280 / 391
―没落貴族令嬢の過去―
279話 メストの思い
しおりを挟む
((マズい…!))
帰ろうとしていたさくらとエーリカは思わずピタリと足を止める。覗きをしていたことがバレたらなんと言われることか。もしメスト様から嫌われたら…!そう考えたらしく、エーリカの顔は引きつっていた。
と、続けて聞こえてきたのは竜崎とニアロンの声だった。
「誰もいないようだけど…」
―警備の兵が外通っていっただけじゃないか?―
堂々と誤魔化す彼ら。するとメストはクスリと笑った。
「先生達、嘘、ついてますね。わかりますよ。きっと正体は…」
彼女はそこで言葉を止めると、詠唱。精霊を呼び出した。すいっと隣の部屋へと入っていった精霊は覗きの下手人たちの正体をしっかり見定めてしまった。
「やっぱりエーリカ、それにさくらさんも。…先生、2人をこの部屋へ招待しても?」
((えっ…!?))
メストのまさかの言葉にさくら達は顔を見合わせる。その提案は竜崎にとっても予想外だったらしく、彼は少し困惑したように問い返した。
「別に構わないけど…無理してない?」
「はい、僕はもう大丈夫です。先生相手に隠し事はしませんよ。それに…駄目ならば、また胸をお借りしますから」
メストは普段通りの、爽やかな声でそう答える。どうやらそれで竜崎達は納得したらしい。竜崎が呼び出した精霊はさくらの指を握り、隣の部屋へと案内した。
「「失礼します…」」
ギイィと扉を開け、おずおずと部屋に入るさくら達。気分は断頭台に登る囚人である。
それを迎えたのはベッドに腰かけた竜崎ニアロン、そしてメスト。竜崎達は呆れた表情でさくら達を睨んでいたが、メストの様子は違っていた。
「恥ずかしいところを見られちゃったね」
普段のイケメンな爽やかさの中に、乙女の恥じらいを内包しているメストの照れ隠し笑顔。その可憐さに、エーリカはおろかさくらまでもがドキッと胸を高鳴らせてしまった。
ここにおいで、とメストに誘われ、さくら達は彼女の両隣りに腰かける。だが罪悪感からカチンコチンになったエーリカは、メストの腕をとることなく姿勢を正したまま。
―今度はメストの尾行か。飽きないなお前達―
少し離れたところに座り直したニアロンの揶揄に、さくら達はビクッと身を縮める。その様子をメストはフフッと笑ってくれた。
「あ、あの…!メスト様…!どうしてリュウザキ先生の元に…? いえ、リュウザキ先生は信頼に足るお方なのは重々承知なのですが…」
メストが怒っていないと判断したのだろう。エーリカは勇気を振り絞り、膝の上に乗った手をギュッと握りしめながらそう質問する。
「あ…! 勿論答えにくい事ならば無理にお答えしてくださらなくとも…。私達、メスト様が心配で…」
直後、しどろもどろになるエーリカ。メストはそんな彼女の硬く閉じた拳に優しく触れ、緩ませた。
「有難うエーリカ、さくらさん。2人共僕を案じて来てくれたんだね」
「ひゃ、ひゃい…!」
エーリカはボッと頬を赤らめるが、すぐに顔を伏せたおかげでメストには気づかれなかった。そんな彼女に代わり、さくらがもう一度問い直した。
「なんで竜崎さんのとこに…?」
「そうだね…」
僅かに表情を曇らせたメスト。だが、さくら達にならば話してよいと考えたのか、他の人達には秘密にしてねと前置きをしてからゆっくりと口を開いた。
