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第三話 女性たちを返せ! 残虐イケメン俳優

交戦2

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「神里さん? 何かあったんすか?」

 前髪の癖毛が目立つ小柄な女性が一人、ドアから心配そうな顔を覗かせた。

 監禁室のフロアと階段口廊下をしきるドアの手前にいる神里に、柴田は目を留めた。

「そこで何をやってるんすか?」

 誤魔化し笑いを張り付けて、神里は柴田に返答した。

「次の芝居の練習をしてたんだ」

 柴田は不可解そうに神里の顔を見つめる。

「芝居すか? なんか怒ったような顔の美女五人に囲まれてるこれがっすか?」

「うん。意気地のないモテ男の役なんだよ」

「これは芝居の稽古なんかじゃねーよ」

 押し殺した声で、柴田の最も近くにいたブルーが否定した。

 柴田と目が合うとブルーは必至の顔で警告する。

「神里とどんな関係か知らねーけど、ここから逃げろ」

「どういうことっすか? 神里さんが何かしたんですか?」

 柴田は神里に説明を求める視線を送る。

 残忍さを覆い隠した優男の表情で神里は答える。

「この女の人、さっきから僕を悪人扱いするんだよ。僕が悪いことをすると思う?」

 するはずがありません、という返事を期待しての問い掛けだった。

 しかし期待に反して、柴田の神里を見る瞳は冷たくなった。

「最近の神里さんは悪くなったっす」

 窘めるような叱責するような、一種の失望感を乗せていた。

 神里の僅かに残っていた人間としての理性は、柴田の一言で決壊した。

 こうなってしまうと彼はもう、倫理観を失った怪人でしかなくなる。

「僕はもう神里晋一じゃないって言うのかい?」

 内側で暴れる加虐性を辛うじて封じ、神里のとしての希望を持って訊ねた。

「今の神里さんは私が知っている神里さんじゃないっす。まるで別人っす」

 柴田の正直な言葉を聞いて、神里は死んだ。

 最後に残ったのはシキヨクマーの怪人、ホワイトウルフだった。

 彼の身体は激しい痙攣をおこし、全身から白い毛並みが生えてくる。

 毛並みが生えそろうと、頭部から狼耳が姿を現す。

「な、何が起きてるっすか?」

 目の前の常識離れした状況に、柴田はレンジャー五人に問う。

 だが五人にも今の状況は初めてで、首を振ることしかできない。

「それじゃ何かの演出っすか?」

「それだけはないぜ」

 問いを重ねた柴田に、ブルーがきっぱりと言いきった。

 神里は二本脚で立つ白狼へと姿を変えた。

 今まで黙していたバーテン役のシキヨクマー隊員が、状況を察し気配を消すようにしてその場から離れようとバーの方のドアへ足を向けた。

「グルル」

 ホワイトウルフは呻くと、飢えた猛犬の目で逃げるバーテンを捕捉する。

 脚のバネで背後から常人の目にはとまらぬ速度で飛び掛かり、無防備な背中に爪を突き刺し、首筋に鋭角な牙を立てる。血しぶきが四方の壁に飛散した。

 一瞬のうちに起きた惨劇に、柴田は反応も出来ず頬に粘性の血がへばりついた。

「ひい」

柴田は怯えて震え上がる。

 頬に何かが付着していることに気付き、震える指で頬に触れた。

 ドロリとした感触が指先に当たり、頬から離して指先を離す。

 指先の赤黒い血を見た柴田は、数秒の脱力感の後気を失った。

「グルル」

 バーテンの男を床に押し伏せていたホワイトウルフは、ドアの前で倒れている柴田に俄然関心を移して、血の付いた舌を垂らして獲物を吟味している。

 柴田が狙われていることにいち早く勘付いたブルーは駆け出し、意識のない柴田を庇う形で敵の面前を立ち塞いだ。

 獲物の捕食を邪魔され、地から響くような唸り声でブルーを威嚇する。

 泰然として退かずに、ブルーはホワイトウルフの目を睨み返した。

「かかってこい、相手になってやる」

「グルル」

 しばし両者の睨み合いが続いた。成り行きに着いていくので精いっぱいだったレッド、イエロー、グリーン、パープルの四人は、沈黙の睨み合いをしている間にホワイトウルフを包囲した。

