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「500円玉とコイン数枚の謎謎謎」

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 漆黒の空の下、一人勤務を終えて路地裏を歩いていた私の前に、

 一人、路面にうつ伏せで倒れていた男の姿が目に付いた。

 ここは滋賀県石山駅前通り。

「大丈夫ですか!」

 私は、男に声をかけた。

 返事がない。

 背をさするも、反応がない!

 男は、右腕を伸ばし、顔は右横に向けて倒れていたので、私はその口元に耳を近付けた。

「んっ?息をしてない!まさか」

 背広の内側から、最新機種のスマホを取り出し、一一〇番と一一九番通報。

 同時に、ふとある男の顔が脳裏に浮かんだ。そう、この路地を出て左に曲がった三軒目のマンションに住んでいる警察界隈からも一目置かれている探偵「白馬小路三世」の顔が。
 正確にはそのマンションは、友人のものらしいが。何故か一人でいる様子だ。
 まあ、このさいだ、事件性があるかもしれない?
 登録番号九十九番目。
 そこにある彼の電話番号を押す。

 二分後の午後十時十七分。
 黒髪に黒コートを風になびかせながら脱兎のごとき速さで現場へと到着した細面に、やや長い髪をした白馬小路三世は、右手を上げながら私に挨拶すると、
すぐに目前に倒れる男の体に手を伸ばした。

 もちろんすでに手袋は着用している。もう片手には、懐中電灯。
 比較的近くには街灯もあるが、彼は用意周到だ。

 まず彼は、目を閉じている五十歳ぐらいの男の胸に手を当てた。
 そして、傍らにある鞄へと手を掛けた。

 次に、持ち物をチェック。続いて男のポケットを探る。

「おいおい、きみ、やりすぎだぞ」

「いや、救急車が来るまでに最低限度の調査をしているだけさ、ここには誰もいないし、
捜査一課の刑事でありながらも君もまだ、手を付けていないようだしね」

 自己紹介が遅れたが、私の名は高瀬光男、彼の言うとおり滋賀県警の刑事だ。

「何故、わかるんだ」

「遺体の着衣に乱れがなさ過ぎるよ」

「あ、ああ」

「だけど、君は、遺体に血痕もないのに、何故、手が汚れているんだい」

 この男、私が仕事を終える間際に、誤って右手に付けた万年筆のインクのことを指摘しているのだろうか?
 しかし、何という観察力だ……。
 よしっ、次は隙を突かれないようにせねば。

「それとね、私のしているのは、君の代わりだ、君が触れたことにしておけばいい」

「この間も、そう言ってたが、またか?」

「いや、鑑識に知られたところで大丈夫だ。先日、また事件があった時は、元通りにさえしておいてくれたら、
多少、調べておいてもらって構わないと、上の方にもお墨付きをもらっておいたからね」

「そ、そうなのか?」

「あぁ、ところで、きみ、この間、県警の小冊子で、面白いものを書いていたね」

「んっ、冊子を見たのか?」

「あぁ、調度、本部長から借りていた本を返しに行った日にね。そこで君のエッセーを目にしたんだが、
君は、もしかして、自分の捜査をネタに、本でも書きたいんじゃないか?」

「どうしてそれを」

「図星かい? 君の書いているものが、少し物語っぽく、で、それでいて、この街を犯罪のない街にしたいと書いていたのを見て、
そのうち、本でも書くんじゃないかと思ってね」

