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―没落貴族令嬢の過去―

285話 没落貴族令嬢の救世主⑥

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宣言通り、竜崎はアレハルオ家へちょこちょこ顔を見せた。その度に泥だらけになって雑草抜きを手伝い、精霊で水を撒き、収穫を手伝った。

加えて、街へ商隊を引き入れ、畑や井戸の作成をも行った。時には他の勇者一行面子を連れ、各地の整備に尽力しもした。

その際、彼が欠かさなかったのはアレハルオ家達のイメージアップ。それとなく、しかしわかりやすく彼女達の悪い印象を消していった。

例を一つ上げるとすると、各地の整備の際メスト達をお手伝い役として連れて行ったのだ。とはいえ託される仕事は道具持ちや泥掻き、掃き掃除など、危険が無く簡単なものばかり。だがそんな程度でも、真面目に取り組むメスト達の姿は街の人達に良い印象を与えた。

「私の世界じゃこのことを『ボランティア活動』って言うんだ。奉仕活動って意味。印象向上にも効果的なんだけど、この世界でも上手くいってよかった」

竜崎はメストにそう説明してくれた。





数年足らずで農業は軌道に乗り、農地もどんどん拡大。元召使達を始めとした街の日陰者達は次第にまともな生活が出来るようになった。

だがメストの両親は家を建て替えることをしなかった。かつての戒めとして残しておくことに決めたのだ。最も、それは竜崎によって内部の穴やヒビを直してもらったからではあるのだが。

そして余裕がある分は街へ、マリウスの被害者達へと差し出した。アレハルオ家の献身的な様子に、街の人たちの陰口は次第に鳴りを潜めていった。メスト達は前を向いて道を歩けるようになっていた。


頻度こそ少し減ったものの、竜崎は変わらず訪ねて来てくれた。メストは当然のように竜崎に懐き、彼もまたそれに応えた。

「…それでシベルとマーサがいつも喧嘩ばっかりでね。この間はエルフリーデに手刀を食らってようやく収まったんだ」

学園のこと、人界のこと、勇者一行のこと…。メストは竜崎から様々な事を聞いた。それだけではない。魔術を基礎から教わり、怖い事があった時は一緒に寝てもらいもした。森で狩りをしていた際に助けてもらったこともあった。

すると、メストの性格は変わっていった。自分を殺した様子は消え去り、他者を思い、誰からも好かれるように変貌したのだ。幼少期の体験、親から教わった清き貴族の在り方、そして竜崎の優しさから構築された彼女はさながら貴公子のよう。街の子には彼女を慕いはじめる者まで現れた。


実はメストのそんな性格は、一度だけ街に泊まったとある騎士が元となっていた。

バルスタイン・フォーナー。若くしてゴスタリア王国の騎士団長を務める彼女である。万水の地へとある王命を果たしに行く途中、部隊と共に街の宿へ宿泊した。

それを手引きしたのは竜崎。彼はその際にメストをバルスタインと引き合わせた。

凛々しく美しいバルスタインにメストは瞬時に見惚れた。彼女は目指すべき目標とする人であった。バルスタインのように格好良くありたいと思ったメストの目は完全に光を取り戻したのだ。






時は流れ、メスト14歳。そのとある日の話である。

「リュウザキ先生、こちらに」

メストは竜崎の手を引き、屋敷の裏へ。そこには…。

「おー。相変わらず沢山の薔薇が咲いてるねー」
―見事なもんだ―

咲き乱れるは色とりどりの薔薇が咲いた小さな小さな庭園。今は無き薔薇園から無事だった数株を確保し、ここで育てていたのである。メストはここで竜崎と話し、魔術を教わるのが好きだった。


「青薔薇か…」

と、竜崎は薔薇の一つをじぃっと見やる。様々な色がある薔薇の中で、鮮やかな青を湛えた、ただそれだけを。

「それ、この間咲いたばかりなんです。どうですか?」

「あぁ。まるでメストのように綺麗だ」

不意を突かれ思わずボッと頬を染めるメスト。だが竜崎はそれに気づかず、青薔薇にそっと手を触れた。

「私が元いた世界では、青薔薇って存在しないんだ。『不可能』の象徴とされるほどなんだよ。薔薇好きの親戚が言っていたなぁ。もし青薔薇が作り出せたなら、それは『奇跡』の産物だって」

「奇跡…」

竜崎の言葉を、メストは反芻する。そして、習った基礎召喚術でそっと青薔薇の花を作り出してみた。

「僕の様な薔薇…」

もし、誰からも助けの手が入らなければ自分はどうなっていたのだろうか。少なくともまともな人生を歩むことは『不可能』だと信じ切り、怯えて過ごしていただろう。いや、もしかしたらもうこの世にいなかったのかもしれない。

