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第一章 黒翼の凶鳥王編
第七話 魔導剣士ロイ、運命的な出会いをする!
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視点は、ロイから移る。
夜の帳が下りる頃、民家の中で、二人の男女が口論をしていた。
「兄さん! なぜ、父さんの遺志を無駄にするの!?」
若い娘が声を上げる。壁のランタンに照らされたその姿は、昼間ロイを案内したナンシアのものである。
「そんなだから、親父もお前も一族の恥さらしと呼ばれるんだ。平和主義の親父のせいで、俺たちがどれだけ蔑まれたと思っている!」
兄と呼ばれた男は、妹に似て整った顔立ちをした、ナンシアよりひとつふたつ上と思われる年齢の風貌。
「親父亡き今、俺を阻む者はいない。ずいぶん我慢を強いられてきたんだ、好きなようにやらせてもらう! 協力できないと言うなら、せめて黙って見ていろ」
美しい顔が凶相に歪む。その邪な相貌に、ナンシアは戦慄した。
◆ ◆ ◆
視点は、ロイに戻る。
「それにしても、蒸しますね~」
カンテラ片手に夜警の最中、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら、クコが零す。巡回は、俺とクコ、フランとパティ、あとは一人のほうが何かと小回りが利く、サンという編成で行っている。
「そうだなあ。氷結魔法でも、一発ぶっ放したい気分だな」
「あ、そうだ。兎は性欲で、常に頭がいっぱいらしいですよ、ロイさん!」
何なんだよ唐突に。知らんがな。などとどうにも弛緩した会話を繰り広げていると、突如三十メートルほど向こうにある民家の扉をぶち破って、二人の男女が飛び出してきたではないか!
すわ何の騒ぎかと慌てて駆け寄ってみれば、片方の人物は昼間のナンシアさんときた。これは一体どうしたことか。村人同士の喧嘩にしては、扉があまりにも見事な吹っ飛び方をしている。
「兄を捕まえてください! 兄が連続殺人犯です!」
衝撃の告白。それと同時にナンシアさんの鋭い蹴りが男を襲うが、彼はこれを前腕で受け切る。
長いスカートのせいでわかりにくいが、この蹴り、ちゃんと力の流れが乗った玄人の蹴りだ! 彼女もどうやら只者ではない模様。ミステリーな話かと思っていたら、実に急転直下な展開だ。
カンテラを地面に置いて抜剣し、彼女に加勢する。純治癒術師のクコは、後方支援だ。
ナンシア兄の拳が、こちらに襲いかかってくる! 腕を交差させて受けるが、重すぎてガードが弾き上げられてしまう。間髪入れずに叩き込んできた二撃目を、身を捩り辛うじて躱す。この男、強い!
「ナンシアさん! 手加減できませんよ!」
「構いません! 兄を……倒してください!!」
悲痛な覚悟が示される。ならば、誠心誠意応えねばなるまい。
ナンシアさんが、ワン・ツーのコンビネーションで兄貴に拳を叩き込むが、いずれも弾かれる。さらに回転数をあげて激しいラッシュを加えるが、有効打にはならない。しかし、一撃打ち込む隙を十分作ってくれた!
大きく振りかぶった長剣が、殺人鬼の頭部をストライク! やったか!?
「効かんなあァ、そんな鈍はっ!」
グラップラー兄貴が、剣を裏拳で弾き飛ばす。何と、頭部から血の一滴も出ていないじゃあないか! 何なんだこいつは? 無敵の生物か何かか!?
