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第十二章 ブレーメンの音楽

197.魔女に怯える盗人のように(その1)

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 飾り切りされたフルーツを食べ終わる頃、ようやく私を呼び出した人間が姿を現した。
 とはいっても、一人ではなかった。
 だから、人間達と言った方が正確だろう。

 部屋に入ってきたのは三人だった。
 一人は知っている。
 ファイファーだ。
 だけど、後の二人は知らない。
 一人はファイファーより年上の男性。
 もう一人はファイファーより年下の男性、というより子供だ。
 護衛や部下といった感じではないから、おそらく兄弟なのだろう。

「待たせたな」

 ファイファー兄(仮)が横柄に言う。
 待たせたことを悪いとは考えていないようだ。
 まあ、ファイファーの兄弟だとしたら王子ということになるから、待たされたことに文句を言う人間もいなかったのだろう。
 だから、自分が呼んだら、相手は自分より早く来て待つのが当然だと考えているのだと思う。
 だけど、私には彼のこの国での立場は関係が無い。
 さて何と言おうかと考えていると、先にファイファーが口を開いた。

「聖女殿、待たせてすまなかったな。演奏会の後に開かれたパーティーから抜け出せなかったのだ。てっきりパーティーに参加するものだと思っていたから、帰ったと聞いて慌てて呼びに行かせたのだ。しかし、待たせることになってしまったようで、すまない」

 顔見知りということもあるだろうけど、ファイファーは悪かったと思っているようだ。
 素直に謝罪してきた。

「待たせちゃって、ごめんなさい」

 さらに、ファイファーが謝罪したからなのか、ファイファー弟(仮)も謝ってきた。
 頭を下げ、上目づかいでこちらを見てくる。

「・・・・・気にしなくていいわ」

 なんだろう、この可愛らしい生き物は。
 ヘンゼルとグレーテルがもう少し大きくなったら、こんな感じになるのだろうか。
 思わず頭を撫でる。
 すると、くすぐったそうにしながら、にっこり微笑んできた。

「・・・・・」

 持ち帰っちゃダメかな。
 小さいし、こっそり馬車に詰め込めば、気付かれないと思う。
 でも、無理やり連れていくわけにはいかないし、どうしよう。
 街で買った飴をエサにすれば、ついてくるだろうか。

「こら、王族が軽々しく頭を下げるものではない」

 私が可愛らしい生き物を、どうやってお持ち帰りしようかと考えていると、ファイファー兄(仮)がそんなことを言う。

「で、でも、悪いことをしたら謝らないと・・・」
「王族は、たとえ自分が間違っているのだとしても、簡単にそれを認めてはならないのだ」

 どうやら、ファイファー兄(仮)は王族としての自尊心が高い性格のようだ。
 それは別にどうでもよいのだけど、可愛らしい生き物に変な教育をしないで欲しい。
 無駄に自尊心が高い、捻くれた性格に育ったら、どうするつもりだ。

 可愛らしい生き物は困ったように兄と私を交互に見ている。
 謝罪を取り消すわけにもいかず、兄に逆らうわけにもいかず、どうしたらよいか分からないのだろう。
 とりあえず、私は可愛らしい生き物を困らせるファイファー兄(仮)の評価を最底辺にすることにした。
 そして、可愛らしい生き物に助け舟を出す。

「あのね。相手に悪いことをしたと思ったら、その分だけ相手が喜ぶことをしたらいいのよ」

 ファイファー兄(仮)の自尊心は放っておくとして、王族が不用意な発言をできないのは確かだ。
 だから、代わりとなる手段を教えようと思う。

「でも、物をあげるのはダメよ。物をあげれば悪いことをしてもいいことになっちゃうからね」
「物はダメ・・・」

 可愛らしい生き物は、私の言葉に何やら考え込んだかと思うと、頭を撫でていた私の手をクイクイと引っ張ってきた。

「なに?」

 身を屈めると、内緒話をするように、顔を近づけてくる。

 ちゅっ

 そして、頬に口づけをしてきた。

「えへへ」

 可愛らしい生き物は、満面の笑みだ。
 たぶん、父親か母親あたりに、こうしたら喜ばれたのだろう。
 だから、私も喜ぶと思ったのだと思う。
 そして、それは正解だ。

「ありがとう」

 うん、確かに喜んだ。
 けど、心配にもなった。
 相手が喜ぶことと聞いて口づけを思い浮かべるとは、この子は将来、女たらしになるのではないだろうか。
 まずいことを教えたかも知れない。
 でも、今さら訂正するわけにはいかないし、可愛らしい生き物が可愛らしい生き物であるうちは、そのままでいて欲しいとも思う。
 そんなふうに私が葛藤していると、師匠が羨ましそうな声をあげる。

