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顧客リスト№67 『バニーガールのバニーカジノダンジョン』
人間側 とある兄妹と博兎③終
しおりを挟むこれが……ここが五つ目の挑戦の場であると!? 何もない、この場が!? い、いや……正しくは何もないという訳ではないのだが……。
なにせディーラー構える遊戯机も、派手な輝きと音を放つスロット筐体も、家屋凌ぐビンゴマシンも、人が中で跳ね回れるピンボールも、それどころか天井にて輝く数多の照明や意匠凝らされし柱や壁も、何一つ無いのだ! 先程までどこにいてもそれらに囲まれていたというのに!
ただ唯一ここにあるのは……広々とした一面の芝生! そしてそれを包みしは――明澄なる月世界!! その点だけは先まで麻呂達が居った、今もカグヤが座するダンジョン中央部と似通った造りであるようだの……。
しかし全天が透明なる半球に覆われる中、物らしき物がほぼ存在しておらぬとなると――此処はまさしく、月の上に放り出されたかのような……おぉっ!?
「か、身体が!?」
「軽うございます!?」
思わず一歩を踏み出せば、その違和感に、その浮遊感に否応なく気づかされた…! ような、ではない。これでは本当に月の上に……! いやそもそも、ずっとおるのだが……!
「最後の挑戦舞台はここ、月の重力をそのまま活かした芝生広場っぴょん! さっきので慣れてたおかげで身体動かしやすいっぴょん?」
そうイスタに言われ、はたと息つき。……うむ、確かに。ピンボールと違い、此度は自らの意思にてこの浮遊感を操れる。速度も実にゆるりとしたもので、まるで水の中の如し。なれば――!
「ご覧になってくださいまし! 身をこれほどまでに前へ傾けさせても倒れることはありませんわ!」
「なんと、ヒメミコ様! 通例であればそのまま地へ叩きつけられて然るべきでありましょうに! まるで無重力の如く!」
「ほう、ふむ……! このようなことも出来てしまうとはの! どうだ、上手く動けておるか?」
「おぉ! 見事にございますミカド様! 前に進んでいるように見せながら後ろへ下がって! まるで月を歩くかの如く!」
暫しの間、先の大玉の中では叶わなかった遊興に耽る。ははっ、大玉体験と比べても劣らぬ風変わり様よ! ――して。
「イスタよ。このまさしく天『野原』では何を行うのだ?」
「お! 上手いっぴょん! ここでは二つ挑戦を用意してるっぴょん! どっちか選んで貰うっぴょんけど、もし望むのであれば――」
「えぇ、えぇ! みなまで仰らず! こなた、両方試みとうございますわ!」
「ぴょぴょん! 良いっぴょんね~っ! じゃ、用意して来るっぴょん!」
早速跳ねてゆくイスタ。おぉ、先程までとは段違いの跳躍力と速度よ! 月世界包むこの場の影響であろうか。あっという間に何処ぞへと消え、すぐさま戻ってくるが……ほう!
「出来立てを用意して貰ってる間に、こっちからやるっぴょ~ん!」
イスタに続く形で、宝箱が四つほど跳ねて! もはや勘ぐる必要もなく、ミミックであるな。とうとうのっけから一切隠れることなく姿を晒しおったの。
「さ~まずは単純明快、『追いかけっこ兎探し』ぴょん! 出ておいで~っぴょん!」
と、イスタがミミック達へ声をかける。すると内一つがパカリと開き――。
「まあっ! 先程の! 兎の徒競走でこなたが応援いたしておりました! あの後撫でさせても頂きました、あの子!」
「そうっぴょん! 丁度今元気一杯だからお手伝いして貰う事にしたんだっぴょ~ん!」
飛び出してきたのは、競兎にてヒメミコを勝利へと導いたあの眷属兎! 自らミミックの蓋の上に乗り、ふすりふすりと威勢よく鼻を動かしておる。無論、耳と尾も。
「説明っぴょん! まずはこの子がまた箱の中に隠れるっぴょん! そしてミミック達はシャッフルした後、一斉に辺りへ駆け出すっぴょん! 皆はそれを追いかけて、兎を捕まえられたら勝ちっぴょん!」
成程、単純明快よの。麻呂達が理解したことをを頷きにて伝えると、兎は箱を選ぶようにして内一つへと。そして……!
