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第一章 黒翼の凶鳥王編
第四話 魔導剣士ロイ、新たな仲間と出会う
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冒険者の朝は早い。雀の声を聞きながら、四人で告知所に向かうと、早くから人だかりができている。
フランを除く俺らは、宿からずっと気を放っていた。「今度こそ、何が何でもマトモな治癒術師をゲットする」という決意である。
でも、パティだけは、なんだかファンシーオーラを放ってる気がしないでもない。
ざっと場の冒険者たちの品定めをする。やはり、どいつもこいつも徽章を着けている。
まあ、あそこで唯一運良くというか、運悪くというか残ってたのがフランだしな……。
諦めかけたそのとき、珍しいものが目に入った。長い尖った耳の女、エルフだ! エルフが人の街に出てくるとは、珍しい。
そうそう何度も外れを引くとも思えないが、うかつに話しかけてまた外れというのではいけない。
まずは人間観察。背丈は百七十センチほど。肩甲骨の下辺りまで伸びているブロンドのロングヘアを、ローポジション・ポニーテールにまとめている。
スタイルはエルフらしく華奢で、緑基調の上着と白のロングスカートを履いており、どこぞのバーサーカーとは異なる、真に清楚な印象を受ける。
しかし、さらに真に注目すべきは、腰に装着している様々な草や種がぶら下がったハーブホルダーだ。
これは、薬師独特の装備で、イコール治癒魔法を使えることを示している。見たところ徽章も着けていない。これは優良物件。俺たちは運がいい!
「俺はロイ・ホーネット、こいつらは俺の連れ。見ての通り、冒険者だ。頼りになる治癒術師を探している。そこのエルフの姉さん、仲間にならないか!?」
ビシッと右親指で自分を指し示し、ドヤ顔でキメる。どうよ!?
「ありがとうございます。わたしも都に出てきたばかりで、右も左もわからなくて……。クコ・ハーバロイエといいます。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀する彼女。おお、好感の持てる娘さんだ。一同自己紹介を行い、明日の糧を稼ぐために依頼票を吟味する。
まず目についたのはスケルトン退治……まだ心の傷が癒えてないので鼻息の荒い神官サマを見なかったことにしてスルー。
ゴブリン退治。ベタだなー、保留。
ドラゴン退治。死ぬわ、次。
遺跡探索……ほう、これなんか面白いんじゃないか? ただ、遺跡探索というのは結構博打だ。まず、遺跡の情報を持っている人物の護衛という形で探すわけだが、当然依頼人がガセネタを掴まされている場合がある。
また、依頼人の取り分というのが当然ある。ただ、それを差し引いても当たるとでかい。
「問題なければ、これにしたいのだが」
皆に依頼票を見せる。
「異議あり! スケルトンを放っておくなんて、道外れなことができますでしょうか!?」
ゾンビ相手に人の道を外してたやつが、何か言ってるぞ。
「まあ聞け。もし、遺跡に死霊のような、より悪しきアンデッドがいたら? 正義の神官としては、そちらを先に倒すべきではないのか?」
「……一理ありますわね」
考え込んで、黙ってしまう神官サマ。チョロい。
一番の問題児を言いくるめてしまえば、特に反対が出るでもなく、話はトントン拍子にまとまった。
あとは依頼人に会って詳しい打ち合わせをし、時間の余裕があればクコの徽章を発注してから、歓迎会というところか。
「あの……いえ、何でもないです」
クコが不意に、もじもじして何か言おうとしたが、発言を取りやめてしまった。
「依頼のことか?」
「いえ、そういうわけではないのですけど……」
何だろう? 妙にクコの態度が引っかかったが、まあ、きちんと言いたくなったら言うだろう。
◆ ◆ ◆
「兄貴ーまだっスか~?」
