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顧客リスト№70 『レオナールのコンサートダンジョン』
人間側 とある陰キャっ娘と偶像②
しおりを挟むえっと……こっちの道を右で、そこからまっすぐいけば……まずはこの会場のエリアから抜けられますから、そしたら次は更に――あ…!
「waRosのサイン…っ! M&Aのサインも…!!」
握手会会場を離れ、小走りでスタッフ通路を進んでいますと、推しのサインを見つけちゃいました…! 可愛くてカッコよくて、素敵なアイドルのサイン…!
それに、写真も…! ネルサ様と一緒に、リア様サラ様が、ミミン様アスト様が…! 華やかな笑顔で、輝くポーズで写っているのが貼ってあります…! とっても素敵で……!
いつか私も、ここに並ぶ…並ぶことができる…………並ばなきゃいけない……んです…よね……。私が……私なんかが……この中に……きっと……でも……。
っっあ、見惚れている場合じゃないです! レッスンの時間が迫っているんでした…! い、急いで向かいませんと遅刻してしまいます! それぐらいしか取り柄ないんですから、私……っ!!
まだ見ていたいですけど、その気持ちを抑えて更に通路を奥へと進みます! その間にすれ違う沢山のスタッフさん達へ、挨拶をしながら……! こ、声が小っちゃいのは直さなきゃですけど……。
でも、本当にスタッフさんは沢山で。こうやってライブの裏側を見るたびにビックリします。色んな方々がアイドルを支えているんだって。そしてその中に混じって、ミミックのスタッフさんも。
先程、リダさん達はアイドルの警護役を務めてくださっていました。でもここのような舞台裏ではミミックさん達は他のお仕事もしてくださっているんです。例えば――。
「横失礼しま~す! 大道具通りま~す!」
あ…! 丁度今、大道具の方が台車を押しながら横を…! ですけど、大道具といえばその名称の通り大きい物。演劇の舞台で使う樹とか岩とか…それこそライブで見た壁のようなライトとか、演出用の建物とか。
けれど勿論そんなのが台車に乗る訳ありませんし、ここみたいな人がすれ違える程度の通路を通れるなんてこともないはずです。でも、間違いなくあの方は大道具を運んでいると思います。だってその台車の上、幾つかの宝箱がちょこんと乗っていますから!
はい、多分そうです。あの宝箱はミミックスタッフさんです…! ほらやっぱり! たまにカパカパ蓋を鳴らして楽しそうに台車に乗ってます! ミミックさんです!
多分あの後を追っていってみたら、何処かの会場のステージ上で、あの小さな宝箱の中から大道具をニュルンと取り出す不思議な光景を見られると思います。それか逆に、大道具をニュルンと中に引きずり込む光景が……!
他にも少し探してみるだけで…ふふ、また見つけました! スタッフさんが控室を巡っているようなのですが、さっきの私とリダさんのように、M&Aのように宝箱を抱えています! と、そのスタッフさん、控室前の手近な台に宝箱を一旦置きました。
すると一人でに宝箱がパカッと開いて、中から袋に入ったお弁当や、ボトルの飲み物を持ったミミック触手さんが! スタッフさんはそれを受け取り、控室の中へと置きに!
そしてこちらでもミミックさん! ポスターの張替えをしているスタッフさんの傍です! 床に置かれた…いえ、床に居る宝箱から群体型のミミックさんが出て来て、ポスターを剥がして、箱から出した新しいのに張り替えている子が!
しかもあの方々、かなり手慣れています…! スタッフさんは、丸めた古いポスターをひょいと放って、宝箱の中に見事なシュート。すると今度は宝箱の中から新しいポスターがポンっと打ち出され、スタッフさんはノールックでそれを受け取って…! 終わり次第ミミックさんがジャンプして抱っこ体勢になって…!
あ、珍しい子もいました! 首から……蓋から?プレートをかけて、通路をぴょんぴょん跳ねてます! あの子は差し入れお菓子とかを箱に詰め、あんな風に皆さんへ配って回っている子なんです。あれだけ跳ねても中のお菓子とかは崩れないのは凄いと思います…!
因みにプレートには差し入れをしてくださった方の手書きメッセージが…って、差し入れミミックさんがこちらへ!? えっ、えっ、わっ……! わ、渡されてしまいました…! わ、私ここのスタッフじゃないですから、返しませんと……へ? あ。
ミミックさんが蓋を…もといプレートを揺らしてくださったおかげで気づけました。これ、waRosのお二人からの差し入れみたいです…! 『いつも支えてくれているスタッフさん達へ』の他に、『レッスンに励むライバル達へ』とも書いてありました…! リア様、サラ様…!
ん、あれ…? ということはミミックさん、私のことを知っていて…!? ……あはは、そんな訳…きっとスタッフさんと勘違いしただけですよね。わっ、もうミミックさんは別のスタッフの方へ差し入れしてます…!
「ミミックには大助かりね。ライブ中のピンチすら幾度救って貰ったことか」
「ほんと。あんな可愛いのを冒険者が目の敵にしてるとはなぁ」
「waRosももしスカウトが遅れてたら、拒否反応示していたかも?」
「はははっ、そうならなくて何よりだよ」
そしてお菓子を貰ったスタッフさんは、休憩テーブルで早速頂きながらそんなことを。ふふっ…! 私もそう思います…! 警備では潜んで、そうじゃない時は他の方々と一緒に。ミミックさんがここに溶け込んでいて、本当に良かったです!
他にも色んな形でスタッフさんは、そしてミミックスタッフさんはこのダンジョンを…アイドルを支えてくださっているんです! 私もいずれ、仮に、奇跡的に、アイドルになれたとしたら……皆さんに支えられて、そして、支え返して……。
――あっ、今はそんなことを考えている場合じゃなかったんでした……! まだレッスンエリアは遠いのに……!早く、早く向かいませんと…! アイドルになる前に、皆さんに迷惑を……!
えっと、ミミックさんを見ていたらさっきの道から外れてしまいましたから……ここからだと、確かこっちで――……。
「……あ、あれ…? え、え……こ、ここ…何処……!?」
や……やってしまったみたいです…!? レッスンエリアを目指していましたのに、何処かわからない場所に着いてしまって……! 多分、何処かで道を間違えてしまったんだと思います……!