「いや、作家になろうとは」

「あぁ、それはよいとして……
んっ、どうも、このご遺体……身分証がないようだね」

「そうなのか」

「あぁ、ポケットの財布には、二百八十円だけしかなく。
何より、この右手に握っている
百円玉二枚と、五十円玉一枚、十円玉三枚。
何故、握っているのだろう?」

「ええっ、硬貨をそんなに握っているのか?」

「そうさ、計二百八十円を握りしめて亡くなったみたいだ。

それにね、この硬貨の表裏を観たところ、偽物でない確率は、九割ってところかな」

「そんなところまで!?」

「あぁ」

 そううなづいた白馬小路三世は、中腰の状態から立ち上がった。

 そして、デイバッグの中から高価そうなデジタルカメラを取り出して、鑑識班のごとく写真を撮影し始めた。
 写真を取り終えて、私の方を振り返り、

「高瀬君、ようやく君の出番だよ」
 そうつぶやく。

「財布の中に、一つだけレシートがあった」

「レシート?」

「あぁ、兵庫県・竜野駅の売店Aのレシートだ。

 そこで、竜野駅の鉄道警察と、このレシートの店へと電話をかけて、ちょっとこの男を知らないか確認してくれないか」

「竜野駅は、この滋賀県石山駅からは、百五十キロ以上は離れている。じゃあ、竜野から来たのだな」

「いいから早く」

 私はこの伊達男に促されるまま、鉄道警察へと電話を掛けた。
 調度、私たちの背後から、救急車のサイレン音が響いた。

「ようやく到着したようだね、日本の優秀な救急車様々が」

 路地の手前に停めた救急車から降りてきた救急隊員が、目の前の男を担架へと載せて、車の方へ運んだ。

 そして、それを見送った私たちは、サイレン音が遠ざかるまで、救急車の停まる方向を向いていた。

「さて、仕事に戻ろうか」

「よくそんな、マシーンのように冷静でいられるな」

 私は、彼のクールさに首をかしげてしまう。

「大丈夫、おそらく急な心臓発作だったんだろう、まだ事件性はないとは言えないが、

とりあえずその件は、メディカルのプロたちの判断に任せよう。
それよりも、僕は彼の手に握られていた硬貨のことが非常に気になってね」

 その後、パトカー数台も到着。

 私は同僚たちに挨拶をし、状況を説明した。

 しばらく後、少し先のコンビニで待ってもらっていた白馬小路三世が、現場へと戻ってきた。

 彼は、周囲の刑事たちに挨拶を軽くし、私は、彼に、今、鉄道警察から返事があったので、その旨を伝えた。

「閉店しているにも関わらず、運良くJRの車掌が、その店の売り子の自宅の電話番号を教えてくれることになったよ。

人が死んでいるし、事件性があるかもしれないからね、それだけに協力してくれたようだ」

「それは、よかった」

「では、早速連絡をお願いするよ」

「あぁ」

 一応、電話することは先方に伝えておき、私は売り子へと電話をかけた。

 二十代半ばの女性と声の印象から感じる売り子へ、これまでの経緯を伝える。


「レシートに記載されてある日時は、
 二月十九日。
 午後七時十二分なんですけれどね。

 男の特徴ですが、髪は短髪、グレイのスーツに眼鏡をかけた左頬に大きな黒子のある五十前後の男性です。
レシートから、お宅のお店で百円のガムを買われたみたいなんです。

何か変わった様子はなかったでしょうか?
もしや、そちらの駅を毎日、利用されているのではと思うのです。

「七時十分頃、七時十分頃……」

 彼女が考えている隙に白馬小路三世は私の横腹を肘で突付き、彼が先程、撮影した遺体の顔を、画面上で見せたいからと、

 スマホをテレビ電話に切り替えてもらうよう私に促し、彼女にも承諾してもらった。

 早速、テレビ電話に切り替えて、彼の撮影した、顔の画像を画面越しに彼女に見てもらうことに。

「あっ、はい、覚えています、このお客さん、うちの常連さんなんですよ。

ほぼ毎日のようにご利用されますけれど、行き先は確か京都方面とは逆の方だと思います。

よく同じ電車に乗って相生で降りる同僚の愚痴を言ってました。けれど本当に変わった人なんです。

夕べも、買い物の際に、私の前で、財布ごとひっくり返してしまって」

 時刻はもう、午前零時近い。
 さて、この事件。ここから妙な推理を、白馬小路三世が行うことになるのだが、
 少し、時間を進めたいと思う。

 その財布をひっくり返した男は、ガム一個だけを購入後、

 所持金は、ポケットの財布に二百八十円。

 右手には、百円玉二枚と、五十円玉一枚、十円玉三枚で計二百八十円。

 財布と手のひらの金額の総計は、五百六十円。

 電子カード類はないようだ。
 
 そこで探偵・白馬小路三世は、夜が明けると、その日中に、その店へ行こうと私を誘った。

 その店に二人して行き、店長に、防犯カメラの映像を見せてもらうよう頼んでくれと言うので、頼み込んで、
映像を見せてもらうことにした。

 運よく最新のカメラなうえに、そのレジがよく映る場所に設置されていたので、状況は、よくわかった。

 また、昨日電話対応をしてくれた売り子も付き合ってくれた。

 カメラの映像を観て、少し考えた彼は、しばらくして、こう口にした。

「店員さん、あの男性ですけどね、買い物の際、レジで財布をひっくり返してから、

かき集めた金額の総額なんですが、映像からは、ガムの料金を払った後、

両替した二千円札を含めて、

計三千二百二十円

だと、わかりました」

「そうなのですか?」

「はい、また、その時、あなたに、財布の金が全部出てしまったと言わんばかりに、空になった財布を下に向けて、何度か振って、無いことを見せていますね」

「はい、そうでした、そう言ってました。それに今朝、お札を財布に入れるのを忘れて、カードも家に置いてきて、これが今の全財産だって、
どうでもいいことまで口にしました。確か」