「見せてやるよ。俺の真の姿をなァ!」
尾を引く遠吠えとともに、奴の顔と体が灰色の毛に覆われていく。そして、何かの獣の形へと変じていく頭部……狼だ! こやつ、人狼か!! 小屋に落ちていた毛の謎が、これでわかった。
「この姿は見せたくなかったのですけど……!」
そう言いながらナンシアさんも、遠吠えとともに同じ姿と化す。なんと、人狼の兄妹だったとは。
人狼と言えば銀の武器・魔法・同種の非魔法耐性を持つ魔物か同位以上の魔物、いずれかの攻撃でのみ傷つけられるという代物だ。買っておいてよかった銀の武器! 長剣を鞘に収め、銀製の小剣を抜き放つ。
準備を整えている間、人狼同士の激しい攻防が繰り広げられていた。実力的には兄が有利というところだが、種が割れてしまえば人狼といえど処す術はある。やはり切り札はマイウェポン、銀の剣。人狼兄もこれを最警戒しており、俺の動きがキーになると見た。
小剣で太ももを狙い突く。手加減できないと言ったが、やはりどうにも目だの心臓だのを狙うのは、気が咎める。しかし、この攻撃は動きを読まれており、爪でざっくりと腕を切り裂かれてしまう。まずい、人狼化症が伝染する! 放置すると人狼化してしまうという少々やばい感染症だ。
「命活癒術草!」
クコの声とともに、腰のハーブホルダーから香草が光の粒子となって消滅し、同時に今受けた傷が淡い光に包まれ、みるみる癒えていく。
「人狼化症も治してあります! 負傷はわたしに任せてください!」
こいつぁ助かる。持つべきものは、やはり治癒術師!
騒ぎを聞きつけて、他の家から村人が顔を覗かせる。うちのメンバーも、ほどなくやってくるだろう。
「降伏しろ! 勝ち目があると思うのか!」
「勝ち目のある無しではない! 人を食らうは、我ら人狼の矜持よ! 腑抜けた親父や、そいつとは違うのだッ!!」
ううむ、三対一の劣勢にあっても聞く耳持たずか。乱戦だが、叶うことならばナンシアさんに、兄殺しをさせたくないところだ。
再度攻撃を繰り返すが、二人がかりでも隙を突けないどころか押され気味である。これは、もう少し搦手から攻めた方がいいようだ。
「雷衝撃滅波!」
腰のバインダーから魔導書を取り出し魔法名を叫ぶと、ページがバラバラとめくれて電撃が迸る。
ナンシアさんを巻き込まないように効果範囲を絞った雷光の波に焼かれ、人狼兄貴が犬のような悲鳴を上げる。魔法と剣術の併用はスタミナの消耗がきついが、仲間が来るまで持ちこたえれば勝てるはずだ。今は、各個撃破されることを警戒したい。
兄貴のハイキックが頭部めがけて襲いかかってくる。受けるか? いや、ここは避けるべきだ! 身をかがめると、ものすごい唸りを上げて、殺人兵器のような脚が頭上を通過していく。あれを受け止めていたら、腕が折れていたことだろう。
ここは、もう一度魔法攻撃だ! 再び雷衝撃滅波を食らわせるが、スタミナを消耗しすぎたのか、効果は今ひとつのようだ。
しかし、奴の体勢を崩すには十分だった。ナンシアさんの飛び膝蹴りが兄の顎にクリーンヒットし、顔面を跳ね上げる! 長身の彼女の体重が乗り切った一撃、こちらの効果は抜群だ!
さらに、そこに銀の剣を太ももに深々と突き刺す。これで機動力は封殺された!
一瞬意識が吹っ飛んだであろう兄貴だが、すぐにファイティングポーズを構える。この連続攻撃を受けて沈まないとは、こやつ文字通りの化物か!?
