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―はじまりの村へ―

69話 エアスト村①

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アリシャバージルから始まりの村へ。さくらはその景色を、竜の席に身を委ねながらぼうっと眺めていた。


あの時、初めて異世界の空を飛んだ時の景色が、今度は逆方向に動いている。そう思うと、得も言われぬ感覚が身を包んだのだ。



そして空を飛ぶという行為も、こちらに来てからそう経っていないというのに慣れたもの。最初は少し怖かったというのに。乗り物がフワフワではないのが少し残念である。




…もしかしたら、竜崎さんはそれも考えていたのかな…? ふとさくらはそんな事を考えていた。


硬い鱗の竜とかよりも、柔らかで気持ちいいタマの毛に包まれていた方が、気が休まる。混乱していた自身のためかもしれないし、怯える私のためだったのかもしれない。


とはいえそれは竜崎さんのみぞ知るところ。…けど、そう考えてくれたら嬉しいし、事実そうだったのかもしれない。 そんなちょっとした想像を、彼女はしていた。






 

「見えたよ、エアスト村だ」


ふと聞こえた竜崎の声に、想いを巡らせていたさくらは身を起こす。あの時…初めての時は恐怖もあり、そもそも灯りも少なく村の全容を知ることができなかったため、一度見ておきたかったのだ。


そして、とうとう目に入ってきたその全貌に、さくらは声をあげた。



「これが、私が転移してきた村…! …村で良いんですか?」





改めてみると…、そこは村というには余りにも大きい。当然王都アリシャバージルほど大規模ではないが、石畳がひかれ、建っている建物もかなり立派である。


そして往来する人もかなりの数。宿屋が軒を連ね、盛況さは他都市とも劣らない。かつて魔界でみた小さな村と比べると、村というよりは街である。



「元々はほんとに小さな村だったんだけどね、色々発展してここまで大きくなったんだ。今は、あの山脈の向こうからくる人々の宿場町として栄えているんだ」


竜崎が指さした先には、雲を突き抜けるほどの高い山々。さくらは気になり聞いてみる。


「向こう側には何があるんですか?」


「国が幾つかと、海があるから島々もあるね」


「えっ!海あったんですか!?」



つい驚いてしまうさくら。するとニアロンは肩を竦めた。


―そりゃあるだろ、エナリアスが聞いたら機嫌悪くするぞそれ―


「海ならもうちょっと近い場所に良い海岸があるから、機会があったら今度連れて行ってあげるよ。 さあ降りるよ、掴まって」



竜崎に促され、さくらは彼にしっかり掴まるのだった。












竜の発着場に降り立つと、1人の女性が迎えてくれた。勿論それは、クレアであった。


「清人、よく来てくれたわ。お帰りなさい」

「ただいま。…やっぱりこの挨拶はおかしくないか?」


ちょっと恥ずかしそうな竜崎に、クレアはクスリと微笑む。 そこに、ニアロンも加わった。



―元気そうで何よりだ、クレア―


「ニアロンもね。さくらちゃんは?」


「ここです! お久しぶりですクレアさん!」



クレアへ飛び込むように駆け寄るさくら。すると彼女は、ちょっとびっくりした、嬉しそうな表情に。


「あら!もう言葉が話せるの?」


「はい! あの時はお世話になりました。クレアさんが話しかけてくれなかったらどうなってたか!」


「それは良かったわ。なにせそちらの言葉は何年も前に教わったきりだったから。通じてるか不安だったけど、お役に立ててなによりよ」


クレアに頭をよしよしと撫でられ、さくらは母親のことを思い出す。元気にしているかな…。そう考えたら、ちくりと胸が痛くなってしまった。











「どれくらい滞在できるの?」


「授業は代理の先生に任せてきたから数日は。それで今回は何をすればいいんだい?」


「まあまあ、それは後々。長旅で疲れたでしょうし、休んで休んで」



竜崎とそう話ながら、クレアはさくら達を家に招待する。さくらにとってもここにくるのは久しぶりである。




応接間に案内され、美味しいお茶を頂く。そこで竜崎は、クレアにさくらの冒険譚を語っていった。



「へえー!大活躍だったわね!」


「来たてだというのにすごいものだよ。ゴスタリアを救い、ドワーフの国に知恵を貸し、貴族に認められる。俺なんて、同じころは言葉覚える練習をしてただけなのにね」



歓談する彼ら。そんな中へ、さくらは恐る恐る口を挟んだ。


「褒めてくださるのは嬉しいんですけど…いいんですか竜崎さん、ゴスタリアの一件教えちゃって…?」



国家機密にも等しい情報を、一部とはいえ容易く話す竜崎に少々不安を感じていたのだ。しかし帰ってきた答えは―。


「いいよ、クレアだから」


である。完全に信頼しきっているようだ。そして、当のクレアも…。



「けど、『例の火の精』とやらがさくらちゃんだったとはねぇ。結構話題になっていてね、その話を聞いたハンターやら調査員やらが山向いからわんさか来てるわよ。 さっきもその話で盛り上がっていた人がいたし、これからはその話を聞く度、笑いを堪えるのが大変ね」



