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―はじまりの村へ―
77話 夜は更け、思い出語りは一旦おしまい
しおりを挟む―…あの時は本当に必死だったな。クレアが駆けつけてくれなければどうなっていたことやら―
「本当に驚いたわ。生贄になったはずの清人が血まみれになって、髪の色が変わって這い出てくるんだもの。おまけに『洞窟の魔物』まで連れて」
かつてを懐かしむニアロンとクレア。竜崎が生きているとわかっているものの、ニアロンの話をドキドキしながら聞いていたさくらは胸を撫でおろした。
良かった、助かったらしい。…いや当の彼本人は『洞窟の魔物』―、もといニアロンに酔っぱらわせられて、別の部屋で爆睡してるのだが。
なにはともあれ、生贄の一件は落着。さくらがそう思っていると、ニアロンは肩を竦ませた。
―とはいえ、暫くは村の隅に追いやられていたがな―
「どういうことですか?」
眉を潜め、問うさくら。するとニアロンは、フッと息を吐きつつ問い返してきた。
―なに、簡単な話だ。感染性の病気に罹った人が居たらどうする?―
「えっ…」
そう言われ、さくらは自分がインフルエンザに罹った時のことを思い出す。ああいう時は確か…。
「…隔離されます」
―その通り。いくら無力化したと私が言ったところで、過去には犠牲者を出している呪いだ。村人達がすぐに聞き入れてくれるわけもない―
やれやれと手で示すニアロン。そして、残念そうに続けた。
―それ以前に、恐怖の対象である『洞窟の魔物』の言う事なんて誰も信用してくれなくてな。清人は村はずれにある小屋に隔離されたんだ―
なるほど。確かにそうなってしまうのだろう…。多分、自分も村人の立場だったらそうしていたかも―。さくらがそんな風に思っていると、クレアも溜息交じりに口を開いた。
「本当は家に連れて帰りたかったのだけど…皆、村に呪いが近づくのを嫌がって。仕方ないからお医者様に怪我の処置をしてもらっている間に急いで小屋を掃除して、私と両親で彼を運び込んだのよ」
回想する彼女は、どこか不満そうな顔。そしてその表情の真意を吐き出すように愚痴った。
「酷いことに村の皆は怖がって手伝ってくれなかったわ。命を救われた立場だというのにね」
と、そんなニアロンとクレアは、お茶をぐいっと煽る。色んな思いを飲み下すように。そして、ニアロンが改めて懐古を。
―清人はそれから数日ほど…結構長い間は目を覚まさなかったな。その間の食事は大変だった―
「どうやったんですか?まさか、口移し…?」
さくらが思わずしてしまったそんな問いを、ニアロンは噴き出しながら一蹴した。
―意識もないやつにそんなことをしたら喉に詰まらせるだけだろ。 私が食べて、栄養を直接流し込んでいたんだ。あいつが死なないように治癒魔術とかをかけながらな―
「ご飯を運ぶ役目も私がやったの。 けど、途中からニアロンは『質より量だ』って言い始めて。仕方ないからお肉の丸焼きとか寸胴一杯のスープとかを日に何度も持っていったのだけど…それを即座に平らげて寝てる清人の中に戻っていくニアロンの姿は、何とも奇妙な図だったわね」
クレアも当時を思い出し、クスクスと笑う。ニアロンはちょっと言い返すように、さくらに真相を説明するように語った。
―仕方ないだろう。洞窟内で岩清水のように漏れる魔力だけで永い間生きてきたんだ。清人に与える分の栄養も魔力も、当時の私にはなかった。寧ろ、奪うだけでな。 隔離されている現状、食べ物から魔力を摂らなければ清人はおろか、私も死んでいたさ―
茶化すな、と言わんばかりに軽く頬を膨らませる彼女。そして仕返しをするように、意地悪な表情をして続けた。
―それを何日か続けた後、清人はようやく目覚めたんだ。あの時のクレアの喜びようは凄かったな―
「あら、それはニアロンも同じでしょう。2人揃って抱き着いたくせに」
…仕返しが反射してきたニアロンは、恥ずかしそうにコホンと咳払い。誤魔化すように話を戻した。
―それでも村人達は清人を認めようとしなかった。当然といえば当然だがな。中には呪い通り、生きた屍になったと思ったやつもいたらしい―
だから、意識が戻った後もずっと小屋住まいだった。 そう語った彼女は一つ、幸いだと言うように付け加えた。
―ま、そのおかげでゆっくり言葉を教えることができたから良かったが―
「竜崎さんもニアロンさんから言葉を教わったんですね」
かつて自分がしてもらったことを思い出し、さくらはそう口にする。その言葉にニアロンは頷いた。
―正確には私とクレア、だけどな。あれは根気のいる作業だったよ。起きているうちはクレアと共に言葉を覚えさせ、寝ているときは手探りでお前へやったように睡眠教育。 けどその甲斐あって、あいつはすぐに喋れるようになったよ―
