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優しさを遠慮する優しさ
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蟹江は世界大会らしき会場でスピードカードに挑戦していた。
周囲の名だたる選手たちがトランプを繰るのに集中を使う中、蟹江も五十一枚目に差し掛かっていた。
五十一枚目のイメージを前の三枚とストーリーで繋げた後、トランプを繰る手が急停止する。
あれ、と蟹江は左手に残った五十二枚目を、絶望的な目で見た。
♡(は)2(にわ)がせせら笑っている。
五十二枚覚えたつもりが一枚残る、というのは、要するに覚える過程のどこかで一枚イメージを重複させてしまった、ということだ。こうなった場合、重複させてしまった箇所へ遡り、ストーリーを作り直さなくては正確性を望めない。
タイムは自己最速を記録しそうだったが、とんでもないヘマをしでかした。
思考が混乱し、ルートに置かれたストーリーは色褪せ、スタックタイマの時間は刻々と素進んでいく。
蟹江は口から魂は脱け出たように茫然自失し、叫んだ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
憚りない自分の叫び声にハッとして、目が覚めた。
午後の日射しが彼の横顔を照らし、蟹江はすぐに眩しさを感じて目を細めた。
「ゆ、夢か」
数瞬前の悪夢を思い出し、心からの安堵で息を吐く。
ピンポーン。
目覚めたばかりの蟹江の耳に、インターホンのベル音が聞こえてきた。
寝起きの気怠さでのろのろと、玄関に向い無警戒に半ばドアを開ける。
「こんにちは、師匠」
はにかむような微笑を浮かべた小牧が立っていた。
「小牧か。今日も『MEMORY・GAME』か?」
「はい。中に入っていいですか?」
蟹江は応諾し、小牧を部屋に上げた。
パソコンを取りに別室へ言っている間、小牧はリビングテーブルの傍に座って待機した。
ふと窓の外を見る。
するとベランダの物干し竿に、全く見覚えのない普段着では考えられない服を見つけた。
ウエイター服である。
師匠がウエイター?
気に掛かった小牧は立ち上がって窓に近づき、物干し竿に掛かったその服をいろいろと憶測しながら眺めた。
「どうした、窓の外なんか眺めて」
パソコンを脇に抱えて部屋に戻ってきた蟹江が、窓辺に寄って外の何かを見ている小牧に話しかけた。
小牧は振り向き、物干し竿のウエイター服を窓越しに指さして問う。
「師匠って、こういう服装が好きなんですか?」
「ああ、それか」
小牧の指さす先を見て、蟹江は苦笑した。
「それはバイトの制服だよ。小遣い稼ぎにファミレスで働いてるんだ」
「お金に困ってましたっけ?」
「まあ、見ての通り。いい暮らしはしてないさ」
はぐらかすように苦笑して蟹江は言った。お前にパソコンを買ってあげたいから、とサプライズの為にも秘しておきたかった。
小牧は師匠の微妙な笑顔に、内心ちょっと怪しんだ。
「いつからバイトしてるんですか?」
小牧は素朴を装って訊ねる。
「先週から。はじめたばっかだよ」
「稼いだお金は何に使うんですか?」
「どうしようかな、まだ何も決めてないな」
苦笑いを続けて、いかにもこの話題を終わらせようとしている節がある、と小牧はそう睨んで、本当に訊きたいことを口にする。
「もしかして、あたしにパソコンを買うためとかいいませんよね?」
「そういう使い道もアリかもな」
図星だったが、一案として受け入れる体で蟹江は言葉を返した。
わざわざ師匠が働くことないですよ、と小牧は心の中で蟹江のお人好しを遠慮する気持ちで語を継ぐ。
「その使い道はナシですよ」
「どうしてだ?」
「お父さんが使わないパソコンをくれたからです。新しく買う必要はなくなりました」
師匠に迷惑かけたくない思いで、微笑んで嘘を吐いた。
「へえ、そうか」
パソコンを買ってあげるつもりでいた蟹江は、思いも寄らぬ小牧の話に拍子抜けした。
しかしすぐに、いいことではないか、と気づく。
「パソコンが手に入ったなら、MGCに出場できるじゃないか。よかったな」
「はい」
嬉しさを表出させた笑みを浮かべて、小牧は頷く。
そして、その笑みを深めて尋ねる。
「こうなると、師匠がバイトをする意味もなくなっちゃいますか?」
「気付いてたのか。俺がバイトをはじめた理由」
「なんとなくですけど。パソコンを買えないって言った矢先に、バイトをはじめていたら誰だってそう思いますよ」
「それもそうか」
安易な隠し事は出来ないな、と蟹江は小牧の笑顔を見て思った。
同時にバイトを続ける意味も無くなってしまったな、とバイトを紹介してくれた弥冨に悪い気になり謝りたくなった。
それから二週間後、刈谷メモリークラブでMGCの国内予選が開催され、総勢八名が集まり、本選出場の上位三枠を賭けて争った。
一試合で五種目が行われ、一試合の勝ち点はストレート勝ちで三点、一戦負けると一点減る形式になっている。
蟹江は他選手に圧倒的差をつけて堂々の一位、弥冨は蟹江に負けた一敗を除く相手に全て勝利し二位、小牧は得失点差で弥冨の後塵を拝し三位の結果だった。
