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―救いの手―

346話 かつての敵、時を経て再来

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「あの人達が…あの…!?」

賢者が作った障壁の内、幾多の治療魔術陣が浮かぶ中、さくらは驚愕の声をあげる。竜崎は、臥したまま小さく頷いた。

「あの…魔術士の…槍…見覚えが…あったんだ…。それに…あの…獣人の…顔も…ほんの微かに……ごぽっ…」

口から血をこみ上げさせる竜崎。呪いの鎮圧に尽力していたニアロンは、急ぎそれを吐かせた。

―喋るなって言ってるだろ! クソッ…ミルスパールの奴…!飛び出していくなんて…!―

「い…や…爺さんが…かけた魔術…は…定着に…少し…時間が…かかる。だから…ぐう…!う…あ゛…!」

―喋るな!この馬鹿!―


そう叱るニアロン。賢者の魔術により、竜崎は死の淵から僅かに引き上げられた。だが、それでも予断を許さぬ状況には変わりがない。

身を貫通した槍傷は未だ閉じてはおらず、全身の骨も折れたまま。そして、噴き出した呪いは未だ彼の胴をグズグズに覆っている。

例えるなら、崩れかけた建物を、細いつっかえ棒で無理やり支えているに等しい。もし少しでも他から力が加われば、一瞬で塵と化す。竜崎の容態は、まさにそう言った様子であった。


さくらは、そんな彼を励ますように握る手に力を籠める。そして、竜崎の推測…魔術士達の正体の予想を聞き、飛び出していった賢者の方を見やった。


『この魔術が浸透すれば、リュウザキを安全に運べるようになる。じゃからもう少し辛抱するんじゃぞ』…かの老爺はさくら達にそう言い、転移魔術でソフィアの元に飛んでいったのである。

彼のことだから、この障壁には万全の防御を施してあるのだろう。だがそうだとしても、他の治療とか、呪い鎮圧の手伝いとかが出来るはず。いや、それも全て手を尽くしてあるのだろうが…。


さくらは唇をキュッと噛む。あの魔術士達は、賢者自身が出ていき確認しなければならない相手ということなのだろうか。瀕死の竜崎を放置してまで…!

と、そこまで思った彼女は考え直す。…いや、当然なのかもしれない。なにせ竜崎の推測が正しいのならば、あの二人組の正体は、『勇者一行』の初戦闘とも言える―。










「て…テメエ…! 何故バラしたァ!!」

一方の、ソフィア達サイド。獣人が行った暴露に、曝け出されたばかりの顔を怒りに歪ませ怒鳴りつける魔術士。

それは、彼らの正体が…『20年前の勇者決定の日、馬車に乗る勇者一行を襲った悪漢2人組』であることを証明したのと同義であった。


「嘘でしょ…!! あの時の…!!?」

そして分厚い装甲を持つ機動鎧越しでもわかるほどに、驚愕に包まれるソフィア。それも、致し方なし。




かつて、20年前。時の魔王が起こした魔界対人界の戦争。それを収束させる者として、予言に示されたのが『勇者一行』。

その勇者を決める闘技大会は、アリシャの圧勝。閉会後、勇者となった彼女と賢者、ソフィア、そして竜崎とニアロンを乗せた馬車は城への帰路を取っていたが…そこで、一つの事件が起きた。


馬車が、爆破されたのだ。幸いにも怪我人は誰一人として出なかったが、その実行犯は二名。1人は巨体の獣人、もう一人は魔族の魔術士であった。



実は彼らは、竜崎がアリシャバージルへ連れてこられた初日、街で喧嘩を始めようとしていた2人組。一触即発状態の彼らを、竜崎は身を張り止めようと試みた。

結果的に、賢者がその2人を気絶させ、一時の牢屋送りとした。当時の世間に漂う空気を鑑み、彼らの頭が冷えるまでの間放り込んでおく予定だった。

だが、彼らは脱獄した。正しくは、牢から出された直後に暴れ出し、兵を傷つけ、壁や建物に大穴を開け逃げ出したのだ。そして、勇者決定戦終了後に、襲い掛かってきたのである。


