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―魔界へ―

34話 水の精霊ウルディーネと高位精霊エナリアス

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「はーい、こっちですよー」

杖の先に取り付けた旗をふりふり。竜崎は村の人達の先頭に立ち、万水の地まで案内をしていた。その絵面はまるで『〇〇村ご一行様』のツアーコンダクターのよう。

さくらやメスト、卒業生2人も護衛を兼ねて参加していた。件の犯人であるベルンは安全のため卒業生の間に挟まれており、さくらは他の村人達のまとめ役。メストは子供達に囲まれていた。



村を出立する前、牢から出されたベルンは何よりもまず生贄にあった青年及び関係者全員に謝罪をした。地面に頭を擦りつけ、涙しながら、泥だらけになりながら自らの至らなさを悔い、この先贖罪に生きることを宣言した。さしもの気迫に誰も罵倒を飛ばすことなくその場は静まり返った。

そんな彼を立ち上がらせたのは生贄となった青年だった。無論その程度で仲直りとはいかないのは誰の目にも明白だったが、彼が多少の赦しをベルンに与えたことは確かであった。生贄の青年は竜崎のほうを振り向く。

「リュウザキ様、お願いがあります。私も魔王軍に入れてくださいませんか?」

突然の要望である。誰にも話していなかったのだろう、彼の親や友達を含めた皆が驚く。すると竜崎は落ち着き払って彼に問い直した。

「もし君がこの子、ベルンに対して一抹でも罪悪感を抱いてそれを決めたのならば、その必要はない。君は被害者で、彼は実質の加害者だ。それ以外の理由があるならば話は別だけど」

あくまで悪いのはベルンと言い切り、それでもなお言葉の先を問う竜崎。生贄の青年は確かな決意を感じさせる声で語り始めた。

「私はこの一件、騙されておりました。神の怒りとして雷雨を受け入れ、生贄をも承諾してしまいました。もし、私達に知識と力があればこの一件を止めることができたと思います。 …ベルンの様子に気づいてやれなかった罪悪感も確かにあります。ですが、彼と共に魔王軍で学び鍛えることで村の皆を守ることができる、そう考えました!」

一度は殺そうとした相手と共に行かせるのは不安なのか、どよめきが漏れる。だが青年は頑として譲らなかった。竜崎はそれを見て頷いた。

「わかった、君達用に推薦状を書き直そう」



それが朝の出来事。さくらがそれを思い出していると、先頭の一群の足が止まった。どうやら到着したらしい。竜崎の声が聞こえてくる。

「はい、ここが『万水の地』の入口です」

村民達の人数報告を待つ間、さくらはその入り口をみやる。入口というよりは滝、なだれ落ちる雨と水煙によって先は一切見えなかった。空も不自然に雨雲が揺蕩っている。村を出立する際、全員濡れてもいい恰好に着替えたほうがいいと言われ慌てて適当な服を見繕ったさくらだったが、これなら水着を買ってくればよかったとつい不満が漏れてしまう。まあ水着でなんとかなるようにも見えないが。

人数確認が済み、竜崎はニアロンと共に全員を取り囲むように障壁を張る。

「さぁ入りますよ、離れないようにしてくださいねー」

竜崎を先頭に全員が恐る恐る足を踏み入れる。傘代わりに張られた障壁に雨は防がれるが、何分透明なため叩き付つける水が全て見え、少々恐ろしく、うるさい。まるで洗車機に入っている気分だ。

少し進んだ先で一旦停止の合図がでる。予想外のことが起きたらしく、竜崎が首を傾げる。
「あれ、この辺りまでくれば雨は止んでいるはずなんだけど…」

彼は手に小さな魔法陣を作り出し、何かを呼び出す。さくらの位置からは残念ながら何かはよくわからない。

「なんでここまで雨降っているの?え、気分? 一旦晴らしてもらってもいい?勝手にやっちゃっていいの?」

雨音の騒がしさでよく聞こえないが、誰かと通話しているようだ。竜崎は魔法陣をしまうと杖から旗を取り外し、空に向け掲げる。杖先からは昨夜見た光が放たれた。

光は雲に着弾。それと同時に空に穴が開き、青空が見える。柱のように光が差し込むも、すぐに周りの雲に包まれ元通りになった。

「やっぱりこの程度じゃダメか」

障壁の維持をニアロンに任せ、竜崎は杖をバトンのようにくるくるくると回す。杖先に光が溜まり、少しづつ大きくなっていく。綿あめを作っているみたい、さくらがそう思っていると、光はどんどん大きくなり大玉転がしに使う玉並みの大きさになっていた。そして…

「よいしょっと!」

竜崎はその大玉を空の雨雲に向けて打ち出した。

雨を切りながら空に突き進む光球は雲にぶつかると爆散。それと同時に空を包んでいた黒い雨雲は蜘蛛の子を散らすように霧散していった。後に残ったのは綺麗な青空と輝く太陽。