「ミュージックスタートっぴょん♪ う~さ~ぎ追~いし、か~の~月~っぴょん♪」
イスタの歌に合わせ、4体のミミックが一斉に入り乱れ! 互い互いを飛び越えるように動いたと思えば、円状に並びぐるぐるぐると高速回転を。更には球となるように固まり辺りを転がり、積み重なって順番を入れ替えて……おぉ!? 急に兎が箱より飛び出し、別の箱の中へと!? こ、これはなんとも……!
「わ~す~れ~が~たき~ふ~る~さ~と~――っぴょぴょん♪ さ、シャッフルタイム終了っぴょん! どこに隠れてるか覚えてるっぴょ~ん?」
……うむ…! 正直に明かそう、わからぬ。それは他の皆も同じようだ。なれば――。
「じゃあ~せーの!」
「それぞれが一体ずつを狙い!」
「手分けして捕らえましょうや!」
「「ははぁっ!」」
「スタートっぴょん!!!」
「――ま、麻呂が追っておったのは何処へ!?」
「あ、あちらに! しまっ…! 目を逸らした隙に混ざって…!」
「くっ…! ふわふわと……!! 地の利を活かしている…!」
「こちらへ、どうかそのままこなたの方へ…! あぁ、なぜ踵を!?」
くぅっ……! よもやミミック、これほどとは! 当たり前であろうが、ミミック達もまた麻呂達と同じく跳躍力が増しておる。加えて、跳ね動くことにも慣れておる様子だ。
故に自在に跳ね回られ入り乱られ、麻呂達は元より手練れである付き人共すら楽に捕らえることが出来ぬ! このままでは目を回して倒れてしまうやもしれぬ!
なればと策を変え、今度は皆で力を合わせて一つを狙うことにしたが――。
「そちらへ向かうたぞ!」
「はっ! ――かかったな! 私は囮だ!」
「捕らえた! ……なっ、すり抜けた…!?」
「あぁお待ちくださいまし! お待ちをーっ!」
それもまた中々に難しきかな…! やっとのことで一つ捕らえたかと思えば……。
「「「「は、外れ…!!?」」」」
中には外れ札を掲げるミミックがあるのみ。結局、全てのミミックを捕らえることとなった。幸いにして麻呂達が慣れた故か手心が加えられた故か、次第に捕らえやすくなっていったがの。しかし、4体目のミミックを漸く捕えた後には――。
「なんとなんと! ふははっ! 宝箱の中から跳び逃げるなんて有りかの!」
「がんばれ~っぴょん! その子を捕まえたらクリアっぴょ~ん!」
「と、とは言えども……! 全速で走る兎を素手で捕獲なぞ……!」
「これはミミックを捕らえるよりも困難なのでは……!?」
なんとも楽しませてくれるものよ! 最後は標的たる兎を追う事ととなった! 全く、先の競兎での素振りが偽りの如き素早さで麻呂達を攪乱せしめるものよ。――ただ、ははっ。その最後は突然に訪れての。
「どうか…どうかこなたの元へ……! また撫で撫でをして差し上げますから……あら!? まあ急に!」
ヒメミコの招きが功を奏し、兎はあれよとその腕の内へ! なんともまあ気ままなものよ。ともあれ、これにて兎追いは達成と相成ったという訳だ。
「いやはや……この特殊条件下での追走がこれほどに難しいとは。思い知りました」
「それにミミックの実力もまた。私達相手ではああまで練度を変えるもので……!」
一息つく付き人共はそのように。そしてうむ、その表情は身を弾ませる童の如く。無論、麻呂達もな。はははっ、見事なり。
地に足つかぬ…一度地を強く蹴れば天まで浮き上がってしまうこの場で追いかけっこに興じるのがこれほどまでに楽しいとはの。その上身軽となった故か、大して疲労感を感じておらぬ。ほれ、ヒメミコなんぞ――!