恐らく闘いに参加予定だったはずの彼らが、いがみ合っていた彼らが、何故そんな凶行に走ったかは不明。幾人と連続した試合を繰り広げるより、優勝した者から勝利を奪えば確実だとでも考えたのだろうか。



ともあれその事件の際、勇者と賢者の活躍により、逆に魔術士達を追い詰めるに至った。が、勇者曰く『逃がした』。

逃げ足が速かったのか、捕まえることが出来なかったのだ。そのまま彼らはどこかへと行方をくらましたのだ。


一応その後、兵が捜索したが…やはり見つからず。元をただせば喧嘩の頭冷やし、脱獄時に兵や建物に被害を負わせたものの、肝心の『勇者一行』は全員無事。

寧ろ、勇者達の腕の良さを知らしめる材料にもなり、そもそもが戦争状態で碌に兵もいない状況。暫くはある程度警戒されてたとはいえ、戦時のごたごたで罪状は完全消滅。


勇者達を再度襲ってくることもなく、ただの暴漢だったのかと皆の頭から消えていった存在…。


そんな彼らが今、20年の時を経て、世界を揺るがす大敵として現れたのだ。







つまりは、『勇者一行』としての初戦闘の相手が、巡り巡って再度立ち塞がったということ。しかし、その強さは当時とは恐ろしいほどかけ離れている。

魔術士は秘匿的存在である『禁忌魔術』を何故か自由自在に行使できるようになっており、単独転移魔術までも習得。

そして獣人は元の巨体を更に膨らませ、4本の腕を持つ異形へと変貌した。勇者アリシャと同じ、身体強化の術紋をも身につけて。



その事実を受け入れ切れず、茫然となるソフィア。賢者は獣人を睨みながら、口を開いた。

「…ワシも、全てを覚えているわけではない。正直、お前さん達の正体を聞いた今も、当時の顔は完全には思い出せておらぬ」

そこで彼は言葉を切る。そして、こう続けた。

「ただ、お前さんは年相応に老けたといった感じじゃな。毛の色も変わっているし、気づかなかったのも道理だとは思っておる。じゃが…」

と、再度口を止める賢者。そのまま彼は、背後にいる…機動鎧に掴まれたままの魔術士をチラリと見た。

「あやつの顔…、当時とほぼ変わっておらぬ…いや、。あの若々しさ、アリシャのようじゃな…」

そこで、賢者は目を戻す。そして獣人に、意味深な問いかけをした。

「…もしや、あやつは…?」



「ヘッ!悪いがそれは答えねえよ。これ以上言っちまうと、後が怖いしな。てかぶっちゃけ、俺もよくわかってねえがなぁ!」

笑いながら一蹴する獣人。そして足を一歩、強く踏み出した。杖を構え直す賢者だったが…。

「ありがとよ…勇者ァ! ここに吹き飛ばして…」

突如、獣人は妙な台詞を口にしだす。それがまだ言い終わらない内に、彼はその場で旋風を作り出すほどに疾く、猛然と半回転し…!

「くれてよォ!」

「――!」

自らの背に霹靂の如く迫っていた勇者…彼女の振り下ろした剣に、神具の鏡をブチ当てた。





カッッッッッッッッッッ!!!


「ぐぅっ…!」
「きゃあっ!」

先程までのとは違い、目の前で轟いた閃光と衝撃波。賢者もソフィアも、大きく怯んでしまう。周囲の地面、そこを覆う賢者の障壁には地割れの様なヒビが勢いよく走った。

「く…」

不意打ちに失敗した勇者は、軽く吹き飛ばされる。獣人は、わかっていたのだ。わかっていて誘っていたのだ。無防備に背を見せて。


―が、その絶好のチャンス、獣人は勇者に迫ろうとはしなかった。激突で痺れる腕に耐え、彼が残る二本の腕で掴んだのは…。

「得物代わりの、良いモンが手に入ったぜェ!」

なんと…装置を守っていたフリムスカの巨大な氷の柱であった。



「ゔゔヴ…ヴゔうおりゃああアッッ!」

全身から紫光を放ち、力む獣人。直後…!


ビキ…ビキキキ…ビキ…! ボゴォッッッ!


氷の柱が…今まで全ての攻撃を弾き、なお傷つくことすらなかったそれが、地面から
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