 白馬小路三世の問いかけに、そう、売り子は答える。

「なるほど。とてもいい情報です」

「そうなんですか」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「そして、男は、この映像から、手持ちの小銭の中から、百五円を渡して、セールで百五円のガムだけを買ってから、
五百円玉六個のうち、四個を差し出してから、あなたに、
二千円札に両替してくれと言ったのですね?」

「はい、ちょうど二千円札があったので、両替してあげました。
あの人、時々両替にくるんです。そして、よく二千円札にって言うので、二千円札マニアかなと思います」

「なるほど。二千円札マニア」

「あっ、そうだ、いつもあのお客さん、毎週月曜日発売の『週刊秋雨』を買っていくんですよ。でもたまたま売り切れていたから、
 週刊誌は買わなかったんです。そして、両替をしたら、すぐに改札の方へ駆けていきました」

「電車の時刻ギリギリだったのでしょうね」

「はい、そうだと思います。いつも小走りで店を出ていくので、いつもギリギリの乗車なんでしょうか」

「なるほど。で、他に気付かれたことは」
 私ではなく、白馬小路が、そう続ける。

「私の気付いたことは、それぐらいです」

「そうですか、では、ありがとうございました」
 白馬小路がそう言い、私がこう後に続く。

「とても貴重なご意見を、ありがとうございました。
お忙しい中、事件へのご協力をして頂き、誠に感謝いたします」

 私は深い礼をして、店を出た。
 ただ、その前に、今日は仕入れられているという『週刊秋雨』のある雑誌コーナーに少し立ち寄りもした。
 同系統の週刊誌類は皆、二百八十円だそうだが、この不況のせいで最近は、売れ行きが悪いらしい、それは、先日、ニュースで言っていた情報だ。
 本も売れなくなった世の中なんだな…。
 私が独り言を言う間に、彼はすでに店を後にしていた。
 そして、改札の方に歩いていた。


