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第一章 黒翼の凶鳥王編
第十七話 魔導剣士ロイ、女将さんを助ける(前編)
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いつものように依頼票を見に行ったが、今日は芳しいものがない。こんな日もあるものだな。
幸い蓄えはまだ十分なので、皆でタマゴときゅうりのサンドイッチと、牛乳をゆったり楽しんでいると、突如、店の入口が勢いよく開け放たれ、からんからんと呼び鈴が鳴る。
何ごとかと注視してみれば、歳のほど十五と伺える街娘姿の女の子が、すごい形相で入り口に立っている。髪型は、一本に伸ばした黒髪のおさげを、二重に結ぶという、変わったリボンの結び方で束ねていた。あどけなさが残る童顔と、鬼気迫る様子が実にミスマッチだ。
「たのもー!!」
声を張り上げる少女。おいおい、殴り込みかよ。朝っぱらから勘弁して欲しいなあ。まあ、何かあれば店の外につまみ出そう。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? ご宿泊ですか?」
平常運転で接客する、女将さん。肝が座ってるな。
「で……」
「で?」
言い淀む少女、首を傾げる女将さん。
「弟子にしてください!!」
両手をびしっと伸ばし、九十度に折れた見事なお辞儀をしてくる。なんと、弟子入り志願だったのか。
◆ ◆ ◆
「私、バーシムレ・ストルバックといいます! 昔、ここで頂いた女将さんの料理に感動して、弟子入りをしたいと、ルンドンベアにやって来ましたた!」
少女はとりあえず手近なテーブルに通されたので、女将さんと一緒に事情を聞く。背筋をピンと伸ばしてハキハキと答える、少女改めバーシムレさん。耳が痛くなるぐらい、声がでかい。何で我々が同席しているかというと、まあ成り行きというやつだ。
「気持ちはありがたいのだけれど、弟子も従業員も採らないことにしているの。ごめんなさいね」
申し訳無さそうに、頭を下げる女将さん。
「横から口出しすいません。前々から思ってたんですけど、どうして従業員を雇わないんです? お一人で大変でしょう?」
せっかくの機会なので、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみる。
「それは、常にすべて責任を持って、お客様にサービスを提供するためなんです。誰かが間に入ると、責任を負いきれませんから……」
うーむ、仕事ぶりから真面目な人だとは思っていたが、ここまで徹底していたとは。
「そこを何とか! お願いしますッ!」
それでも食い下がる、バーシムレさん。テーブルに、額を擦り付けんばかりだ。放っといたら、土下座までしかねない。
「ごめんなさい。これは、どうしても譲れないことなの」
女将さんも、頭を下げてお断りをする。言ったら何だけど、どっちも頭が固いなあ。
頭を下げ合うことしばし、両者動かないようなので、バーシムレさんに声をかける。
「バーシムレさん。女将さんの意志は固いようだ。諦めたほうがいい。ほら、仕事の邪魔になってしまうしさ」
「……わかりました。今日のところは失礼します。ですけど、女将さんの気が変わるまで、何度でも伺います」
仕事の邪魔というのが効いたようで、起立ののちに深々と一礼して、台風娘は去っていった。やれやれだな。
「お騒がせしました、皆さん。仕事に戻りますね」
女将さんも、俺らを含めた客に謝罪して、厨房へと戻っていく。彼女も彼女だよなあ。気持ちはわからないでもないけど、ちょっと頑固過ぎる。以前より、痩せて疲れているように見えるし、人手を増やして欲しいところだが。
まあ、俺らが度を過ぎて口出しをするのも良くないと思うので、そっと見守るほかないな。
◆ ◆ ◆
翌日。今日も依頼が空振りだったので、朝食をとろうと宿に帰ったが、女将さんの姿がない。いつもはドアの呼び鈴が鳴ると、すぐ応対に出てくれるのだが。
「ロイさん、何か焦げ臭くないですか?」
鼻をすんすん鳴らし、眉をひそめるナンシア。確かに、言われてみれば何か焦げ臭いぞ……? 火元候補といえば、厨房だ。行ってみよう!
厨房へ入ると、竈の前で倒れている女将さんと、その竈の上で白煙を立ち上げている、黒焦げの元料理が乗っているフライパンが目に映った。何ごとだ!?