「お前の周りは敵しかいないぜ」

 ブルーが不敵に口元を曲げて言った。

 自身が包囲されていることを感知したホワイトウルフは、絶命したバーテンの男の上で恨みの籠った目つきで五人を見回した。

 不利を悟り、ブルーに焦点を戻すと、自棄になったような勢いで飛びついた。

 ブルーは策もなく襲い掛かってくるホワイトウルフの腹部に、掌底を叩き込んだ。

 しかし勢いを殺しきれず、ブルー上にホワイトウルフが乗る位置で倒れる。

 四人は怪人をブルーから引き剥がそうと、怪人の胴体に抱きついた。

 ブルーがもう一度腹部に掌底を打ち込み力が抜けた刹那、怪人は四人に引き剥がされ、呻きを漏らしながら床に転がった。

 掌底が効いたのか、哀れっぽく呻くばかりで怪人は横様に倒れている。

 五人は立ち上がって怪人の見下ろし、周りを囲んだ。

「くたばったのか?」

 ブルーが四人に訊いた。

「わからない。でも起き上がる気配もないね」

「どうする、とどめを刺すの?」

 グリーンが問うと、ブルーが意志の固い顔で答える。

「当たり前だろ。半殺しにしてっとシキヨクマーに蘇生させられちまうかもしれねぇだろ」

「私達の最優先は監禁者の救出よ」

「でも、怪人を完全に倒さないと格子を開けられないです」

 イエローが難題を前にしたように困った声で言った。

 いい救出方法はないかと首を捻っていたパープルが、呟くように考えを吐露する。

「誰かが鍵とか持ってるかしら?」

「鍵?」

 パープルの言葉を聞き取ったブルーが訊き返す。

 パープルは格子の真ん中のドアを指さす。

「ほら、監禁室のドアに鍵穴があるでしょ。ということは解錠できる鍵もあるってことじゃないかなと思ったんだけど」

「そこに倒れてる監守みたいな奴なら、解錠方法とか知ってるかもしれない」

 レッドが階段の前で折り重なって気絶しているピンクタイツに指を向ける。

「一応、調べてみっか」

 ブルーがピンクタイツの傍に歩み寄り、全身を検めた。

「おっ」

 ベルトに鍵束が取り付けてある。

 短く声を漏らして、これ幸いとばかりに口元を笑ませた。

「何か見つけた?」

「鍵束だぜ、鍵束」

 ベルトの鍵束を手に持って、四人に見せて揺らした。

 四人からも声を抑えた歓喜が上がる。

「その鍵束、早く持ってきて」

 レッドが格子のドアの前に立って急かす。

「急かすな。今持ってくからよ」

 鍵束に手を掛け、ベルトから千切ろうと力を加えた。

 しかしベルトと鍵束はスチールで出来ており、簡単には引きちぎれない。

「なあ、レッド?」

「何?」

「こいつごとそっちに運んでいいか?」

「鍵束が外れないの?」

 ブルーはすまねぇと言うように苦笑した。

「なら仕方ない。そうしましょう」

「うっしゃ。そっちに運ぶぜ」

 ブルーは鍵束を掴んだまま、ピンクタイツを床に引きずって格子の前に移動させた。

 ピンクタイツを背中から手で支えて立たせ、腰の鍵束から手当たり次第に鍵を穴に差し込んだ。

 三つ目で解錠でき、ブルーは格子ドアを押し開いた。

 監禁室の中央辺りで、体幹を保つ筋力を失くしたように正座で膝を折った姿勢で仰向けに倒れている。

「未希?」

 ブルーは友人の顔を覗き込みながら声を掛けた。

 しかし反応はなく、瞳孔は明後日の方向を向いている。

 生死を判別するため、未希の胸に耳を当てる。

 確かな心音が耳に届き、未希の存命の証を立てている。

「大丈夫、生きてる」

 ブルーはひとまず安堵して、未希の両脇腹に手を入れて抱き上げた。

 ピンクタイツを自立を支えているレッドが尋ねる。

「その人、意識あるの?」

「気を失ってるっぽいが、他に異常はなさそうだぜ」

「そう、ならまだ良かった。早く戻ってきて、次の人助けないと」

「おう」

 肩に未希を担いで監禁室から出る。

 隣の監禁室に移動し、もう一人も救出。

 目標だった三人の救出が間近になり五人が安心しかかった時、監禁室の隅で小爆発が弾けて、壁の表面が剥がれ落ちた。

「な、何?」

 爆発を目にしたレッドが不可解そうに声を漏らした。

 柴田を含む救出者を負ぶるなり担ぐなりして、階段に足を進めかけていた四人が声を漏らしたレッドを振り向く。

「管理主の死亡により――」

 どこからか女性のアナウンスが流れ始める。

 合成音の出所がどこか、五人は首を巡らした。

 監禁室でさらなる爆発。ポッポコーンのように床材が噴き上がる。

「この収容所は不必要と判断されました。ただちに爆破処理を開始します」

「爆破処理!」

 物々しい単語にレッドは愕然と叫んだ。

 バーへと繋がるドアでも爆発が起き、レッドの頭上から建材の小さな欠片が振り落ちた。

「脱出! 脱出!」

 天井や壁が崩壊し下敷きになる危機を感じて、レッドは大声を張り上げた。爆風を背中に受けながら、柴田を負ぶっているパープルを手で押して脱出を急いだ。

 五人は爆風に押し出されるようにして、からくも脱出に成功した。

建物が崩れる前に、すぐにその距離を取る。

身を震撼させるような崩落音が彼女達の耳を叩くと、数瞬前まで自分たちのいた建物を振り返った。五人は建物の崩落の様を、血も凍る思いで茫然と眺めた。


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