カウンターを警戒するが、奴はピクリとも動かない。じりじりとにじり寄り距離を詰めて、確信を得た。こいつ、立ったまま気絶してる! ……やれやれだな。
◆ ◆ ◆
村人総出で夜中の広場に集まり、人狼兄の処遇についての話し合いとなった。
篝火の光に、厳しい表情の人々が映る。人狼兄の名はタクラム・ルガールというらしい。てことは、妹さんのフルネームはナンシア・ルガールか。
当のタクラムはといえば、俺たちの手で厳重に束縛されても半獣化を解かず、不敵な表情を浮かべながら地べたに転がされている。
ナンシアさんはタクラムの肉親ではあるが、今しがた闘ったこともあり、発言力はないが連座は免れているといったところ。彼女の方は半獣化を解き、村娘モードに戻っている。
村人とナンシアさんの話、そして当のタクラム本人の自白を総合すると、タクラムとナンシアさん、そして彼らの父は去年村にやってきた入植者らしい。
兄の内面はこのように粗暴であったが、対外的には善人を演じていたようだ。そんな彼を、父娘はよく抑えていたそうな。
そんな折り、一週間前に父が他界した。ストッパーが外れたタクラムは人狼としての本性を顕にし、人食いに及んだとのことだ。
一回目の凶行は、ナンシアさんが不審に思いつつも、証拠がなかったので発覚せず、二回目の犯行の前には、ナンシアさんは行方不明になっていたという。戻ったのはなんと今日だとか。
そんな彼女を、共に人食いの道へ誘ったことから、連続殺人事件の真相が露見し、先ほどの壮絶な殴り合いに至った次第。間抜けといえば間抜けな話ではあるが、笑い話にはとてもできない。
「お前らだって、豚や牛を食うだろう! 俺が人を食って、何が悪い!」
とはタクラムの弁だが、哲学的な話はさておき、人のコミュニティで人食いに及んだら、それは罰されるというもの。
村民の一部から、死刑を求めるコールが沸き起こる。その声を聞き、ナンシアさんは顔を背けた。両者の心中を思わざるを得ない。
「みんな落ち着いてほしい。タクラムは官憲に引き渡す。我々は暴徒であってはならない」
村長が凛とした声で皆を抑え、私刑を阻止する。ナンシアさんの表情は顔を背けたままなので伺えないが、苦渋の表情であることは明白で、わざわざ覗き込んで確認する悪趣味もない。
しばらく村長と過激派の問答が続いたが、なんとか引き渡しの方向で話がまとまったようだ。
タクラムの処遇の話が終わると、今度はナンシアさんの扱いについて議題は移った。侃々諤々に意見が飛び交い、強硬派の村人からは追放せよという主張が出る。
「待ってほしい。ナンシアが何をしたというのだ」
村長が無茶な追放論者を諭すが、それに異を唱える声が上がる。
「いいえ、村長様。私が村に残っては、軋轢や禍根が生じます。お気持ちだけありがたく受け取らせていただき、私は村を出ます」
声の主は、他ならぬナンシアさんである。その表情は、しっかりとした決意に満ちたものだった。
「しかしナンシア、君は何も……」
押し留めようとする村長に、黙ってゆっくり横に首を振る彼女。この決意は覆せぬと悟ったか、村長はそれ以上、説得を試みようとはしなかった。
一連の流れに関しては俺も思うところがあるが、よそ者が村の自治に踏み入るのはよろしいことではない。ここは彼らの判断に任せるのみだ。
ともかくもここに事件は解決し、報酬が支払われた次第である。
◆ ◆ ◆
翌早朝、王都に帰るために村を出立すると、木漏れ陽差す森の中で、見覚えのある後ろ姿に遭遇した。
「ナンシアさん!」
彼女が振り向く。予想に反し、コンパクトな手荷物だ。
「皆さん。その節は、お世話に……」
深々と礼を返してくる。
「行く宛てはあるんですか?」
不躾かも知れないが、思うところがあり、直球で尋ねてみた。
「村長様が、かさばるものはお金に変えて引き取ってくださいましたので、これを元手に王都で職を探そうかと思っています」
本当に村民想いの人だなあ。
「その、ナンシアさん。あなたさえよかったらですが、俺たちと一緒に冒険者になりませんか?」
予想外の申し出だったのだろう。目を丸々と見開く彼女。戦力としてもそうだが、なにより控えめな性格がいたく気に入った。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
再び深々とお礼をする彼女。かくして新たなメンバーが加わった。堅い握手を交わしたのち、我々は再度王都に歩を向けた。
「よろしく、ナンシアさん……いや、ナンシア!」
◆ ◆ ◆
視点は、ロイからナンシアへ移る。
「その、ナンシアさん。あなたさえよかったらですが、俺たちと一緒に冒険者になりませんか?」
ロイさんからの、思ってもみなかった申し出に、思わずびっくり。私と彼は、運命のようなもので繋がっているのかも知れないと考えるのは、乙女過ぎ?
うっかり狼の姿で森林浴をしていたら、四肢を罠に挟まれてしまった。どうすることもできず、途方に暮れていた私を助けてくれたのが彼。なにかこう、胸がかぁっと熱くなるものを感じてしまいました。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
もちろん、私の返事はYESです!