「…実はさっきの盗賊達にされたことがちょっと夢に出てきちゃってね。いくら目を閉じようとも浮かんでくるから、先生のところにお邪魔させて貰ったんだ」
やはり先程の出来事が原因だったようだ。何と返せばいいのかわからず黙ってしまうさくらとは対照的に、エーリカはくいっとメストの袖を引っ張った。
「でも何故リュウザキ先生の元へ? 部屋にはマーサ先生がおられましたし、それこそ私に頼っていただければ…コホン! 深夜に男性の部屋に赴くなんてまるで…」
それ以上は公爵令嬢として許さないのか、パシンと手を口に当て塞ぐエーリカ。あはは…とメストは頬を掻き、釈明をした。
「なんて言えばいいかな、リュウザキ先生にお願いしないと癒されない気がしたというか…」
「…羨ましい…」
「? 何か言ったかいエーリカ?」
「いえ!なんでもありませんわ! もう…先生方も最初からそう言ってくださればいいのに…!」
感情のやりどころに困ったのか、今度はプンスカ怒るエーリカ。するとそんな彼女をニアロンが窘めた。
―そもそもお前がメストから離れないからだろうが。メスト恋しいのはわかるが、少しは自重しろ―
「なっ…!? よ、余計なお世話ですわよニアロン様!」
図星をぶっ刺されたエーリカは慌てて言い返す。いがみ合う彼女達は即座にメストと竜崎によって仲裁された。
「ぐぬぬ…」
―ったく…―
少し空気は悪くなる。焦ったさくらはそれをなんとか打開しようと、メストに一つ質問した。
「メスト先輩、竜崎さんだと癒されるって…」
おずおずとしたその問い。するとメストは顔を羞恥に染めながらも答えてくれた。
「えーと…子供の頃から先生にはお世話になっていてね。怖い事があるとさっきみたいに胸をお借りしたんだ。その時からの癖というか…」
「メスト様の過去…」
ゴクリと息を呑むエーリカ。彼女もまたメストの境遇はある程度知っているらしいが、詳しくは知らない様子。と、丁度良い機会だと覚悟を決めたのだろう。メストはとある提案をした。
「そうだね…じゃあ、僕の昔の話をしようか。 先生、構いませんよね」
「勿論、メストが良ければ。だけど…」
「無理なんてしていませんよ。エーリカとさくらさんだから話すんですもの」
にこりとそう竜崎に返したメストは、昔を思い出すかのようにゆっくりと話し始めた。
「あれは今から十年前、僕が七歳の時…。いや、もっと前から話そうか。戦争直後、僕の家、アレハルオ家が没落した時から―」
帰ろうとしていたさくらとエーリカは思わずピタリと足を止める。覗きをしていたことがバレたらなんと言われることか。もしメスト様から嫌われたら…!そう考えたらしく、エーリカの顔は引きつっていた。
と、続けて聞こえてきたのは竜崎とニアロンの声だった。
「誰もいないようだけど…」
―警備の兵が外通っていっただけじゃないか?―
堂々と誤魔化す彼ら。するとメストはクスリと笑った。
「先生達、嘘、ついてますね。わかりますよ。きっと正体は…」
彼女はそこで言葉を止めると、詠唱。精霊を呼び出した。すいっと隣の部屋へと入っていった精霊は覗きの下手人たちの正体をしっかり見定めてしまった。
「やっぱりエーリカ、それにさくらさんも。…先生、2人をこの部屋へ招待しても?」
((えっ…!?))
