上 下
17 / 43
第一章 黒翼の凶鳥王編

第十七話 魔導剣士ロイ、女将さんを助ける(前編)

しおりを挟む
 いつものように依頼票を見に行ったが、今日はかんばしいものがない。こんな日もあるものだな。

 幸い蓄えはまだ十分なので、皆でタマゴときゅうりのサンドイッチと、牛乳をゆったり楽しんでいると、突如、店の入口が勢いよく開け放たれ、からんからんと呼び鈴が鳴る。

 何ごとかと注視してみれば、歳のほど十五と伺える街娘姿の女の子が、すごい形相で入り口に立っている。髪型は、一本に伸ばした黒髪のおさげを、二重に結ぶという、変わったリボンの結び方で束ねていた。あどけなさが残る童顔と、鬼気迫る様子が実にミスマッチだ。

「たのもー!!」

 声を張り上げる少女。おいおい、殴り込みかよ。朝っぱらから勘弁して欲しいなあ。まあ、何かあれば店の外につまみ出そう。

「いらっしゃいませ。お食事ですか? ご宿泊ですか?」

 平常運転で接客する、女将さん。肝が座ってるな。

「で……」

「で?」

 言い淀む少女、首を傾げる女将さん。

「弟子にしてください!!」

 両手をびしっと伸ばし、九十度に折れた見事なお辞儀をしてくる。なんと、弟子入り志願だったのか。


 ◆ ◆ ◆


「私、バーシムレ・ストルバックといいます! 昔、ここで頂いた女将さんの料理に感動して、弟子入りをしたいと、ルンドンベアにやって来ましたた!」

 少女はとりあえず手近なテーブルに通されたので、女将さんと一緒に事情を聞く。背筋をピンと伸ばしてハキハキと答える、少女改めバーシムレさん。耳が痛くなるぐらい、声がでかい。何で我々が同席しているかというと、まあ成り行きというやつだ。

「気持ちはありがたいのだけれど、弟子も従業員も採らないことにしているの。ごめんなさいね」

 申し訳無さそうに、頭を下げる女将さん。

「横から口出しすいません。前々から思ってたんですけど、どうして従業員を雇わないんです? お一人で大変でしょう?」

 せっかくの機会なので、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみる。

「それは、常にすべて責任を持って、お客様にサービスを提供するためなんです。誰かが間に入ると、責任を負いきれませんから……」

 うーむ、仕事ぶりから真面目な人だとは思っていたが、ここまで徹底していたとは。

「そこを何とか! お願いしますッ!」

 それでも食い下がる、バーシムレさん。テーブルに、額をこすり付けんばかりだ。放っといたら、土下座までしかねない。

「ごめんなさい。これは、どうしても譲れないことなの」

 女将さんも、頭を下げてお断りをする。言ったら何だけど、どっちも頭が固いなあ。

 頭を下げ合うことしばし、両者動かないようなので、バーシムレさんに声をかける。

「バーシムレさん。女将さんの意志は固いようだ。諦めたほうがいい。ほら、仕事の邪魔になってしまうしさ」

「……わかりました。今日のところは失礼します。ですけど、女将さんの気が変わるまで、何度でも伺います」

 仕事の邪魔というのが効いたようで、起立ののちに深々と一礼して、台風娘は去っていった。やれやれだな。

「お騒がせしました、皆さん。仕事に戻りますね」

 女将さんも、俺らを含めた客に謝罪して、厨房へと戻っていく。彼女も彼女だよなあ。気持ちはわからないでもないけど、ちょっと頑固過ぎる。以前より、痩せて疲れているように見えるし、人手を増やして欲しいところだが。

 まあ、俺らが度を過ぎて口出しをするのも良くないと思うので、そっと見守るほかないな。


 ◆ ◆ ◆


 翌日。今日も依頼が空振りだったので、朝食をとろうと宿に帰ったが、女将さんの姿がない。いつもはドアの呼び鈴が鳴ると、すぐ応対に出てくれるのだが。

「ロイさん、何か焦げ臭くないですか?」

 鼻をすんすん鳴らし、眉をひそめるナンシア。確かに、言われてみれば何か焦げ臭いぞ……? 火元候補といえば、厨房だ。行ってみよう!

 厨房へ入ると、かまどの前で倒れている女将さんと、その竈かまどの上で白煙を立ち上げている、黒焦げの元料理が乗っているフライパンが目に映った。何ごとだ!?