ここって一応ダンジョンですので道が複雑で、皆さんよく迷うみたいなんですが…私も、そうなってしまったみたいです……。まだ慣れてなくて、焦っていましたから……。
ぅぅ…時間もないのに、私はどうしてこう……! と、とりあえず引き返して、正しい道を――!
「――ぁぅ……」
道……道……正しい道は……どれ……ですか……? あはは……レッスンエリアは何処でしょう……。私は今、何処にいるんでしょうね……??
―ハッ…! げ、現実逃避してしまっていました…! え、えっとその…………はい…もっと迷いました……。引き返しても道がわからなくて……マップ見てもよくわからなくて……。知ってる道だと思ったら似てる違う道で……。
しかもそれで急げば急ぐほど、焦れば焦るほどどんどん変な方向へ進んでしまったみたいなんです……。気づけば全く知らない、足を踏み入れたことのない場所に来てしまいました……。本当、私はどうして…あはは……はは……。
…………落ち着いて、私…。どうか落ち着いて……。時間は……もうちょっとだけ、あるから……。レッスンエリアがどっちかすらわからないけれど……っ……ま、まずはここが何処かを知らないと…!
さっきまでの舞台裏ほどではないですけど、この辺りにもスタッフさんはいます……で、ですが、皆さん忙しそうですし邪魔する訳にはいきません。自力でなんとかしませんと…!
とりあえずこの辺りのマップを見つけることができれば、きっと…! なんとかなる……はず…! なんとかなって……――!
―――なんとかならないです……。マップ、こういう時に限って見つからなくて……。その間にもっと奥に入り込んでしまった感じがして、おんなじような所をうろうろ……。時間も、もう……ぅぅ……。
このままだと私、勝手に忍び込んだ悪い人って思われてしまいそうです……。間違いなく挙動不審ですし……。そうなる前に、なんとしても抜け出して――あれ?
今、通路の奥を通り過ぎたあの台車…! 宝箱が乗っていた気がします…!! もしかしてあれ、大道具の……! ということはここ、大道具エリア……!!
……なんてわかっても、大道具エリアの何処かがわからないとどうしようもないんですけれど……あはは……。まあマップを見つけられても簡単に抜け出せる保証もないですが……。
それにしても確か、大道具エリアはレッスンエリアとは真逆だったはずです……はは…私は勘も悪くて、駄目駄目で……リダさん達の爪の垢でも煎じて飲むべきで……あ!
そ、そうです…! ミミックさん…! さっき通っていったのがミミックさんだとしたら、そのお力をお借りできれば! ダンジョン内を自在に行き来するあの方々なら、きっと道案内を…!
それなら、私も…! スタッフさんには話しかけるのが申し訳なくて、その…ちょっと怖かった私でも、私に似ている…ですから似てないんですけど……ミミックさんになら、なんだか小さめで可愛くてお世話になっているあの方々になら!
い、急ぎましょう! あの台車を追って…! お仕事の邪魔をしてしまうかもしれませんけど、迷惑をかけてしまいますけど、それしか希望は―――……。
「チッ、まァだいやがったか! おい、そこの嬢ちゃん!」
「ふぇっ!? ひゃ、ひゃいっ!?」
きゅ、急に背中に怒声が…っ!? 心臓が飛び上がって、首が上手く動かな……っ…!
「ったく! 最近の若いモンは顔すら向けねえのか! それとも悪い事してるってわかってか?」
そ、その怒った声のまま、私の背後にドスドスと足音が迫って…! ひ、必死に顔をそちらへ向けますと、そこには…ヒッ…!
「どうせテメェもアイドル好き拗らせた侵入者だろ! ワシにゃあお見通しなんだよ!」
む、向けた顔を戻したくなるぐらいに、怒髪天という様子の方が!! しょ、職人気質と言いますか……そんなちょっと強面な御顔を、殊更に怖くして……っ!!!
「ケッ! 大方道に迷ってここまで来たんだろうが、ここは大道具専門のエリアだ。残念だったな!」
「ち…違…! わ、私は……!」
「違う、だぁ? おうおう、じゃあなんだ、大道具を盗みに来たってか? ふてえヤツだ!」
ほ、本当に違うんです…! い、いえ迷ったのは本当ですけど……私は、ここの…あっ、そうです、このスタッフ証で……!
「こ、これ…! わ、私、こういう、もので……!」
「あぁ? ハンッ! まーた偽モンか。どいつもこいつも懲りねぇで!」
い、一瞥すらしてくださいません…!! た、確かに私も、そういう悪い人の噂は知っています…。スタッフ証を偽装して、アイドルにお近づきになろうとする厄介な人達がいるということは…! で、でも……!
「おうおう、じゃあどこのスタッフが言ってみやがれってんだ! 言えねえだろ!」
私は、私はそうじゃなくて……! ここの、ここの………ここの……――。
「アイ…………」
「アイ? アイ、なんだって?」
「っ…………」
「カッ! ほれみろ! 化けの皮剝がれたな!」
……そうです…。その通りです……。私、スタッフなんかじゃ…アイドル見習いなんかじゃ……。そんな、立派な肩書なんて背負えないんです……。
だって、色んなスタッフさんに迷惑かけて、ライブや握手会を覗くしかできなくて、推しアイドルやプロデューサーさんに気を遣わせてしまって、挨拶も碌にできなくて、道に迷っちゃって、挙句の果てにレッスンに遅刻しているんですよ…?
なのに、アイドル見習いだなんてとても名乗れません……はは……。こうして怒られるのも当然だと思います……あはは……。…本当、この方の仰る通りなんです……。
まさしく私は、アイドル好きを拗らせた侵入者です……。それで当たっているんです、きっと……。そう、そうです…ネルサ様にスカウトされたのも、きっと気のせいだったんです……。
なのに皆さん優しいから、私を見捨てないでくれていて……でもこの方に化けの皮を剥がして頂いて……私は、こんなところに居ていい存在じゃないんです…!