実に楽しそうに、しかして絶対に秘密を守ると言った様子で笑うのであった。










「それで、要件は?」


ある程度話も落ち着き、竜崎が再度切り出す。 ―と、丁度呼び鈴が鳴った。クレアはその応対に向かうが、すぐに戻ってきた。



「やっぱり無理みたいね…。実はトンネルを掘ってほしかったんだけど、こんな早く着てくれると思わなくて。まだ準備が終わってないのよ」


ちょっと謝るように説明をするクレア。そして、付け加えた。


「今、明日になれば用意が整うって今報告がきたわ。それまでは、ね?」


「そういうことか。わかった」


すぐさま納得した様子で頷く竜崎。しかし、さくらだけ話に追いつけていなかった。




「トンネル、ですか…?」


「そうなのよ。今あるトンネルだけだとが足りなくなっちゃって」


平然と答えるクレアに、さくらは呆ける。そもそもトンネルって、個人に依頼するものではないのでは…?



「となると明日までは暇だな」



しかし、依頼された竜崎はそんな調子。彼がどう掘るのかは見当もつかないが…とりあえず明日までは自由行動だということは理解した。

故に、半ば思考放棄気味となったさくらは、元気よく手を挙げた。


「じゃあ、観光してみたいです!」












「ここですここ! 私はここに落ちてきたんです!」


竜崎を連れ、来た場所は街の広場。あの時と変わらず人がガヤガヤと集まっている。露店は盛況、吟遊詩人が語らい、人々の憩いの場になっている。



「ほんとに同じ場所なんだね。私もここに落ちてきたんだ。 最も当時は、ここ森の中だったけど」


しげしげと眺める竜崎。彼のその一言で、さくらはある物に気づいた。



当時彼女が背にしていた広場の中心部、そこにはその場全体を見渡すように銅像が立っていたのだ。


そこの説明書きには、確かに『勇者一行が1人、術士リュウザキの降り立った地』の文字が。揃って同じ場所に転移とは…偶然にしては出来過ぎている気がする。





さくらはゆっくりと銅像を見上げる。そこには、ローブを羽織った若い青年が象られていた。

そしてそれに乗っかるように象られているのは、見覚えのある童女の姿。というか今、横でふわふわと浮いている―。



「これってニアロンさんですよね? ということは、この像ってやっぱり…」


―今更か。これは若い時の清人を模した銅像だ―


「本当は作るの止めてほしかったんだけど、村興しに使うから是非って言われると断れなくて…」



頬を掻き、照れくさそうにする竜崎。しかし、この効果はあったのだろう。村は見事に繁栄しているのだから。









その後も、色々と街を巡ってゆくさくら達。 その道中の出来事である。


「おや! リュウザキくん! ―いや、リュウザキ先生! お久しぶり!」


「あ、マイクさん! お久しぶりです。 …普通にくん呼びで良いですって」


「そうもいかないよ! 様付けと敬語を嫌がるんだから、せめて『先生』呼びさせてくれなきゃ!」



突然、竜崎へと親し気に話しかけてくる物売りの中年ほどの男性が一人。竜崎も知り合いらしく、笑顔で挨拶をする。



そしてさくらも、その人物には見覚えがあった。転移してきた際、心配そうに手を差し伸べてくれた一人である。



「おぉ! そちらは、確か…さくら、ちゃんで合ってる?いやあの時はごめんね。困らせちゃって」


「いえ、こちらこそごめんなさい…! 言葉が分からなくて…」


「いやいや!気にしないでくれって! そうそう、あの後、カミさんに散々絞られちゃってね。『焦っていたとはいえ、女の子の持ち物を勝手に持ってくな!』って!」



悪かった…!と再度謝ってくるマイク。あの時防犯ブザーを持って、クレアを呼びにいってくれたのは彼だったらしい。寧ろ、そのおかげで助かったのだが。



「そうだ!お詫びがてらこれどーぞ。美味しいよ!」


ふと思いついたらしく、マイクは持っていた箱を開く。そこには、飴細工を上位精霊の形に練り上げたお菓子が。ちらりと箱の横を見ると、『リュウザキ様認定!そっくり精霊飴!』の文字も。


どうやら彼、飴売りをしているらしい。 そして吟遊詩人の如く、かつての竜崎のエピソードを皆に語っているのだろう。誇りと敬意を胸に。





折角だからと、さくらは水の上位精霊ウルディーネのを貰った。…しかしこれ、クオリティがすごく高い。 腕前もそうだが、現物をまじまじ見てなければ作れないとわかるほどに。