「うふふふふっ! とうとう姿だけではなく、跳ね具合もイスタに並べるほどとなりましたわ! ぴょんぴょん♪」
「ぴょ~ん♪ 良いジャンプっぴょんヒメミコ! ぴょっぴょっぴょ~ん!」
「嗚呼、愉快にございます! あら? 皆様も共に? では、ぴょんぴょんぴょ~ん♪」
あれだけ走り回った後だと言うのに、イスタやミミック、兎と共に跳ね合っておる。全く良き遊戯場よ。……しかしの、あれだ。
「これはもはやカジノ関係ないのではないのかの?」
「カジノゲームばっかりだったら飽きるっぴょん! それに基本座りっぱなしだから、こうやって身体を動かすことも必要っぴょんよ! まあこれも社長さん達の受け売りっぴょんけど、私もそう思うっぴょ~ん!」
ほう、ヒメミコと共に跳ねながらイスタはそう返してきた。成程のぅ、一理ある。よもや賭場にて、このような芝生の上でのあのような遊戯が出来るとは思いもよらなかったからの。
ふむ。となるとこの場にて行うもう一つの遊戯とやらも、そのような新鮮味に――。
「お待たせ~。『餅つき』の用意できたわよ~」
はて? 耳慣れぬ声が。ふとそれの聞こえし方を向くと、そこには宝箱に入った一人の上位ミミックが。ただ、兎耳こそ付けてはおれどバニーガールスーツではなく、麻呂にとっては思い出深き和なるバニー装束。
「ここで良~い? じゃあ準備するわね~」
と、その上位ミミックは箱を探り何かを取り出し……おお!? 幾つもの水桶や湯桶に餡子や黄な粉等の入った小箱、机や杵、そして湯気立つもち米の入った臼! これらはまさに餅つきの道具!
「もう一つの挑戦はこれっぴょん! さ、準備は良いっぴょ~ん?」
「「「「おぉー!」」」」
はははっ、まさか月にて餅つきと洒落こめるとはの! 手洗い桶で清め、いざ参らん。任せるが良い、これでも多少なりとも心得がある。まずは麻呂が杵を――む……。
「軽い、の……」
失念しておった。この場の影響を受けるのは何も麻呂達だけではない、杵もまた同じく。故に握る感覚は軽く、振り回すことすら出来てしまう。これでは……。
「上手くつけぬではないか!」
なんとかもち米を潰すまでは総出の力尽くで出来たが……肝心要である餅をつく動作がまともに行えぬ! 本来は杵の重さを利用するものだが……この場ではそれが役に立たぬのだ! いくら振り上げて目いっぱい降ろそうとも、餅を撫でるだけとなってしもうておる! まさかこのような弊害があるとは……!
「ぴょふふふ~! ここでミミックの出番っぴょん!」
む? 苦心しておるとイスタがそう笑みを。そして杵の、餅をついておる先とは真反対の先端部分に触れ――。
「実はこの杵、特製品っぴょん! ここがパカッて開けられて、中がちょっと空洞になってるっぴょん!」
「「「「なっ……!? ――ということは……!」」」」
「は~い、失礼~♪」
麻呂達が気づくと同時に、餅つき道具一式を運んできた上位ミミックが杵の中へと! そして閉じ、元通りの杵に!
「これで準備万端っぴょん! じゃあ餅つき再開っぴょん!」
イスタに促されるまま、麻呂はミミック入りとなった杵を振り上げ、臼へと……おおぉっ!?
「きゅ、急に重く!?」
つい先程まで緩やかにしか動かせなかった杵が、突然に慣れた重さ…いやそれ以上の重量へと!? これならばなんら問題なく、ぺったんと!
