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第六章 眠り姫

093.出欠確認

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「欠席で返事をしておいて」

 私はアダム王子に即答する。
 迷いは無かった。

「そうだね。兄上、シンデレラは欠席でお願い」

 私の言葉にアーサー王子が同意する。
 うん。
 これで、この話は終わりだ。

「そういえば、師匠。最近は若い子を狙っているんだって?大丈夫?淫行罪で捕まらない?」
「ジョンくんは今年、騎士になったのじゃぞ。子供じゃないから、問題ないわい」

 そうか。
 それはなにより。
 私も自分の師匠が子供に手を出して捕まったなんてことになったら恥ずかしいから、安心した。
 そんな感じで次の話題に移ろうとしたんだけど、アダム王子がそれにストップをかける。

「待て待て待て!他国の王女からの招待を、理由もなく断れるわけがないだろう!」

 チッ。
 誤魔化せなかったか。
 私は話題転換を諦めて、先ほどの話に戻すことにする。

 *****

「でも、そもそもおかしくない?なんで私に招待状が着ているの?くるならアダム王子でしょう。元婚約者なんだし」
「元婚約者が誕生パーティーに参加するなんて、気まずいなんてもんじゃないぞ」

 まあ、それもそうか。
 しかも、アダム王子は新たに義理の姉ドリゼラと婚約したわけだから、シルヴァニア王国の王女と復縁することも難しいだろう。
 けど、それと私に招待状がくることとは関係がない。

「というか、そもそも私、王族じゃないんだけど」

 アーサー王子の婚約者ではあるが、まだ正式に妃になったわけじゃない。
 その時点で、私に招待状がくることがおかしい。

「アーサー王子には招待状は着ていないの?」

 アダム王子の代わりにアーサー王子を王女と婚約させようと考えている可能性はある。
 使者で行ったときに断ったはずだけど、私は所詮、ただの貴族の娘だ。
 王女が本気になったら、私との婚約を破棄させて、アーサー王子と婚約することは可能だろう。
 けど、それなら、アーサー王子にも招待状が着ているはずだ。
 その上で私にも招待状が着ているのなら、まだ話は分かる。
 その場合は、私にアーサー王子を諦めさせることが目的だ。
 金銭による交渉やら脅迫やら、手段はいくらでもある。

「いや、弟には着ていないな」

 なのに、アーサー王子にも招待状が着ていないらしい。
 やっぱり、おかしい。

「私って一度使者として行ったことがあるだけよね。なんで、私に招待状がくるのよ」
「俺に聞かれても知らん」

 知らんって、外交だろうに、そんなことでいいのだろうか。
 私が下手なことをすれば、国家間の問題に発展する可能性だってある。

「可能性としては、おぬしがあの国で行った工作がバレたということじゃろうな」

 師匠がそんな意見を言う。
 その可能性は私も考えた。

「そうだとして、わざわざ私を誕生パーティーに招待して捕まえようとしているってわけ?可能性が低くないかな?」

 そもそも、あの国からも工作員が来ている。
 それを棚に上げて、私がやったことを表立って非難するとは考えずらい。
 そんなことをされれば、こちらとしても相手を非難せざるを得ないからだ。
 その場合、リンゴの妹にも犠牲になってもらわなければならないから、あまりやりたくはないけど、あの国にも損害を与えることはできる。。
 ともかく、そういう理由で、私に報復するつもりなら、暗殺者を送るなどの手段だと思う。

「あるいは、おまえが行った工作がバレた上で、捕まえようとしていないのかも知れないぞ」

 そう言って、アダム王子は招待状と思われるものを、こちらに渡してくる。
 読めということだろう。

 ・・・・・

 なんか、回りくどい表現が多くて読みずらいけど、なんとなく意味は分かった。
 分かったんだけど、理解したくない。
 というか、本当にこの解釈で会っているのかな。
 私は招待状をアーサー王子に渡す。
 王族なんだから、回りくどい表現にも詳しいだろうと考えたのだ。

「読んでいいの?」

 頷くとアーサー王子は招待状を読み始める。
 視線を辿ると、繰り返し何度か読んでいることが分かる。
 なにか裏や罠が無さそうか確認しているのだろう。

「なんて書いてあるのじゃ?」

 読んでいない師匠が尋ねると、アーサー王子は招待状から目を上げて、それに応える。

「王女の誕生パーティーへの招待ですね。それと、今年の豊作について感謝を述べたいと書いてあります」

 自国の豊作について、他国の人間に感謝を述べるなんて意味が分からない。
 と言いたいところだけど、心当たりがあり過ぎる。
 それは王女の力を削ぐためではあるけど、国民からすれば感謝するような内容ではあるだろう。
 けど、王女以外の王族にとってはどうだろう。
 あの国は確か農村に育てる作物を指定していた。
 私は、それに背くように唆したとも言えるのだ。

「もしかしたら、本当に感謝を述べようとしているのかも知れないね。僕や兄上に着ていないのにシンデレラに着ているのは、『赤の聖女』という単語が理由だと思うんだけど、これシンデレラが着ていたっていう赤いドレスが由来だよね」

