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―救いの手―

348話 女傑たち

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周囲を底冷えさせるほどの冷気を放つ、巨大氷。それに対抗するは紅蓮の炎を灯した神具の剣。白と赤、そしてそれぞれが放つ術紋の紫の輝き。

再度ぶつかり合った獣人と勇者が織りなす、三色の軌跡。その綺麗ではあるが危険な煌めきに、さくらの目は奪われてしまう。すると―。


「痛たたた…。全く…あやつ、老骨に酷いことするわい…。危うく腕が千切り飛んでしまうとこじゃった…」

微かな光を伴い、スタンと竜崎の横に着地してきたのは賢者。先程の獣人の攻撃を諸に食らった影響か、腕に治療魔術をかけながら。

「リュウザキや。お前さん、あの獣人の力を身に食らってよう生きてたのう」

「その言葉…そのまま…お返しします…よ…。神具まで…直撃…して…」

「ふぉっふぉっ!あれの直撃は受けておらんがの! 障壁を張り、それが打たれた際の力の動きに委ねたんじゃ。とはいえ、貫通してきて危うかったが」

竜崎と会話し、笑う賢者。彼はそのまま、竜崎の身に手を置いた。と、その顔つきは俄かに険しく。


「…やはりか…。面倒な呪いめ…」

小さく、吐き捨てるかのような台詞を呟く賢者。そんな彼に、竜崎は縋る。

「爺さん…神具の鏡を…魔導書を…」

彼の胸中は、奪われてしまった二つの道具についてで一杯であった。そんな竜崎を宥めるように、賢者はゆっくり首を動かした。

「わかっておる。じゃが優先順位は、何をも差し置いてお前さんが一番上じゃ。もしお前さんが死んだら、ワシゃニアロンやアリシャ達に殺されてしまうからの」

冗談…いや冗談ではないのかもしれないが、を交える賢者。彼は軽く微笑む。

「勿論、ワシもお前さんを失いたくない。生きていれば、再度奪い返すチャンスも訪れようぞ。命あっての物種じゃ」



「…です…が…」

しかし、竜崎はあくまでも食い下がろうとする。そんな彼の口を軽く止め、賢者は先程浮かべた表情…険しさに満ちた顔になった。

「残念じゃが…お前さんの状況、思っていたより悪かったわい。体の痛み、感じなくなってきているじゃろう?」

その言葉に、竜崎はぐっと押し黙る。賢者は淡々と続けた。

「既にお前さんは、痛覚が消えるほど麻痺し弱っているんじゃ。それに、身体も冷え始めとる。…猶予はあまりないのぅ…」



「えっ…! ミルスパールさん…さっき、『今かけている魔術が浸透したら、竜崎さんを安全に動かせる』って…!」

思わず、さくらは詰め寄る。先程聞いていた話と違うからだ。賢者は頷いた。

「そうじゃ。しかも本来ならば、既に浸透が終わっておる頃合い。じゃが、未だ浸透の兆候程度しか出ておらん。…呪いのせいじゃて」

深く溜息をつく賢者。彼は更に幾多もの治療用魔法陣を周囲に浮かび上がらせる。

「再度蠢き出してしまった呪いが、魔術の浸透を阻害しておるんじゃ。このままじゃと、先にリュウザキが力尽きるやもしれん。ワシも呪いの沈静化に回る」

そう言葉を切り、治療へと入る賢者。さくらはハッとニアロンの方を見た。

だが、彼女はこちらを見ることは無い。ただひたすらに、一心不乱に、竜崎の身に広がる呪いを抑えていた。もはや、周囲の音すら耳に入らぬほどに集中しているのだ。


「…爺さん…」

竜崎は、弱弱しくも悔しさが溢れ出るような声を漏らす。賢者は、まるで孫をあやすかのように彼の頭を撫でた。

「大丈夫じゃ。見ての通り、アリシャの剣には火を宿しておいた。それに、ソフィアがあれしきでへこたれるタマじゃないのは知ってるじゃろ。うちの女傑共に任せとけい」








「ソフィア、動ける?」

獣人の巨大氷を無理やり弾き飛ばした勇者アリシャは、背後で倒れる機動鎧…ソフィアにそう声をかける。と、機動鎧はブシュウと音を立て立ち上がった。

「これしき…! けど、少し時間貰うわね…!」

「うん。わかった」

そのまま一旦離脱するソフィアを背に、燃え盛る剣を握り直すアリシャ。それを見た獣人は笑った。

「ヘッ!いいじゃねえか! この氷が解けきるまでのデッドヒートといこうぜ!!」



腕の一本に巨大氷、もう一本に神具の鏡搭載のラケットを握る獣人。と、もう一本の手に掴んでいた魔術士を、自らの服の下へと潜り込ませた。

「まだ少しぐらいは魔術使えるだろ? 俺の背中にでも張り付いとけ」

「このっ…獣風情がぁ…!」

「おーおー。そんな元気がありゃあ問題ねえな。酔わねえように気をつけとけ! できりゃあ、支援してくれると有難えが…よっ!!」


自由になった腕を合わせ、巨大氷とラケットを振り回す獣人。勇者はそれを躱し、流し、弾いていく。

「…っ!」

が、巨大氷の射程把握がまだ上手くできていないのか、勇者の回避がじわじわ削られていく。

「オラオラァ! どしたどしたァ!」

調子に乗った獣人は、更に攻勢を強めていく。と、その時であった。




ズルッ…!