雨が晴れ、ようやく先が見通せた。その場にいる全員から歓声があがる。

「「おおー!!」」

今いる地点より先に地面はなく、あるのはどこまでも満たされた青き水。海だと紹介されてもまず信じるだろう。さざ波が小気味よい音を立て、日光に照らされ水面がキラキラと硝子のように輝いている。なるほど、ニアロンが泳ぎたがった理由もわかる。

「あれ?」

さくらはあることに気づく。遠く、水平線と同じ位置辺りに山のようなものが見える。白くそびえるそれはまるで―

「氷山?」

「お、よく気が付いたね。万水の地には氷の高位精霊達もいるんだ。ここまで来てくれればいいんだけど、少し距離あるし、晴らしすぎちゃったからなぁ…」

やりすぎた、竜崎はと煌々と輝く太陽を眩しげに見上げた。



バッシャァン!と音を立て、水の中から何かが飛び上がる。サラマンド並の巨大さ。細長い体についた鱗に光が当たり、虹色に輝いていた。頭からは赤く長い角のようなものが出ている。水神として崇められる龍はこんな姿なのだろうと思える顔つきをしていた。

「あれがウルディーネ。水の上位精霊だよ」

ウルディーネは一声鳴くと、すぐに水の中に姿を消す。なにかの合図だったらしく、竜崎は展開していた障壁の形を壁のように作り替え、さくら達の前に張る

「ニアロン、そっちは頼む」
―あぁ。任された―

突如、水面が大きく盛り上がる。山のように膨れ上がった水は大きな津波となり広がっていく。人どころか大きめの建物すら飲み込むであろうそれは当然竜崎達のほうにも勢いよく向かってきた。

「えっ!ここにいたらまずいんじゃ!」

さくらが必死で竜崎に訴えかけるが、彼はさくらを障壁内に押し戻し、単独で障壁外に出ていった。

「あぶないからそこにいてね。ニアロン、出来た?」
―出来てるぞ―

先程から何か力を溜めていたニアロン。その両手には渦巻く何かがまとわりついていた。

「せーの!」

掛け声と共に力強く竜崎が飛ぶ。いや正確には地面を蹴り波に向かってジャンプ、突撃をしたのだ。そんな彼を飲み込まんと目の前まで迫りくる大波、あわや飲み込まれる―!

―はっ!―

波と竜崎がぶつかる瞬間、ニアロンが波を殴りつける。轟音と共に大穴が空き、そこから波は砕けていった。さくら達の元に届いたのは水しぶきのみ、それも障壁によって止められ濡れることはなかった。

竜崎は反動で水の中に落ちる。が、水下に控えていたウルディーネに掴まり戻ってきた。びちょびちょになった彼は、泳ぎたがっていた霊体に問う。

「これで水浴びしたことにならない?」

―満足したと思うか?―

「だよなぁ…」



「相変わらずね、2人とも」

と、どこからか声が響く。ただし声の主を探す必要はなかった。なにせ目の前、水面が大きく盛り上がった地点に顔を出していたのだから。

「久しぶり、エナリアス。この人達に貴方を会わせたくて」

気軽に挨拶をする竜崎の横であんぐりと口を開けるさくら。滝のような雨、万水の地の様子、ウルディーネ、大津波。ここにきてから相当驚いたが、それをやすやすと更新するものがいるとは思わなかった。

大きい、とにかく大きい女性の姿。豪華客船並みに巨大なその姿。肌は青く、グラマラス。髪はクラゲの触手のようである。下半身は水の中のためよくわからないが、彼女のものと思われる巨大な魚の尾がバシャリと水を叩く。まさしく人魚のような姿をしていた。

「皆さん、彼女が高位精霊エナリアスです」
竜崎に紹介され、拝む村の人達。ベルンや青年だけでなく、卒業生やメストも頭を下げ敬意を示している。当のエナリアス本人はピースをしているが。

「随分と突然ねリュウザキ。何かあったの?」
竜崎から事の一部始終を説明されるエナリアス。聞き終わると笑い転げた。

「私が生贄を?そんなわけないじゃない。精霊よ?魔力があれば充分生きていけるわ。捧げられてもわからないし、会ったこともない村の人に天罰なんか与えないわよ」

ケラケラと笑う彼女に完全に否定されて呆然とする村の人達。さくらは彼らが少し可哀そうに思えた。

「そりゃ『魔神』って呼ばれたりするけど、神様じゃないもの私。湖とか川とか過度に汚されたってわかれば怒るかもだけど、それも人の営み。どうせ苦しむのはその人たちだし、ほっとくのが精々ね。しかし、綺麗に騙されたわね貴方たち」

信仰対象である魔神に逆に感心されいたたまれなくなったのか、村人の一人が声を張る。

「では、何を捧げれば良いのですか!」

「だから要らないって。でも、そうね…。水を大切に使ってくれればいいわ。人に限らず生きとし生ける者は全て水の恩恵を得ているわ。皆の命の源なんだから、綺麗に無駄遣いせずに、ね?」

水を司る高位精霊にそう優しく諭され、村人達は頷くしかなかった。
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