「こっちに来やがれ! 外に突き出してやる!」
だからもう、これで良いのかもしれません……。皆さんに迷惑をかけてしまう私なんてこのまま追い出して頂いて、またファンの一人に戻って……ううん、影にでも消え去ってしまった方が……――。
「はいは~い。ゲンさんストップ~。この子はうちの子よ~」
……へ? こ、この声は……! そして、ゲンさんと呼ばれたあの方の、私に迫る手をそっと止めた触手は…! 私の頭をポンポンと撫でてくれているのは……!
「んふふ~。ベルちゃん、迎えに来たよ~☆」
「お…オネカさん!?」
い、いつの間に……! 私とこの方…ゲンさんに割って入るように、宝箱が…! そしてそこから身体を出し、仲裁をしてくださっているのは……ミミックの…!
「おう、オネカちゃんじゃねえか! っと……つーことはワシ、やらかしちまったか…?」
「相変わらずゲンさんったら正義感強いんだから~。んふふふ~♪」
は、はい…! そうゆったりと笑う彼女は、レダさんと同じ上位ミミックのオネカさんです…! でもスマートで格好いい感じのレダさんとは対照的に、おっとりと、のほほんとした雰囲気の方で…!
それこそ皆のお姉さんみたいな、もっと言えば、失礼かもしれませんけど…お母さんみたいな感じで…! レッスンエリアの警備等をしてくださっている方なんです…!
「気概は素敵だけど、そういう時はうち達に任せて良いのよ~。警戒レベルが低くてもしっかり見張ってるし、現行犯じゃないと危ないし~。こうしてただ迷ってる子かもしれないんだから~」
「いやぁ、悪い悪い…!」
オネカさんのやんわりとしたアドバイスに、ご自分の頭をペシンと叩くゲンさん…。そして私へと向き直って…!
「すまん嬢ちゃん! ワシゃ大道具制作専門だからよ、色々と疎くてなぁ。怖がらせて悪かった!」
「い、いえ…! 私も上手く伝えられませんでしたし……デビュー前…ですし……」
「あぁそうかそうか! スタッフに見えねえなと思ってたら、アイドルの子だったか! デビューしたら音盤買うから許してくれ、な!」
……っ…! そ、それは……嬉しいですけど……私なんかが、そんな……ふにゅっ…!?
「んふふ~約束よ~ゲンさん。ベルちゃんはいずれすっごいアイドルになる子なんだから~」
お、オネカさんのお胸にむぎゅっと抱き締められて、撫でられて……! その間にゲンさんはガハハと笑って胸を叩いて、お戻りに……ぷはっ!
「さ~。ベルちゃんはこんなところに居ていい存在じゃないし~? アイドルらしく、レッスンエリアに行きましょ~」
「っ―! は、はい! あ、あの…その……」
「ん~~? それとも、今日はお部屋でゆっくり休む~? 良いと思うよ~。大変だったみたいだし、いつも頑張っているしね~」
へっ!? それは……ちょっと惹かれ……でも……。思わず迷ってしまっていると、オネカさんは持ち前の包容力でふわぁっと…!
「大丈夫大丈夫~♪トレーナーさん達にはうちから伝えとくよ~。メンタルケアもレッスンと同じぐらい大切なんだから、存分に甘えて~。あ、子守唄聞きたかったりする~?」
「き、聞きたいかも…ですけど…! ――レッスン、やります! やらせてくださいっ!」
「あらぁ~。良い子良い子強い子~。んふふふふ~~~」
ひゃっ……! オネカさん、また私をぎゅうって……ひゃわぁっ!?
「それじゃ~行こっか~~」
「お、オネカさんこれお姫様抱っこ…!」
「んふふ~♪ そうよベル姫様~いざ参りましょ~。そぉ~れ~~っ☆」
「ひゃあああっ!!!!?」
「姫様~ご到着です~」
「あ、有難うござ……へ? え、えっと……く、苦しゅうない…です…?」
「んふふぅ~♪ 可愛いお姫様~♡」
ひゃっ…! もう撫で撫では…! い、言えって…! オネカさんが言えってワクワクな御表情で圧をかけてきたんじゃないですか……! も、もう…っ!!
と、とにかくオネカさんのおかげでレッスンエリアにたどり着けました…! 人が通るたびに箱の中へ私をさっと隠してくださいましたし…本当、頭が上がりません。
「あ、ベルちゃんも来た!」
「オネカさんと一緒だ~!」
「珍しく遅刻気味ったけど~?」
「ギリギリセーフってね!」
「あんらサンキゅオネカちゃん! さ、ダンスレッスン始めるわよぉ。着替えてらっしゃいな♪」
そしてオネカさんに連れられダンスレッスン室へ赴くと、他アイドルの皆さんやトレーナーさんが笑顔で出迎えてくださいました…! は、はい着替えてきます!
オネカさんへもう一度お礼を言い、急いで更衣室へ走り込みます…! そして自分のロッカーからレッスン着を取り出して……あ、あれ…? あ…!
「た、タオル…!」
「あら~忘れちゃった~?」
「ひゃああああっ!?!?」
い、いつの間にかオネカさんが背後に…! え、えと、そうみたいで……。私、今はこのダンジョン内にある寮に住まわせて頂いているんですが……その部屋に置いて来てしまったままで……。
「なら、うちが取りに行ってあげよっか~。お部屋、勝手に入ってい~い?」
「えっ…! は、はい…い、いえ! それはお手間を……!」
「んふふ~いいのよ~。うちにど~んと任せて~~」
私の遠慮を遮るように、オネカさんは更衣室を後にしてゆきます。他の子の忘れ物も聞いとこ~と、残して。何から何まで……!
ならせめて、戻ってきたオネカさんにレッスンを頑張っている姿をお見せしませんと…!! 急いで服を着替え終えて、皆と合流して、まずは準備運動を始め――
「は~いお待たせ~。皆の忘れ物、取って来たよ~」
「「「「「早っっ!?!?!?」」」」」
まだストレッチ中…どころか、ストレッチ最初のとこなんですけど!? 時間にして数分すら……! オネカさんあんなにおっとりしている感じなのに、リダさん並みに速い……!
