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第五章 マッチ売り

089.爛漫

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 マッチ売りの二人を王妃に預けてから数日後。
 私は王妃にお茶会に招待されていた。

「お招きいただき、ありがとうございます」

 塔の上の部屋に入り、形式通りの挨拶をする。

「いらっしゃい。待っていたわ」

 部屋の主である王妃が返事を返してくる。
 なんだか今日は、いつもより肌つやがいいように見える。
 機嫌もよさそうだ。

「さあ、一緒にお茶を飲みましょう」

 椅子に座ると、王妃の侍女(?)がお茶を入れてくれる。
 この部屋でお茶会をするときは、いつもこの侍女(?)が給仕をしてくれるから、ここまでは不思議はない。
 けど、いつもと違うところもある。

 ぺこり。
 ぺこり。

 綺麗な仕草で頭を下げてきたのは、王妃に預けていた二人だ。
 なぜかメイド服を着ている。

「シンデレラさんから預かった二人が素直になってくれたから、お話をしたいのではないかと思って呼んだのよ」
「ありがとうございます」

 もう調教、もとい、教育が終わったのか。
 意外に早かったな。
 私はメイド服を着ている二人を見る。

「・・・・・はぁ」
「・・・・・んぅ」

 二人の瞳が潤んでいるように見えるのは気のせいかな。
 聞こえてくる吐息も、なんだか艶めかしい。
 観察していると、たまにフトモモをすり合わせて、何かに耐えている。
 無意識なのだろうか。
 メイド服のスカートの裾を握り締め、それに気づくと握り締めている手から力を抜く。
 それを繰り返している。
 まるで、定期的にやってくる波に抗っているかのようだ。

「・・・・・」
「どうしたの、シンデレラさん?」

 王妃が尋ねてくる。
 二人の様子は確実に気づいているのに、それを疑問に思っている様子はない。
 つまり、二人の状態は、王妃にとって日常だということだ。

「薬が効いているんですか?」

 私は二人に視線を向けながら王妃に質問する。

「いいえ。お茶の効能は抜けているはずよ。もっとも、身体に刻まれたものは消えないでしょうけどね」

 それはたぶん、快楽とか快感とか呼ばれるもののことだと思う。。
 調教、もとい、教育が終わっていれば、薬が抜けていても関係ないのだろう。

「・・・・・あぁ」
「・・・・・ふぁ」

 二人が恍惚とした表情を浮かべている。
 時折、喘いでいるような声が聞こえるのは気のせいかな。
 気のせいじゃないんだろうな。
 薬が効いていない状態でこれって、日常生活を送れるんだろうか。

「ほら、二人とも。シンデレラさんにご挨拶なさい」

 王妃の言葉に二人が私に揃って頭を下げる。

「ようこそ、おいで下さいました。先日は反抗的な態度を取って申し訳ありませんでした」
「生意気な態度を取って、ごめんなさい」

 ずいぶんと従順になったようだ。
 というか、なり過ぎじゃないだろうか。
 自分で送り込んでおいてなんだけど、この数日でどんな教育をされたのかは想像したくない。

「どうかしら、シンデレラさん。二人のことを許してあげてくれないかしら?」

 王妃は二人を渡す前の冷たい態度とは一転して、二人を許すように言ってきた。
 お気に入りのペットのおいたを主人が謝っているような軽さだ。
 まあ、私は目的が果たせればいい。

「二人が知りたい情報を教えてくれるなら、かまいませんよ」

 それさえ手に入れば女性の方は用済みだ。
 少女の方は姉であるリンゴしだいだけど。

「そう、よかったわ。それでねシンデレラさん。ちょっとお願いがあるの」
「なんですか?」

 二人の教育をお願いしたのはこちらだ。
 もともと、お礼をするつもりはあった。
 ただ、無条件に頷くと危険だから、どんな内容なのかは確認する。

「二人を私にくれないかしら?」
「二人をですか」

 予想外の要求がきたな。
 そんなに気に入ったんだろうか。

「二人、特にそちらの女性なんだけど、私の侍女と仲良くなったみたいでね。引き離すのは可哀相だと思ったのよ」
「王妃様の侍女ですか」

 私はその侍女(?)を見る。
 この侍女(?)と仲良くなった?
 それも王妃から教育を受けている間に?
 私はマッチ売りの女性を見ると、彼女が潤んだ瞳で侍女(?)を見つめていることに気付いた。
 王妃の指示で私と喋っているとき以外は、視線がそちらに向いているようだ。
 視線が微妙に下半身に向かっていることは、気付かなかったことにする。