「これぞ私達もお世話になっているミミック杵っぴょん! 中に入ってくれたミミックが杵を調整してくれるんだっぴょん! 重さどころか角度調整や手を挟まないように緊急停止もしてくれるっぴょんよ!」
「任せて頂戴ねぇ~」
おぉ、杵の中からミミックの声が! これは頼もしいの! ――おや? イスタは更ににんまりと笑み……。
「おかげで面白いこともできるっぴょんよ! ヒメミコ、お耳貸してっぴょん!」
「なんでございましょう? ……えっ! よ、宜しいので?」
「だいじょーぶっぴょん! 思いっきりやってっぴょん!」
「ヒメミコ、何を吹き込まれたのだ? ほれ、杵よ」
「有難うございます兄様! では……いざ! せーのっ、はぁっ!」
「なっ!?」
「ヒメミコ様、お跳びに!?」
「高っ……!」
「ぴょーーん!と飛んでぇ……どーーんっ! にございます!」
なんとなんと! 高く跳ね上がったヒメミコは、そのまま宙にて杵を振り下ろし落下を! 杵は見事臼を目指し、勢いよくぺったんと!
「どうっぴょん? 楽しいっぴょん?」
「えぇ! とても!! ね、イスタ、次はこなたと共に杵を持ちて、一緒に跳ねて…!」
「良いっぴょんね~! やるっぴょん!」
「はははっ、麻呂達の手を潰すでないぞ。最も、ミミックが見ていてくれようがの」
「安心して頂戴ね~☆」
再度ヒメミコ達は跳ね上がり、高き天より餅をぺったんぺったんぺったんと。麻呂達もまた、餅を返して風変りな餅つきを賞翫し――おぉ! 先の追いかけっこにて供をしてくれた兎とミミックが、麻呂達の周りを舞うように跳ね回って!
嗚呼、素晴らしきかな! 雲なき直なる天野原の下、麻呂達の居城抱くまるき世界に見守られ、荒涼ながらも霊妙な月景色に囲まれつつ、青々と生くる芝生の上にて、バニーガールや兎やミミックと共に餅つきに興じる――。嗚呼嗚呼、まさに鏡花水月を手にしたかの如き心持よ! ……餅だけにの。
「――うむうむ、美味よのぉ。丹精込めた甲斐があったの、良い出来よ」
「えぇまことに! やはり手ずから作るとひとしおにございますね」
「「コシがあり程よき噛み応えで、伸びも見事にございます」」
「美味しい~っぴょん♪ 私達が作るのぐらいもちもちぴょ~ん♪ びょ~~んっ♪」
つきあげた餅を味付けし、休憩の出来る場…バーへと舞い戻り茶を一服。やはり餅は暖かく美味い内に食さねばの。
イスタだけではなく、供してくれたミミック達や兎にも裾分けをしてきたとも。どの者も喜んでくれおった。最も、眷属兎が餅や団子も食せるのは少々驚いたがの。
そして……勿論、カグヤへと渡す分もな。冷めぬ内に赴くとしよう。おっと、その前に。
「うむ、確かに五枚あるの」
「こなた達のも揃っておりますわ」
先の月世界空間にて手にした『燕の子安貝』と『波模様の卵』がそれぞれの面に描かれしチップを合わせ、計五枚。これにてカグヤより示されし挑戦の条件は達成である。これを彼女の元へ届ければ、胸の内より月の石を取り出し引き換えてくれようが……。
「……幾ばくかの寂しさを感じてしまうのぅ。もう終いか」
不意に胸の内へ寂寞の想いが、の……。此度の催しも実に楽しきものであった。麻呂達の身ではおよそ味わえぬ事柄ばかりである故、猶更な。嗚呼……――。
「あら兄様、なればまた訪れれば良いだけでございましょう? こなたはその腹積もりですとも! イスタと約束いたしましたから!」
「そうっぴょん! 何度でも来てっぴょん! 挑戦用のゲームは皆でたっくさん考えたっぴょ~ん!」
ヒメミコに続いたイスタはなんとも得意げに。そして指折り耳折りを。
「例えば『みんなで囲む巨大ジャックポットメダルゲームで、真ん中てっぺんにいるミミックからメダルの雨を降らして貰う』のとか、『巨大ルーレットをミミック入り大玉で回して、跳ねたり変な動きして貰う』のとか、『お助けミミック潜みのカードゲーム』とか……おっと、あんまり話しちゃうとお楽しみ半減っぴょんね!」
そこで慌てて口を押さえるイスタ。が、ふと悪戯な顔を浮かべ、囁くような素振りで麻呂へ――。
「それに私がカジノクイーンしてる時だったら、多分お姉ちゃんが皆の案内するっぴょんよ~?」
「おぉ! おぉおぉ! それは! それはそれは! なんとなんと!」
思わず喜色を湛えてしまう麻呂に、イスタはぴょっぴょっぴょん!と笑みを。――と、今度はカグヤの座す玉座の方を見やりながら……?
