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―閑話―

259話 男子はあの子のことが知りたい

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あくる朝の学園。クラウス・オールーンは眉を潜めながら頭をひねっていた。その理由はつい先日行ったモンストリアでの出来事にある。

獣母の遺骸盗難、先代魔王軍幹部ゴーリッチの影、獣母信奉派の謎の蜂起…。未解決の事象は幾つもあるが、彼の頭を悩ませているのはそれらではない。学園の生徒として、正確には肩を並べた友として気になることがあったのだ。

「さくらの奴…あいつって一体何なんだろう…?」



ジョージに才を認められ、それを鼻にかけていた節があったクラウス。それはさくらとの模擬戦で打ち砕かれた。終始有利であったのに、調子に乗った一瞬の隙で大逆転されてしまったのだ。

後にそれは竜崎が与えた伝説の武器『神具の鏡』の力であることは知った。しかし、それを無くしても彼女は強かった。入学したてだというのに精霊術を駆使し、代表戦の選手に選出。とんでもない大技で試合をひっくり返したのだ。

そして先日のモンストリア。自身は直接見たわけではないが、友人であるワルワスから聞いた話に思わず耳を疑った。なんと、さくらはかの風の魔神『エーリエル』と既知の仲であったのだ。そして自分達が手こずっていた…もとい手も足も出ず調査隊や先生方に任せていた巨大スライムを、機構の補助ありとはいえ一撃の元消滅させたのだという。

正直言ってその強さ、羨ましい。普段の練習にコツがあるのか、才能なのか、それとも気構え的な何かなのか。いくら考えても解は出ず、クラウスはふらふらと廊下を歩いていた。


「ん…?」

ふと、正面を見やる。遠くに見えたのはポニテ姿の少女。あの感じ、間違いない。さくらである。

「ちょっと癪だけど、直接聞いてみるか…?」

とはいえ強くなる方法を女の子に聞くのは恥ずかしい。声をかけるかかけまいか悩みつつさくらの後を追うクラウス。すると、思わぬものが目に入った。

「…あれって…」

思わず目を擦るクラウス。さくらから少し離れた壁の影、そこから彼女を覗いている人達が見えたのだ。召使の服を着た大人や、如何にも太鼓持ちといったような生徒。そしてその後ろにいたのは一際豪奢な制服を来た男子。それは―。

「ハルム・ディレクトリウス…!」


アリシャバージルの貴族、ディレクトリウス公爵家。彼はそこの子息である。少し前まで権威を振りかざし平民生徒から疎まれていたが、ある時を境にそれがだいぶ収まったことをクラウスは知っていた。一体何があったのかはよく知らないが。

そんな彼が、配下と共にさくらをつけている。普段は関わるのすら面倒で避ける相手だが、そうとなれば話は別である。クラウスは意を決して彼らに迫っていった。


「失礼、ハルム様。何をしておられるのです?」

丁寧な、しかしながら喧嘩を吹っ掛けているかのような雰囲気がにじみ出るクラウスの言葉に、ハルムの取り巻きは主を守る。しかし、当のハルムは彼の顔を見るなり顔を明るくした。

「確か…クラウス・オールーンだったな。先の代表戦、見事な活躍だったぞ。ジョージ先生に認められた剣技、堪能させてもらったよ」

にこやかに握手を求めてくるハルム。クラウスはおっかなびっくりその手を握り返した。以前ならばイラっとくる一言を確実に交えてくるような奴だったのに…。呆けるようなクラウスには気づかず、ハルムは言葉を続けた。

「丁度良かったクラウス、実は君に聞きたいことがあったのだ。君と同じ代表戦選手、さくらについてだ」


ハルムは懐から何かを取り出し、クラウスに手渡す。それは一枚の新聞だった。その見出し文を、クラウスはそのまま読み上げた。

「『竜巻を消し去り、街を救った少女』…?」

凄い子がいるもんだな。そう思いながらクラウスは文面を流し読みしていく。どうやら追悼式の翌日の出来事らしい。

「ん…?この見た目…リュウザキ先生…妙な武器…もしかして…!」

挿絵や文章からあることに気づいたクラウスはハッと顔を上げる。ハルムはコクリと頷いた。

「そうだ。この『少女』というのはあの子、さくらのことだ」




「追悼式には我が父も参加していてな。さくらが竜巻を消し去るところを間近で見ていたらしい」

ならば間違いないのだろう。ふと、クラウスは首を捻った。

「でも、追悼式に学園生徒の参加は不可になっていたはずですが…」

今年の追悼式への生徒参加は突如取り止めとなったのだ。なのに何故さくらが?と、ハルムはずいっと顔を寄せてきた。

「そこなんだ。彼女は学園生徒ではなく『リュウザキ先生の弟子』として参加したらしい。おかしいとは思わないか?さくらはリュウザキ先生がついこの間ここ学園に連れてきたばかりだ。なのに追悼式以外にも色々と付き添っていると聞く。確かモンストリアにも行っていたのだろう?」