「ナンシア、火を消してくれ!」
指示を出しながら女将さんの口元に耳をやり、呼吸音を確認する。大丈夫だ、息はしている。目立った外傷もないようだ。
ちなみにナンシアに任せた理由だが、こういうときは、「誰か火を消してくれ」ではなく、誰でもいいから明確に相手を指定したほうが、人は迅速に動いてくれるものだからだ。何ごとかと様子を見に来た野次馬客たちを、席に戻らせるフラン。
「見たところ、怪我は無いようだ。呼吸も安定している。ベッドにとりあえず運ぼう」
そのようなわけで、彼女を奥にある部屋のベッドに寝かせた。おそらく、ここが彼女の寝室だろう。飾り気はないが清潔で、実直な人柄が伺える。
「クコ、詳しく診てあげてほしい。俺たちは厨房を片付けてくるよ」
「わかりました」
俺も、多少手当ての心得はあるが、こういうのはより詳しい者に任せよう。あとはまあ、女性同士のほうが、色々気を使わなくて済むというのもある。
◆ ◆ ◆
「クコ、入っていいか?」
厨房も片し終わり、寝室の扉をノックする。「どうぞ」という彼女の声に合わせて、再度入室。
「具合は?」
「いわゆる過労ですね。疲労が、限界にきてしまったようです。栄養を摂って、静養すれば良くなると思いますけど……」
ううむ、過労か。ずいぶん、ハードワークしてたからなあ。問題は、彼女の性格だな。放っておくと、絶対無理をする。目を覚ましたら、きちんと説得しよう。
「寝室に大人数がいても邪魔なだけだし、俺たちは外で食事してくるよ。任せて悪いな。弁当買ってくるけど、何がいい?」
「サーモンサンドをお願いできますか? なければ、適当なサンドイッチでいいです」
注文を了解して、手近な店へ、残りのメンバーと出かけることにした。
◆ ◆ ◆
「戻ったぞ、クコ。サーモンサンドあったぞ」
寝室の扉をノックすると、「入ってください! 女将さん、目を覚まされましたよ!」と、クコの明るい声が返ってくる。おお、それは良かった。早速中に入る。
「申し訳ありません。こんなだらしないところを、お見せして……」
女将さんが起き上がろうとするので、慌てて制止する。
「そのまま休んでてください。クコから、状態はお聞きになっているでしょう?」
「……ご迷惑をおかけします。昨日、あんなことを言っておいて、情けないです」
ううむ、やはり責任感が強すぎる。
「女将さん。皆で話し合ったんですが、俺たちがしばらく、店を切り盛りしましょうか?」
突然の申し出に、驚愕する彼女。クコを見ると、同意してくれているようだ。昨日、様子を見守ると心の中で言ったばかりだが、さすがに倒れられては、そうもいかない。
「いけません、そんな! 皆さんは、お客様なのですから……」
「女将さん。生意気言うようですけど、もっと人を頼ってください。お願いします」
気持ちを込めて、深々と頭を下げる。
「そんな! どうか頭を上げてください! そこまでさせては、却って失礼というものですね。わかりました。紙とペンを取って頂けますか? あと、何か硬い板をお願いします」
筆記具を受け取ると、丁寧な字で、調理器具や調味料の位置、料理のコツやベッドメイキングの方法などを、淀みなく書いていく。
あの女将さんが、頼ってくれているのだ。へまはできないぞ!
◆ ◆ ◆
「たのもー!!」
女将さんの指南書に従い、てきぱきと働いていると、昼前にでかい声が、呼び鈴の音とともに食堂に響き渡る。声の主はもちろん、あの台風娘。
「バーシムレさん、丁度いいところに!」
手短に、今の状況を伝える。
「そんなことに……」
手で口を抑え、驚く彼女。
「よければ、あなたも手伝ってもらえないだろうか?」
「よければどころか、ぜひ!」
「女将さんの許可をもらおう。昨日、あんな事があったばかりだしね」
彼女を連れて寝室に行くと、女将さんがばつの悪そうな顔をする。
「女将さん! どうか私を使ってください! お願いしますッ!」
「俺からもお願いします」
九十度お辞儀で懇願するバーシムレさん。俺も一緒に頭を下げる。
「頭を上げてください。私こそ、意固地になってしまって……。店をお願いできますか、バーシムレさん。いえ、バーシムレ」
「お任せください! 不肖バーシムレ、店の看板に泥を塗るような真似はしませんともッ! バーシとお呼びください!」
バーシムレさんからさらに改め、バーシがドンと胸を拳で叩く。
「よし、これから俺たちは仲間だ。よろしく、バーシ。俺はロイ・ホーネット」
「こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出し、固い握手を交わす。皆も、自己紹介とともに握手する。
店に新たな戦力、バーシムレが加わった!