「―!? うおっ…!」

獣人の、巨大氷を握っていた手が俄かに滑る。慌てて掴み直すが、数瞬の隙が生じた。そこへ―。

「はっ!!」
「ぐおっ…!?」

勇者の狙い澄ました一閃が飛んでくる。間一髪神具で弾いて事なきを得たが、一度変わった戦況は引きずられ、今度は勇者が攻撃へと転じ出した。


「のっ…くっ…!」

必死に防ぐ獣人。しかし、手こずっていた。その理由は、武器として使っていた氷にあった。勇者の剣炎が激突するその度に、巨大氷は僅かながらに溶け出していたのだ。

如何に堅牢さを誇る氷であろうとも、熱には弱い。しかもフリムスカ氷の高位精霊の手を離れ、それはただの氷塊。猶更な事。


ならば溶けた部分はどうなるか。無論、水へと変わる。その一部は氷の表面を伝わり、獣人の手へと。氷を握る彼の握力は、その水によって阻害される…要は、滑って掴みにくくなっているのである。



「くそっ…!振り回しにきいな…!!」

氷を武器にした弱点。それをまざまざと突きつけられる獣人。自らより巨大な氷を振り回すため、少し力が逃げる程度でも全体の動きに大きく影響する。

それが、一瞬たりとも気が抜けない敵相手ならば命取りになる。現に―。

「はっ!」
「うっ…!」

勇者に大きく弾かれ、巨大氷が手からすっぽ抜けかける獣人。慌てて掴み直すが…それが悪かった。

「―今!」
「しまっ…!」

刹那の間を利用し、一瞬で獣人の懐へと飛び込む勇者。神具の剣は、獣人の腹を貫―。


ドドドドドッ!



瞬間、獣人と勇者との間を隔絶するように何かが大量に降り注ぐ。寸でのところで気づき勇者は躱すが…。

「…!! まだ来る…!」

降り注ぐ何かは、彼女に追従するかのように追いかけてくる。絶好のチャンスを邪魔され、勇者は一旦距離を取るしかなかった。

「…お。おぉ! 助かったぜ兄弟!」

その支援を見止めた獣人は歓喜の声をあげる。それは、黒槍、黒剣などの黒き刃達。獣人の背に隠れた魔術士が作り出したものであった。

しかもその数、開幕竜崎に向けられた量を上回る。弱っていたはずの魔術士だが、呪薬の投与、及び獣人の背で安全に詠唱出来たのが幸いしてしまったのだろう。

「ムカつくが…これはテメエが自由に使え…俺をこれ以上煩わせるな…」

「マジか!そりゃ有難えぜ!」

魔術士のか細い言葉から察するに、どうやら黒刃の指揮系統は獣人に移されたらしい。彼がにやりと笑みを浮かべ、ずしゃりと一歩踏み出すと、全ての黒刃は勇者へと狙いを定めた。


「今度はこっちの番だぜ!」

戦況、また変貌。獣人は更に怒涛の勢いで攻めだす。勇者は隙を伺うが…。

「くっ…!」

獣人の手が滑る隙を、黒刃が完全にガードしてしまう。加えて、多勢に無勢。あらゆる方向から迫ってくる他の黒刃を回避しなければならない。

あちらを躱せばこちらから、こちらを破壊すればそちらから。虫群のように襲い来るそれを避けるアリシャは、次第に追い込まれ始める。彼女の服の一部が刻まれ始めていく。

肌こそまだ傷ついていないものの、刃が身に届くのも時間の問題…。



―と、その時であった。




「お待たせ、アリシャ!」

聞こえてきたのはソフィアの声。それと同時に、勇者の前に巨体が…機動鎧が乱入。腕に取り付けたシールドシステムを展開し、刃を防ぐ。

「マジックミサイル、一斉射!」

数瞬の隙も無く、ソフィアは準備していたマジックミサイルを撃ち出す。それはアリシャの背と横を狙っていた黒刃の多数と激突し合い、消滅させた。

「ソフィア…!」
「ありがとアリシャ! おかげでこれ、直せたわ!」

礼を述べながら、ソフィアは機動鎧の片腕を…獣人に叩き折られた箇所を見せる。するとそこには、応急修理がなされた腕が伸び切った形で繋がっていた。

しかしそれだと、およそ戦闘できるような状態ではない。なのにもかかわらず、彼女は自信満々に啖呵を切った。

「さ。秘密兵器、見せたげる!」
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