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午後3時になると、和やかな雰囲気の中パーティーは始まった。
集まったキッズは10人もおらず、凌空坊ちゃまが一番年下なぐらいなので、そんなに手がかかることもなく、あたしもどさくさに紛れて一緒に楽しんでいた。
だって! 今日のためにわざわざシェフが来て、ホテルでのパーティーみたいに会場でお肉焼いたりしてくれるんだよ!?
「あれって、あたしも食べたりできるんですかね?」
左近さんにこっそり訊いてみる。
「そう仰るかと思ってましたので、あなたの分は取っておくように言ってあります。でも、内緒ですよ」
「はい! ありがとうございます! あ~内緒じゃなきゃ絶対抱きつくのに」
「ホホ。それは残念なことをしました」
冗談も軽く受け流す。デキる人は違うなーやっぱ。ウキウキした気分でキッズたちの元へ。
「ねえ、この人っておネエなの?」
小学生の男の子が凌空坊ちゃまにとんでもないことを訊いた。おネエってあたしのことかいっ!
「おねえってなに?」
「ホントは男だけど、女の人の格好してる人のことだよ」
凌空坊ちゃまの質問に、おませな女の子が答えた。
「えー。ちがうよね? みのりは女の子でしょ?」
不安そうに、凌空坊ちゃまがあたしに訊いた。なんで、そこ不安?
「もちろん。どう見ても女の子でしょ」
そう答えると、最初におネエかと訊いた男の子が言った。
「でも、声も低いし、胸もないよ」
ぬあーっ!! なんちゅうことを! 子どもに言われるとホントに凹む。胸のど真ん中にグサーッとくる。くそ―! 今日はいつもより分厚いパッド入れてんのよ?
声も確かにちょっぴりハスキーだけど、これはこれでセクシーだって言う人もいるのよ?(言われたことないけど)
「そうかー。お前、男だったのか」
必死で笑いを堪えながら、イッセイ坊ちゃまがわざわざ言いに来た。
「ブッ飛ばしますよ」
怒るあたしを尻目に、彼は笑いながら人の輪の中に戻って行った。
悔しい! ホントに悔しいけど……たくさんのセレブが集う中でも、アイツは一際華やかで
スター級のオーラがあった。笑われても文句が言えないような、正真正銘の王子様だ。
悔しいけど。
当然、女性も次から次へと群がってくるワケで。おとぎ話の舞踏会のように、みんなが王子様に振り向いてもらおうと必死なのが伝わってくる。
本人も満更ではないらしく、あたしには見せないような優しい笑顔を振りまいている。
あれじゃあ、女性に不自由はしないでしょうな。
一方、もう一人の王子はというと、椅子に腰かけたまま挨拶に回るでもなく、置物みたいにじっと動かない。
全身から放たれているダークなオーラのせいで、誰一人近づこうともしない。
パーティーの冒頭の挨拶で、イッセイ坊ちゃまがレイ坊ちゃまのことを紹介し、「実は極度の人見知りで、今回まさかの初参加です。主役ですが」なんて笑い話にしていて、そのルックスに女性陣もざわついていたけど、本人があの調子なので、怖がってみんな離れて行った。せっかく来たんだから、楽しめばいいのに。
「勿体ないですよ。ご自分の誕生日パーティーなのに、そんな怖い顔してちゃ」
「……俺の誕生日じゃない」
また暗黒モードか。
「ワケ分かんないこと言ってないで、ほら笑って笑って」
目は笑わず口元だけニヤッとさせるのってある意味特技だなと思うけど、はっきり言ってこれなら笑わない方がマシ。
「いや、余計怖いですよ。クリスマスっていうか1人ハロウィンですよ」
会社関係の人もたくさん来てるみたいだけど、ここまで社会性なくて大丈夫なんだろうか?