「まずはベルちゃんにタオル~。それでシレラちゃんはリストバンドね~は~い。ニュカちゃん、このヘアゴムで合ってた~?良かった~。どうぞ~ルキちゃん~水筒よ~。お次はね~――」
そしてしっかり全員分持ってきてくださったようで、次々と渡してくださってます……! 凄く有能です…! 忘れ物をしてしまう私なんかとは大違いで……!
「ハイハ~イ皆~! 受け取ったら続き、始めるわよォ~!」
は、はい! トレーナーさん! すぐに! ――あ、そうでした、えっと…。
「ベルちゃ~ん? んふふ~」
「あ…! オネカさん、お願いします…!」
「それじゃ~失礼~~」
「――そぅれッ! 1,2,3,4! ステップ踏んで足上げて! 腰の捻りはもっとキレ良く! でも手足の動きは意識して! キュートな笑顔も忘れずに! 辛くても笑顔よ~ッ!!」
っ……! っこう……! っリズムをとって…! っ皆のように、アイドルのように…っ!!
「良いわ良いわ~!! 皆良いわよォ~! さあそろそろ難所! 顔を私に向けたまま~~曲に合わせて~~3,2,1,フォーメーション♪」
トレーナーさんの指示に合わせ、私達皆でフォーメーション移動を…! ダンスをしたまま別の場所へ、互いに交差するように……っ!
「ダンスを止めちゃダメ! 振り向かない! でも怖がらない! 足をもつれさせない! もつれかけたら即カバー! ぶつからない! ぶつかりそうだったら――」
っ――!
「――そう回避! ぶつかりかけた子は後で仲直り&反省よぉ! でも今は集中! もうちょっとで区切り! 力を振り絞って~~ッ!」
っ最後ですっ! あとは、このまま…! 最後…まで……っ!
「タン、タンタンッ! ――んエクセレントッ! はい楽にしちゃってぇ~!」
「「「「「ふうぅっ!!!」」」」」
お、終わりました…! よ、良かった…! 踊りきれましたぁ……!
「ひぃぃ……! 疲れたぁ……!」
「足ガクガクで心臓バクバクぅ……」
「トレーナーさんきつすぎだよぉ…!」
「無理押しのレッスンでごめんなさいねェ~。で・も・だ~いぶ、自分のゾーン、掴めてきたでしょう?」
倒れたり壁に寄りかかったりして休憩に入る皆に、トレーナーさんは笑って答えています。はい、仰る通りです…! 大変ですけど、とても身になるレッスンで…!
「ふぅ…! ごめん…ベル…! ぶつからなかった…!?」
へ? シレラさん、息切れなされているのに……あ、さっきのことでしょうか…? あのフォーメーション移動の際、交差するタイミングで腕がぶつかりかけたんですが……。
「だ、大丈夫ですシレラさん…! 躱せましたから…! その…ちょっと人を避けるのは慣れていまして……」
私こんなですから、普段から他の方に迷惑をかけないような動きを心掛けていまして……。多分、それがこんな形で役に立ったんだと……。そ、それに…!
「オネカさん達がいますから、危なくてもぶつかることはきっと…!」
「んふふ~そうよ~。皆のことはうち達が守ってるからね~~☆」
あ…! オネカさんが、私のポケットの中からぴょんって…! は、はい…! オネカさんは私のポケットの中に入ってくださっていたんです。でも、これは私だけじゃなくて…。
「ということはやっぱ、ベルが躱せるからちょっと教えてくれただけだったの?」
シレラさんもポケットを探り、手の平サイズの宝箱を取り出します。するとその上面がパカッと開いて、赤と青の身体の毛がまるでチョッキを着ているような『宝箱ネズミ』さん…群体型のミミックさんが出て来て、シレラさんへ頷くように…!
は、はい…! この場にいる皆のポケットとかの中に、ミミックさんが入ってくださっているんです! さっきみたいな事故防止のために…! けどレッスンですから手助けは最低限に……!
その、潜まれているから見えないんですけど、このレッスンエリアではミミックさんが沢山警備をしてくださっているみたいなんです。こうしてレッスン中の私達一人一人にまでついてくださるほどに。
そしてポケットに入る時は、その小さな宝箱とかネルサ様がお出しになるキューブを模した箱とかを利用するみたいなんですが……凄いんです! 何がって、そんな箱をポケットに入れたら重かったり太ももとかにぶつかって痛いはずなのに…異物感すらないんです!
おかげでレッスンに集中できますし、ミミックさんにゼロ距離で見られている、身に纏っていると考えるとダンスにキレと気配りが生まれて……! このミミックさんの補助は最初こそ驚いていた子も居たみたいですけど…もう今は慣れっこといいますか、良いレッスン仲間といいますか。
例えばほら、ニュカさんなんて触手ミミックさん入りの小宝箱をヘアゴムに取り付けて色んな髪型を試して遊んでみてますし、ルキさんは宝箱ミミックさんを枕代わりにさせて貰いながら、それを見て笑っています。他の子もそんな感じで――。
「ねねね、ベルちゃんシレラちゃんも見てみて! 触手メデューサ風! 格好いい?」
「わ…! 可愛い…!」
「ね! ふふ!」
「え~格好いいが良いのに~! う~ん、もっとレッスン頑張ってたら似合うようになるかな~」
触手ミミックさんに戻ってもらいながら、頭を捻るニュカさん。と――。
「あ、そういえばさ! ベルちゃんって、結構ハードなレッスンでもあんま息上がんないよね? なんかやってた?」
「それ私も聞きた~い。私はともかく、シレラやニュカより体力あるの気になるわぁ~」
「へ!? い、いえ何も……。特に運動とかは……」
宝箱ミミックさんに引きずって貰いながら、ルキさんまで。聞きつけた他の方々も集まってきてしましました…!? け、けど本当何も…!
スポーツをやってたことは無いですし、アウトドアだったりも全く…! そんなキラキラで陽なことなんて…。い、いえライブ参戦が陰って言う事じゃ……!
「んふふ~♪ ベルちゃん、多分それよ~」
へ…? お、オネカさん? それって……これ……?
