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―『何かに襲われ ―

310話 対、巨大スライム

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小石を呑み込みながらズルンズルンと地を這い迫る巨大スライムを相手に、竜崎は落ち着き払ったまま杖を動かす。

さっと描かれた魔法陣は、薄水色に光る。瞬間、迸る冷気が放たれ、何かが召喚された。

人間大の大きさをした氷の結晶が幾つも組み合わさった立体のそれは、氷の上位精霊『フロウズ』。無機質な様子のまま、ピキピキと氷特有の細かな音を立てている。

「殺せ!」
「やってくれ!」

主の言葉に、召喚獣は応える。スライムは流体の身体を伸ばし、押し寄せる津波の如く敵を包まんと襲い掛かる。

対してフロウズは結晶を瞬時に組み替え何かの力を溜める。そして―。

キュンッ!

放たれたのは一筋の青白い光線。それはスライムの片方に着弾。と…。

パキパキパキ…。

なんとスライムが氷結していくではないか。乾いた布に吸い込まれた水のように氷は全身を這い包み、スライムはまるで現代アートのように奇妙な形で凍らされてしまった。


―この程度か?―
「まだもう一匹残ってるんだ、気を抜くな」

嘲笑うかのようなニアロンを竜崎は軽く窘める。しかし、謎の魔術士は肩を震わせ笑い始めた。

「フッフッフ…」

すると、もう片方のスライムが凍ったスライムをあんぐり呑み込む。眉を潜める竜崎達を余所に、取り込んだスライムを内部でメキメキと砕いていくではないか。

「穴だらけになるがいい!」
ガガガガガガッッ!

主の咆哮に合わせ、スライムは砕かれ鋭利さを増した氷の欠片を勢いよく撃ちだす。それはまさに機関銃の如し。当たれば身体を貫かれること必至だが―。

―甘いな―

ニアロンは不動のままハンッと鼻を鳴らす。瞬間、竜崎達の正面を緑の光が立ち昇る。と…。

ビュオッ!

撃ち出されたはず氷は竜崎はおろか、さくらが隠れている岩にすら当たらない。その全てがあらぬ方向へと逸らされ、無情にも地面へと転がり、突き刺さった。

「ケェエエン!」

緑の光から現れたのは、高らかに鳴く半鳥半竜巻の風精霊『シルブ』。どうやら彼の風によって吹き飛ばされたようだ。

―さて、2対0だ。もっと来い、これで終わりなわけないだろ?―

氷と風を纏う上位精霊を従えニアロンはニタリニタリ。謎の魔術士は無言のまま更に小瓶を取り出し詠唱。今度は一気に五体ほどの巨大スライムを呼び出した。

―またか。スライムは対生物に秀でてるが、精霊相手には分が悪いのを知らないのか?―

肩を竦め、シルブ達に指示を送るニアロン。二匹の召喚獣は主に応え、迫るスライム達へと突撃していった。




先程と同じようにスライム達は凍らされ、刻まれていく。中にはまた凍った仲間を取り込んで氷の弾丸として撃ち出すスライムもいたが、やはり全てが逸らされ、辺りへと飛び散るばかり。

―遊びはここまででしとこう。清人、捕えるぞ―

「…あぁ」

ニアロンの合図に、竜崎は少し眉を潜めながらも接近を試みる。一方、隠れて見ていたさくらも同じく首を捻っていた。

なんであの魔術士は効かないとわかった技を連続して出してきたのだろうか。焦っていたならまだわかる。だが、今の彼は肩を震わせ笑っ…。

(…!?)

笑っている―。スライムが全て倒されたというのに、彼はくつくつと笑っている。何かがおかしい。そう感じ取ったさくらの耳に入ってきたのは…。

グジュル… グジュル… グジュル…

という数多の粘液音だった。



「!? 竜崎さん! 周りに!」

異変に気付いたさくらは思わず叫ぶ。謎の魔術士へと肉薄しかけていた竜崎は即座に急ブレーキをかけた。と、その瞬間だった。

ベチャァ!

竜崎の目の前で、左右から飛び上がってきた何かが盛大にぶつかり合う。それは、小型のスライム達。そのまま進んでいたら顔を取り込まれていただろう。

―ほう? 召喚した素振りはなかった。ということは…―

「ハッハッハッァ! 周りを見るがいい!」

高らかに笑う謎の魔術士。竜崎が視線を周囲に移すと、そこには地を這うスライム達が大量に蠢いていた。

その数、数百、いや数千は下らない。犬ほどの大きさのものから、手乗りのサイズほどのもの、中にはヒルのように小さいものまで。その全てがぐちゅぐちゅと音を立て蟲の大群のように竜崎、そしてさくらの足に、手に、身体に絡みつかんと迫っていた。

一体いつ、こんなに…!?  さくらは慌ててラケットを構え、岩の上に避難する。ふと、気づく。大きめのスライムの端が、少し凍っていることを。

もしかして、これ…さっき凍らされたスライム…!? 竜崎によって辺りに吹き飛ばされた破片が、溶けて動き出したと言うのか。

しかし、スライムはある程度細切れにされたら息絶えるはず。それなのに、千切られた部位全部が自我を持って動き出すとは…聞いていた話と違う…!



―ここまで細かく砕いてもそれぞれ動くとは…手強いな…―

ニアロンも想定外だったのか、唸っている。一匹一匹は大したことがないのかもしれない。だが、辺り全方向に散らばったこの状況は危険である。

この数にあらゆる方向から一斉に飛び込まれたら全てを防ぐことはできない。数個くっつき大きくなれば簡単に手足を絡めとられ、その間に口や鼻へと侵入を許してしまう。

そうなればあっという間に窒息死。しかし追い払うことに注力すれば、今度は謎の魔術士に隙を晒すことになる。

竜崎は千切れたスライムが同じ場所に集まり復活するのを恐れ、広範囲に凍ったスライムの欠片を散らしたのだろう。だがそれは逆効果だったのだ。悪戯に敵の勢力圏を広げただけであるのだから。

いや、謎の魔術士の狙い通りだったということか。彼はわざと竜崎に巨大スライムを砕かせ、有利となる戦場を作ったのだ。


「大人しくスライムに取り込まれて死ね!」

更に追加で巨大スライムを数体呼び出す謎の魔術士。中々に危機なこの状況の中、竜崎はというと…。

「昔やったゲームにこんなスライムいたなぁ」

…呑気な感想を漏らした。
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