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第一章 森の中のマンドラゴラ

013.むにゅん!

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「ふあああぁぁぁ・・・」

 メイが眠そうに欠伸をしている。
 一晩中、計算問題を解かせたからな。

「よし。一桁の足し算と引き算は指を使わなくてもできるようになったな。二桁以上も紙に書きながらなら、大丈夫そうだ」

 答え合わせをして、俺はそう判断する。
 一晩かかって、ようやくここまでできるようになった。

「ようやく終わりましたぁ。これで眠れますぅ」

 メイがほっとしたような表情になる。
 けど、それは間違いだ。

「何を言っている。今のは宿題をするための前提知識の習得だろう。宿題はこれからだ」
「あああああぁぁぁぁぁ!そうでしたぁ!」

 なにせ、足し算と引き算という、算数レベルの計算ができなかったのだ。
 数学の宿題なんかできるわけがない。
 一晩かけて、ようやく宿題に取り掛かることができる最低条件をクリアしたに過ぎない。
 いや、まだ掛け算や割り算は無理そうだから、最低条件は言い過ぎだな。
 最底辺条件といったところだろうか。

「分からないところは教えてやるから、もうちょっと頑張れ」
「ならせめて夕食、いえ、朝食を食べてから・・・」

 メイが砂漠で水を求める旅人のような瞳を向けてくる。
 だけど、その瞳に映っているのは、残念ながらオアシスではなく蜃気楼だ。

「食べたら眠くなるだろう。飲み物だけにしておけ。カフェインが入っているコーヒーか紅茶がベストだ」
「うぅ、鬼だぁ」

 結局、メイが宿題を終わらせることができたのは、昼近くになってからだった。

 *****

「お疲れさま」
「も、もういいですよね。こ、今度こそ終わりですよね」

 目の下に隈を作って、迫りながら問いかけてくる。
 異様な迫力があって、ちょっと怖い。
 その迫力に圧されるように頷く。

「あ、ああ。今日のところは終わりだ」
「やったぁ~~~!」

 俺が終了を告げると、メイが両手を上げて喜びの叫びを上げる。
 本当はいくつか間違っているところがあるのだが、さすがに今から直せとは言えない。
 そのあたりのフォローは学校の教師に任せよう。
 それと、次は掛け算と割り算を習得させようとしているのだが、それも起きてからだな。

「まあ、昼飯でも食って、ゆっくり休め」
「ご飯は起きてからでいいですぅ」

 メイはふらふらと歩いて、隣の部屋に入って行く。
 ついていくと、そこはベッドのある部屋だった。
 寝室なのだろう。

 ぽふんっ

 メイは、そのまま服も着替えずに、ベッドに倒れ込む。

「おい。せめて着替えたらどうだ」

 考えたら、外から帰ってきてから、彼女は着替えていない。
 俺を引っこ抜いたときに尻もちもついているから、服に砂だってついているだろう。
 ベッドが汚れるがよいのだろうか。

「うぅーん・・・」

 俺の言葉にメイはむくっと身体を起こすが、もう瞼が半分閉じている。
 しゅるりと服を脱いでいくが、そこが限界だったようで、再びぽふんっとベッドに横になった。

「くー・・・くー・・・」

 完全に力尽きたようだ。
 寝息が聞こえてきた。

「女の子が下着姿でベッドに寝ているというのは、憧れるシチュエーションではあるんだが」

 ちっとも、ドキドキしない。
 この身体のせいだろうか。
 植物に心臓があるとは思えないから、鼓動が高まるということはないだろう。
 メイにしたって、俺が男子であると意識はしていないと思う。
 まあ、もっとも、俺が人間の身体だったとしても、

「このへっぽこ具合じゃなあ」

 メイにドキドキしていたかは微妙だ。
 一晩勉強を見てやっただけでも、へっぽこ具合が充分に分かった。
 バカな子ほど可愛いとは言うけれど、限度があるだろう。
 可愛いと感じる前に、イラッと来るへっぽこ具合なのだ。
 けど、勉強を見てやったときの印象だと素直な性格なようだし、世話を焼きたくなる程度には情も湧く。

「ほら、布団をかけないと風邪をひくぞ」

 よじよじとベッドに登って、ずりずりと引きずりながら布団をメイにかけてやる。
 人間の頃は腕を伸ばすだけでできたことが、この身体だと一苦労だ。
 改めて自分が人間じゃなくなったのだと実感する。
 しんみりしていると、メイが寝返りを打つ。
 彼女からすれば、ころんと転がった感じなのだろうけど、俺からすれば、ぐわっと山が迫ってくる感じだ。
 身の危険を感じて逃げようとするけど、大きさの差は如何ともしがたい。

「うわっ!」

 むにゅん!

 逃げ遅れた俺は山に圧し潰される。
 だが、辛うじて圧死や窒息からは免れることができた。
 山と山の谷間に逃げ込むことができたからだ。
 しかし、すぽんとはまってしまって身動きは取れそうにない。

「・・・仕方ないな」

 俺もそのまま睡眠を取ることにする。
 動けないのだから、仕方ない。
 そう、仕方ないのだ。
 決して、この幸せな感触を堪能したかったからじゃない。
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