 私が追い付くと彼は振り向きざまに、こう切り出した。

「なるほどね。いつもとは逆行きの電車に乗ったようだね」

「そのようだね」

「そして、石山で行き倒れてしまったと言うわけか……だけど、コインが気になる」


「コイン、何故に?」

「そうだね、医者が医者の役割を果たすように、警察が警察の役割を果たすように、僕は僕の役割を果たしたいからか、

その観点から、特にコインに引っ掛かるのさ」

 私には彼の考えていることが理解できない……。

 しばらく、券売機の前を行ったり来たりしながら、彼は考えている様子だ。

 そういえば、少し男のことでわかったことがある。彼の名は永山次郎。

 サービス業で、会社の人間からは、何故、滋賀県に向かったか、理由はわからなかった。

 ただ、亡くなった翌日は、休みを取っていたらしい。理由まではわからないが。

 また家族はおらず、三年前に死に別れた女房がいたそうだが、今は独り身で、親も兄弟もいないらしい。

 この情報に対して、白馬小路は、その女房のことを少し調べてくれと私に言うので、今、調べてもらっている途中だ。



「待てよ」

「何か気付いたのかい?」

「あぁ、もしや、彼の握っていた二百八十円…。

 それは、さっきの売店で何かを買おうとしたものだったかもしれないよ。石山駅へ向かおう」
 完全に捜査は彼のペースだ。

 私たちは電車に乗り、石山駅へ向かった。

 男の倒れていた場所は、駅から三十メーターほどの場所で、その十メーターほど先にコンビニがあった。

 駅前にもあるのだが、何故か今、工事中で閉店していた。先週からだそうだ。もう数日かかるらしい、飲み物を買おうと、

 店のビラでそれを知った。

 それもあり、私達は、駅から一番近いコンビニへ立ち寄った。ただ彼は、そのコンビニに、別の用事があるとだけ口にして、

 店内へと入った。

 入店と同時に、店長らしき小太りの男の背に、彼はこう言った。

「すみません。お尋ねします」

「はい、何でしょうか」

 四十代風の眼鏡の男性が、振り返り、応えてくれた。
「あのですね、税込みで二百八十円で購入できるものは何か、それを教えて頂けませんか?」

 白馬小路がそう尋ねる。

「税込み二百八十円の商品ですか、あるにはありますが……」

「実は、人が亡くなっていまして、隣の男は刑事なのです。ご協力をお願い致します」

 どっちが刑事なのか、すべて彼主導で、話は進められていく。またもや。

「わかりました。少々お待ちください」

 さらには、仕入れ帳まで見せてくださいと、私に警察手帳を出させて、店長を呼び止める。

 さすがに仕入れ帳までは。

 と返すと思いきや、
 どうもここの店長、親類に警官がいるから、協力しますよと言って、仕入れ帳を見せてくださった。

 さらには、ここは独立店というのも幸いだったかもしれない。

 白馬小路は、速読をし、ある商品の名前の前で、手を叩いた。

「昨日発売の『週刊秋雨』これだ、彼はここで、これを買おうとする直前に、心臓発作に襲われたに違いない」

「なぜ、そう言い切きれる」

「思い出してみたまえ、さっき、竜野駅の改札口前にある売店の販売員の台詞に、

毎週月曜日に彼は『週刊秋雨』を買いにくるって言うのがあっただろう」

「あぁ」

「だからね、きっと彼は、竜野駅からここまで電車で来て、この駅から一番近くのコンビ二で、
二百八十円の『週刊秋雨』を買おうとしていたんだよ。
まずね、午後七時十二分に竜野駅の改札前の売店でガムを買い、
週刊誌も買おうとしたが、売り切れていたので両替だけをして改札へと向かった。

おそらく、スマホで調べた時刻表から、午後七時十四分の相生発米原行きの電車に乗ったんだ」
「そ、そうなのかい?」

「そして、午後十時十分に、ここ石山駅へと到着した。君が目撃した時刻が、午後十時十五分頃だから、

彼が倒れた時刻は、到着後、五分程度に絞られるはずだ」

「そうだな」

「そして、電車は途中に乗り換えがないために、

他の駅の売店で本を買う時間がなかった。
石山駅に到着した頃には、売店も閉まっていて、それでここのコンビ二で本を買おうとしたんだ。無論、仮定だけど、そう考えても、決しておかしい話じゃない」

「そうか、そうだな」

「だからね、右手に握られていたコインの謎は、それだったんだよ。だから手に、二百八十円を握りしめていたんだ!」

「確かに、それは、あり得るかもしれん」

「そして、とするとだよ、きみ、彼は、ここ滋賀県まで急な用事か何かで出向いたわけさ。私の見立てなら、ここに来た動機は、
そう導き出される。まだ、彼が滋賀県まで来た理由はわからないのかい?」

「そうなんだ」

「死に別れた女房のことは」

「ちょっと待ってくれ。少しスマホを確認してみる。あぁ、部下から情報が届いていた」

「なんて?」

「今、読むよ。んっ、三年前、死に別れた場所。滋賀県の大津市淡路町。こ、ここじゃないか。

目撃者多数いた白昼の事故死で、その日は、二月十八日。当時、彼ら夫婦はこの街に住んでいて、そこに一軒、コーポを借りたままにして、
妻の持ち物はそこに現存してある?彼は、一年前に転勤で兵庫県の現住所へ転居した!」

「それだ!」
 白馬小路は叫んだ。

「今日は火曜日で、二月二十日。彼の死亡は十九日月曜。死に別れた女房との思い出の場所に来たんだ。きっと、
本来、二月十八日の日曜日に行こうとしたんじゃないか?けれど十八日は、行けなかったんだ、で、だから火曜日に、
休みを取ったんだよ。そして、だから所持金が少ないのに、そのコーポに行けば、少しはお金をそこに置いているのだろう。
その部屋に泊まる予定だったんじゃないか!?
そうだ、そう考えると辻褄が合う。そして、大津まで来た理由が!
そして、私の推理は、何と冴えていたことだろう!」

「……」
 何だ、この男は!
 所持金から、男が、電車で、その所持金と比例する場所まで電車に乗り、ここへたどり着いた推理をして、
さらに、それを当ててしまうとは!
 私は、絶句した!

