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―元の世界へ、帰そう―

305話 告解

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「謝る…?」

首を傾げるさくら。謝らなければいけないのは、寧ろ自分のほうなのだ。今から、命を張ってもらうというのに。

彼がああ言ってくれたおかげで、さくらの心は少し落ち着いてきていた。しかし、それでもなお心の内が惑っているのは変わりない。ニアロンの責め立てから多少逃れられただけである。

むしろ、竜崎に怒鳴りつけられた方が気が楽。だというのに、彼は謝罪をしたいというのだ。意味が解らず呆然とするさくらだが、竜崎は静かに、訥々と告解を始めた。




「ごめんね、さくらさんが来た直後にこの方法を教えなくて。覚悟が決まらなかったんだ」

「え…いえ…その…」

どもるさくら。何を言うかと思えば…そんなの当たり前のことである。来たばかりの少女に、自らの命を簡単に賭けられるわけはない。今のこの状況でさえおかしいのだ。

どう謝り返そうかさくらは悩む。しかし竜崎は気にすることなく続けた。

「さっき、ニアロンが言っていたろう。『さくらさんがこの世界を謳歌できるように手を尽くした』って。それは事実なんだ。さくらさんがこの世界で暮らしていけるよう、この世界に馴れて楽しんでくれるようにね」

と、竜崎はそこで言葉を切る。そして、ゆっくりと息を吐いた。

「…正直に言おう。そうしたのは、私が『元の世界に帰ることを諦めかけていた』からなんだよ」





「この世界に来て20年。様々な場所、人、書物、魔術を探し、果てには『魔神』達にも問いかけた。しかし、帰ることが出来る方法はおろか、こちらに来た方法すらもわからないまま。最も、あのノートを見たのだから分かってるよね…」

悲しそうに、そう呟く竜崎。さくらと向き合っていた体勢を変え、装置の方を向きながら腕を足に置いた。

「最近は特に惰性になり始めていた節がある。どうせ見つからない、と。一時期は寸暇も惜しんで、目を血眼にして探したというのに…」

と、彼は少し俯く。それはまるでさくらの視線から逃れるようであった。

「そんな折、さくらさんがやってきた。…申し訳なかった。もっとしっかり探していれば、今頃帰せる方法が見つかっていたのかもしれない。あの時のさくらさんの涙を見て、そう思ったんだ」

竜崎のその言葉に、さくらはハッと気づいた。あの時の土下座、それには帰還方法の捜索を怠っていた後悔と謝罪が含まれていたということに。 

竜崎は顔を僅かに戻し、光が溜まりつつある装置を見やった。

「帰す方法は、確実かもわからないあの装置ぐらい。だから、私達は次善の策を講じることにした。それは『この世界を好きになってもらう』ことだった」



「私だってそっちの世界出身。転移時に特殊能力を得ているならいざ知らず、何も知らない、言葉も話せないままに知らぬ世界で田舎生活なんて苦でしかないのはわかっていた。だから、さくらさんに無理言ってアリシャバージルに来てもらったんだ」

…エアスト村はもう田舎ではないけどね。竜崎はそう軽く冗談を加え話を続ける。

「幸い、私はこの世界で権力者をものともしないほどの名声と力を得た。だから、それを活かしてさくらさんの居場所を作ろうと躍起になっていた。 …でも、ちょっと心配だったんだ」

「心配…ですか…?」

ようやく言葉を返せたさくらに、竜崎はコクリと頷いた。

「もし、私と同じ世界から来たことが大々的にバレたら色々なことに巻き込まれるのは目に見えていた。そうでなくとも、私の弟子とか言われたら変に期待の重圧がかかってしまうことも予測できた。そうならないか心配だったんだ」

と、彼はそこでふふっと少しだけ笑った。

「だけど、さくらさんは予想以上に強かった。色々と成し遂げた。私がつけてしまった『異世界出身』という変で無駄に重い肩書を難なく背負えるほどにね。この先、この世界で生きていくとしても花道を歩けるのはほぼ確実で、もしもの時の寄りべとなる私以外の『傘』も各所にできた」

楽しそうに、嬉しそうに。そんな様子が微かな笑顔からでも伝わってくる。しかし竜崎は直後、寂しそうに目を伏せた。

「…でも、幾つもの事件に巻き込んでしまい、結果的にさくらさんに帰りたいと言わせてしまった。本当にごめん。こうなるなら、最初からあの装置を試してみればよかったのかもしれない。それならば、怖い思いなんてすることもなかっただろうしね…」

「いえ…そんな…。 楽しかったです!今までの、何よりも。竜崎さんと一緒にファンタジーの世界を旅できて…!」

心からの、偽らざる感想をさくらは口にする。本当に楽しかったのだ。それを聞いた竜崎は、にこりと微笑んだ。

「そう言ってくれると本当に嬉しいよ。優しいね、さくらさん」





ふうっと息を吐く竜崎。それは先程までの暗いものではなく、心の重しを取り払えたかのような爽やかな息だった。

その一方で、さくらは逡巡していた。決断しなければいけない―。どちらが、生贄となるかを。


装置の危険度も、竜崎の考えも聞いた。それでもなお…いや、それだからこそなお、迷い続けていた。

そこまで自身さくらのことを思い、助けてくれた竜崎を死なせて良いものか。いいや、良いはずは絶対にない。それに、返せていない恩を返すならば、間違いなく今が最後なのだ。

彼は転移してから一年すらも立っていない自分とは違い、20年間親と離れ離れ。会わせてあげるのが、一番良い恩返し。そう考えたさくらは、死ぬかもしれないという事実を心の底に無理くり封じ込め、思い切って口を開いた。

「私が竜崎さんの代わりに生贄に…!」

「それは駄目だよ」

けんもほろろとはまさにこのこと。さくらの言葉の先を封じるように、竜崎は首を横に振った。

「さくらさんはまだ14だ。これから私より長い人生を歩めるだろうし、やり直しだって出来る。命を捨てるのは、大人の方でいい」

これ以上なくはっきりと、彼はそう言い切る。そして、無念そうに自らのお腹に手を当てた。

「それに、私は帰れない。 …帰ってはいけないんだ」
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