「ナンシア、火を消してくれ!」

 指示を出しながら女将さんの口元に耳をやり、呼吸音を確認する。大丈夫だ、息はしている。目立った外傷もないようだ。

 ちなみにナンシアに任せた理由だが、こういうときは、「誰か火を消してくれ」ではなく、誰でもいいから明確に相手を指定したほうが、人は迅速に動いてくれるものだからだ。何ごとかと様子を見に来た野次馬客たちを、席に戻らせるフラン。

「見たところ、怪我は無いようだ。呼吸も安定している。ベッドにとりあえず運ぼう」

 そのようなわけで、彼女を奥にある部屋のベッドに寝かせた。おそらく、ここが彼女の寝室だろう。飾り気はないが清潔で、実直な人柄が伺える。

「クコ、詳しく診てあげてほしい。俺たちは厨房を片付けてくるよ」

「わかりました」

 俺も、多少手当ての心得はあるが、こういうのはより詳しい者に任せよう。あとはまあ、女性同士のほうが、色々気を使わなくて済むというのもある。


 ◆ ◆ ◆


「クコ、入っていいか?」

 厨房も片し終わり、寝室の扉をノックする。「どうぞ」という彼女の声に合わせて、再度入室。

「具合は?」

「いわゆる過労ですね。疲労が、限界にきてしまったようです。栄養を摂って、静養すれば良くなると思いますけど……」

 ううむ、過労か。ずいぶん、ハードワークしてたからなあ。問題は、彼女の性格だな。放っておくと、絶対無理をする。目を覚ましたら、きちんと説得しよう。

「寝室に大人数がいても邪魔なだけだし、俺たちは外で食事してくるよ。任せて悪いな。弁当買ってくるけど、何がいい?」

「サーモンサンドをお願いできますか? なければ、適当なサンドイッチでいいです」

 注文オーダーを了解して、手近な店へ、残りのメンバーと出かけることにした。


 ◆ ◆ ◆


「戻ったぞ、クコ。サーモンサンドあったぞ」

 寝室の扉をノックすると、「入ってください! 女将さん、目を覚まされましたよ!」と、クコの明るい声が返ってくる。おお、それは良かった。早速中に入る。

「申し訳ありません。こんなだらしないところを、お見せして……」

 女将さんが起き上がろうとするので、慌てて制止する。

「そのまま休んでてください。クコから、状態はお聞きになっているでしょう?」

「……ご迷惑をおかけします。昨日、あんなことを言っておいて、情けないです」

 ううむ、やはり責任感が強すぎる。

「女将さん。皆で話し合ったんですが、俺たちがしばらく、店を切り盛りしましょうか?」

 突然の申し出に、驚愕する彼女。クコを見ると、同意してくれているようだ。昨日、様子を見守ると心の中で言ったばかりだが、さすがに倒れられては、そうもいかない。

「いけません、そんな! 皆さんは、お客様なのですから……」

「女将さん。生意気言うようですけど、もっと人を頼ってください。お願いします」

 気持ちを込めて、深々と頭を下げる。

「そんな! どうか頭を上げてください! そこまでさせては、かえって失礼というものですね。わかりました。紙とペンを取って頂けますか? あと、何か硬い板をお願いします」

 筆記具を受け取ると、丁寧な字で、調理器具や調味料の位置、料理のコツやベッドメイキングの方法などを、淀みなく書いていく。

 あの女将さんが、頼ってくれているのだ。へまはできないぞ!


 ◆ ◆ ◆


「たのもー!!」

 女将さんの指南書に従い、てきぱきと働いていると、昼前にでかい声が、呼び鈴の音とともに食堂に響き渡る。声の主はもちろん、あの台風娘。

「バーシムレさん、丁度いいところに!」

 手短に、今の状況を伝える。

「そんなことに……」

 手で口を抑え、驚く彼女。

「よければ、あなたも手伝ってもらえないだろうか?」

「よければどころか、ぜひ!」

「女将さんの許可をもらおう。昨日、あんな事があったばかりだしね」

 彼女を連れて寝室に行くと、女将さんがばつの悪そうな顔をする。

「女将さん! どうか私を使ってください! お願いしますッ!」

「俺からもお願いします」

 九十度お辞儀で懇願するバーシムレさん。俺も一緒に頭を下げる。

「頭を上げてください。私こそ、意固地になってしまって……。店をお願いできますか、バーシムレさん。いえ、バーシムレ」

「お任せください! 不肖バーシムレ、店の看板に泥を塗るような真似はしませんともッ! バーシとお呼びください!」

 バーシムレさんからさらに改め、バーシがドンと胸を拳で叩く。

「よし、これから俺たちは仲間だ。よろしく、バーシ。俺はロイ・ホーネット」

「こちらこそよろしくお願いします」

 手を差し出し、固い握手を交わす。皆も、自己紹介とともに握手する。

 店に新たな戦力、バーシムレが加わった!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あたし、料理をする為に転生した訳ではないのですが?

ウサクマ
ファンタジー
『残念ながらお2人の人生は終わってしまいました』 なんてよくあるフレーズから始まった、ブラコンで狂信者な女の子の物語。 アーチャーのシスコン兄を始めとして出会っていく仲間……タンクのエルフ、マジシャンのハーフエルフと共に、時に王様や王様の夫人…更に女神や眷属まで巻き込みつつ旅先で料理を広めてゆく事に。 ※作中は以下の要素を含みます、苦手な方はご注意下さい 【近親愛・同性愛(主に百合)・クトゥルフな詠唱】

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...