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休日に待ち合わせ
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約束した土曜日。
トレーナーの上にジャケットを羽織った格好の大林が駅前で有紗を待っていると、ふいに背後へ人影が忍び寄った。
「大林くん」
「うわっ!」
背後の人影が声を発すると、大林は飛び上がらんばかりに驚いた。
大林が恐る恐る振り返ると、臙脂色のフレアロングスカートにクリーム色のプルオーバーを着て薄桃色のハンドバッグを提げた有紗が、大林の驚き振りに驚いた表情でポカンと大林を見つめ返していた。
「おはよう大林君。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「ほんとですよ。気を付けてください」
威厳を取り戻そうとするように、乱れてもいない服の襟を直す。
ふふっ、と思わずと言った感じで有紗は笑いをこぼした。
「大林君ってもしかして意外とビビりなの?」
「ビビりじゃないですよ。断じて違います」
強硬に否定する。
そういうことにしておこう、有紗は大林を立てることにした。
「それより、家まで案内頼みますよ」
「うん。それじゃ行こう」
有紗が先導する形で二人は歩き出した。
駅のほど近くにある有紗の住むマンションに着いた。
三階にある部屋の前まで来ると、有紗はハンドバッグの中をまさぐった。
途端にあれ? という顔になる。
「どうかしました?」
「部屋の鍵、どこに入れたのかなって。今日初めて使うバッグだから」
「……頑張って、思い出してください」
俺も知らないし、他にどうしようもないわ、と大林は呆れた思いで励ました。
「ちょっと待って、すぐに見つけるから」
声に焦りを滲ませて、有紗は物を出したり引っ込めたりして鍵を探す。
「えっとね、いつも職場行くときは鞄の中に入れるんだけど」
「……」
「今日は休日だから、でも休日だからって他の場所の入れるとは限らないし」
「……」
「ああ、どっかに落としてたらどうしよう。わざわざ大家さんに追加でスペアを作ってもらったのに、さすがに追い出されちゃうよ」
しばらく鍵が発見されるのを待ったが、いっこうに発見されず挙句泣き出しそうな有紗を見かねて大林は溜息を吐きたい気分で口を開く。
「スカートにポケットって付いてます?」
「え、スカート? うん、付いてるけど」
「ポケット付いてるなら無意識に入れてるかも知れませんよ」
「そんな、気付かないうちにポケットに入れてるなんてこと……」
大林の助言に半信半疑の顔をしながらも、スカートの左右のポケットに手を入れる。
鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに口を開けた。
右のポケットから手を抜くと、その手には猫のキーホルダーが吊るされた鍵が握られている。
「あった」
「あった、じゃないですよ。あれだけバッグの中を探しておいて、結局ポケットに入ってるなんて笑えないですよ」
「そうだよね。ごめん」
謝ってしょぼんと肩を落とす。
言い過ぎたかな、と気が咎めて大林は話題を逸らす。
「そのキーホルダー、可愛いですね」
「え、あ」
大林の言葉に我に返ったように、有紗はキーホルダーに目を移す。
「へえ、大林君もそう思うんだ」
沈んでいた表情に笑みが灯る。
「先生、猫好きなんですか?」
「うん。実家で飼ってたからね。実家の猫、サクラって言うの」
「可愛い名前ですね。先生がつけたんですか?」
「そうなんだけど、実はオスなんだよ。小学生の頃はオスだって知らなくて、それにもうオジイチャンだし」
「じゃあ、トランプ記憶の時に黒猫を悪い事しちゃいましたね」
「ううん、いいの。記憶するには必要な事だもん。それより中入ろうよ、いつまでも廊下で立ち話もなんだからね」
猫の話を打ち切ると、有紗はシリンダーに鍵を挿しこみ回した。
ついに部屋に入るのか、と大林は途端に緊張する。
ドアを開けると、二人は靴をスリッパに履き替え部屋に上がった。
「なんか感想いります?」
モデルルームのようなリビングの様相に、取り立てて世辞を思い付かない大林は正直に尋ねた。
有紗は遠慮するように首を横に振る。
「いいよ。詰まらない部屋ってことは自分でもわかってるから」