幸い蓄えはまだ十分なので、皆でタマゴときゅうりのサンドイッチと、牛乳をゆったり楽しんでいると、突如、店の入口が勢いよく開け放たれ、からんからんと呼び鈴が鳴る。
何ごとかと注視してみれば、歳のほど十五と伺える街娘姿の女の子が、すごい形相で入り口に立っている。髪型は、一本に伸ばした黒髪のおさげを、二重に結ぶという、変わったリボンの結び方で束ねていた。あどけなさが残る童顔と、鬼気迫る様子が実にミスマッチだ。
「たのもー!!」
声を張り上げる少女。おいおい、殴り込みかよ。朝っぱらから勘弁して欲しいなあ。まあ、何かあれば店の外につまみ出そう。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? ご宿泊ですか?」
平常運転で接客する、女将さん。肝が座ってるな。
「で……」
「で?」
言い淀む少女、首を傾げる女将さん。
「弟子にしてください!!」
両手をびしっと伸ばし、九十度に折れた見事なお辞儀をしてくる。なんと、弟子入り志願だったのか。
◆ ◆ ◆
「私、バーシムレ・ストルバックといいます! 昔、ここで頂いた女将さんの料理に感動して、弟子入りをしたいと、ルンドンベアにやって来ましたた!」
少女はとりあえず手近なテーブルに通されたので、女将さんと一緒に事情を聞く。背筋をピンと伸ばしてハキハキと答える、少女改めバーシムレさん。耳が痛くなるぐらい、声がでかい。何で我々が同席しているかというと、まあ成り行きというやつだ。
「気持ちはありがたいのだけれど、弟子も従業員も採らないことにしているの。ごめんなさいね」
申し訳無さそうに、頭を下げる女将さん。
「横から口出しすいません。前々から思ってたんですけど、どうして従業員を雇わないんです? お一人で大変でしょう?」
せっかくの機会なので、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみる。
「それは、常にすべて責任を持って、お客様にサービスを提供するためなんです。誰かが間に入ると、責任を負いきれませんから……」
うーむ、仕事ぶりから真面目な人だとは思っていたが、ここまで徹底していたとは。
「そこを何とか! お願いしますッ!」
それでも食い下がる、バーシムレさん。テーブルに、額を擦り付けんばかりだ。放っといたら、土下座までしかねない。
「ごめんなさい。これは、どうしても譲れないことなの」
女将さんも、頭を下げてお断りをする。言ったら何だけど、どっちも頭が固いなあ。
頭を下げ合うことしばし、両者動かないようなので、バーシムレさんに声をかける。
「バーシムレさん。女将さんの意志は固いようだ。諦めたほうがいい。ほら、仕事の邪魔になってしまうしさ」
「……わかりました。今日のところは失礼します。ですけど、女将さんの気が変わるまで、何度でも伺います」
仕事の邪魔というのが効いたようで、起立ののちに深々と一礼して、台風娘は去っていった。やれやれだな。
「お騒がせしました、皆さん。仕事に戻りますね」
女将さんも、俺らを含めた客に謝罪して、厨房へと戻っていく。彼女も彼女だよなあ。気持ちはわからないでもないけど、ちょっと頑固過ぎる。以前より、痩せて疲れているように見えるし、人手を増やして欲しいところだが。
まあ、俺らが度を過ぎて口出しをするのも良くないと思うので、そっと見守るほかないな。
◆ ◆ ◆
翌日。今日も依頼が空振りだったので、朝食をとろうと宿に帰ったが、女将さんの姿がない。いつもはドアの呼び鈴が鳴ると、すぐ応対に出てくれるのだが。
「ロイさん、何か焦げ臭くないですか?」
鼻をすんすん鳴らし、眉をひそめるナンシア。確かに、言われてみれば何か焦げ臭いぞ……? 火元候補といえば、厨房だ。行ってみよう!
厨房へ入ると、竈の前で倒れている女将さんと、その竈の上で白煙を立ち上げている、黒焦げの元料理が乗っているフライパンが目に映った。何ごとだ!?