きっと、竜崎に見せてもらったのだろう。因みに竜崎とニアロンも、それぞれ飴を貰っていた。



「もしリュウザキ先生みたいに有名になったら、この村のこととかこの飴のこととか、もっと宣伝してくれな!」


冗談交じりに笑うマイク。そんな日も意外と近いのかもしれない。ここ最近の出来事から、そう思ってしまうさくらであった。










「へえ、観光を。 リュウザキ先生がいない間、ここも色々変わってるしねぇ。 ―あ、どうせなら久しぶりにあそこ覗いていったらどう? …さくらちゃんにも、懐かしいんじゃない?」



最後は声を潜めるようにし、どこかを勧めてくるマイク。 しかし竜崎はそれでわかったらしく、あからさまに微妙な顔を浮かべた。


「あそこですか…行くと気恥ずかしくなるんですよね…」


―どうせ暇だ。さくらを連れてってやれ―


その背中を叩くように、悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべるニアロン。彼女もわかっているらしい。


「えー……」


竜崎は、いつにも増して渋っていた。











結局竜崎は了承し、やってきたのはのは小さな建物。村の記念館のようだ。そしてその看板を見た瞬間、さくらは彼が渋っていた理由がわかった。


「リュウザキ記念館…!」



そう、竜崎を讃えるための記念館だったのだ。銅像を建てられるのを恥ずかしがっていた彼が連れてきたがるわけがない。現に今も、ものすごく複雑な表情をしている。




とりあえず、中へと入る。そこに展示されているのは、学ランや鞄。筆箱や教科書、ファンタジーものと思われるライト小説などなど…全部、元の世界の道具だった。


しかし、軒並み古い。さくらの父親が使っていた物と同じぐらい昔のものである。中には、今も現役で売られているものもあるが。



―清人が転移してきた際、持ってきたものだ―


「学校に行く途中で、急に転移してきちゃってね」



そう教えてくれるニアロンと竜崎。 もしや自分の物も、皆に正体がバレたらこんな風に飾られるのか。そう考えたさくらは、なんか不思議な気分となった。


というか…異世界の服や異世界の文字が大変珍しい物だというのはわかるが…、自分の父親世代のものや今でも普通に使われている道具類がこうも厳重に飾られているのは、なんともシュール。


次第に、さくらも妙に気恥ずかしくなってきた。 そして当の竜崎本人も居心地があんまり良くないようで…彼はどことなくそわそわし続けていた。






そんな展示から離れ、奥の方に。そこには『英雄リュウザキの足跡を辿る』と銘打たれたコーナーが。


そして一番目立つ位置に、大きく引き伸ばされた一枚の写真が貼られていた。



「竜崎さん、この写真って…」

「あぁ、『勇者一行』当時の集合写真だよ」



そう聞き、さくらは食い入るように見つめる。写っているのは若き青年竜崎と、今とほぼ見た目が変わらない老爺姿な賢者ミルスパール。


そしてさくらよりほんの僅かに年上っぽい快活そうな女の子と、美しいダークエルフの女性が並んでいた。竜崎は指さしつつ教えてくれた。


「この女の子が『発明家』ソフィア。そしてこの女性が『勇者』アリシャだよ」



この写真より20年。既にソフィアは子を授かり、竜崎はアラフォー。そしてこの世界のエルフは長寿ではなく、ある程度の若々しさを保つ種族だということは以前聞いた。


なら、この勇者も今は見た目が変わっていたりするのだろうか。いずれ会える日が来るといいな。さくらは未だ会わぬ彼女へ、想いを馳せるのであった。










そんなさくらが目を移すと、壁に貼られているのは竜崎が成し遂げた数多の功績についてであった。無論エアスト村関係だけではなく、勇者一行として活動していた頃の実績まで書かれていた。



どこどこの村を救っただの、幾多のゴーレムを屠っただの、高位精霊と契約を結んだ唯一の人物だの…大仰な絵と共に、びっしりと解説されていた。



「これって全部本当なんですか?」


「うん、一応ね。どこにも角が立たないようなエピソードを選ぶのは少し大変だったよ」



なんとはなしにさくらが問うと、竜崎はちょっと妙な台詞を口にする。詳しく聞いてみると―。



「勇者一行の伝記に皆が書きたがったのは『予言を受け魔王軍を倒した』という点や『幾つもの戦線を打ち破り勝利へと導いた』という点が主でね。そこらへんを詳しく書くと、未だ存命で今は静かに暮らしている元魔王軍の人々や、その子孫に迷惑がかかる可能性があったんだ」


―ならばいっそのこと詳しくは語らず、当たり障りのない話だけ残す方が良いと清人は判断したんだ。 話すべきじゃない内容だって、幾多もあるしな―



そう思い返すように語る竜崎とニアロン。 英雄には英雄にしかわからない悩みがある。2人の顔から、それをひしひしと感じとったさくらだった。
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