この場で、竜崎の横にいて笑いあえるのはまるで『奇跡』のようなこと。この世界の人にとって、ただの花の一種である青薔薇が、メストには特別なものに見えた。




「そうだメスト。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

薔薇から目を戻し、メストへと顔を向ける竜崎。近くにあった横並びの椅子にそれぞれ腰かけた。

「さっき君のお父さんから聞いたんだけど、レイピアの剣術を学んでいるの?」

「はい、結構前から。父様に習っています」

こくりと頷くメスト。取り巻く環境と心に余裕が出たメストの両親は、一家に伝わっていたレイピア術をメストにみっちりと教えていた。それには理由がある。

「父様からお聞きになったかもしれませんが…リュウザキ先生、私を先生の盾として使ってくださいませんか?」

メストはそう申し出る。彼女の両親は竜崎にせめてもの恩を返すため、娘を竜崎の近衛として仕立て上げようとしていたのだ。

「あぁ。そのことはさっき聞いたよ」
―因みにだがメスト。それはお前も納得ずくなのか?―

「はい、勿論。心の底から」

かつて見た、理想の騎士と同じようにビシッと敬礼するメスト。その真っ直ぐな瞳は、親に強制されたわけではなく、自分からその提案を受け入れたということを雄弁に語っていた。

―おい、予想以上にバルスタインっぽくなってないか?―
「良いんだか悪いんだか…」

メストに聞こえないようひそひそと話すニアロンと竜崎。そして、しっかりとメストの顔を見据えた。

「とりあえず、答えようか」

「じゃあ…!」

ガタッと立ち上がり、目を輝かせるメスト。しかし竜崎の回答は…

「『断る』」




「えっ…何故ですか…!?」

思わぬ回答に、メストは立ち尽くす。そして顔を暗くした。

「いえ…そうですよね…。僕なんかでは盾になれるはずありません…。でも、それならば別の役割を…!」

「落ち着いてメスト。とりあえず座って」

竜崎はメストをどうどうと宥める。彼女が座ったのを見て、優しく言葉を続けた。

「気持ちは嬉しいけど、その選択は嬉しくない。君を盾なんかにしたくないよ」
―というか私もいるんだ。ぶっちゃけ余計なお世話だな―

けんもほろろに断られて、メストは沈みこむ。それを励ますように、竜崎はニコリと微笑んだ。

「君が広い世界を見て、なりたい者になってくれることが私にとって一番の恩返しだよ。…あ、私の護衛という選択肢以外でね」



「ですが…それならば僕はこの地を離れられません。祖父の贖罪が済んでいませんから…」

ゆっくりと首を横に振るメスト。竜崎の護衛としてついていくならばまだしも、自分のために動くなんて許されない。メストの内心には未だその思いが強く残っていた。

それを聞いた竜崎達は、小さく息を吐く。そして、諭すかのように口を開いた。

「おかしい話だ。君が犯した罪ではないのに、何故君が贖罪で人生を費やさなければいけないのか。本来ならば、『私達は悪くない』と叫ぶべきだった」

―だが、お前達の場合はそれが諍いの原因となってしまう恐れがあった。だから私達は叫ばせずに鍬を握ることを勧めた。数年間、大変だっただろうが…おかげで取り巻く環境は大分改善されたろう?―

ニアロンにそう言われ、メストはコクリと頷く。もう石を投げられることはない。街で買い物ができる。慕ってくれる子すらいるのだ。そんな彼女の頭を、竜崎は柔らかく撫でた。

「メスト。君に罪は無く、重責からも解放された。もう自由なんだ。君は君らしく、生きていいんだ」



「でも…」

わしゃわしゃと撫ぜられながら、メストは言葉を詰まらせる。その先はニアロンが継いだ。

―怖いんだな?―

「はい…」

今まで、メストは街の外に出るということをしてこなかった。彼女にとっての世界とは元領地だったところだけ。だから、怖かったのだ。知らぬ地に出て昔と同じような酷い目に遭うのが。

少し震えだすメストの両肩。竜崎はそれをそっと支えた。

「何事も一歩を踏み出すのは怖いさ。でも、怖がってばかりでは前には進めない。勇気を出して踏み出してみないかい?」

そう言うと、竜崎は一枚の書類を取り出す。メストがそれを受け取り広げると…

「これって…!」

―『学園』への入学希望書だ。私達が教師を務めている、あの、な。学園長の奴に話は通してある。望むなら特待生として編入させてくれるとよ―

「安心してメスト。君は私達が絶対に守る。一緒に一歩を踏み出そう」

差し出された竜崎の手。メストは迷うことなくそれをきゅっと握りしめた。
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