「ナンシア、火を消してくれ!」
指示を出しながら女将さんの口元に耳をやり、呼吸音を確認する。大丈夫だ、息はしている。目立った外傷もないようだ。
ちなみにナンシアに任せた理由だが、こういうときは、「誰か火を消してくれ」ではなく、誰でもいいから明確に相手を指定したほうが、人は迅速に動いてくれるものだからだ。何ごとかと様子を見に来た野次馬客たちを、席に戻らせるフラン。
「見たところ、怪我は無いようだ。呼吸も安定している。ベッドにとりあえず運ぼう」
そのようなわけで、彼女を奥にある部屋のベッドに寝かせた。おそらく、ここが彼女の寝室だろう。飾り気はないが清潔で、実直な人柄が伺える。
「クコ、詳しく診てあげてほしい。俺たちは厨房を片付けてくるよ」
「わかりました」
俺も、多少手当ての心得はあるが、こういうのはより詳しい者に任せよう。あとはまあ、女性同士のほうが、色々気を使わなくて済むというのもある。
◆ ◆ ◆
「クコ、入っていいか?」
厨房も片し終わり、寝室の扉をノックする。「どうぞ」という彼女の声に合わせて、再度入室。
「具合は?」
「いわゆる過労ですね。疲労が、限界にきてしまったようです。栄養を摂って、静養すれば良くなると思いますけど……」
ううむ、過労か。ずいぶん、ハードワークしてたからなあ。問題は、彼女の性格だな。放っておくと、絶対無理をする。目を覚ましたら、きちんと説得しよう。
「寝室に大人数がいても邪魔なだけだし、俺たちは外で食事してくるよ。任せて悪いな。弁当買ってくるけど、何がいい?」
「サーモンサンドをお願いできますか? なければ、適当なサンドイッチでいいです」
注文を了解して、手近な店へ、残りのメンバーと出かけることにした。
◆ ◆ ◆
「戻ったぞ、クコ。サーモンサンドあったぞ」
寝室の扉をノックすると、「入ってください! 女将さん、目を覚まされましたよ!」と、クコの明るい声が返ってくる。おお、それは良かった。早速中に入る。
「申し訳ありません。こんなだらしないところを、お見せして……」
女将さんが起き上がろうとするので、慌てて制止する。
「そのまま休んでてください。クコから、状態はお聞きになっているでしょう?」
「……ご迷惑をおかけします。昨日、あんなことを言っておいて、情けないです」
ううむ、やはり責任感が強すぎる。
「女将さん。皆で話し合ったんですが、俺たちがしばらく、店を切り盛りしましょうか?」
突然の申し出に、驚愕する彼女。クコを見ると、同意してくれているようだ。昨日、様子を見守ると心の中で言ったばかりだが、さすがに倒れられては、そうもいかない。
「いけません、そんな! 皆さんは、お客様なのですから……」
「女将さん。生意気言うようですけど、もっと人を頼ってください。お願いします」
気持ちを込めて、深々と頭を下げる。
「そんな! どうか頭を上げてください! そこまでさせては、却って失礼というものですね。わかりました。紙とペンを取って頂けますか? あと、何か硬い板をお願いします」
筆記具を受け取ると、丁寧な字で、調理器具や調味料の位置、料理のコツやベッドメイキングの方法などを、淀みなく書いていく。
あの女将さんが、頼ってくれているのだ。へまはできないぞ!
◆ ◆ ◆
「たのもー!!」
女将さんの指南書に従い、てきぱきと働いていると、昼前にでかい声が、呼び鈴の音とともに食堂に響き渡る。声の主はもちろん、あの台風娘。
「バーシムレさん、丁度いいところに!」
手短に、今の状況を伝える。
「そんなことに……」
手で口を抑え、驚く彼女。
「よければ、あなたも手伝ってもらえないだろうか?」
「よければどころか、ぜひ!」
「女将さんの許可をもらおう。昨日、あんな事があったばかりだしね」
彼女を連れて寝室に行くと、女将さんがばつの悪そうな顔をする。
「女将さん! どうか私を使ってください! お願いしますッ!」
「俺からもお願いします」
九十度お辞儀で懇願するバーシムレさん。俺も一緒に頭を下げる。
「頭を上げてください。私こそ、意固地になってしまって……。店をお願いできますか、バーシムレさん。いえ、バーシムレ」
「お任せください! 不肖バーシムレ、店の看板に泥を塗るような真似はしませんともッ! バーシとお呼びください!」
バーシムレさんからさらに改め、バーシがドンと胸を拳で叩く。
「よし、これから俺たちは仲間だ。よろしく、バーシ。俺はロイ・ホーネット」
「こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出し、固い握手を交わす。皆も、自己紹介とともに握手する。
店に新たな戦力、バーシムレが加わった!
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