「いいのう。わしも、ほっぺにちゅーして欲しいのう」

 そんなおねだりをすると、可愛らしい生き物は私にしたのと同じように師匠の頬にも口づけをする。
 師匠は満足気だ。
 その様子を見ていると、このままでよい気がしてきた。
 将来の教育はこの国の人間に任せることにして、今は可愛らしい生き物を堪能することにしよう。

 *****

 挨拶が終わり、私達は用意された席に座った。
 ちなみに、この三人はやはり兄弟らしい。
 全員、この国の王子というわけだ。

「あらためて、ひさしぶりだな、聖女殿。それと・・・」
「ジャンヌじゃ」
「ジャンヌ殿も」

 ファイファーが私と師匠に言葉をかける。
 私はシルヴァニア王国で一緒だったし、師匠は温泉の村で会っている。
 つまり、顔見知りだ。

「ひさしぶりね。演奏は聴かせてもらったわ」

 もともと受け取ったのは演奏会の招待状だ。
 一応、感想くらいは言っておこうと思う。

「素晴らしい演奏だったわね。旅の疲れが、すっかり取れたわ」
「それは・・・なんというか、個性的な感想だな」

 私がせっかく褒めたというのに、ファイファーは微妙な表情だ。
 なにが不満なのだろう。

「何曲か演奏したのだが、どれが一番よかった?」
「最初の曲が印象に残っているけど、どれも甲乙つけがたいわね」

 嘘は行っていない。
 一曲目の最初の方だけ記憶に残っている。
 そこから終わりまでは記憶に残っていない。

「なるほど。最初の曲は観客の心を掴むために、よい曲を選ぶからな」

 私の言葉に、ファイファーは納得の言葉を返す。
 けど、なんとなく表情は納得していないように見える。
 そこで、師匠が口を開く。

「ちなみに、目を閉じていたのは寝ていたわけではなく、曲を堪能していたからだそうじゃ」
「・・・なるほど。ぴくりとも動かないから、寝ているのだと勘違いしてしまった」

 そういうことか。
 全く師匠もファイファーも失礼だな。
 私が演奏中に寝ていたと勘違いするなんて。

「演劇をしていたわけではないのでしょう?演奏は耳で楽しむものなんじゃないの?」
「その通りだな」

 なんだが呆れた表情をしているようにも見えるけど、ファイファーは私の言葉を否定してこなかった。
 私の濡れ衣は晴れたと考えていいのだろうか。

 それにしても、観客は大勢いたのに、こちらに気付いていたのか。
 マメなことだ。
 そう思ったけど、席が決められていたのを思い出した。
 事前に確認しておけば、私の居場所は分かるか。

「それで、呼び出した用件は何?感想を聞きたかったわけじゃないのでしょう?」

 感想を伝えたことで招待されたことに対する義理は果たしたと判断した私は本題に入る。

「それも無関係ではないのだが・・・」
「そこからは我が話そう」

 本題に入ったところで、ファイファー兄が話を引き継ぐ。
 それはそれでいいのだけど、私はいまだに彼の名前を知らない。
 本人が名乗っていないからだ。
 自分の名前を知らない人間などいないと思っているのだろうな。
 自国の人間に対してならそれでもいいだろうけど、他国の人間に対してそれはダメだろう。
 典型的なダメ王子だ。
 さて、ダメ王子の話は何だろうか。

「知っての通り我が国は観光が主な収入であるわけだが・・・」

 知っての通りと言っているが、普通は知らないと思う。
 私は師匠から聞いていたから、たまたま知っているけど。
 ファイファー兄は、私が知っているかどうかを確認することなく、話を続ける。

「最近、その収入が減ってきているのだ」

 これって、私が聞いていい話なのだろうか。
 国の収入が減っているというのは、普通は隠すことではないだろうか。
 自力で解決できるのであれば、他国には知られたくない情報のはずだ。

「観光客が別の観光地に取られていることが原因だ」

 収入が減っている理由を教えてくれたけど、だから何だという感じだ。
 私には関係がない。
 なぜそんな話をするのだろうと思ったのだけど、次の言葉で疑問が解決する。

「そなたに、それを何とかしてもらいたい」

 解決はしたけど、意味が分からない。
 何かおかしなことを言われた気がする。
 もしかして、ファイファー兄は自分の国の収入が減ったのを、私に何とかしろと言ったのだろうか。

「・・・・・なんで?」

 とりあえず、そう尋ねた。
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