王子様目当てに来てるっぽい女性もたくさんいそうだし、良家のお嬢様と知り合うチャンスでしょ。
この中にいれば分かる。家政婦なんかと釣り合う人じゃない。
シンデレラは元々お嬢様だったから、王子様とでも釣り合ってたけど、生まれつき中の下あたりの庶民の女なんて、お話しにならない。
だいたい、あの奥様が許さないでしょ。奥様にだけは目をつけられないように気をつけなきゃね……。
パーティーが中盤にさしかかると、何やら出し物が始まった。歌に踊りに、楽器の演奏、有名なマジシャンのマジックショー。会場はすっかり盛り上がっていた。
そんな中、お礼と言わんばかりにイッセイ坊ちゃまがピアノを、お嬢様がバイオリンを演奏し始めた。これって確か、セリーヌ・ディオンの曲だよね。うわー。すごいなぁ。舞台上がキラキラしてる。
小さい時、親にピアノを習いたいって言ったら、死んだフリされた苦い記憶が甦る。
1曲終わると、今度はイッセイ坊ちゃまが1人でマライア・キャリーの曲を演奏し始めた。クリスマスには定番の曲。何よ。フル○ンのクセにカッコいいじゃん。普段の姿を知らなかったら、惚れてまうやろーって感じ。
会場の熱気も最高潮。
奥様もご満悦……かと思いきや、そっとレイ坊ちゃまに歩み寄って行った。気になって近づき、聞き耳を立てると、何やら彼にもピアノを弾けと言っている模様。
うんと言わない坊ちゃまに向かって、最後にはこう言った。
「どうせ主役は一成なんだから、形だけでいいのよ。簡単なのを弾けば」
どうして……? どうしてそんなヒドイこと?
そりゃちょっと取っつきにくい人ではあるけど、親がそこまであからさまに差別していいの?
あまりにムカついて、一言物申してやろうかと思ったら、レイ坊ちゃまが勢いよく立ち上がり、ピアノの前に座った。
そして、何の挨拶も前触れもなく、いきなりピアノを弾き始めた。
す……凄い!!
聞いたことはあるけど、曲名は分からない。でも、素人のあたしが聞いても、難しい曲なのは分かる。
どうやったらあんなに速く指が動くんだろう……。
鬼気迫る演奏に胸が熱くなる。聴いている人たちも圧倒されている。
「月光……!? 本当に嫌な子ね」
感動しているあたしのそばで、奥様が苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。ムカつくけど、悔しがっている顔を見たら、胸が少しだけスッとした。
演奏が終わると、拍手喝采の中、左近さんに手招きされた。
「今からこちらのケーキを舞台にお運びいただけますか?」
差し出されたのは長方形の超巨大なバースデーケーキ。
「うわー。スゴい! でもなんであたしがそんな大役を?」
「こんなむさくるしいジジイが行くより若くてかわいい女性の方がいいに決まってるからですよ」
「うまいなぁ、左近さんは」
結局、上手いこと乗せられて、あたしがケーキを運ぶことに。ワゴンを押して、舞台中央のテーブルまで行き、その上にケーキを乗せようとした時だった。
「えっ!?」
ケーキにロウソクの火がついていたので会場はすでに薄暗かった。足元にマイクか何かのコードがあったの
に見えなくて引っかかった。
それでなくても会場を失笑させていた赤鼻のトナカイは、巨大ケーキの上に顔からダイブ!
ウソ……でしょ……?
この会場に何人の人がいると思ってるのよ。隼士とカオリちゃんもいるのよ?
それなのに、みんなが見てる前で、あたしの顔……ケーキの中にある。
ずっとこうしていたかったけど、すぐに息ができなくなった。
パッと顔を上げたあたしを見て、会場は凍りついた。
どうしよう……みんなドン引きしてる!
今日のハイライトなのに!
「お、美味しいですね、これ」
無理やり笑って言った。すると、舞台上にいたイッセイ坊ちゃまが大声で笑い出したので、会場の人も一気に爆笑し始めた。
最悪! 最悪! 最悪! 自分で自分がイヤになる。
平気なフリをして舞台を下り、洗面所へ向かった。
これじゃあ芸人じゃん!
いや、違うな。
芸人さんは計算して人を笑わせるけど、あたしは笑われただけ。
洗面所の鏡に映る自分を見て、思わず笑ってしまった。
「ハハハ……」
笑いながら泣きそうになった。洗面台に手をつき、大きな溜息をつく。ダメだ。こんなおめでたい日に悲しくて泣くなんて。
笑え! 笑うんだ! 実梨!