「じゃあ、あえて褒めるのはやめます。それで作った場所というのは、どこがスタートですか?」
「そこから」
有紗は振り返って玄関を指さす。
「次は?」
「ここ」
大林と有紗が並んで立つ足元を指さす。
その以後は部屋の壁沿いに一周して、箪笥、カレンダー、テレビ、ローテーブル、ソファ、ベランダ、ハンガーラック、などと、調度品ごとに連なった場所を指さしていった。
「被ってもないし、戻ってもないし、俺が直す必要はないですね。よく出来てます」
「ほんと。やった」
良の判定を下され、有紗は隠さずに喜ぶ。
「でも欲を言ってしまえば、ここだけだと場所が少ないですね」
「そっか。そうだよね、大林君が用意してくれた場所は26カ所だったからね」
ぬか喜びを恥じるように声をトーンを落とす。
「まだ他の部屋ありますよね?」
「うん。あるけど」
「あと4カ所をせめて作れれば13カ所になりますから、1カ所に2枚に置く今のやり方で一デッキの半分は埋まりますよ。26カ所作れるならそれが理想ですけど」
「26カ所ね……」
呟きながら左手にある寝室のドアをちらりと見て、すぐに目をリビングに戻した。
「難しいかな」
「難しいなら無理に作ることはないですよ。場所は自宅以外でも作れますからね」
「今度、改めて作ってみる」
有紗は意気込むように言った。
「それじゃあ、先生の作った場所も見終えたことだし……」
解散しましょうか、と大林が言いかけたところで、有紗はリビングの壁時計に目を遣った。
時刻は午前の十時半を回ったばかりだ。
「まだこんな時間なんだね」
「そ、そうですね。先生はこの後ご予定でも?」
話の流で大林が訊く。
「それが今日は予定がないの」
「ふうん、そうなんですか」
何故だか大林は想い人をデートに誘うような心情が芽生え、有紗と居るのが妙に気恥ずかしくなってしまった。
あっ、と唐突に有紗が何かを着想した声を発する。
「どうしたんですか?」
「ねえ大林君。この後ヒマ?」
嬉々とした声音で尋ねられ、大林は戸惑いを覚えつつもゆっくりと頷く。
有紗の笑顔が弾けた。
「じゃあ今から、大林君が作った場所を見て参考にしたい。それに新しく場所を作りたいから」
「早速ですね」
「仕事があるとどうしても時間が取れないから、今日のうちにマスターしたいの」
「その心掛けは素晴らしいと思います。けど……」
「けど?」
完全にその気でいる有紗に問い返され、大林は言いづらそうに視線を逸らす。
「その、先生と歩き回るとなると、デートみたいだなって思いまして……」
大林が恐る恐る答えると、有紗の顔が安堵で緩む。
「なんだ、そんなこと気にしてたんだね」
「気にしますよ。家族以外の女性と一緒に街を歩いたことないんですから」
女性に不慣れなことをカミングアウトして大林は顔を紅潮させる。
大林の純な反応に、有紗は誇らしげな笑みで口元を歪めた。
「それじゃあ、恋愛に関しては私の方が経験豊富なんだね。これでも二か月前までは彼氏いたから」
ぶすっと大林は不機嫌になった。
有紗は得意げに言い放つ。
「よかったら、今日だけはデートの練習相手してあげるよ」
「え、本気で言ってます?」
「うん。もちろん場所を作るついでだけどね」
彼氏いた時はデート中に迷惑かけてばっかりだったけど、大林君の前でくらい玄人のふりしてもいいよね。
自分に嘘を吐いて有紗は返事を待った。
しばし間を置いて、大林が口を開く。
「やめときます」
「へ?」
「俺に彼女が出来ることなんて生涯ないでしょうから」
自嘲的な苦笑で理由を言った。
有紗が怒った風に目尻を吊り上げる。
「大林君!」
突然の剣幕に大林はぎょっと身を反らした。
有紗は説教の言葉を継ぐ。
「大林君に彼女が出来ないわけがないよ。今まではいなかったかも知れないけど、大林君の魅力が伝われば、付き合いたいって思う人もたくさんいるよ」
「そ、そうなんですか?」
請け合うようにしっかりと頷く。
「だから、もっと自信もっていいよ」
「は、はあ」
実感の伴わない顔で大林は相槌を打った。
「それで、私にデートの練習相手してほしいの?」
「え、じゃあお願いします」
やむを得ない気持ちで返答した。
二人は部屋を出て、大林が作った場所のあるスポットへと歩を移した。