夜の帳が下りる頃、民家の中で、二人の男女が口論をしていた。
「兄さん! なぜ、父さんの遺志を無駄にするの!?」
若い娘が声を上げる。壁のランタンに照らされたその姿は、昼間ロイを案内したナンシアのものである。
「そんなだから、親父もお前も一族の恥さらしと呼ばれるんだ。平和主義の親父のせいで、俺たちがどれだけ蔑まれたと思っている!」
兄と呼ばれた男は、妹に似て整った顔立ちをした、ナンシアよりひとつふたつ上と思われる年齢の風貌。
「親父亡き今、俺を阻む者はいない。ずいぶん我慢を強いられてきたんだ、好きなようにやらせてもらう! 協力できないと言うなら、せめて黙って見ていろ」
美しい顔が凶相に歪む。その邪な相貌に、ナンシアは戦慄した。
◆ ◆ ◆
視点は、ロイに戻る。
「それにしても、蒸しますね~」
カンテラ片手に夜警の最中、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら、クコが零す。巡回は、俺とクコ、フランとパティ、あとは一人のほうが何かと小回りが利く、サンという編成で行っている。
「そうだなあ。氷結魔法でも、一発ぶっ放したい気分だな」
「あ、そうだ。兎は性欲で、常に頭がいっぱいらしいですよ、ロイさん!」
何なんだよ唐突に。知らんがな。などとどうにも弛緩した会話を繰り広げていると、突如三十メートルほど向こうにある民家の扉をぶち破って、二人の男女が飛び出してきたではないか!
すわ何の騒ぎかと慌てて駆け寄ってみれば、片方の人物は昼間のナンシアさんときた。これは一体どうしたことか。村人同士の喧嘩にしては、扉があまりにも見事な吹っ飛び方をしている。
「兄を捕まえてください! 兄が連続殺人犯です!」
衝撃の告白。それと同時にナンシアさんの鋭い蹴りが男を襲うが、彼はこれを前腕で受け切る。
長いスカートのせいでわかりにくいが、この蹴り、ちゃんと力の流れが乗った玄人の蹴りだ! 彼女もどうやら只者ではない模様。ミステリーな話かと思っていたら、実に急転直下な展開だ。
カンテラを地面に置いて抜剣し、彼女に加勢する。純治癒術師のクコは、後方支援だ。
ナンシア兄の拳が、こちらに襲いかかってくる! 腕を交差させて受けるが、重すぎてガードが弾き上げられてしまう。間髪入れずに叩き込んできた二撃目を、身を捩り辛うじて躱す。この男、強い!
「ナンシアさん! 手加減できませんよ!」
「構いません! 兄を……倒してください!!」
悲痛な覚悟が示される。ならば、誠心誠意応えねばなるまい。
ナンシアさんが、ワン・ツーのコンビネーションで兄貴に拳を叩き込むが、いずれも弾かれる。さらに回転数をあげて激しいラッシュを加えるが、有効打にはならない。しかし、一撃打ち込む隙を十分作ってくれた!
大きく振りかぶった長剣が、殺人鬼の頭部をストライク! やったか!?
「効かんなあァ、そんな鈍はっ!」
グラップラー兄貴が、剣を裏拳で弾き飛ばす。何と、頭部から血の一滴も出ていないじゃあないか! 何なんだこいつは? 無敵の生物か何かか!?