依頼人の自宅に向かうべく、高級住宅街の石畳の上を歩いていると、サンから苦情が飛んできた。もう体感三十分以上、この辺歩き回ってるからなあ。
「まあ待て。ええと……この建物の角を右に曲がれば、すぐのはずだ」
それにしても、どいつもこいつも、いい家に住んでんなあ。俺たちも、目指せセレブ。
「お、多分ここだ」
高級住宅街の中では、比較的質素 (あくまでも比較。それでも十分大きい)な作りの邸宅に、『ベイシック』の表札を確認する。今回の依頼人だ。
「冒険者グループ、『スティング・ホーネット』です。まだ徽章ができあがってませんが……。こちらにお住まいの、依頼人のベイシック卿にお話を伺いにまいりました」
依頼票を二人の門衛に見せる。しかし、どうして門衛ってのはどいつもこいつも、二人組で槍持ってんのかね。
「確かに、ご主人様の依頼書だ。通っても良いが、腰の物は一応預からせてもらう」
そりゃそーですな。得物を門衛に預け邸内に入ると、両開きの玄関の扉をノックする。
少し間をおいて、いかにもって感じの執事服を着た、白髭禿頭の老人が扉を開ける。
「ようこそおいでくださいました。冒険者の方ですね? どうぞこちらに」
いでたちを見ただけで、依頼を受けにきた冒険者と理解したようで、てきぱきと応接間に通された。
外観も比較的質素なら、内装も比較的質素で、華美ではないが上品な感じだ。ソファー、テーブルは素人目にも上物とわかる。
主人を待つ間、執事と入れ替わりに入ってきた若いメイドが、お茶を出してくれた。いい香りが応接室に立ち上る。
これはミルクティーか。まずは一口。うむ、うまい! 鼻腔をくすぐる豊かな香り、深いコクにミルクのまろやかさと砂糖の甘味。温度も丁度いい。
財を成して冒険者を引退したら、本を読みながら日向でゆったりと楽しみたい、そんな味だ。
美味い茶を堪能していると、依頼人と思しきいい身なりをした、カイゼル髭の五十代ほどと受け取れる、ローブの男性が入室してきた。皆で立ち上がり、お辞儀して挨拶をする。
「初めてお目にかかります。『スティング・ホーネット』の、ロイ・ホーネットです」
皆も続けて自己紹介していく。
「ほっほっほ。そう、畏まらなくてもよいですぞ。吾輩はログ・ノイマン・ベイシック。王立学院で、学者をしとります」
着席を促すベイシック卿。おお、気さくな御仁のようで助かる。
「遺跡探索のご依頼、とのことですが」
「うむ。この間、古地図を買ったところ、吾輩の持っていた古書と照らし合わせたら、古代遺跡があるのではないかという推測が立ちましてな」
「”当たり”の可能性は、どのぐらいでしょう?」
「吾輩、自慢ではないですが遺跡をずいぶん見つけてきました。その経験から言って八割」
八割か……まあ悪くない数字だが。
皆を見渡すと、パティ以外はやる気のようだ。まあ、パティは兜のせいで、どんな顔してんのかわからんだけだが。
「では条件を詰めましょうか。今回の件は、学術調査の側面が強いという理解でよろしいですか?」
静かにうなずく卿。
「では、必要なぶんの保存食を持っていただくのと、護衛費として銀貨を百枚。学術的価値の無いものは、我々の取り分……ということでいかがでしょう」
「歴史的資料価値があるもの……たとえば美術品や貨幣、装飾品に武具魔導書は学術的価値のあるもの、とさせていただきますぞ。ただし、そういった物でも、うち五割は報酬として保証しましょう。ただし、選別の優先権はこちらに」
五割か、悪くない。
皆を見渡すと、パティとフラン以外はまずまずの表情。
パティは、相変わらず表情がわからんが、頷いてるからOKの模様。
フランは、よほど死霊をしばき倒したいのだろう、俄然やる気だ。俺のでまかせを、信じ切っちゃってるよこの人。
「では、合意ということで。ご出立は?」
「明日早朝を考えていますぞ。六時の鐘で、街の南門に来てくだされ」
握手と契約書を交わす。時間の余裕ができたか。帰り際にクコの徽章を発注して、あとは歓迎会だな。
