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第十章 はだかの女王様

158.女王様

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「コレ美味しいわね。普通のショウユじゃないみたいだけど・・・」
「すみません。今年はショウユの備蓄量が少ないので、柑橘系の果物の汁で薄めたのです。味は落ちると思いますが・・・」
「ううん。ショウユの風味と爽やかな酸味で逆に・・・」
「聖女様、いますか!!!」

 私が村長の奥さんと話していると、ヒルダが飛び込んできた。
 そのまま、ずかずかと近寄ってくる。

「これを見てください!」
「あのさ、ヒルダ。私、試食している最中で・・・」
「それどころじゃありません!」

 ヒルダが何やら紙を押し付けてくる。
 こちらの都合などおかまいました。
 私は仕方なく、それを受け取り、ざっと目を通す。

「ふーん」
「エリザベート王女は、この国を王制に戻すつもりです!そんなことになったら・・・」
「いいんじゃない?サインしてあげたら?」
「大変なことに!・・・・・なんて、おっしゃいました?」

 興奮気味のヒルダは、私の言葉を聞き逃したのか、尋ねてくる。
 面倒だけど、同じことを言ってあげる。

「王様になりたいって言っているんでしょ?サインしてあげたら?」
「聖女様!?それがどういうことか、わかっているのですか!?」
「わかっているわよ」

 むしろ、なんで分かっていないと思ったのだろう。
 王制を廃止させたのは私だ。
 分かっているに決まっている。

「私が分割してあげたものを、わざわざ一つに戻そうとしているんでしょ?それが望みなら、叶えてあげたら?」
「エリザベート王女に、絶対的な権力を持たせることになるのですよ!」

 正確には王様になるのは、プラクティカルとエリザベート王女の子供のようだ。
 だけど、子供が政治などできるはずも無いから、実際には親である二人が摂政になるのだろう。
 だから、ヒルダの言うことは正しい。
 でも、それは、ある一面での話だ。

「持つことになるのは、権力だけじゃないでしょ?」
「・・・・・権力に伴う責任のことを、おっしゃっているのですか?それはその通りですが、エリザベート王女がそんなものを気にするとは・・・」
「そうでしょうね」

 確かに、本人は気にはしないだろう。
 気にする人間なら、そもそも王位を手に入れようとなんかしない。
 そんなものを欲しがるのは、野心家か、被虐趣味の変態か、考え無しのアホだけだ。
 そして、三者の違いは、先を見ているか、周りが見えているかだ。

 野心家は、王位を手に入れること自体が望みだ。
 手に入れた後のことには興味がない。
 なぜなら、王位なんてものを手に入れた後は、今度は国のために尽くさなければならなくなるからだ。
 尽くさなくてもいいけど、その場合はいずれ王位を剥奪されることになる。
 だから、野心家は先を見ていない。

 被虐趣味の変態は、責任を背負いながら、国のために尽くすことが望みだ。
 自由な時間は無く、自分の時間の全てを国に捧げる。
 その結果、国を繁栄させることに喜びを感じる。
 国の未来、つまり、先を見ている。
 どうしたら繁栄させることができるかを考えるから、周りも見えている。

 考え無しのアホは、ただ欲しがるだけだ。
 地位に対する憧れ。
 権力に対する執着。
 金銭に対する欲望。
 色々と理由はあるけど、先も周りも見えていない。

 プラクティカルとエリザベート王女は、どうだろうか。
 自分達が纏うものの持つ意味が分かっているのだろうか。
 興味はないけど、気にはなる。
 だから、ヒルダには、こう言ってあげる。

「でも、せっかくやる気みたいなんだし、やらせてあげてみたら?それで状況が良くなるなら、ヒルダとしても満足でしょ?」
「良くなるとは思えませんが・・・・・でも、わかりました。私は聖女様を信じるって決めたのです。だから、サインすることにします」
「私のことを信じられてもねぇ」
「信じた結果、地獄に堕ちることになるなら、甘んじてそれを受け入れます」
「うーん・・・まあ、いいけど」

 これまで行ってきたことを考えたら、私の行き先は地獄と決まっているんだけど、ヒルダが納得しているなら、止めることもないだろう。
 好きにしたらいい。
 あとで、文句言われても知らない。

 さて、これでヒルダの話は終わりかな。
 なら、もともとやっていたことに戻らせてもらおう。

「ところで、ヒルダ。村長の奥さんが温泉料理の試作品を作ってくれたんだけど、一緒に試食してみない?蒸した肉や野菜をコレにつけて食べるんだけど、コレが美味しいのよ」
「いえ、せっかくですけど、ご遠慮させていただきます。すぐに先ほどの紙にサインをしなければなりませんので、これで失礼します」
「そう?残念ね」
「また誘ってください」

 そう言って、ヒルダは出て行った。
 慌ただしいな。

「邪魔が入ったけど、試食に戻りましょうか」

 私は、村長の奥さんに話しかける。
 彼女は、ヒルダが来てから部屋の端に行き、口を閉じていた。
 大切そうな話だったから、邪魔にならないようにしてくれたのだろう。
 そんなに気にしなくていいのに。
 私としては、どちらかと言えば、こちらの方が重要度が高い。
 そういう意味では、邪魔をしてきたのは、ヒルダの方だ。