「……よくライブ参戦していたから…とか……ですかね……?」
自分のことながらわからないのが酷いですけど……オネカさんを窺ってみると、そうそうと肯かれています。でも、それだけで体力は……。
「ライブ参戦で? ハシゴでもしてたの?」
「それともずっと立ち見とか!」
「それとも、ダンス真似っことか~?」
「あ、それはしょっちゅうで…。それぐらいしか趣味がないですから、朝から夜まで…。でもお金そんなにありませんでしたし、私なんかは端でも充分ですから立ち見ばかりで。あと、ダンスも、えと……」
「自信持ちなさいな、ベルちゃん♪ アータのダンス、どれもこれもかなり出来が良いんだから♪」
へ…! と、トレーナーさんまで…!? ぁぅ…そ、その…!
「……ライブ見た後いつも、家帰ってからよく真似させて頂いてて…。そうすると少しだけですが、こんな私でもアイドルみたいにキラキラに振舞える夢が見れる気がして………はぃ……」
そ、そんな感じでして……あはは……。あ…皆さん、わなわなと震えて……そ、そうですよね、私なんかがそんな失礼な真似――。
「体力も練習量も、完璧な下地じゃない!」
「超凄いじゃん! 超アイドル向きじゃん!」
「こりゃネルっさんがスカウトする訳だわ~!」
へ…へ…? い、いえそんなことは……皆さんの方が、よっぽど……ひふゃ…!
「良いのよ~ベルちゃ~ん。褒められて嬉しい時は笑って笑って~。その方がみ~んな喜ぶのよ~☆」
オネカさんが、私の両頬をそっと…! 優しくて、暖かくて、なんだか強張っていたほっぺたが自然と溶けて……ふふっ…!
「あんら! その笑顔、良いわあベルちゃん! 後はその笑顔を身につければ、一気にステップアップ出来るわよぅ?」
あ、は、はいトレーナーさん! …トレーナーさんも、本当お優しいんです。私がダンスに力を入れ過ぎて笑顔が全く出来ていないのを、叱ることなく教えてくださるんですから。
でも……頭ではわかっているんですけど、上手く笑顔になれなくて…。立派な皆においてかれないよう、邪魔にならないよう…ネルサ様のお顔に泥を塗らないようにと思うと……。
……いつもこうしてオネカさん達がいてくだされば、安心できるんですけど。ライブ中、安心するために私物をこっそり持ってるアイドルの方も居ますし、そういうの可愛くて素敵ですし……。
ううん、でもミミックさんは駄目ですよね。ライブ本番にすらミミックさんを忍ばせるなんてズルみたいですし、何よりミミックさんにも迷惑で――。
「さ、休憩が終わったらお次はボイストレーニングでしょう? 皆、今の内に喉の調子、整えておきなさいな♪」
っあ、はい!! 頑張ります!
「――これぐらいにしときましょうか。この後のレッスンもあるんだし、一旦喉を休めて頂戴ね」
「「「「有難うございました!」」」」
ふぅ…! ボイトレも終わりました…! ボイストレーナーさんにお礼を述べて防音室を後にすると、一緒に励んでいましたお三方が…シレラさんニュカさんルキさんが…!
「やっぱベル、歌声は出るし上手よね」
「慣れてる感じ! あ、もしかして!」
「それも真似っ子練習してたり~?」
「え。えと、はい……! よく歌っていて……」
「あ、そういえばベルが歌いながら歩いているの、よく見かけるかも」
「そうじゃん! そっか、ああいうのも全部力になってるんだ!」
「こりゃ~負けてらんないね。私らももっとベルちゃんを真似んと♪」
「はぅぅ……!? そ、そんな…! お、畏れ多い……!」
思わずぴゃっと小さくなってしまいますと、シレラさん達はクスクスと笑ってくださいます…! わ、私だって…!
「そ…それなら私も…皆さんを真似させて頂きたい…です…! そ、その笑顔とか…!」
「ふふっ、どんどん真似てよ! ベルの笑顔可愛いんだから!」
「ベルちゃんが笑えたら、もう完璧究極で最強無敵だ~!」
「案外このままでもウケるとは思うけどねぇ。ま、流石に固すぎか」
未だに私らにさん付けだもんね。現役アイドルには様付けだし。もっと気楽に呼んでよ~! とそれぞれが…! で、でもだって、皆さんはもうほぼアイドルで…!
私のことを色々と褒めてくださいますけど、皆さんこそダンスも歌もお上手で、もういつでもデビューできるぐらいなんですから…!! そんな皆さんと一緒にレッスンできるだけで誉れで……!
「なんかお喋りしてたらやる気漲ってきた~! もっと歌練しよ!」
「喉休めろって言われたでしょう? まだレッスンあるんだし」
「でもこのまま暇こいててもさぁ。どう思う、オネカさ~ん?」
「呼ばれて~飛び出て~~んふふふふ~♪ そ~ね~皆の喉に痛みはなさそうよ~。まだイケるかもね~。は~いこれ~☆」
わ…! 私のポケットからひょいっと出てきたオネカさんは、のど飴を配りつつ教えてくださいました…! 実はオネカさん、メディカルチェックがお上手なんです。
今みたいに見るだけで判断できますし、その精度はトレーナーさん方を始めとした皆さん…あのM&Aのミミン様アスト様からもお墨付きを頂いているとか…! ですから、問題なく…――。
「でも残念だけど~。防音室を使うのは難しそうね~」
「「「「へ?」」」」
「――あんら、まだやりたいの? オネカちゃんが言うなら大丈夫なのでしょうけど……ごめんなさいね、今防音室埋まっちゃってて」
そんな……! ボイストレーナーさんからそう言われてしまいました…! オネカさんの仰る通りに…。どうしたら…。
「うーん…。一旦寮に戻ってみる? ボイトレルームあるし」
「でも今日休みの子が使ってそー。あ、街に行ってカラオケは!?」
「時間的に厳し気かもねぇ。それなら近くの倉庫で…はダメかぁ」
三人共色々と考えてくださってます…! わ、私も…えーと…えっと……えと……ぁぅ……。
「んふふ~。うちにちょっとしたアイデアがあるよ~。飴舐めながら少し待っててね~」
へ? オネカさん? あ…もう何処かへと行ってしまわれました。私達は顔を見合わせつつ、言われた通りに飴を頂きながら待っていると――。
「お待たせ~。諸々の機材借りるのに時間かかっちゃった~」
とは言いつつ、飴が溶けきる前に戻って来てくださいました。レコーディングでも使えるマイクを持って。あ、あの…?