「あの……ああ、やっぱり何でもないです」
帰路、またクコが妙な素振りを見せる。一体、何なのだろうか。
◆ ◆ ◆
「うう……もう我慢できない! ロイさん!」
徽章の発注を済ませて宿に向かう帰路、いきなり後ろから襟首を引っ張られた。痛え! むち打ちになるかと思ったじゃないか。振り返れば、やたら興奮したクコの姿。
「猫ですよ猫!」
クコの指差す方を見れば、雑貨屋の横の路地の入り口で白と黒のにゃんこが二匹、愛の営みに励んでいた。ほほう、エルフにゃ猫は珍しいのかね? 猫の可愛さに興奮するとか、微笑ましいじゃないの。まあ、場面がアレだけど。
「知ってますか!? 猫はですね、交尾するときオスがメスの首を噛むんですよ!」
頬に両手を当て、大興奮の彼女。は? ごめん、何言いたいのかわかんない。
「あとですね、あとですね。あそこに花があるでしょう。花ってエッチだと思いませんか? だってですね、いわば性器を露出させてるんですよ! これはもうエロスです、エロス!」
あーはい、理解しました。こいつやべーやつだ。今まで猫かぶってたのね。こういう話がしたくて、ずっとうずうずしてたのね……。
サンはクコの博識 (?)に感心しているが、フランとパティは、この場からすげえ逃げたそうだ。特に後者。
「聞いてますか、ロイさん!?」
「アーアーキコエナーイ」
耳を塞ぎ、すっとぼけながらさくさく宿に向かう。俺って、人を見る目がないのかなあ……。
◆ ◆ ◆
なんだか、見なかったことにしたい光景があった気がするが、明日に備えていつもの店で歓迎会だ。クコもいい宿を探していたとのことで、丁度良かった。
「今日はよく育ったマスの白子が手に入ったので、ソテーにしてみました」
食前酒のエールを楽しんでいると、女将さんが料理の皿を運んできた。
「ロイさん! 白子って……」
「それ以上何か言ったら、口を縫い合わせるぞー、クコー」
めっちゃいい笑顔で下ネタを披露しようとする彼女を、負けじといい笑顔で牽制する。食えなくなるわ、アホの子め。
気を取り直して、まず一口。むう、これは……とろりととろけて、こってりとした味わい。やもするとくどい味わいになるが、柑橘類の酸味がそれを打ち消し絶妙なバランスで味がまとまっている。
香り付けにニンニクが使われており、食欲をそそる。いやはや、これは実に酒が進む。
白子を堪能し終わった頃合いに、二品目が運ばれてきた。おなじみのマスだが、シンプルに切り身の塩焼きという漢仕様だ。
これは、さっきの白子の持ち主だろうか。あれほど美味な白子の持ち主なら、本体の味も期待できようというもの。シンプル極まる調理法に、自信が伺える。
ぷりぷりの身を、ナイフとフォークでひと欠片口に入れる。これは! ほどよく乗った脂と身の旨味が口を満たす。
こってりしていて、それでいてしつこくない……という表現は、誰言いが始めたものだったか。まさにそれだ。
噛みしめる。広がる旨味。噛みしめる。広がる旨味! これはもう、咀嚼という行為自体が、楽しくなってくるじゃないか!
ああ、ついに最後の一切れを飲み込んでしまった。しかし、ここで満を持してメインディッシュの出番。艷やかなチキンの丸焼きが、テーブルに降臨だ!
さすがに切り分けはセルフサービスなので、リーダーであるところの俺がナイフを入れる。鶏の腹を割くと、複雑かつ爽やかな食欲を唆る香りが立ち上る。
「この香り、タイムとローリエとオレガノとクコを入れてますね。あ、最後のはわたしの名前じゃないですよ」
クコが、感心した顔で説明する。ハーブの名前だな。俺、ちょっとハーブには詳しいよ?
「ちなみにですね! クコは摂取すると、性よ」
「黙って食べなさい。はっはっはっ」
いい笑顔で威圧しつつ、ささっとクコの皿にチキンを置く。最後まで言わせるものか!
皆のぶんを取り分けたところで、早速自分も頂く。一口噛みしめると、肉汁がじゅわっと溢れる。美味! おお、美味! 思わず腕を振り回して、はしゃぎそうになるほどの美味!