「でも残念っぴょんね~。実は、カジノクイーンをやってる時だけの特別な務めがあるっぴょん! その時のお姉ちゃんは超超超~カッコい~いんだっぴょん!」
「ほう! 随分と心惹かれることを!」
「一体どのようなお務めで?」
「こればっかりは説明しちゃ面白くないっぴょん! それに、本当なら起きない方が良い事っちゃ良い事なことっぴょんで~~。うーん、どう言えば良いっぴょんね~」
言葉を探るイスタ。起きない方が良い事、とは如何に? うぅむ、カグヤの麗容は気になれど、それであれば無理を頼むのは避け――む?
「はて、向こうの方が……?」
「なんだか騒がしく……?」
「一体何事かの?」
「人が集まっておりますが……」
騒ぎを聞きつけ、麻呂達はふらりとそちらへと。どうやら玉座の正面、催しの前に皆で集まっておった場で何かが起きておるようだが……。
「「――私共の後ろに」」
…む。付き人共が守護の態勢に。となるとつまりは、良からぬことが起きておるのは明白か。
「誰も近づくんじゃねえぞ!」
「こいつがどうなっても良いのかぁ!?」
「へへ……! こうも上手くいくとはな…!」
「人質を取ればこんなものよ!」
「と、いうことだ女王様? 大人しく俺達の言う事を聞いて貰おうか?」
そしてその予測通り、どよめく人垣や睨むバニーガール達に囲まれておったのは、五人組の悪党。刃を振り回すだけではなく、その一部は連中の言う人質であろう不運なバニーガールへ向けられて……むむ!?
「あの兎は……!」
「先程の!!!?」
なんとまあ! バニーガールの人質の他にもう一羽、兎が捕らえられておる! それも先から麻呂達の前に度々姿を見せてくれておる、あの! ――痴れ者が。
「「どうか?」」
「はっ。あの程度の輩であれば支障なく」
「御命であれば立ちどころに。――ですが……」
付き人共に合図を向けると、即座にそう応じる。が、はて、何か含みを持っておるようだな。目で人質達を示しておる。よもや救出が難しいという訳でもあるまいが……むむ?
「あのバニーガール、全く怯えておらぬようだの」
「それにあの子も。すやすや眠っておりますようで……」
麻呂ですらわかるほど、人質達は平然としておる。バニーガールは耳と膨れ頬で不満を表明しているだけ、兎は悪党の腕の中で寝息を。いや彼女達だけではない、イスタに至っては――。
「多分お餅食べてお腹いっぱいになって、ぐっすり居眠りしてたとこを捕まったっぴょんね~」
と、兎の顛末について呑気に推測を。はてさてよく見てみれば、悪党共を囲むバニーガール達も他の客に被害が及ばぬように守っておるだけの様子。
即ち……バニーガールに連なる者達は誰もこの事態を憂懼しておらぬのだ。それ故、周りを囲む人々の中にはこれも催しの一部と認識してしもうてる者もいるようで……はて?
「イスタよ、これなるは……」
「演出の一部で?」
「ん? 違うっぴょん! ふっつーに悪い人っぴょん!」
「そ、そうか。……何故そのように落ち着いておるのだ。いやそもそも――」
「このような場合、胸に潜むミミックの方が対処してくださるのでは……?」
「普段ならそうっぴょん! でもお客さん達の前で脅されてーとかだとミミックでも反撃が難しい時があるっぴょん。倒すだけなら楽々っぴょんけど、皆をびっくりさせちゃいけないっぴょん!」
胸を張ってみせるイスタ。確かにその心得は良きものではあろうが……なれば、如何にして解決を?