「ど、何処で…?」
「んっふっふ~こ・こ・で~☆」
へっ!? オネカさん、持っていたマイクをご自身の箱の中に入れました!? ま、まさか!!
「さぁさ~! 専用防音室にご案~内~~♪」
「「「「ひゃああっ!?」」」」
「――お時間です~アイドルの皆様~。延長は~レッスンのため、また今度~~」
「「「「わっとと!」」」」
オネカさんの中からポンっと飛び出て、スタンッと着地できました…! ……本当に場所、変わってません。さっきまでいた廊下です…! なのに――。
「歌った歌ったぁ…! 有難うございますオネカさん!」
「凄かったぁ! オネカさんってあんなことも出来るんだ!」
「まさか箱の中でボイトレできるなんて……ミミックえぐちぃ…!」
そうなんです…! まさか、ミミックの箱の中で歌えるなんて! その、ミミックの箱の中ですから感覚がふわふわしていて、色々と朧気なんですけど…。間違いなく歌えてました!
「んふふ~。中を改良した甲斐があって何よりよ~」
あ、やっぱりそうだったんですね…! 私も皆さんも、幾度もミミックの中に入れて頂いたことがあるんですけど…今のオネカさんの箱の中は違いました…!
なんと言いますか、全面が白い壁で包まれたスタジオみたいで、マイクがポツンとあって…! だから集中して一発録りみたいな感覚で歌えて……!
かと思ったら機材はしっかりと置かれていてそこにオネカさんがいて、マイクも増えたり、ソファもあったり……! ですからオネカさんに見て頂きながら、時間一杯まで練習できて……!
あ、そうです…! 箱の中だからでしょうか、オネカさんが珍しく両足を、全身を出されていて…! その姿はまるで本当に皆のお姉さんみたいで…! で、でもやっぱりその光景の記憶もあやふやで、夢でも見ていた気分ですけど……。
け、けど! オネカさんのことで印象的に残っていることがまだあるんです! ビックリしました、まさか――。
「オネカさんも…! あんなに歌がお上手でしたなんて……!」
「ね! 優しくて包まれるようで、聞き惚れちゃいました!」
「うんうん! これぞオネカさん! って感じだったぁ!」
「ほらほらぁ~。やっぱアイドル級なんですよ~」
私に続いて、シレラさん達も感想を…! 本当に凄かったんです…! ルキさんが急にマイクを渡したんですけど、オネカさんは少し照れながらも歌い出して、その声はまさに慈愛に満ち溢れた子守唄のように心地よくて……!
「前に甘えて子守唄歌って貰った時、ビビッと来ましたもん。マジでオネカさん、スカウトされてもおかしくないなぁって~」
「もう~うちをからかわないでよ~~」
はい、まさにあんな感じにとても可愛らしく照れて…! で、でも冗談じゃないんです! リダさんもそうでしたけど、本当にスカウトされてもおかしくないほどで…! ほら、シレラさん達も!
「何して貰ってるのよ…。でも、ルキの言う通りだと思いますオネカさん!」
「うん! 絶対アイドルできるよー! あと私もオネカさんに甘えたーい!」
ルキさんへ思い思いに返しつつ、完全同意を! それを受けてオネカさんはくすぐったそうに…!
「え~?んふふ~…♪ ならその時はよろしくね~先輩方~☆」
さらりと躱す姿もまた…! 私よりもアイドル向きだと思います…本当に……!
「それじゃあ機材返却してきたら~今日のラストレッスンに行きましょ~か~」
「「「「はーいっ!!」」」」
「――揃ったわね。今日の集大成、見せて貰っちゃうわよ♡」
「「「「「はいっ!」」」」」
「あんらぁ良いお返事♪ それじゃ早速始めましょ~オネカちゃん!」
私達の返事を聞いたトレーナーさんは、隣のオネカさんへ声をかけます。するとオネカさんは宝箱から出したくじ箱へ手を入れて――。
「誰が出るかしら~。んふふ~最初の子は~~ニュカちゃ~ん♪」
「わ、一番手!? じゃあ、『Swordy Hearty,Bravely』で!」
選ばれたニュカさんは、そう宣言しました…! さっきも箱の中で歌っていた、waRosのあの曲を…! そして髪留めからミミックさん入りの箱を外しまして。
「それじゃ行ってきま~す!」
そのミミックさんをオネカさんに渡し、舞台袖へと向かって行きました…! 私達も椅子に座りましてと…!
え、は、はい…! ここは、このダンジョンのライブ会場の一つなんです…! レッスンのため貸し切りにされていて…! そこに今、ダンスレッスンをしていた皆や、トレーナーさん方、お手すきだったプロデューサーさん方まで幾人か集まっていて…!
どんなレッスンかと言いますと…あ……! 暗くなってきました…! そして、ステージが一気にライトアップされ、音楽と共に――!
「さあ♪ 剣を抜け♪ 君だけの♪伝説の剣を♪ 心に刺さる♪ 願いと想いを♪ 勇気の証に――ッ♪」
軽やかに歌い出したのは、ニュカさんです! ダンスを交え、まさにアイドルのように! けれど、恰好は先程までのレッスン着のままで!
そうなんです…! 『実践レッスン』と言いますか…! 実際のハコを使って、一曲ライブをする――これが今日のラストレッスンなんです…! 会場とレッスンエリアが繋がっているこのダンジョンならではのレッスンでして…!
観客役の私達に…皆に見られながら、ミミックさんの補助はなしで、普段ライブが披露されている場でなんて……! 今の内からこの練習が出来るのはとっても有難いんですが……その……はぅ……!
もう…心臓がバクバク鳴ってます…! このレッスンはどんな状況でも対応できるアイドルのパフォーマンス力を鍛えるために、公演順がランダムなんです…! ですから、次は私の番かもしれなくて……!
それだけならまだギリギリ大丈夫だったかもしれないんですけど……! もう一つ、ランダムで起きる、パフォーマンス力を試されることが…! それが…――!
「剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪ Swordy Hearty,Bravely――わおっ!?」
――来ました! 丁度一番を歌い終えたニュカちゃんの傍! 何処からともなく、ミミックの方々が降ってきました!!