良質な肉と脂の旨味が、これでもかと舌を飽和攻撃してくる。幸とはこういうことか、と感じさせる味だ。
クコの説明したハーブがまた、刺激的で爽やかな香りを振りまく。例えるなら、肉と脂という縦糸をしっかりと支える香りの横糸。
色糸の一本一本が複雑に組み合わさり織りなす、壮大な味のタペストリーだ! 肉、ワイン、肉、ワインと交互に楽しむのが、実に病みつきになる。
やがて皆も鶏を食べ終わり、宴もお開きとなった。流石にこれ以上は、何も飲み食いできないな。明日も一日頑張ろう。
フランを除く俺らは、宿からずっと気を放っていた。「今度こそ、何が何でもマトモな治癒術師をゲットする」という決意である。
でも、パティだけは、なんだかファンシーオーラを放ってる気がしないでもない。
ざっと場の冒険者たちの品定めをする。やはり、どいつもこいつも徽章を着けている。
まあ、あそこで唯一運良くというか、運悪くというか残ってたのがフランだしな……。
諦めかけたそのとき、珍しいものが目に入った。長い尖った耳の女、エルフだ! エルフが人の街に出てくるとは、珍しい。
そうそう何度も外れを引くとも思えないが、うかつに話しかけてまた外れというのではいけない。
まずは人間観察。背丈は百七十センチほど。肩甲骨の下辺りまで伸びているブロンドのロングヘアを、ローポジション・ポニーテールにまとめている。
スタイルはエルフらしく華奢で、緑基調の上着と白のロングスカートを履いており、どこぞのバーサーカーとは異なる、真に清楚な印象を受ける。
しかし、さらに真に注目すべきは、腰に装着している様々な草や種がぶら下がったハーブホルダーだ。
これは、薬師独特の装備で、イコール治癒魔法を使えることを示している。見たところ徽章も着けていない。これは優良物件。俺たちは運がいい!
「俺はロイ・ホーネット、こいつらは俺の連れ。見ての通り、冒険者だ。頼りになる治癒術師を探している。そこのエルフの姉さん、仲間にならないか!?」
ビシッと右親指で自分を指し示し、ドヤ顔でキメる。どうよ!?
「ありがとうございます。わたしも都に出てきたばかりで、右も左もわからなくて……。クコ・ハーバロイエといいます。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀する彼女。おお、好感の持てる娘さんだ。一同自己紹介を行い、明日の糧を稼ぐために依頼票を吟味する。
まず目についたのはスケルトン退治……まだ心の傷が癒えてないので鼻息の荒い神官サマを見なかったことにしてスルー。
ゴブリン退治。ベタだなー、保留。
ドラゴン退治。死ぬわ、次。
遺跡探索……ほう、これなんか面白いんじゃないか? ただ、遺跡探索というのは結構博打だ。まず、遺跡の情報を持っている人物の護衛という形で探すわけだが、当然依頼人がガセネタを掴まされている場合がある。
また、依頼人の取り分というのが当然ある。ただ、それを差し引いても当たるとでかい。
「問題なければ、これにしたいのだが」
皆に依頼票を見せる。
「異議あり! スケルトンを放っておくなんて、道外れなことができますでしょうか!?」
ゾンビ相手に人の道を外してたやつが、何か言ってるぞ。
「まあ聞け。もし、遺跡に死霊のような、より悪しきアンデッドがいたら? 正義の神官としては、そちらを先に倒すべきではないのか?」
「……一理ありますわね」
考え込んで、黙ってしまう神官サマ。チョロい。
一番の問題児を言いくるめてしまえば、特に反対が出るでもなく、話はトントン拍子にまとまった。
あとは依頼人に会って詳しい打ち合わせをし、時間の余裕があればクコの徽章を発注してから、歓迎会というところか。
「あの……いえ、何でもないです」
クコが不意に、もじもじして何か言おうとしたが、発言を取りやめてしまった。
「依頼のことか?」
「いえ、そういうわけではないのですけど……」
何だろう? 妙にクコの態度が引っかかったが、まあ、きちんと言いたくなったら言うだろう。
◆ ◆ ◆
「兄貴ーまだっスか~?」
依頼人の自宅に向かうべく、高級住宅街の石畳の上を歩いていると、サンから苦情が飛んできた。もう体感三十分以上、この辺歩き回ってるからなあ。