「見せてやるよ。俺の真の姿をなァ!」
尾を引く遠吠えとともに、奴の顔と体が灰色の毛に覆われていく。そして、何かの獣の形へと変じていく頭部……狼だ! こやつ、人狼か!! 小屋に落ちていた毛の謎が、これでわかった。
「この姿は見せたくなかったのですけど……!」
そう言いながらナンシアさんも、遠吠えとともに同じ姿と化す。なんと、人狼の兄妹だったとは。
人狼と言えば銀の武器・魔法・同種の非魔法耐性を持つ魔物か同位以上の魔物、いずれかの攻撃でのみ傷つけられるという代物だ。買っておいてよかった銀の武器! 長剣を鞘に収め、銀製の小剣を抜き放つ。
準備を整えている間、人狼同士の激しい攻防が繰り広げられていた。実力的には兄が有利というところだが、種が割れてしまえば人狼といえど処す術はある。やはり切り札はマイウェポン、銀の剣。人狼兄もこれを最警戒しており、俺の動きがキーになると見た。
小剣で太ももを狙い突く。手加減できないと言ったが、やはりどうにも目だの心臓だのを狙うのは、気が咎める。しかし、この攻撃は動きを読まれており、爪でざっくりと腕を切り裂かれてしまう。まずい、人狼化症が伝染する! 放置すると人狼化してしまうという少々やばい感染症だ。
「命活癒術草!」
クコの声とともに、腰のハーブホルダーから香草が光の粒子となって消滅し、同時に今受けた傷が淡い光に包まれ、みるみる癒えていく。
「人狼化症も治してあります! 負傷はわたしに任せてください!」
こいつぁ助かる。持つべきものは、やはり治癒術師!
騒ぎを聞きつけて、他の家から村人が顔を覗かせる。うちのメンバーも、ほどなくやってくるだろう。
「降伏しろ! 勝ち目があると思うのか!」
「勝ち目のある無しではない! 人を食らうは、我ら人狼の矜持よ! 腑抜けた親父や、そいつとは違うのだッ!!」
ううむ、三対一の劣勢にあっても聞く耳持たずか。乱戦だが、叶うことならばナンシアさんに、兄殺しをさせたくないところだ。
再度攻撃を繰り返すが、二人がかりでも隙を突けないどころか押され気味である。これは、もう少し搦手から攻めた方がいいようだ。
「雷衝撃滅波!」
腰のバインダーから魔導書を取り出し魔法名を叫ぶと、ページがバラバラとめくれて電撃が迸る。
ナンシアさんを巻き込まないように効果範囲を絞った雷光の波に焼かれ、人狼兄貴が犬のような悲鳴を上げる。魔法と剣術の併用はスタミナの消耗がきついが、仲間が来るまで持ちこたえれば勝てるはずだ。今は、各個撃破されることを警戒したい。
兄貴のハイキックが頭部めがけて襲いかかってくる。受けるか? いや、ここは避けるべきだ! 身をかがめると、ものすごい唸りを上げて、殺人兵器のような脚が頭上を通過していく。あれを受け止めていたら、腕が折れていたことだろう。
ここは、もう一度魔法攻撃だ! 再び雷衝撃滅波を食らわせるが、スタミナを消耗しすぎたのか、効果は今ひとつのようだ。
しかし、奴の体勢を崩すには十分だった。ナンシアさんの飛び膝蹴りが兄の顎にクリーンヒットし、顔面を跳ね上げる! 長身の彼女の体重が乗り切った一撃、こちらの効果は抜群だ!
さらに、そこに銀の剣を太ももに深々と突き刺す。これで機動力は封殺された!
一瞬意識が吹っ飛んだであろう兄貴だが、すぐにファイティングポーズを構える。この連続攻撃を受けて沈まないとは、こやつ文字通りの化物か!?