「いや、白馬小路君、き、君は凄い男だな!」

「ようやく気付いてくれて、ありがとう」

 一言多いところが、玉に瑕。

 しかし、見事な推理かもしれん。


「よし、これで掌の二百八十円の謎は、そこまでは推測できた。
んだけれどね、一つわからないことがある」

「そうなのかい、それは何だい」

「今、時刻表で山陽本線の竜野ー野洲区間の欄と、

料金表の欄を比較しながら覗いて見たんだが、これがどうも妙なんだ。

ほら見たまえ、
竜野ー石山区間は距離にして百六十一キロある、

それに対応して、百六十一キロの料金表を見ると、その料金は二千九百四十円となるんだよ」

「それがどうしたんだ、今度は人の財布にケチをつけようってのか」

「いや、人の財布の中身に興味などないさ、それより君、その石頭を少し柔らかくして考えてみたまえ」

「何て奴」

「まぁまぁ、冷静に。
それじゃあ問題だ、心臓発作で倒れていた身元不明の男の財布にあったのは二百八十円と、
掌には、二百八十円で、所持金は、五百六十円だったね」

「あぁ」

「そして竜野駅から、この石山駅までの区間の料金を足したらさ、いくらだい」

「そんな計算をして、どうすんだい」

「文句を言わずに、計算してみてくれ」

「わかった、わかったよ。
二百八十と二百八十を足して五百六十円。

次にここまでの電車賃を足したら、計三千五百円か」

「な、おかしいだろ」

「んっ、何がおかしいんだ」

「竜野駅の売店を離れた時に彼が手にしていた総額と一致しないんだ」

「えっ」

「彼はあの売店で、五百円玉四個を二千円札と両替した。
その時、財布をひっくり返した。それは映像で確認済みだ。

そう、その残高は、

三千二百二十円だった。

ほら、
だから、そこから二千九百四十円の電車賃を払うと、残る額は、二百八十円のはずだが、

何故か、亡くなった時には、もう二百八十円増えている。

計五百六十円も!」

「た、確かに!」

「そう、増えたことがおかしいだろう」

「しかし、何故、彼の所持金は増えたんだろうな?

 私は考え込んだ。

「あっ、もしかして、何駅分か、キセルしたんじゃないろうか?」

「……少し短絡的な考えだ。
今の鉄道システムで、キセルは、難しいかもしれない」

「そ、そうか」

「そこでだ。
この謎を解く鍵は、どうも、時刻表の中にあるかもしれない」

「な、何だって? 君はもうそこまで推測が及んだと言うのかい」

 半笑いを浮かべつつ、首を傾げたこの男。

 少し身長差のある白馬小路を私は、見上げた。

 し、しかし、本当に不可思議な若造だ。今、二十七歳ぐらいだったか?

 大卒後、アメリカへ渡りP・Iライセンスという正式な探偵免許まで取得したそうだが……。

 それに、東京にいて、そこで数々の難事件を解決してきた実績を持つらしいので、こうして、私は付き合わされているのだが、
 何故、そんな彼が、この町へと来たのかって?
 なんでも、恋人らしき、本庁から、現在とある長期捜査が理由で京都府警捜査一課の手伝いに来ている本庁のマドンナと噂される岩崎奈留美警部補に、引っ付いて、ここにしばらく、住んでいるようだった。

 前述したが、滋賀のマンションは、友人のもので、しばらく空けているので、そこに彼は、しばらく住んでいるらしい。警部補との同居でもなく。

 そう上司からは聞いているが、まぁ、私にはどうでもよいことだ。
 が、よりによって何故、私と同じ町内に……。



 しばらくスマホの時刻表ばかりか、何故か所持をしている本物の時刻表を睨みつけていた彼は、顔を上げてこう言った。

「あぁ、わかったよ。コインが増えた謎がね」

「そうなのか?」

「あぁ」

 白馬小路三世は、神々しいほどの笑みを浮かべた。

「何故だい、何故、硬貨は増えたんだい」

「高瀬君、この料金表を見たまえ」

「あ、あぁ」

「彼は百六十キロの手前、つまりこの石山の手前の駅である膳所で一度降りたんだよ。
わかるかい、この巧妙さが」

「わからない、まったくわからない」

 そうとしか口にできない。そんな自分が嫌になるけど、しょうがない。

「この表をよく眺めてごらん、
『A表・本州3社以内の幹線』の運賃表の141~160キロと、
161~180キロの欄をね。
そう、彼は竜野から距離にして百五十八、六キロの膳所駅で降りたんだ。