「まあ待て。ええと……この建物の角を右に曲がれば、すぐのはずだ」
それにしても、どいつもこいつも、いい家に住んでんなあ。俺たちも、目指せセレブ。
「お、多分ここだ」
高級住宅街の中では、比較的質素 (あくまでも比較。それでも十分大きい)な作りの邸宅に、『ベイシック』の表札を確認する。今回の依頼人だ。
「冒険者グループ、『スティング・ホーネット』です。まだ徽章ができあがってませんが……。こちらにお住まいの、依頼人のベイシック卿にお話を伺いにまいりました」
依頼票を二人の門衛に見せる。しかし、どうして門衛ってのはどいつもこいつも、二人組で槍持ってんのかね。
「確かに、ご主人様の依頼書だ。通っても良いが、腰の物は一応預からせてもらう」
そりゃそーですな。得物を門衛に預け邸内に入ると、両開きの玄関の扉をノックする。
少し間をおいて、いかにもって感じの執事服を着た、白髭禿頭の老人が扉を開ける。
「ようこそおいでくださいました。冒険者の方ですね? どうぞこちらに」
いでたちを見ただけで、依頼を受けにきた冒険者と理解したようで、てきぱきと応接間に通された。
外観も比較的質素なら、内装も比較的質素で、華美ではないが上品な感じだ。ソファー、テーブルは素人目にも上物とわかる。
主人を待つ間、執事と入れ替わりに入ってきた若いメイドが、お茶を出してくれた。いい香りが応接室に立ち上る。
これはミルクティーか。まずは一口。うむ、うまい! 鼻腔をくすぐる豊かな香り、深いコクにミルクのまろやかさと砂糖の甘味。温度も丁度いい。
財を成して冒険者を引退したら、本を読みながら日向でゆったりと楽しみたい、そんな味だ。
美味い茶を堪能していると、依頼人と思しきいい身なりをした、カイゼル髭の五十代ほどと受け取れる、ローブの男性が入室してきた。皆で立ち上がり、お辞儀して挨拶をする。
「初めてお目にかかります。『スティング・ホーネット』の、ロイ・ホーネットです」
皆も続けて自己紹介していく。
「ほっほっほ。そう、畏まらなくてもよいですぞ。吾輩はログ・ノイマン・ベイシック。王立学院で、学者をしとります」
着席を促すベイシック卿。おお、気さくな御仁のようで助かる。
「遺跡探索のご依頼、とのことですが」
「うむ。この間、古地図を買ったところ、吾輩の持っていた古書と照らし合わせたら、古代遺跡があるのではないかという推測が立ちましてな」
「”当たり”の可能性は、どのぐらいでしょう?」
「吾輩、自慢ではないですが遺跡をずいぶん見つけてきました。その経験から言って八割」
八割か……まあ悪くない数字だが。
皆を見渡すと、パティ以外はやる気のようだ。まあ、パティは兜のせいで、どんな顔してんのかわからんだけだが。
「では条件を詰めましょうか。今回の件は、学術調査の側面が強いという理解でよろしいですか?」
静かにうなずく卿。
「では、必要なぶんの保存食を持っていただくのと、護衛費として銀貨を百枚。学術的価値の無いものは、我々の取り分……ということでいかがでしょう」
「歴史的資料価値があるもの……たとえば美術品や貨幣、装飾品に武具魔導書は学術的価値のあるもの、とさせていただきますぞ。ただし、そういった物でも、うち五割は報酬として保証しましょう。ただし、選別の優先権はこちらに」
五割か、悪くない。
皆を見渡すと、パティとフラン以外はまずまずの表情。
パティは、相変わらず表情がわからんが、頷いてるからOKの模様。
フランは、よほど死霊をしばき倒したいのだろう、俄然やる気だ。俺のでまかせを、信じ切っちゃってるよこの人。
「では、合意ということで。ご出立は?」
「明日早朝を考えていますぞ。六時の鐘で、街の南門に来てくだされ」
握手と契約書を交わす。時間の余裕ができたか。帰り際にクコの徽章を発注して、あとは歓迎会だな。
「あの……ああ、やっぱり何でもないです」
帰路、またクコが妙な素振りを見せる。一体、何なのだろうか。
◆ ◆ ◆
「うう……もう我慢できない! ロイさん!」
徽章の発注を済ませて宿に向かう帰路、いきなり後ろから襟首を引っ張られた。痛え! むち打ちになるかと思ったじゃないか。振り返れば、やたら興奮したクコの姿。
「猫ですよ猫!」