カラカラと笑う彼女。すると、さくらへずいっと顔を寄せた。
―それでな、あいつがひとしきり言葉を覚えた後、なんて言ったと思う? 自分の境遇、愚痴、なぜ生きているかの疑問、私の正体…。 いくらでも聞きたいこと話したいことはあったろうに、そんなんじゃなかったんだ―
そう問われ、答えられず困惑するさくら。それをからかうように笑うニアロンと、『わかるわけないでしょ…』と呆れるクレア。
結局解は出ず、なんなのかをさくらは問う。するとニアロンは、にやりと答えた。
―『次は魔術を教えてください』だ―
怪我の痛みも冷めやらず、様々な思いに包まれている中、そんなことを…。さくらが驚いていると、ニアロンは更に教えてくれた。
―理由を聞いてみると、『魔術がある世界に来たなら、魔術を覚えなければ意味がない』ってな―
…なるほど。それを聞いてさくらの思考も氷解した。 だって、その気持ちは痛いほどわかるのだから。自身も気持ちが落ち着いたらすぐに学園についていったのだし。
―とはいえ私は誰かに魔術を教えたことなんてない。いや、あったのかもしれないが洞窟に閉じ込められる以前の記憶は靄がかかっていてな―
自分の頭をわしわし掻くニアロン。そして思い返すように続けた。
―だから何を教えるべきか迷ったんだが…丁度クレアが精霊石を持ってきてくれたからそれで精霊術を教えることにしたんだ。生贄を誘う際にも使っていた魔術で、手慣れていたからな―
「『精霊術士』竜崎誕生の瞬間ね」
クレアがそう茶々を入れる。それにさくらも乗じた。
「じゃあニアロンさんは『竜崎先生』の先生ということなんですね!」
―…まあ、そういうことだな―
ちょっと照れるかのようなニアロンは、まんざらでもなさそうであった。
ふと、今度はクレアが切り出す。 彼女は両手をポンと合わせて、さくらへ微笑んだ。
「そうそう、昼間のさくらちゃんの授業、あれで当時の清人を思い出しちゃったわ」
「へ?」
「当時の子供達…今は皆とうに成人しているけど。 彼らの間で、『呪いから生還した人』と『洞窟の魔物』は大人気だったの。怖いものみたさもあって、親に隠れてニアロン達の元にちょくちょく顔を出していたのよ」
どこにでも、怖いもの知らずの子供はいるらしい。さくらはそれを聞いて、ちょっと苦笑い。…自分の転移理由も、その無謀さだったし…。
「清人はそんな子供達を呼び寄せて、習いたての魔術を教えていたの。まさに青空教室ね。 こそこそしていた子供達が突然魔術で水を作り出したり、火を起こしたりしはじめて大人達は皆びっくりしてたわ」
楽しそうに笑むクレア。それに続き、ニアロンも笑った。
―確かにあいつの先生としてのキャリアは、そこが始まりだな。当時は私から教わった魔術を復習がてら子供達に教えていただけだが。あれから20年か、あいつも立派になったもんだ―
ニアロンはしみじみと、嬉しそうにそう呟く。そんな彼女にクレアはツッコミを入れた。
「あら、当時から立派よ。賢者様に見出されるまでは村の警備を買って出てくれたり、井戸を掘ってくれたり。 それだけでも有難かったけど、あの戦争から帰ってきた後には上位精霊を駆使して森を開墾し、山にトンネルを作り、アリシャバージル道中への宿場町として成り立たせてくれた」
竜崎の偉業を諳んじるような彼女。そしてさくらへ、彼への誇りと敬意、思慕を伝えるかのように再度微笑んだ。
「おかげで皆贅沢な暮らしができるようになったわ。エアスト村一同、感謝してもしきれないぐらいだもの」
「ただいま~」
―と、丁度クレアの夫が帰ってきた音が。どうやら本日の宴会は終わったらしい。さくらが時計を見てみると、既に夜中であった。
「お帰りなさいあなた。随分と飲んできたわね」
「リュウザキさんは?」
「もう寝たわよ。かなり酔っぱらってたけど、何飲ませたの?」
夫の手伝いをしながらそう問うクレア。すると彼は、凄い物を見たと言わんばかりに答えた。
「ニアロンさんが樽酒丸々飲み干したんだよ」
「え!? 清人、明日大丈夫かしら…」
一気に心配するような声となるクレア。さくらもびっくりしてニアロンを見やると、彼女は顔を背けて口笛を吹くような素振り。
…想像以上にとんでもないことをしていた。そして、竜崎が案外酒が強い可能性が浮上してきた。
もはや何も言えずに呆れ果てるさくら。クレアは夫を風呂へと向かわせながら、そんな彼女に一言。
「そうそう。旦那と私をとりもってくれたのも、清人だったりするのよ」
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