そして改札を出た後、再度ね、一駅分である百四十円の切符を買ったんだよ」

「ええっ、いや、そうか、確かに膳所ー石山区間は百四十円だが、
どうしてそんな七面倒くさいことを」

「運賃の節約だよ、彼は優秀な節約家だったのさ。

そう、電車という乗り物は、そのまま百六十一キロを乗れば、

運賃の方もこの表の通り二千九百四十円かかるが、彼のように百六十キロ手前で降りてね、ここが肝心なところなんだが、

三キロ以内の一駅分の切符を買えばね、

百六十キロ内の運賃二千五百二十円プラス、一駅分百四十円で合計二千六百六十円になる。

そうなれば竜野駅に乗車寸前に、計三千二百二十円を所持していた彼が、この石山駅へと到着した時点で手にしているはずの金額は、

三千二百二十円引く二千六百六十円で、ジャスト五百六十円だ!」

「あ、あぁ!まさにビンゴだ……」

 私は、言葉を失った。

「ここで時刻のおさらいをしよう。

午後七時十二分に竜野駅の改札前の売店で両替をした彼は、

午後七時十四分の山陽本線相生発米原行きの電車に乗車。

午後十時十分石山駅へと到着したのではなく、午後十時六分に一度、膳所駅で降りてから、

次の十時十八分の米原行きに乗って、ここ石山駅に午後十時二十一分に到着した。

そして、駅前のこの先の路上で息絶えたんだよ。

コンビニに寄る手前で。

そして、午後十時半頃、

君に発見された。

よって掌には二百八十円、財布には二百八十円と、計五百六十円だけが残った。

どうだろう、この証明。

辻褄は合うんじゃないかな」

「確かに、辻褄は合うかもしれない」
 しかし、よくそんなところまで。

「じゃあ、どこで亡くなったんだい?その奥様」

「あぁ、今、住所を見てみるよ」

「コンビニで花でも買って供えて帰ろうか」

「君は、なかなか、いい男だね」

「君こそ、今回は、協力してくれて、恩に着るよ」

「いや、それは、こっちの台詞だ」

「まぁ、では、おあいこってところで、どうだい」

 
 探偵 白馬小路三世

 何故、三世なのか、知る由もないが、今日は、本庁も認めるというこの男の探偵力。
推理力には、確かに、驚かされるものがあった。

 しかし私は、今回、何をやったんだ?
 私の夢は、滋賀県一の名刑事になること。であるのに、
 
 振り返ってみると、
 私は、ただ、この件に翻弄されているだけの

 迷刑事

 でしかなかったのではないか?

 おかしい、私は、一体、いつ名刑事になれるのだろう。

「そうだ、調度、明日チェスを外人とやるんだが、君も、うちに遊びに来ないかい?」

「チェスを外人と」

「もちろん、ウェブ上でだよ、ただ、相手は、非常に神経質なアメリカの推理作家なのさ。

だから、僕一人で画面の前にいたら、こっちも多少、緊張して、ポーカーフェイスが崩れてしまうかもしれない」

「で、私を傍において、緊張をほぐしてくれと?」

「いや、君も一戦、交えてはどうだい」

「えっ」

「君、推理小説を書くんだろう」

「何故、それを」
 
「昨日、小冊子を観て、物語っぽいって、私は指摘したじゃないか。
警察官でいて、物語を書くんなら、やっぱり、推理小説じゃないかと思ってね」

「あぁ、そんなところまで、君は、読んでいたのか?」

「やはり、そうなのか」

「あぁ、でも、まだ一作もまともな物は書けていない。だけど、その外国の推理作家……は、気になるよ」

「そうだろう。

だから、誘ってるんだよ」

「あっ!?」

「外国の推理作家と、チェスを一戦交えるなんて、そうそう、ないことだぜ」

「白馬小路先生、是非、お頼み申します」


 白馬小路三世。
 この男は、なんて、いい奴なんだ!

 彼は、黒コートを翻し、太陽に照らされた駅前通りを歩きだした。

 そして、私は彼とともにコンビニへと向かい、

 弔いの花を一輪ずつ購入。

 不思議だ、人が死んだというのに、何処か、爽やかで、

 どこか清々しい。

 刑事を十年はやってきたが、こういう気分は、初めてかもしれない!?








本作の中での鉄道の時刻、料金などは、

執筆時の時刻、料金ですので、

現在の時刻、料金とは異なります。

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