「そんな時は人気のないとこに誘導したり、お客さんの目を逸らしたりしてから始末してるっぴょん! け・れ・ど~~このイベント中は違う倒し方をしてるっぴょん! 言っちゃうと……『見せしめ』っぴょんね!」
そう語りつつ、イスタは天高くを指し示す。その先におるのは当然――。
「――我ら博兎を貶め、天運に唾吐く凶賊の方々。何故かような真似を?」
嗚呼、カグヤ姫よ!
「おっと言葉を選んで貰おうか女王様?」
「じゃなきゃこいつらが無事に済む保証はないぜ?」
「まあ俺達はそれでも良いんだけどなぁ!」
沈黙を破ったカグヤへ下卑た声を向ける悪党ら。しかし天上に座すカグヤは足組の姿勢を僅かたりとも変えず、底冷えするほどの冷徹な瞳で連中をねめつけるばかり。それは『聞かれたことへの解だけを述べよ』と命じておるようで……嗚呼、あのような顔すら出来てしまうとはの……!
「……チッ。俺達の要求は簡単だ。ちょっとばかし外に出して貰おうかってよ」
「カジノから帰るってことじゃねえぞ? このダンジョンの外、月のことだ!」
その睥睨に怯んだようで、悪党らは早々と目的を明らかに。成程、月の石の盗掘によって一獲千金を夢見ておるのであろうな。だが……愚鈍という他ないの。
「……ふぅ」
それを聞き届けしカグヤは溜息一つ。そして掌にて弄んでおった竜の首の珠を、手首だけの動作にて天井へと跳ね上げる。と――。
―――ガコンッ
それにより閉じておった月世界が再度麻呂達の前に。……なんと、気のせいであろうか。その威容は先程まで観ておったものと…挑戦の催しの前や最中に麻呂達を見守っておったものと、どこかが違う。
暗澹たる虚空が、冷光放つ星々が、不毛なる月世界が、まるで女王の……カグヤの白眼視を代弁するかの如く降臨しておる。麻呂達でさえ跪き許しを乞わねばならぬと思うてしまうほどに。加えて更には、彼女の怒りの発現の如く――。
「「「「「うおおおぉおっ!?!!?」」」」
暗闇より飛来せし天隕石が、悪党ら目掛けて!! しかし、それは見えぬ壁となった天井に阻まれ塵へと砕け変わったがの。滑稽にも後ずさってしまっておった連中へ、カグヤは手の内へ戻った珠越しに冷静に続けた。
「見ての通り、外の世界は人間にとって息苦しき場。私共は貴方がたをもお守りしておりますわ」
「う、うるせぇ! た、対策ぐらいある! 良いからさっさと外に出せ!」
「つ、月の石を大量に採って稼ぐんだよ!」
「か、カジノ巡りよりも間違いなく効率が良いしな……!」
「わかったら早くしろ!」
「じゃないと…本当にこいつらを――……」
「どういたしますので?」
―――パチンッ
「「「はっ……?」」」
「「なあぁっ!!?」」
おぉ! なんとなんと!! カグヤが空き手の指を鳴らした瞬間、我が目を疑うような出来事が! なんと捕らわれておったバニーガールが、一瞬の内にチップへと早変わりしたのだ!
そしてそれと同時に、うたた寝しておった兎も耳をピクリとさせ即座に覚醒。起き上がるや否や悪党の腕を蹴り、チップとなりしバニーガールを咥え逃走を! そのままカグヤの傍まで一気に駆け上がり――。
『ピョンッ☆』
金銀の紙吹雪と共に再度かのバニーガールが現れ、チップと兎を手に笑顔で決め姿を! ははっ、唖然とする悪党らやどよめく観客の中、麻呂達だけはその正体に勘づいていたとも!