彼の問いに、クラウスは首を縦に振る。それを見たハルムは更に弁舌を振るった。

「実力にしてもそうだ。リュウザキ先生の教え子とされる人達は全員が粒ぞろいだが、彼女は群を抜いている。絶対に何か秘密を持っているに違いない。そう、例えば出身地とかにだ」

ふと、クラウスは少し前の事を思い出す。そういえば、自分が聞いた時も適当に誤魔化された。てっきり面倒だからかと思っていたのだが、もしかしたらあれは何かを隠していたのかもしれない。

「前に探ってみたのだが、何も情報を得られなかった。もしかしたらどこかの王族の娘だったり、由緒正しい魔術士の家系なのやもしれない。いやあるいはリュウザキ先生の子…」

「いやそれはないでしょう。顔全く違いますし」

発想を飛ばすハルムに、クラウスは思わずツッコミを入れた。





「ということでさくらを追っていたのだ。彼女の普段の生活態度を見れば何か手がかりを掴めるかもしれんからな」

なるほど、彼らがさくらを追っていた理由はわかった。ハルムもまた、直接聞く勇気がないのだろう。聞いたところで答えてくれそうも無し。にしてもこんな真似…。渋い顔を浮かべるクラウスに、ハルムは耳打ちをした。

「なあクラウス。お前も気にならないか?彼女の秘密」

ぴくっと顔を動かしてしまうクラウス。そう、彼も丁度そのことを気にしていたのだ。それに目敏く気づいたハルムは畳みかけた。

「一緒に探ってみないか?お前が参加してくれるととても心強い」

魅惑の一言。標的が女の子というのは少々あれだが、誰かを追跡するのは冒険心がくすぐられもする。すぐさま了承しそうになったクラウスは、辛うじて一つの条件を突きつけた。

「なら、取り巻きの皆さんを解散させてくれませんか? さっきから周りの皆に凄く見られていますよ」





「気づかなかった…」

慌てて配下を解散させたハルムは恥ずかしそうに溜息をつく。公爵子息、大所帯、壁に隠れて謎行動…そう、ハルム達は道行く人々の目をめっちゃ引いていたのだ。少し可哀そうに思えた彼をクラウスは慰めた。

「尾行をするならば出来る限り少人数で動くべきみたいですよ。…モンストリアに共に行った女子達が言っていたことですけど」

「そうなのか…。ところでクラウス、タメ口にしてくれないか?」

「えっ?」

「それとも私が敬語になった方が良いか? ちょっと練習してみたいんだ。平民と同じ視線に立っての話し方というのを」

一体どういった心変わりなのだろうか。公爵子息に敬語で話してもらうわけにも行かず、クラウスはタメ口で話すことを恐る恐る了承した。






別の廊下。歩いている2人の教師。それは回復魔術講師シベルと、竜崎だった。

「シベル、傷は大丈夫なのかい?」

少し不安気な竜崎。シベルは勢いよく肩を回してアピールした。

「あれぐらい問題ありません!完全復帰です!マーサの奴に弱みを見せるわけにも行きませんからね。ほら、傷口も消え失せていますよ」

袖を捲り、竜崎に見せるシベル。体毛こそ剥げてしまっているものの、傷があったとは思えない治り具合だった。それを見て安堵する竜崎に、シベルは問い返した。

「それより、リュウザキ先生は宜しいのですか?モンストリアの一件は…」

「それがね。私やグレミリオ先生、ジョージ先生は普段通りの教員生活をしてくれって賢者様が。皆を不安にさせないようにするためにだって」


―ん?おい清人。あれ―

と、ニアロンがどこかを指さす。竜崎達がそちらに目を向けると、反対側の通路をさくらが歩いていた。

が、その後をこそこそとつけている者が。ハルムとクラウスである。

「…何してるんだ?」

―どう見てもさくらを尾行しているんだろ―

「とっ捕まえて話を聞いてみますか?」

逸るシベル。竜崎はそれを抑えた。

「うーん…気になるところだけど以前みたいに危害加えそうな様子じゃないし…少し様子を見てみようか」

―もしかしたらさくらがモテているだけかもな―

とりあえず一旦保留にし、その場を去る竜崎達。彼らは気が付かなかった。背後に1人の生徒がいたことに。そしてそれが…

「兄様…?」

ハルムの妹、公爵令嬢のエーリカ・ディレクトリウスだったということに。
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