 やっぱり、解釈はあっていたか。
 あんまり、あっていて欲しく無かったんだけど。
 王族に招待状が着ていないのに、『赤の聖女』に招待状が着ているというところからすると、あの国では『赤の聖女』がどういう扱いになっているんだろう。
 考えたくない。
 政治と宗教が独立している国もあるけど、今回招待状を送ってきたのは王族、つまり政治側の人間だ。
 その人間が王族には送らず、『赤の聖女』に送ってきたのだ。
 『赤の聖女』の方を王族より重要視していないだろうな。
 そんなことを考えていたら、ふと、あることに思い当たった。

「これ、もしかして、私がドレスなんて着てあの国の村々を回らなければ、誕生パーティーに招待されるなんてことは無かったんじゃない?」

 いくら国に対する功績を上げたとしても、身分の低いものなら、城に呼び出されて褒美を渡される程度だと思う。
 なのに今回は、王女の誕生パーティーなんていう、身分の高い人間しか参加しない場に呼ばれている。
 それは、私がそれなりの身分だということを向こうが認識したからじゃないだろうか。
 そして、そんな風に認識された理由は、私が村々を回るのにドレスを着るなんて非常識なことをしたからだ。
 けど、私は自分からドレスを着たわけじゃない。

「メフィー・・・」

 私はメフィに恨みがましい視線を送るが、メフィの方はどこ吹く風だ。

「よかったではないですか。王女にトドメを刺す機会がやってきたのではないですかな」

 逆に、そんなことを言ってくる。

「トドメを刺してどうするのよ。あの国の王様って、王女の他に子供はいなかったわよね。王女がいなくなったら、後継者争いで国が混乱するんじゃない」

 下手をすると、この国までとばっちりを受ける可能性がある。
 考え無しが王位を継いで他国に攻め込むか、国が混乱しているところに他国が攻め込むか。
 どちらにしろ、あの国と接しているこの国も影響を受けるだろう。
 だから、師匠は王女の力を削ぐなんていう面倒な作戦を立て、私がそれを実行したのだ。
 王女に暗殺者を差し向けるだけなら、もっと簡単だった。
 メフィもそのことは理解しているはずだけど、理解していることとそれに沿って行動するかは別物らしい。

「その可能性はあるでしょうな」

 今の状況になることも予想通りのようだ。
 普段は私達に友好的なように見えるけど、メフィの本質は違う。
 敵対することはないと思うけど、協力的かどうかは話が別だ。
 メフィの言われるがままにした私が迂闊だったのだろう。
 けど、逆に言えば、私がメフィの言う通りにしなければならない理由もない。

「王女にトドメは刺さないわよ」
「ご自由に。私は機会がやってきたと言っただけですよ」

 イラッとする返事を返してくるけど、それに乗って苛立った反応を返すのも癪だ。
 私は平然とした表情を保つ。

「それで、どうする?本当に断るつもりなら、適当に理由をでっち上げるが。祝いの品でも送っておけば、なんとかなるだろう」

 不穏な雰囲気を感じ取ったのか、アダム王子が先ほどとは違い、そんな提案をしてくる。
 正直に言うと、その提案に乗りたいところだけど、気が変わった。

「行くわ。よく考えたら、マッチ売りの女性達を送り込んできた『お礼』もしなきゃいけないしね」

 感謝を述べようとしている相手に『お礼』をしようとしているように聞こえるかも知れないけど、そうじゃない。
 『赤の聖女』に感謝を述べようとしているのは、王女ではなく別の人間だろう。
 だから、遠慮は必要ないだろう。
 もし仮に、感謝を述べようとしているのが王女だったとしたら、『感謝』に対して『お礼』を返すだけだから、なおさら遠慮は必要ない。
 私が頭の中で『お礼』の内容を考え始めていると、アーサー王子が口を開いた。

「シンデレラが行くなら、僕も行くよ。婚約者だから、ついていってもおかしくないよね」

 そんなことを言い出した。

「おかしくないかも知れないけど、ついてこない方がいいんじゃない?危険がある可能性もあるわよ」

 前回、使者としてあの国を訪れたときも帰り道に襲撃があった。
 まあ、結局そのときは襲撃してきた人間が、おしかけ部下になったわけだけど、今回もそうだとは限らない。
 本当に襲い掛かってくる可能性もあるのだ。

「だからだよ。今回は前回よりも危険じゃないか。シンデレラを護りたいんだ」

 王子様から護りたいと言われるなんて、貴族の娘なら、ころっと落ちそうなセリフだ。
 けど、私はアーサー王子の頭の先から足の先までを眺めて、首を傾げる。

「どうやって?」

 剣が使えるようには見えない。
 どうやって護るつもりだろう。
 それに、そもそも王子というのは、護られる立場じゃないだろうか。

「どうやってって・・・」

 アーサー王子は私の反応が以外だったのか、戸惑った様子を見せる。
 もしかして、護ると言われて頬を染めるとかの反応を期待していたのだろうか。
 それなら、悪いことをした。
 けど、危険なところに役に立たない人間を連れていく気はない。
 だから、アーサー王子が答えることができなかったら連れて行かないつもりだったのだけど、

「シンデレラ、パーティーのマナーとか分かる?あそこは、剣を持たない戦場だよ」

 連れていく理由ができてしまった。
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