メストのまさかの言葉にさくら達は顔を見合わせる。その提案は竜崎にとっても予想外だったらしく、彼は少し困惑したように問い返した。
「別に構わないけど…無理してない?」
「はい、僕はもう大丈夫です。先生相手に隠し事はしませんよ。それに…駄目ならば、また胸をお借りしますから」
メストは普段通りの、爽やかな声でそう答える。どうやらそれで竜崎達は納得したらしい。竜崎が呼び出した精霊はさくらの指を握り、隣の部屋へと案内した。
「「失礼します…」」
ギイィと扉を開け、おずおずと部屋に入るさくら達。気分は断頭台に登る囚人である。
それを迎えたのはベッドに腰かけた竜崎ニアロン、そしてメスト。竜崎達は呆れた表情でさくら達を睨んでいたが、メストの様子は違っていた。
「恥ずかしいところを見られちゃったね」
普段のイケメンな爽やかさの中に、乙女の恥じらいを内包しているメストの照れ隠し笑顔。その可憐さに、エーリカはおろかさくらまでもがドキッと胸を高鳴らせてしまった。
ここにおいで、とメストに誘われ、さくら達は彼女の両隣りに腰かける。だが罪悪感からカチンコチンになったエーリカは、メストの腕をとることなく姿勢を正したまま。
―今度はメストの尾行か。飽きないなお前達―
少し離れたところに座り直したニアロンの揶揄に、さくら達はビクッと身を縮める。その様子をメストはフフッと笑ってくれた。
「あ、あの…!メスト様…!どうしてリュウザキ先生の元に…? いえ、リュウザキ先生は信頼に足るお方なのは重々承知なのですが…」
メストが怒っていないと判断したのだろう。エーリカは勇気を振り絞り、膝の上に乗った手をギュッと握りしめながらそう質問する。
「あ…! 勿論答えにくい事ならば無理にお答えしてくださらなくとも…。私達、メスト様が心配で…」
直後、しどろもどろになるエーリカ。メストはそんな彼女の硬く閉じた拳に優しく触れ、緩ませた。
「有難うエーリカ、さくらさん。2人共僕を案じて来てくれたんだね」
「ひゃ、ひゃい…!」
エーリカはボッと頬を赤らめるが、すぐに顔を伏せたおかげでメストには気づかれなかった。そんな彼女に代わり、さくらがもう一度問い直した。
「なんで竜崎さんのとこに…?」
「そうだね…」
僅かに表情を曇らせたメスト。だが、さくら達にならば話してよいと考えたのか、他の人達には秘密にしてねと前置きをしてからゆっくりと口を開いた。
「…実はさっきの盗賊達にされたことがちょっと夢に出てきちゃってね。いくら目を閉じようとも浮かんでくるから、先生のところにお邪魔させて貰ったんだ」
やはり先程の出来事が原因だったようだ。何と返せばいいのかわからず黙ってしまうさくらとは対照的に、エーリカはくいっとメストの袖を引っ張った。
「でも何故リュウザキ先生の元へ? 部屋にはマーサ先生がおられましたし、それこそ私に頼っていただければ…コホン! 深夜に男性の部屋に赴くなんてまるで…」
それ以上は公爵令嬢として許さないのか、パシンと手を口に当て塞ぐエーリカ。あはは…とメストは頬を掻き、釈明をした。
「なんて言えばいいかな、リュウザキ先生にお願いしないと癒されない気がしたというか…」
「…羨ましい…」
「? 何か言ったかいエーリカ?」
「いえ!なんでもありませんわ! もう…先生方も最初からそう言ってくださればいいのに…!」
感情のやりどころに困ったのか、今度はプンスカ怒るエーリカ。するとそんな彼女をニアロンが窘めた。
―そもそもお前がメストから離れないからだろうが。メスト恋しいのはわかるが、少しは自重しろ―
「なっ…!? よ、余計なお世話ですわよニアロン様!」
図星をぶっ刺されたエーリカは慌てて言い返す。いがみ合う彼女達は即座にメストと竜崎によって仲裁された。
「ぐぬぬ…」
―ったく…―
少し空気は悪くなる。焦ったさくらはそれをなんとか打開しようと、メストに一つ質問した。
「メスト先輩、竜崎さんだと癒されるって…」
おずおずとしたその問い。するとメストは顔を羞恥に染めながらも答えてくれた。
「えーと…子供の頃から先生にはお世話になっていてね。怖い事があるとさっきみたいに胸をお借りしたんだ。その時からの癖というか…」
「メスト様の過去…」
ゴクリと息を呑むエーリカ。彼女もまたメストの境遇はある程度知っているらしいが、詳しくは知らない様子。と、丁度良い機会だと覚悟を決めたのだろう。メストはとある提案をした。
「そうだね…じゃあ、僕の昔の話をしようか。 先生、構いませんよね」
「勿論、メストが良ければ。だけど…」
「無理なんてしていませんよ。エーリカとさくらさんだから話すんですもの」
にこりとそう竜崎に返したメストは、昔を思い出すかのようにゆっくりと話し始めた。
「あれは今から十年前、僕が七歳の時…。いや、もっと前から話そうか。戦争直後、僕の家、アレハルオ家が没落した時から―」
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。
心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。
「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。
「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる