ◆ ◆


 その後、俺も事情をかれたが、被害者になるところだった貴族と、モロオ卿が間に入ってくださったおかげで、あんまりややこしいことにならなかったようだ。

 暗殺者は官憲に引き渡され、これから詳しく取り調べるとのこと。

「君のおかげで九死に一生を得た! 礼がしたい、何でも言ってほしい!」

「ロイ氏、僕からもお礼を言わせてほしい」

 本日は公演中断となった劇場の前で、狙われた黒髪短髪で髭の豊かな中年貴族とモロオ卿から、感謝感激されることしきり。サンたちは、俺の背後に控えている。

 お礼かあ。そうだなあ、あのこと・・・・をお願いしてみる、またとない機会かもしれない。

「では、お言葉に甘えてひとつ……」

 内容を告げると、貴族とモロオ卿は目を丸くする。

「そんなことで、いいのかね?」

「ええ。こんな機会でもないと、実現できないと思いますので」

「わかった。では、その通りにしよう」

 貴族は快諾してくれて、本日は解散となった。


 ◆ ◆ ◆


「出かけるのか、お前たち?」

「ああ、今日はちょっとアンデッド退治にね」

 あれから二週間後のこと、街の門で声をかけてきたのは、フレッシュゴーレムのアー兄貴。もう一人、ウーン兄貴も、門を出入りする人たちを見守っている。ふたりとも、新たにあつらえた兵服をまとっており、当然服もでかい。

「お前の話を受けたときは驚いたが、新たな生きる道を用意してくれたこと、感謝にえない」

 ウーン兄貴がしみじみとうなずく。アーとウーンの二人は、俺の願い通りに、街で門衛として働くことになった。最初は街の人々も驚いていたが、二人が善良であることがわかると、たちまち人気者になった。

 ちなみに劇の方は、あれからモロオ卿に改めてチケットを頂き、無事最後まで観ることができた。公演も大好評のうちに終わり、しばらくバーブルブームで、ルンドンベアが賑わうことだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

いらないならくれ

ぼくは
ファンタジー
田舎の高校生、茂木修が自転車で帰宅途中に勢い余って坂道から転げ落ちて、、、目覚めたら赤ん坊になっていた。  小説家になろう様にも載せています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あたし、料理をする為に転生した訳ではないのですが?

ウサクマ
ファンタジー
『残念ながらお2人の人生は終わってしまいました』 なんてよくあるフレーズから始まった、ブラコンで狂信者な女の子の物語。 アーチャーのシスコン兄を始めとして出会っていく仲間……タンクのエルフ、マジシャンのハーフエルフと共に、時に王様や王様の夫人…更に女神や眷属まで巻き込みつつ旅先で料理を広めてゆく事に。 ※作中は以下の要素を含みます、苦手な方はご注意下さい 【近親愛・同性愛(主に百合)・クトゥルフな詠唱】

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...