あれなるは間違いなくミミックの妙技。あの小さきチップの中にバニーガールを引き込み隠したに相違ない。最も、知っておっても驚きを隠せぬがの。
「あ……う……」
「ど、どうしますクラモチの兄貴…?」
「ぐ……っ」
「く、くそっ! 誰も近寄るんじゃねえぞ!?」
「いやてか逃げられな……!」
混乱が収まり、悪党らはようやく置かれた現状に気づいたのであろう。人質を失い、取り囲まれ。まさしく形勢逆転。それでも刃を振り回し抵抗を試みておる姿はなんとも浅ましきかな。
事ここに至れば、バニーガールやミミック達であれば鎮圧も容易かろう。だが、少々気にかかる。先に残したイスタの台詞、『見せしめ』とは如何なる――。
「――興が乗りました。一つ賭けを致しましょう」
何……!? カグヤよ、何を!? 人質であったバニーガール達を下がらせながら、彼女は微笑を浮かべつつ異様なる提案を! それを耳にした悪党らは俄かに色めき立ち…! このような輩に機を与えるなぞ、一欠けらの利すら無――
「その『対策』とやらで我らが月の一撃を凌ぐことが出来たのであれば、えぇ、その願いを叶えて差し上げましょう!」
――おぉ…おお!! カグヤが玉座より立ちて、空手を胸に、珠持ちし手を天へと掲げて! 刹那、玉座たる御石の鉢が、宝珠たる竜の首の珠が、背に纏いし羽織たる燃えぬ皮衣が、角冠たる蓬莱の金銀の玉の枝が、頸飾りたる燕の子安貝が一斉に輝いて! そして――な、な、なんと!!?
輝きに包まれしカグヤの胸の内より、流星の群が逆さとなったかのように、月の石が次々と飛び出して!? それらは操られたかのように天に集い、4つの巨大なる大岩に!!
「イスタ」
「待ってました~っぴょんっ!」
そこへ悪党らを一足跨ぎで飛び越え加わるは、イスタ! 彼女もまた大岩と並ぶように跳びあがり、天野原を背負うその姿はまるで天隕石を従え判決を下さんと舞い降りる天女――はははっ!
嗚呼、思い違いをしておったの。カグヤは機なぞ与えておらぬ。無慈悲な夜の女王の如く、始末を……否!
「月に代わりて――」
「「「「「お仕置きっぴょ~んッッ!!!」」」」」
「「「「「うわあぁああっっ!!!?!?」」」」」」
はははははっ!! 号令と共に、イスタの蹴りと共に、天隕石は悪党ら目掛けて!! 直後、盛大な衝撃音と共に砂煙が舞い、直ぐに晴れ――。
「賭けは私達の勝ちっぴょ~んっ!!!」
現われたるは兎耳の如き指印にて勝利を宣するイスタ、そしてそれを囲みし4つの天隕石よ! うむ、見事見事、天晴天晴! 盛大なる拍手にて湛えようぞ!!
万雷の喝采が未だ鳴りやまぬ中、イスタに連れられ麻呂達はようやくカグヤの元へ。と、おぉ…! 先まで放っておった冷酷さは仮面。そこには平素通りの暖かき、そして難所を凌ぎ殊更に柔らかくなりし彼女の莞爾たる顔が!
「けほん…。お見苦しいところをお見せいたしました、皆様方。どうかお許しを。仔細はイスタが伝えた通りでして」
更には詫びの一言と共にはにかみ、座し直した身を僅かに照れ捩り! 無慈悲なる女王の威圧は今や仕舞い込まれ、美姫たる愛いさが溢れて! 嗚呼、なんとも!
「いいやカグヤよ、まさしく夜を輝かせる冴えわたりし月の如き御業であったとも! あまりの鮮麗さに息が止まり立っておれず、ついこうせざるを得ないほどだ!」
「まあ……!! これほどまでのお褒めを賜るなんて、まことに嬉しゅうございます!」
「イスタもですわ! まさしく夜を照らす太陽が流星と変じ降り注ぐかのような御業にございました! あまりの眩さ故に目がくらみ、ついこのようなことを…!」
「ぴょんっ!? ぴょふ~ん♡ ぎゅううっぴょ~ん♪」
麻呂は座すカグヤの前へ跪き、ヒメミコはイスタの胸へ倒れこみ称賛を尽くす。付き人共が止めようが構わぬ! 麻呂達はそれほどまでに感動したのだからの!