カウンターを警戒するが、奴はピクリとも動かない。じりじりとにじり寄り距離を詰めて、確信を得た。こいつ、立ったまま気絶してる! ……やれやれだな。
◆ ◆ ◆
村人総出で夜中の広場に集まり、人狼兄の処遇についての話し合いとなった。
篝火の光に、厳しい表情の人々が映る。人狼兄の名はタクラム・ルガールというらしい。てことは、妹さんのフルネームはナンシア・ルガールか。
当のタクラムはといえば、俺たちの手で厳重に束縛されても半獣化を解かず、不敵な表情を浮かべながら地べたに転がされている。
ナンシアさんはタクラムの肉親ではあるが、今しがた闘ったこともあり、発言力はないが連座は免れているといったところ。彼女の方は半獣化を解き、村娘モードに戻っている。
村人とナンシアさんの話、そして当のタクラム本人の自白を総合すると、タクラムとナンシアさん、そして彼らの父は去年村にやってきた入植者らしい。
兄の内面はこのように粗暴であったが、対外的には善人を演じていたようだ。そんな彼を、父娘はよく抑えていたそうな。
そんな折り、一週間前に父が他界した。ストッパーが外れたタクラムは人狼としての本性を顕にし、人食いに及んだとのことだ。
一回目の凶行は、ナンシアさんが不審に思いつつも、証拠がなかったので発覚せず、二回目の犯行の前には、ナンシアさんは行方不明になっていたという。戻ったのはなんと今日だとか。
そんな彼女を、共に人食いの道へ誘ったことから、連続殺人事件の真相が露見し、先ほどの壮絶な殴り合いに至った次第。間抜けといえば間抜けな話ではあるが、笑い話にはとてもできない。
「お前らだって、豚や牛を食うだろう! 俺が人を食って、何が悪い!」
とはタクラムの弁だが、哲学的な話はさておき、人のコミュニティで人食いに及んだら、それは罰されるというもの。
村民の一部から、死刑を求めるコールが沸き起こる。その声を聞き、ナンシアさんは顔を背けた。両者の心中を思わざるを得ない。
「みんな落ち着いてほしい。タクラムは官憲に引き渡す。我々は暴徒であってはならない」
村長が凛とした声で皆を抑え、私刑を阻止する。ナンシアさんの表情は顔を背けたままなので伺えないが、苦渋の表情であることは明白で、わざわざ覗き込んで確認する悪趣味もない。
しばらく村長と過激派の問答が続いたが、なんとか引き渡しの方向で話がまとまったようだ。
タクラムの処遇の話が終わると、今度はナンシアさんの扱いについて議題は移った。侃々諤々に意見が飛び交い、強硬派の村人からは追放せよという主張が出る。
「待ってほしい。ナンシアが何をしたというのだ」
村長が無茶な追放論者を諭すが、それに異を唱える声が上がる。
「いいえ、村長様。私が村に残っては、軋轢や禍根が生じます。お気持ちだけありがたく受け取らせていただき、私は村を出ます」
声の主は、他ならぬナンシアさんである。その表情は、しっかりとした決意に満ちたものだった。
「しかしナンシア、君は何も……」
押し留めようとする村長に、黙ってゆっくり横に首を振る彼女。この決意は覆せぬと悟ったか、村長はそれ以上、説得を試みようとはしなかった。
一連の流れに関しては俺も思うところがあるが、よそ者が村の自治に踏み入るのはよろしいことではない。ここは彼らの判断に任せるのみだ。
ともかくもここに事件は解決し、報酬が支払われた次第である。
◆ ◆ ◆
翌早朝、王都に帰るために村を出立すると、木漏れ陽差す森の中で、見覚えのある後ろ姿に遭遇した。
「ナンシアさん!」
彼女が振り向く。予想に反し、コンパクトな手荷物だ。
「皆さん。その節は、お世話に……」
深々と礼を返してくる。
「行く宛てはあるんですか?」
不躾かも知れないが、思うところがあり、直球で尋ねてみた。
「村長様が、かさばるものはお金に変えて引き取ってくださいましたので、これを元手に王都で職を探そうかと思っています」
本当に村民想いの人だなあ。
「その、ナンシアさん。あなたさえよかったらですが、俺たちと一緒に冒険者になりませんか?」
予想外の申し出だったのだろう。目を丸々と見開く彼女。戦力としてもそうだが、なにより控えめな性格がいたく気に入った。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
再び深々とお礼をする彼女。かくして新たなメンバーが加わった。堅い握手を交わしたのち、我々は再度王都に歩を向けた。
「よろしく、ナンシアさん……いや、ナンシア!」
◆ ◆ ◆
視点は、ロイからナンシアへ移る。
「その、ナンシアさん。あなたさえよかったらですが、俺たちと一緒に冒険者になりませんか?」
ロイさんからの、思ってもみなかった申し出に、思わずびっくり。私と彼は、運命のようなもので繋がっているのかも知れないと考えるのは、乙女過ぎ?
うっかり狼の姿で森林浴をしていたら、四肢を罠に挟まれてしまった。どうすることもできず、途方に暮れていた私を助けてくれたのが彼。なにかこう、胸がかぁっと熱くなるものを感じてしまいました。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
もちろん、私の返事はYESです!
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