はい、あれこそがパフォーマンス力を試される訓練です! ミミックさん達による、不意打ち強制エチュード!!
タイミングはランダム……いえ、ミミックさんの能力で、歌っている方が完全に油断しているタイミングを突いて登場してくるんです! それにどう反応するか、どう捌くかがポイントなんですが……!
「わっほう~! おっ宝だ~! 待て待て~!」
わぁ…! 流石はニュカさんです! 驚いた直後、楽しそうな声を上げてミミックさんの1人を追いかけだしました! 追いつきそうで追いつかないギリギリの速度で、ステージ上を軽く一周するように!
「つっかまえた~! さあ一緒に行っくよ~♪」
そして間奏終了直前にミミックさんを抱え上げ、流れるように二番へと! 見事なエチュード、見事な演技力です!
「――うんうん、良かったわあ! 見事よニュカちゃん、ブラボーゥ♪ さてお次は~」
曲が終わり拍手喝采の中、次の方が指名されライブは繋がってゆきます……! 私の番が来てしまったら……う、上手く出来るでしょうか…!
ううん! 上手くやらないといけないですよね! が、頑張ります…! ……けれど、その、出来れば、も、もう少し後の方で――……。
「――そ・れ・じゃ♡ 今日のオオトリねぇ♪ オネカちゃん、発表お願~い」
「んっふっふ~♡ ベルちゃ~ん? 決めちゃってね~♪」
「ひゃっ…ひゃいぃっ……!」
後の方が良いとは思いましたけど……最後だなんて聞いていませんっ…!! いえランダムですから仕方ないんですけど……! はぅぅ……声援が痛い……!
わ、私……本当にこのレッスンが苦手で…! 苦手とか言える立場じゃないのは重々承知なんですが、その……ステージに、アイドル側に立つことに全然慣れなくて……!
だって、あれだけキラキラな方々がその輝きを放っているステージですよ!? そんな場所に、こんな引っ込み思案で、出来損ないで、アイドルに憧れていただけの私が、立っていい訳――…。
「ベルちゃんは何歌うのかしらん?」
「へっ、は、はい! 『箱から飛び出た宝物』で!」
あっ…! 選んでしまいました……! M&Aのあの曲を……! い、いえ苦手とかじゃ…! 寧ろ、その逆で――。
「頑張ってベル! さっきの調子で歌えば良いのよ!」
「そーそー! あれ超良かったからもっかい聞きたーい!」
「場所ちょっと変わっただけだからさ~、イケるイケるぅ」
はうぅ…! シレラさん達が……! は、はい……寧ろ大好きで、よく練習もしていて、オネカさんの中でも歌わせて頂いた曲なんですけれど、だからこそ、私なんかが本物のステージで汚したくないと言いますか……ぅぅ……!
……――い、いえ…! そんなことを言ってちゃ駄目ですよね…! そうです…汚さないように、美しく、歌いきれば良いんです! 他の方々のように! アイドルのように!
そして、ミミックさんの乱入も凌ぎながら! 皆さんの捌き方…特にシレラさんのミミック階段昇り、ルキさんの宝箱ベッドごろ寝は見事な対処でした…! ですから、私もそれに倣って!
や…やってみせます……! ミミン様アスト様の歌を汚さないように、ミミックさん達を困らせないように、深呼吸、して…ステージに……立って――皆さんの……前にっ……そして――っ……。
「? ベル…? ベルってば!」
「おーい!? もう曲…!」
「始まってるけどぉ…!?」
っぁ……! わ、わかってます…! わかっているんです……! わかっているんですけど……こ、声が……。
声が……上手く……出ないんです…出せないんです…っ! 掠れて…詰まって……怖くてっ!
怖いんです……! こんな明るいステージの上で、一挙手一投足が観客を感動させるアイドルのための場で、私なんかが歌を、ダンスを披露するのが…怖いんです!
だ、だからといって動かないのは最悪だってのはわかっているんですけど……! 怯んでしまって、身体が固まってしまって、情けなくて……! あれだけ皆さんが褒めてくださったのに、何も……!
ぅ…うう……顔を上げなくても分かります……皆さんの目が、不安と失望に変わっていっているのが…。トレーナーさんが『またか』と言いたげなのが……。はは…あはは……私はいつもこうで、やっぱりアイドルなんて――。
「――塞ぎ込んで躓いて♪ ハッと気付く宝箱♪」
…へ……? この歌詞は…今流れているとこの…! い、いえそれよりも…この歌声って! っあ、足元に! この宝箱は!!
「こんなところにいつの間に?♪ そっと触れたら~♪ カタカタ♪」
歌に合わせて…大きく震えて……まるで、続いてというように……――ッ!
「こ、コトコト…♪」
ひとフレーズ…絞り出せて……! こ、このまま――っ!
「「パッカーンッ♪」」
っやっぱり! 私と同時に歌を続けつつ、宝箱から出てきたのはオネカさんですっ! 彼女はM&Aのミミン様と同じように、華麗な箱のダンスでリズムを取り、先導するかのように……っ!
「あの日あの音あの香り♪ あの味あの時の手応え♪
飛び出したのはrecollection♪な♪宝物っ♪」
それは柔らかくも曲通りのポップで弾ける歌声で誘ってきて…っ! わ、私もっ!
「私を置いて何処行くの?♪ 急いで立って追いかけよう♪
過去を片手にre-collection♪だ♪宝物っ♪」
…っ! わ、私、歌えて……! あっ…オネカさんが私の腕をするっと撫で、正面を向かせるように――っはい!
「ひとつひとつに触れる度♪ 仕舞い込んでた想いが溢れ♪ 箱はコトコト語りだす♪」
皆の顔が…見えました……! 不安や失望なんてなく、期待に満ちた顔が…! そして…溢れてきました…! 私の、想いが!
そうです…! 私はあんな目で見られるアイドルになりたくて…今、ここにいるんです! 宝物の思い出を追いかけて、ここに来たんですっ!!!
「『準備は良ーい?♪今の私♪ 私達は♪待ってたんだ♪ だってほら――♪』」
わかっています…この明るい曲が、内気な私なんかには似合わないってことは。だけど、だけど――!