「・・・・・女性の方はいいですよ。少女の方はリンゴに会わせたいからダメですけど」
「それでいいわ。ありがとう、シンデレラさん」

 私の言葉にマッチ売りの女性が嬉しそうな顔をする。
 よほど悦んでいるのか、ブルッと身体を振るわせている。
 なんだか、達したようにも見えたけど、きっと気のせいだろう。
 そう思いたい。
 一方、マッチ売りの少女の方は、驚いた顔をしている。

「お姉ちゃんに会わせてくれるんですか!」

 数日前の頑なな態度が嘘のように、年相応に嬉しさを表す。
 まるで恋人に会えるかのような喜びようだけど、それだけ嬉しかったということだろう。
 なぜか女の顔をしているように見えるけど。
 もしかして、血の繋がった姉妹じゃなくて、『そういう関係』の姉妹なんだろうか。
 まあ、そういうこともあるだろう。
 でも、どちらにしても、会わせるのは話を聞いてからだ。

「私の知りたいことを教えてくれたらね」
「なんでも聞いてください!」

 少女が勢いよく返事をする。
 以前こんなことを言えば、隣の女性が殺気のこもった目で少女を見たはずだ。
 気になってそちらを見るけど、女性の方は侍女(?)を見るのに夢中で気付いていない。
 なんだか、いちいち警戒するのが、面倒いなってきたな。
 とっとと話を聞いてしまおう。

「じゃあ、まずは二人の名前を教えてくれる?」
「雌犬と呼んでください」
「雌猫です!」

 ・・・・・

 おかしいな。
 名前を訊いたはずなんだけど。
 もし、それが名前なんだとしたら、かなり先進的な両親だったんだろう。
 私は、自分の娘にそんな名前をつける考えに、ついていけない。

 *****

 激変した性格に多少引いたところはあったけど、二人から情報を聞き出すことはできた。
 マッチを売っていた理由は、おおよそ予想通りだ。
 確認は必要だけど、残りの三人から聞き出した内容と照らし合わせればいいだろう。
 それができないのは、リンゴの妹の話だ。
 少女がリンゴの妹であるということは、本人から確認が取れた。

「お姉ちゃんを追いかけて王女様のところに行ったんですけど、そのときには、もうお姉ちゃんはいなくて・・・」

 話を聞いてみれば、健気な妹だとは思う。
 今年は口減らしの必要が無かったのに、姉に会いたいために自ら王女のもとへ行ったらしいのだ。
 真相を知らなければ、姉は王女のもとで働いていると考えるだろう。
 私が村々を回ったときに、それとなくその辺りのことを話せていたらよかったんだろうけど、そのときはまだ確証が取れていなかった。
 それに、他国の人間である私が言っても信じたかどうかは、怪しいところだ。
 結論として、気の毒だとは思うけど、どうしようも無かった。

「それで雌猫ちゃんは、この国での任務に志願したってわけね」
「はい!」

 元気に返事をしてくれるのはいいけど、自分がやったことを理解しているんだろうか。
 姉に会いたい一心で、城での食事にも耐えたらしいし、知ってはいるんだと思う。
 けど、理解しているかどうかは疑問だ。
 目的のためには、他のことが目に入らない性格なのかも知れない。
 いずれ、理解したときにどういう心境になるのか分からないけど、そのときのフォローは姉に任せよう。
 けど、その前にこれだけは訊いておかなきゃならない。

「リンゴを刺したのは何故?」
「それは・・・」

 答えによっては会わせるわけにはいかない。
 目を見つめながら、私は答えを待つ。

「お姉ちゃんに会えて嬉しかったから!」
「・・・嬉しかったから刺したの?」
「だって、放っておいたら、またいなくなっちゃうと思ったの!」
「・・・・・そう」

 姉を慕っているのは間違いない。
 ただ、それが少し過激なようだ。
 扱いを間違えると危ない。

「今、リンゴはこの国で暮らしているの。あなたも、この国で暮らせば、ずっと一緒にいられるわよ」
「ホント!この国にお姉ちゃんと一緒にいていい?」
「故郷には帰れなくなるけどいい?」
「いいよ!お姉ちゃんといられるんでしょ?」

 故郷を捨てることにも、躊躇いはないか。
 これなら、姉がいる間は大丈夫だろう。

「ええ。みんなと仲良くするならね」
「仲良くする!」

 元気な返事とともに、マッチ売りの少女は望んでいた姉との生活を手に入れた。
 幸せになれるかどうかまでは、責任を持てないけど。
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