___________________________________________________________________________
ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます。
記憶術やメモリスポーツに関することでご質問があれば、どうぞ気兼ねなくコメント欄にお送りください。作者がわかる範囲でお答えします。
トレーナーの上にジャケットを羽織った格好の大林が駅前で有紗を待っていると、ふいに背後へ人影が忍び寄った。
「大林くん」
「うわっ!」
背後の人影が声を発すると、大林は飛び上がらんばかりに驚いた。
大林が恐る恐る振り返ると、臙脂色のフレアロングスカートにクリーム色のプルオーバーを着て薄桃色のハンドバッグを提げた有紗が、大林の驚き振りに驚いた表情でポカンと大林を見つめ返していた。
「おはよう大林君。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「ほんとですよ。気を付けてください」
威厳を取り戻そうとするように、乱れてもいない服の襟を直す。
ふふっ、と思わずと言った感じで有紗は笑いをこぼした。
「大林君ってもしかして意外とビビりなの?」
「ビビりじゃないですよ。断じて違います」
強硬に否定する。
そういうことにしておこう、有紗は大林を立てることにした。
「それより、家まで案内頼みますよ」
「うん。それじゃ行こう」
有紗が先導する形で二人は歩き出した。
駅のほど近くにある有紗の住むマンションに着いた。
三階にある部屋の前まで来ると、有紗はハンドバッグの中をまさぐった。
途端にあれ? という顔になる。
「どうかしました?」
「部屋の鍵、どこに入れたのかなって。今日初めて使うバッグだから」
「……頑張って、思い出してください」
俺も知らないし、他にどうしようもないわ、と大林は呆れた思いで励ました。
「ちょっと待って、すぐに見つけるから」
声に焦りを滲ませて、有紗は物を出したり引っ込めたりして鍵を探す。
「えっとね、いつも職場行くときは鞄の中に入れるんだけど」
「……」
「今日は休日だから、でも休日だからって他の場所の入れるとは限らないし」
「……」
「ああ、どっかに落としてたらどうしよう。わざわざ大家さんに追加でスペアを作ってもらったのに、さすがに追い出されちゃうよ」
しばらく鍵が発見されるのを待ったが、いっこうに発見されず挙句泣き出しそうな有紗を見かねて大林は溜息を吐きたい気分で口を開く。
「スカートにポケットって付いてます?」
「え、スカート? うん、付いてるけど」
「ポケット付いてるなら無意識に入れてるかも知れませんよ」
「そんな、気付かないうちにポケットに入れてるなんてこと……」
大林の助言に半信半疑の顔をしながらも、スカートの左右のポケットに手を入れる。
鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに口を開けた。
右のポケットから手を抜くと、その手には猫のキーホルダーが吊るされた鍵が握られている。
「あった」
「あった、じゃないですよ。あれだけバッグの中を探しておいて、結局ポケットに入ってるなんて笑えないですよ」
「そうだよね。ごめん」
謝ってしょぼんと肩を落とす。
言い過ぎたかな、と気が咎めて大林は話題を逸らす。
「そのキーホルダー、可愛いですね」
「え、あ」
大林の言葉に我に返ったように、有紗はキーホルダーに目を移す。
「へえ、大林君もそう思うんだ」
沈んでいた表情に笑みが灯る。
「先生、猫好きなんですか?」
「うん。実家で飼ってたからね。実家の猫、サクラって言うの」
「可愛い名前ですね。先生がつけたんですか?」
「そうなんだけど、実はオスなんだよ。小学生の頃はオスだって知らなくて、それにもうオジイチャンだし」
「じゃあ、トランプ記憶の時に黒猫を悪い事しちゃいましたね」
「ううん、いいの。記憶するには必要な事だもん。それより中入ろうよ、いつまでも廊下で立ち話もなんだからね」
猫の話を打ち切ると、有紗はシリンダーに鍵を挿しこみ回した。
ついに部屋に入るのか、と大林は途端に緊張する。
ドアを開けると、二人は靴をスリッパに履き替え部屋に上がった。
「なんか感想いります?」
モデルルームのようなリビングの様相に、取り立てて世辞を思い付かない大林は正直に尋ねた。
有紗は遠慮するように首を横に振る。
「いいよ。詰まらない部屋ってことは自分でもわかってるから」