「しかし、サイコ―だな、お前」
言いながら、イッセイ坊ちゃまが洗面所に入って来た。
「へへっ。結構ウケたでしょ」
「おう。今日一番ウケてたよ」
主役の前で落ち込むワケにはいかない。
「ショックで泣くんじゃねえかと思ったけど『美味しい』だもんなー。あれには参ったよ」
そんなこと褒められたって全然嬉しくないけど。
「だって、ホントに美味しかったんですもん。これ、絶対お高いケーキですよ。すみません。食べられなくしちゃって」
クリームまみれの顔で笑う情けないあたしの頬に、スッと指がのびてきた。坊ちゃまは頬のクリームを指に取ると、それをペロッと舐めた。
「ああ、いつもの店のケーキだな。ここのは確かにウマい」
「でしょー?」
なんて軽く返事したけど、ちょっとエロいよね? やってること。
「流すの勿体ないですけど」多少、動揺しつつ、蛇口を捻った。
「確かに勿体ないな……」
ボソッと呟くと、坊ちゃまはあろうことか、頬のクリームを直接舐めた。
「何してるんですか?」
「勿体ねえじゃん。ウマいのに」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ? 食べるなら確か子ども用のが……」
どうにか逃れようとしたあたしの腰を、坊ちゃまはグイッと抱き寄せた。
「うるさいな。ちょっと黙ってろよ」
は!? 今度はいきなりキス!?
「ヤダ、何してるんですか」
慌てて坊ちゃまの肩を押し、唇を離す。
「何ってお前、訊かなきゃ分かんねえのかよ」
「じゃあ、なんでキスするんです?」
真っ白なクリーム塗れのバカ殿みたいな顔なのに……。
「なんでってそりゃ、したいからに決まってんだろ」
自分がしたけりゃしてもいいのか!
「ホント自分勝手ですね。大きな声出しますよ?」
「フッ。ここでか?それはもっと夜になってからにしろよ」
「は? 違うから! そういう声じゃないから!」
何言ってんだ、まったく。エロ王子が。反省したんじゃなかったのかよ!
「じゃあ、後でお前ん家行くわ」
「またそんなバカなこと言ってるとママに叱られますよ」
あまりに傍若無人なので、とびきりの嫌みを言った。
「嫌な言い方すんなよ」
急に不機嫌な顔をして、坊ちゃまは洗面所を出て行こうとした。
「うわっ! ビックリした! 何してんの? お前。キモ過ぎんだけど」
洗面所の扉の隙間から、いつものようにレイ坊ちゃまがこっそり覗いていた。
「不気味な奴だとは思ってたけど、覗きの趣味まであったとはな。けど、聞いてたんなら話は早い。お前、今日離れには帰ってくんなよ」
ちょっと、ちょっと!あたし抜きで話進めないでよー!
「無理」
「は? そっちも覗く気かよ。お前、本物の変態だな」
嘲笑しながら戻りかけたイッセイ坊ちゃまの声に、頭も真っ白になった。
「母上……」
お、お、奥様?この状況で?
「あなたたち、揃いも揃って何してるんです?」
「ちょっとトイレですよ」
言った後、バチーンッて物凄い音がして心臓が縮み上がった。も
しかして殴られた? 怖くて、洗面所から顔も出せない。
レイ坊ちゃまは、奥様が来た途端に顔色が変わっちゃうし。
「恥を知りなさい!戻る前に自分の顔を鏡で見るのね!あぁ、情けない。お前までわたくしを裏切るなんて」
顔にクリームついてたのかな? ヤバい。最悪じゃん。これってあたしが誘惑したとか言われるパターンのやつよね!?
「とにかく、一成は早く戻りなさい」
言った後、コツコツとハイヒールの音が近づいてきた。これぞ、まさにホラーだ。
「お前がパーティーに出席するなんておかしいと思ったけど、彼女の影響ね。フンッ。まあ、お前が何をしようと勝手だけど……」
レイ坊ちゃまに言った後、奥様は洗面所に足を踏み入れ、あたしをキッと睨み付けた。
「星崎さんって言ったかしら?一成に色目を使うのは止めなさい。家政婦の分際で、身分を弁えなさい!」
顔にクリームつけたままお説教なんて、シュール過ぎて笑えない。ってか、奥様怖すぎ。マレフィ○ントじゃん。
「おい!」
怯えるあたしとは反対に、レイ坊ちゃまはかなり怖い顔をして、奥様の腕を掴んで言った。
「それ以上言うな」
「へー。お前はそんなにこの娘のことが好きなの?家政婦なんてお前には一番お似合いなんじゃないの?」
奥様の暴言に、レイ坊ちゃまは俯いた。ヤバい! これ、ヤバいやつだ!