クコの指差す方を見れば、雑貨屋の横の路地の入り口で白と黒のにゃんこが二匹、愛の営みに励んでいた。ほほう、エルフにゃ猫は珍しいのかね? 猫の可愛さに興奮するとか、微笑ましいじゃないの。まあ、場面がアレだけど。
「知ってますか!? 猫はですね、交尾するときオスがメスの首を噛むんですよ!」
頬に両手を当て、大興奮の彼女。は? ごめん、何言いたいのかわかんない。
「あとですね、あとですね。あそこに花があるでしょう。花ってエッチだと思いませんか? だってですね、いわば性器を露出させてるんですよ! これはもうエロスです、エロス!」
あーはい、理解しました。こいつやべーやつだ。今まで猫かぶってたのね。こういう話がしたくて、ずっとうずうずしてたのね……。
サンはクコの博識 (?)に感心しているが、フランとパティは、この場からすげえ逃げたそうだ。特に後者。
「聞いてますか、ロイさん!?」
「アーアーキコエナーイ」
耳を塞ぎ、すっとぼけながらさくさく宿に向かう。俺って、人を見る目がないのかなあ……。
◆ ◆ ◆
なんだか、見なかったことにしたい光景があった気がするが、明日に備えていつもの店で歓迎会だ。クコもいい宿を探していたとのことで、丁度良かった。
「今日はよく育ったマスの白子が手に入ったので、ソテーにしてみました」
食前酒のエールを楽しんでいると、女将さんが料理の皿を運んできた。
「ロイさん! 白子って……」
「それ以上何か言ったら、口を縫い合わせるぞー、クコー」
めっちゃいい笑顔で下ネタを披露しようとする彼女を、負けじといい笑顔で牽制する。食えなくなるわ、アホの子め。
気を取り直して、まず一口。むう、これは……とろりととろけて、こってりとした味わい。やもするとくどい味わいになるが、柑橘類の酸味がそれを打ち消し絶妙なバランスで味がまとまっている。
香り付けにニンニクが使われており、食欲をそそる。いやはや、これは実に酒が進む。
白子を堪能し終わった頃合いに、二品目が運ばれてきた。おなじみのマスだが、シンプルに切り身の塩焼きという漢仕様だ。
これは、さっきの白子の持ち主だろうか。あれほど美味な白子の持ち主なら、本体の味も期待できようというもの。シンプル極まる調理法に、自信が伺える。
ぷりぷりの身を、ナイフとフォークでひと欠片口に入れる。これは! ほどよく乗った脂と身の旨味が口を満たす。
こってりしていて、それでいてしつこくない……という表現は、誰言いが始めたものだったか。まさにそれだ。
噛みしめる。広がる旨味。噛みしめる。広がる旨味! これはもう、咀嚼という行為自体が、楽しくなってくるじゃないか!
ああ、ついに最後の一切れを飲み込んでしまった。しかし、ここで満を持してメインディッシュの出番。艷やかなチキンの丸焼きが、テーブルに降臨だ!
さすがに切り分けはセルフサービスなので、リーダーであるところの俺がナイフを入れる。鶏の腹を割くと、複雑かつ爽やかな食欲を唆る香りが立ち上る。
「この香り、タイムとローリエとオレガノとクコを入れてますね。あ、最後のはわたしの名前じゃないですよ」
クコが、感心した顔で説明する。ハーブの名前だな。俺、ちょっとハーブには詳しいよ?
「ちなみにですね! クコは摂取すると、性よ」
「黙って食べなさい。はっはっはっ」
いい笑顔で威圧しつつ、ささっとクコの皿にチキンを置く。最後まで言わせるものか!
皆のぶんを取り分けたところで、早速自分も頂く。一口噛みしめると、肉汁がじゅわっと溢れる。美味! おお、美味! 思わず腕を振り回して、はしゃぎそうになるほどの美味!
良質な肉と脂の旨味が、これでもかと舌を飽和攻撃してくる。幸とはこういうことか、と感じさせる味だ。
クコの説明したハーブがまた、刺激的で爽やかな香りを振りまく。例えるなら、肉と脂という縦糸をしっかりと支える香りの横糸。
色糸の一本一本が複雑に組み合わさり織りなす、壮大な味のタペストリーだ! 肉、ワイン、肉、ワインと交互に楽しむのが、実に病みつきになる。
やがて皆も鶏を食べ終わり、宴もお開きとなった。流石にこれ以上は、何も飲み食いできないな。明日も一日頑張ろう。
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