「じゃあ、あえて褒めるのはやめます。それで作った場所というのは、どこがスタートですか?」
「そこから」
有紗は振り返って玄関を指さす。
「次は?」
「ここ」
大林と有紗が並んで立つ足元を指さす。
その以後は部屋の壁沿いに一周して、箪笥、カレンダー、テレビ、ローテーブル、ソファ、ベランダ、ハンガーラック、などと、調度品ごとに連なった場所を指さしていった。
「被ってもないし、戻ってもないし、俺が直す必要はないですね。よく出来てます」
「ほんと。やった」
良の判定を下され、有紗は隠さずに喜ぶ。
「でも欲を言ってしまえば、ここだけだと場所が少ないですね」
「そっか。そうだよね、大林君が用意してくれた場所は26カ所だったからね」
ぬか喜びを恥じるように声をトーンを落とす。
「まだ他の部屋ありますよね?」
「うん。あるけど」
「あと4カ所をせめて作れれば13カ所になりますから、1カ所に2枚に置く今のやり方で一デッキの半分は埋まりますよ。26カ所作れるならそれが理想ですけど」
「26カ所ね……」
呟きながら左手にある寝室のドアをちらりと見て、すぐに目をリビングに戻した。
「難しいかな」
「難しいなら無理に作ることはないですよ。場所は自宅以外でも作れますからね」
「今度、改めて作ってみる」
有紗は意気込むように言った。
「それじゃあ、先生の作った場所も見終えたことだし……」
解散しましょうか、と大林が言いかけたところで、有紗はリビングの壁時計に目を遣った。
時刻は午前の十時半を回ったばかりだ。
「まだこんな時間なんだね」
「そ、そうですね。先生はこの後ご予定でも?」
話の流で大林が訊く。
「それが今日は予定がないの」
「ふうん、そうなんですか」
何故だか大林は想い人をデートに誘うような心情が芽生え、有紗と居るのが妙に気恥ずかしくなってしまった。
あっ、と唐突に有紗が何かを着想した声を発する。
「どうしたんですか?」
「ねえ大林君。この後ヒマ?」
嬉々とした声音で尋ねられ、大林は戸惑いを覚えつつもゆっくりと頷く。
有紗の笑顔が弾けた。
「じゃあ今から、大林君が作った場所を見て参考にしたい。それに新しく場所を作りたいから」
「早速ですね」
「仕事があるとどうしても時間が取れないから、今日のうちにマスターしたいの」
「その心掛けは素晴らしいと思います。けど……」
「けど?」
完全にその気でいる有紗に問い返され、大林は言いづらそうに視線を逸らす。
「その、先生と歩き回るとなると、デートみたいだなって思いまして……」
大林が恐る恐る答えると、有紗の顔が安堵で緩む。
「なんだ、そんなこと気にしてたんだね」
「気にしますよ。家族以外の女性と一緒に街を歩いたことないんですから」
女性に不慣れなことをカミングアウトして大林は顔を紅潮させる。
大林の純な反応に、有紗は誇らしげな笑みで口元を歪めた。
「それじゃあ、恋愛に関しては私の方が経験豊富なんだね。これでも二か月前までは彼氏いたから」
ぶすっと大林は不機嫌になった。
有紗は得意げに言い放つ。
「よかったら、今日だけはデートの練習相手してあげるよ」
「え、本気で言ってます?」
「うん。もちろん場所を作るついでだけどね」
彼氏いた時はデート中に迷惑かけてばっかりだったけど、大林君の前でくらい玄人のふりしてもいいよね。
自分に嘘を吐いて有紗は返事を待った。
しばし間を置いて、大林が口を開く。
「やめときます」
「へ?」
「俺に彼女が出来ることなんて生涯ないでしょうから」
自嘲的な苦笑で理由を言った。
有紗が怒った風に目尻を吊り上げる。
「大林君!」
突然の剣幕に大林はぎょっと身を反らした。
有紗は説教の言葉を継ぐ。
「大林君に彼女が出来ないわけがないよ。今まではいなかったかも知れないけど、大林君の魅力が伝われば、付き合いたいって思う人もたくさんいるよ」
「そ、そうなんですか?」
請け合うようにしっかりと頷く。
「だから、もっと自信もっていいよ」
「は、はあ」
実感の伴わない顔で大林は相槌を打った。
「それで、私にデートの練習相手してほしいの?」
「え、じゃあお願いします」
やむを得ない気持ちで返答した。
二人は部屋を出て、大林が作った場所のあるスポットへと歩を移した。
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