「坊ちゃま、ダメです!抑えて下さい」
咄嗟に坊ちゃまを奥様から引き離した。
「お前のその目……ケダモノだわね」
自分の息子に向かってケダモノだなんてどうして言えるの?
歩き去る奥様の背中を物凄い形相で睨んで、体を震わせる坊ちゃまを必死で宥める。
「坊ちゃま、大丈夫ですから、ゆっくり深呼吸しましょう。ね?」
「頼むから……離れてくれ」
「え?でも……」
躊躇っていると、坊ちゃまに肩を掴まれ壁に押し付けられた。
こんな顔なのにと思いながらも、彼の唇は待ったなしに近づいてくる。坊ちゃま2人と立て続けにキスはマズくないか?
けれど、レイ坊ちゃまの唇が触れることはなかった。輪郭の気配まで感じたけど、そこで離れていった。所謂、寸止めってやつだ。
「……ごめん」
去っていく彼の背中はどこか重くて、悲しくて孤独だった。色んなことが一度に起き過ぎて、頭の中がめちゃくちゃに混乱している。
まずは、顔のクリームを洗い流さなければ。
あーあ。せっかく念入りにしたメイクも台無しだ。っていうか、もしかしたらあたしって、今大ピンチ?
パーティーが終わったらクビ?
恐る恐る会場に戻り、奥様を目で追う。視界に入らぬよう、注意せねば。
夜も8時くらいになると、少しずつお客様も帰り始めた。
帰り際、皆さん口々に「面白かったよ」って褒めてくれた。ありがとうございますという唇が虚しかった。
「実梨さん、すっごく面白かったです」
大きな胸を揺らしながらカオリちゃんが言った。ああ、そうかい。お陰でこっちは大変なんだよ。カオリちゃんが出て行った後、隼士があたしの前にやって来た。
「なあ、実梨。来た時に言うたことやけど、どないかならんかな?」
まだ言うか!?
「そんなことよく平気で……」
言いかけた時だった。
「頼む! 俺、今回のプロジェクトに賭けてんねん!ほな、また連絡するから」
「は?ちょっと!!」
人の言葉を遮り、帰って行った。どいつもこいつも、どんだけ自己中なんだよ! 怒りを通り越して呆れる。最後の1人を見送ると無事終わってホッするのと同時に、得体の知れない不安に包まれた。
クビ宣告を受けるんじゃないかと思って
あれからずっとヒヤヒヤしてるから。このまま何もなければいいなって期待はすぐに打ち砕かれた。
「星崎さん」
「あ、はい」
奥様、キター!
「今日はどうもご苦労様でした。顔にケーキまでつけて大変だったでしょう」
え? まさかの笑顔? まさかの労い?
「あ、いえ……」
「お陰でとても盛り上がったようだけどごめんなさいね。そういうコメディアンのようなことは黒澤の家には合わないのよ。分かるでしょ? あなたのせいで、我が家の品位が下がったってこと」
にこやかに批判!柔らかに非難!
「申し訳ありませんでした」
とにかく謝るしかない。
「いいのよ。あなたには今日限りで辞めていただくことにしましたから」
あ~やっぱりか……。
「ちょっと待ちなさい。私はそんなこと聞いてないが」
旦那様も同意してるのかと思ったけど、違うのか。
ちょっとだけホッ。
「あなたは黙っていて下さらない?あなたが節操もなくこんな若い家政婦を雇ったせいで、一成まで誘惑されて困ってるんです」
「え?」
驚いた顔で、旦那様はあたしを見た。いやいや、違うからー!
「母上、さっきのことなら僕が……」
弁解しようとしたイッセイ坊ちゃまも完全シャットアウト。
「あなたも黙ってなさい! いいこと? あなたはこの家の大事な跡取りなのよ? もういい歳なのに、こんな家政婦と遊んでないで、茜さんとの結婚を真面目に考えたらどうなの?」
アカネさん? 初耳だ。まさか、彼女がいたの? 彼女もちのクセに、あたしにあんなことを?そりゃ怒られるわー。ここはひとつ、きつーくお灸をすえてもらわないと。
あ、あたしがすえられてんのか。
「どうして僕が跡取りなんですか? 僕は次男ですよ? 長男が継ぐべきでは?」
「バカなこと言わないでちょうだい。世間の笑い者になりたいの?」
赤く美しい口元に冷笑が浮かび、あたしは息を呑んだ。
華麗なる一族の華麗ではない秘密……。
それを知る時がきてしまったらしい。

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