「はい。それでは、料理の説明を続けさせていただきますね。まず、先ほどのタレですけど、ポンズと言いまして・・・」

 温泉を観光地にする計画は、着々を進んでいた。

 *****

「はははっ!やったぞ!これで、この国は私達のものだ!」

 届いた書類を見て、プラクティカルが狂ったように笑い続ける。
 周囲に人がいないからいいようなものの、もし人がいたら何事かと思うだろう。

「ヒルダは、思ったより素直に同意しましたね」

 最初からヒルダに拒否権は無いような状況ではあるが、もっと足掻くと思っていた。
 それが、あっさりとサインをしたものだから、肩透かしを食らったような気分だ。

「さっそく戴冠式をしよう!」

 興奮が冷めない様子のプラクティカルが提案する。
 けれど、それは現実的ではない。

「プラクティカル様、気が早いですよ。王位につく私の・・・私達の子供は、まだ産まれてもいないではないですか。まずは城の人間、そして国民に周知しましょう」

 私が現実的な提案をすると、プラクティカルが頷く。
 だけど、興奮が冷めた様子はない。

「そうか。そうだな。エリザベートの言う通りだ。まずは、皆に教えないとな。そうだ!バビロン王国にも使者を出そう!」

 気が早いプラクティカルに私は呆れるが、早く行動するという意見には賛成だ。
 計画は順調だ。
 この勢いのまま進めたい。
 邪魔が入ったとしても後戻りできないほど、進めておきたい。

「それはいい考えですね。プラクティカル様の言う通りにしましょう」

 私はプラクティカルに賛成の意志を示す。
 それを聞いて、プラクティカルはすぐに行動を開始する。
 彼は私のためによく働いてくれる。
 私が身重ということもあるのだろうが、もはや私の言うことに逆らう気配はない。
 血を吸いたいと言えば、素直に首筋を差し出してくる。
 肉を食べたいと言えば、きっと肉を差し出してくれるだろう。

 *****

 シルヴァニア王国が王制に戻ったことを周知してから数日が経った頃、城に国民からの嘆願書が届き始めた。

「食糧を無償で配給して欲しいだと?虫がいいことを!」

 プラクティカルが吐き捨てるように言う。
 嘆願書を破り捨てるかのような勢いだ。
 だが、破り捨てて無視するのは問題がある。
 これを無視すれば、国民の不満がこちらに向いてしまう可能性があるからだ。

「ですが、不思議ですね。このような嘆願書など、かなりの覚悟がなければ、出せないはずですが」

 普通、平民が王に直接願いを言う機会などない。
 それどころか、平民が王に不用意に近づけば、護衛に斬り殺されても仕方が無い。
 それが、王と平民の身分の差というものだ。
 しかし、例外がある。
 大勢の平民が、無視できない規模で集まり、意見を一つにして王に届ける。
 それが嘆願書だ。
 そこまでくると、王としても無視はできない。
 だが、それにしたところで、平民からすれば、かなりの覚悟が必要なはずだ。
 下手な要求を出せば、王の政策に背く意志があるとして、反逆罪に問われる可能性があるからだ。
 そうなれば、死刑は免れない。
 それにも関わらず、こうして嘆願書が届いている。

「私達が一時的にこの国を離れたときに、聖女が炊き出しをしたらしくてな。それで、また施しを貰えると思って、図に乗ったのだろう」
「聖女が炊き出しを・・・」

 危なかった。
 その情報は知らなかった。
 もし、知らないままでいたら、選択を間違っていたかも知れない。
 だが、知ることができた。

「食糧の配給をしましょう」

 私の言葉にプラクティカルが驚く。

「なぜだ。そのような馬鹿な要求など無視すればいいだろう。暴動を起こしたら鎮圧すればいい」
「それはダメです。聖女は施しをしたのに、新しい王がしなかったと噂になれば、新しい王の評判が下がります」

 それは致命的な状況になりかねない。
 今、王都での聖女の評判は地に落ちている。
 その聖女よりも新しい王の対応が悪いとなれば、新しい王の評価は聖女よりも下ということになりかねない。
 つまり、最悪の評価になるということだ。

「くそっ!聖女めっ!どこまでも、いまいましい!」

 その意見には同意する。
 まさか、ここにきて、こんな厄介な状況になるとは思わなかった。
 けど、致命的な状況になる前に気付くことができた。
 だから、対策をすることはできる。

「城の備蓄を使いましょう。バビロン王国の軍が敗れたことから考えると、我が国の軍も敗れるでしょう。死ぬ兵士達のために食糧を残しておく必要はありません」
「う、うむ。そうだな。やむを得ないな」

 兵士達が死ぬことを想定した私の意見に、プラクティカルが少し怯えた表情になるが、それでも反対はしてこなかった。
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