蟹江、弥富、小牧の三人がMGC本選の出場資格を手に入れた。
周囲の名だたる選手たちがトランプを繰るのに集中を使う中、蟹江も五十一枚目に差し掛かっていた。
五十一枚目のイメージを前の三枚とストーリーで繋げた後、トランプを繰る手が急停止する。
あれ、と蟹江は左手に残った五十二枚目を、絶望的な目で見た。
♡(は)2(にわ)がせせら笑っている。
五十二枚覚えたつもりが一枚残る、というのは、要するに覚える過程のどこかで一枚イメージを重複させてしまった、ということだ。こうなった場合、重複させてしまった箇所へ遡り、ストーリーを作り直さなくては正確性を望めない。
タイムは自己最速を記録しそうだったが、とんでもないヘマをしでかした。
思考が混乱し、ルートに置かれたストーリーは色褪せ、スタックタイマの時間は刻々と素進んでいく。
蟹江は口から魂は脱け出たように茫然自失し、叫んだ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
憚りない自分の叫び声にハッとして、目が覚めた。
午後の日射しが彼の横顔を照らし、蟹江はすぐに眩しさを感じて目を細めた。
「ゆ、夢か」
数瞬前の悪夢を思い出し、心からの安堵で息を吐く。
ピンポーン。
目覚めたばかりの蟹江の耳に、インターホンのベル音が聞こえてきた。
寝起きの気怠さでのろのろと、玄関に向い無警戒に半ばドアを開ける。
「こんにちは、師匠」
はにかむような微笑を浮かべた小牧が立っていた。
「小牧か。今日も『MEMORY・GAME』か?」
「はい。中に入っていいですか?」
蟹江は応諾し、小牧を部屋に上げた。
パソコンを取りに別室へ言っている間、小牧はリビングテーブルの傍に座って待機した。
ふと窓の外を見る。
するとベランダの物干し竿に、全く見覚えのない普段着では考えられない服を見つけた。
ウエイター服である。
師匠がウエイター?
気に掛かった小牧は立ち上がって窓に近づき、物干し竿に掛かったその服をいろいろと憶測しながら眺めた。
「どうした、窓の外なんか眺めて」
パソコンを脇に抱えて部屋に戻ってきた蟹江が、窓辺に寄って外の何かを見ている小牧に話しかけた。
小牧は振り向き、物干し竿のウエイター服を窓越しに指さして問う。
「師匠って、こういう服装が好きなんですか?」
「ああ、それか」
小牧の指さす先を見て、蟹江は苦笑した。
「それはバイトの制服だよ。小遣い稼ぎにファミレスで働いてるんだ」
「お金に困ってましたっけ?」
「まあ、見ての通り。いい暮らしはしてないさ」
はぐらかすように苦笑して蟹江は言った。お前にパソコンを買ってあげたいから、とサプライズの為にも秘しておきたかった。
小牧は師匠の微妙な笑顔に、内心ちょっと怪しんだ。
「いつからバイトしてるんですか?」
小牧は素朴を装って訊ねる。
「先週から。はじめたばっかだよ」
「稼いだお金は何に使うんですか?」
「どうしようかな、まだ何も決めてないな」
苦笑いを続けて、いかにもこの話題を終わらせようとしている節がある、と小牧はそう睨んで、本当に訊きたいことを口にする。
「もしかして、あたしにパソコンを買うためとかいいませんよね?」
「そういう使い道もアリかもな」
図星だったが、一案として受け入れる体で蟹江は言葉を返した。
わざわざ師匠が働くことないですよ、と小牧は心の中で蟹江のお人好しを遠慮する気持ちで語を継ぐ。
「その使い道はナシですよ」
「どうしてだ?」
「お父さんが使わないパソコンをくれたからです。新しく買う必要はなくなりました」
師匠に迷惑かけたくない思いで、微笑んで嘘を吐いた。
「へえ、そうか」
パソコンを買ってあげるつもりでいた蟹江は、思いも寄らぬ小牧の話に拍子抜けした。
しかしすぐに、いいことではないか、と気づく。
「パソコンが手に入ったなら、MGCに出場できるじゃないか。よかったな」
「はい」
嬉しさを表出させた笑みを浮かべて、小牧は頷く。
そして、その笑みを深めて尋ねる。
「こうなると、師匠がバイトをする意味もなくなっちゃいますか?」
「気付いてたのか。俺がバイトをはじめた理由」
「なんとなくですけど。パソコンを買えないって言った矢先に、バイトをはじめていたら誰だってそう思いますよ」
「それもそうか」
安易な隠し事は出来ないな、と蟹江は小牧の笑顔を見て思った。
同時にバイトを続ける意味も無くなってしまったな、とバイトを紹介してくれた弥冨に悪い気になり謝りたくなった。
それから二週間後、刈谷メモリークラブでMGCの国内予選が開催され、総勢八名が集まり、本選出場の上位三枠を賭けて争った。
一試合で五種目が行われ、一試合の勝ち点はストレート勝ちで三点、一戦負けると一点減る形式になっている。
蟹江は他選手に圧倒的差をつけて堂々の一位、弥冨は蟹江に負けた一敗を除く相手に全て勝利し二位、小牧は得失点差で弥冨の後塵を拝し三位の結果だった。
蟹江、弥富、小牧の三人がMGC本選の出場資格を手に入れた。
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