「キミこそが♪ 宝物♪ そのまま真っ直ぐ♪飛び出してゆっけ!!♪」
絶対、歌いきってみせますッ!!
「――グッッジョッッブよぉベルちゃぁん! よく歌いきったわねぇ!」
曲が終わって、代わりにトレーナーさんの声が…! 皆さんの拍手が…! いつの間にかに現れいつの間にか消えたオネカさんも、観客席に……!
結局、ミミックさんの不意打ちはありませんでした。オネカさんがその代わりになった……訳はありませんよね。うん、自分でもわかっています。
「けど、エチュードを警戒し過ぎね。そのせいか色々硬めだったわ」
「はい…! 今後このようなことがないようにします!」
トレーナーさんの寸評に、そう誓います。絶対歌いきることに…不意打ちへ即座に反応しようとし過ぎて、ダンスも歌自体も何もかも崩れてしまっていましたから。そして――。
「オネカさん、有難うございました! アイドル失格な私を助けてくださって…!」
「んっふっふ~♪ アストちゃんみたいだったよ~」
お、お世辞でもそれは!? でもまるで、ミミックのオネカさんと私で、M&Aみたいな…! もっとも私はアスト様みたいな立派な方じゃありませんけど……あれ、さっきもこんなことを?
「と・こ・ろ・で♡ ベルちゃぁん?」
「へっ!? は、はい!?」
「んふふ~♡ 隙ありよ~☆」
トレーナーさんとオネカさんがウインクしあいながら…? 隙ありって……――。
「フフフッ☆ どーーんッ!」
「ぴゃああああああぁあっっ!?!?」
な、な、なんですかぁっ!? きゅ、急に上から、どーんって何かが!? へ、変な叫び声出ちゃって、皆さんびっくりしつつも大爆笑なされて……!!
って、これ…また宝箱!? オネカさんのではですが、すっごく見覚えがあります! なんならレッスン前まで一緒にいましたし、抱っこすらさせて頂いた――!
「アハハッ! やっぱりベルの反応は可愛いね☆」
「リダさんっ!!?」
突然に私の横に、ステージ上に現れたのは、上位ミミックのリダさんです! 会場エリア担当で、waRosの警備をしていらしたはずですのに……あ。
そういえばここ、ライブ会場の一つ……会場エリアでした…! なら別に全然有り得る…かもしれませんけどそうじゃなくて! ですから、waRosを――へ…!?
お、音楽が!? かかりだしたのはまた『Swordy Hearty,Bravely』…waRosの曲です!! そしてそれと同時に、リダさんは私や皆さんへ目を配りながら、自らの箱の中へ手を差し伸べ――!?
「そんなキミの魅力、そして皆の魅力に、二人も当てられちゃったみたいでね!」
「っと! フフン、そういうこと! 飛び入り、させて貰うわ!」
「ふふ、全員いらっしゃいな♪ 一緒に歌いましょう♪」
「リア様ぁ!? サラ様ぁ!?」
箱から飛び出てきたのは、waRosです!? 突然のご登場に皆さん歓声をあげ、目を輝かせて急いでステージへと…――。
「焦らなくて良いとも!」
「うち達に任せてね~~」
わっ! リダさんオネカさんが素早く駆け、皆さんを次々と箱の中へ!? そしてステージの上へ舞い戻り、一斉に飛び出させて!
「有難う、二人共♪ それじゃ、皆?」
「ついてきなさいよっ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
「「せーのっ♪」」
「「「「「さあ♪ 剣を抜け――♪」」」」」
「「「「「――剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪」」」」」
「「「「「Swordy Hearty,Bravely♪」」」」」」
はぁぁぁ…! 楽しい…楽しいです!! とっても!!! そして、やっぱり現役のアイドルは凄いです!
観客席にいるトレーナーさん達へその美しい背中で私達を引っ張ってくれて! かと思えば私達に笑顔を振り向いてくれて! リア様は力強く、サラ様は妖艶に…!
だから私も、とても楽しく歌えてしまって! さっき声が出なかったのが嘘みたいに………あれこれ、今更ですけど……私、waRosと一緒のステージに立ってしまって…!? ひぇっ…畏れ多――。
「おやおや? 皆、クールダウンするにはまだ早いんじゃないかい?」
「んっふっふ~? どうやらもう一人、いるみたいよ~~?」
へっ? リダさんオネカさん? その言葉に、歌い終えてワイワイとしだしている皆さんもまたザワつきを。もう一人って…――っ!?
「この曲…!?」
「えっ、ウソ!?」
「マジぃ…!?」
ま、また音楽がかかりだして!? しかもこれは、あ、あの御方の!? えっ、えっ、まさか!? トレーナーさん方やwaRosのお二方すら驚きの御表情です!
そしてリダさんオネカさんは…わわっ!? 箱からスモークを噴き上がらせて!? そのままステージ中央で協力して、円を描くようにくるくると周りだしました!?
「さ、満を持してのご登場だ!」
「最後の不意打ち、大成功ね~♪」
スモークは瞬く間に人が入れる大きさになって……突如としてカラフルに染まって! 直後、星やハートに変じて輝くように弾けて、中からっ!
「にっひっひ★じゃじゃーんッ! あーし、参戦~ッ!!!」
「「「「「ネ……!」」」」」
「「「「「ネルっさんっ!!」」」」」
ネルサ様ですぅっ!! ネルサ様がババンッとご登場なされ、フワッと回り、パシッとリダさんからマイクを受け取り、キラッとポーズと共に私達へウインクを!
「皆で歌お~う★ 『サバサバ★Sabbath』ぅ!」
はわわ……はわわわぁっ! さっき見た壁の記念写真みたいに…! ネルサ様とリア様サラ様が! アイドルになれる皆さんと! 格好良くて可愛くて、美しくて輝いてて!!
こんな神なステージに、私なんかが列席なんて…。でも…でも…! 歌が、ダンスが、自然と出て来て! 嬉しくて、とってもとっても楽しくて!
アイドルって…アイドルって、やっぱり素敵です!! やっぱり私も、アイドルになりたいです!!!
――――けれど、私が…あんな風になるには……あんな立派には…あはは……。
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