「うふふっ、しかしあれなるも私共だけの技では出来ぬことでして」
「これまた協力があっての大技っぴょ~ん!」
ほう! 麻呂の手を取りヒメミコを抱きしめながら、二人はそのようなことを! 先の妙技には縁の下の者がおったというのか! 人質となった者達もそれではあろうが――。
「――実は疑問に思っておりました。あの悪党らについてでございます」
「巨石の下敷きとなったかと考えておりましたが、姿がどこにも……」
そう付き人共に指摘され、麻呂達は眼下へ目を。そこには4つの天隕石がバニーガール達によって転がされ、裏方へと片付けられていく様が。…なんだか先までの楽しき挑戦が一部を思い返してしまうの。――いや今はそれではなく。
「確かに……人の姿は無いの」
「まるで消え失せたかのようで……」
これまた不可解な。あの音であれば間違いなく悪党らは天隕石の餌食と成り果てたはず。されど、そのような痕跡は残されておらぬ。
「では僭越ながら。全てを詳らかに致しますと、まずは我らが五種の至宝の力を活かしておりまして」
「これを使って月の石を沢山操ってたっぴょん! 空中に浮かばせるのもおっきい岩にするのもちょちょいのちょいっぴょん!」
語るが早いか、カグヤは再度5つの宝を輝かせて。そして胸に手を当てると……あなや、先程までと同じく胸の内より幾つもの月の石が!
しかしそれは先よりも飛ばず、麻呂達の前で抱えられるほどの岩の塊へと。成程、そのような霊力を秘めておったか。だが、悪党らの姿が無くなったのはどのような――……。
「それはわたしたちの力で~す! ッピョン!」
「「「「おおぉっ!!?」」」」
こ、今宵幾度目かは忘れたが、またも肝が潰れたわ…! その月の岩の中より顔を覗かせしは、バニー姿の上位ミミック! ――嗚呼、そうであった。確か月の石を手元に置くため、カグヤの胸の内や御石の鉢の中に潜んでおったのだったな。
それが月の石の放出と共に出で、岩の中を一時の箱として現れたということか……。――む、つまりは!
「あの悪党らが姿を消したのは……!」
「先の天隕石にもミミックが潜んでおりましたから……!?」
「「せいかいっぴょ~ん!」」
「えぇ、ご推察の通りにございます。この操りの力だけでは、岩を作り凶賊目掛けて落とすが精々。しかしそれでは外してしまう可能性もございますし、凶賊が耐えてしまうやもしれません」
ふむ、確かに。イスタの地を蹴り割らんばかりの一撃はともかく、もしそのようなことがあれば悪党らに機を与えてしまう。故に万全を期さねばならぬ訳だが……。
「そこでミミックの方々の力をお借りいたしまして。彼女達には狙いが逸れぬように調整を行って頂き、凶賊へ激突した暁には――」
「わたしたちがぎゅっと掴んでぐいっと岩の中に引きずり込んで始末してま~す! ピョンピョンッ!」
カグヤに続き、上位ミミックが兎耳の指印と共に答える。成程そうであったか! 道理で先程、イスタの他に誰かしらの声が聞こえた訳だの! あの天隕石全ての中にミミックが潜んでおったのだな!
まさか悪党らは消え去った訳ではなく、見えぬ内に岩の中へ囚えられておったとはの。うむうむ、二重の策というだけではなく、観客の目を汚さぬ配慮でもあろう。これもまた見事なり、バニーガール、そしてミミック!
「――……ところでミミックよ。ということは……」
「へ? なんでしょ~ピョン?」
「カグヤの胸の谷には、それほどまでの数のミミックが……?」
「まあ椅子とか、なんならこの壇の中とかにもいますけど~やっぱりそこが一番……あなたも処すべき変態さんです? ピョン?」
「……あ、に、さ、ま?」
「い、いやいや! 興味本位というものだとも! うむ! それに次は臼ではなく天隕石で潰されそうだからの……」
「――あっ」
「? …ミカド様は何を?」
「……臼? 潰される? どういうことですの?」
「あれ? ヒメミコ聞いてなかったっぴょん? ミカドさん最初、お姉ちゃんに猛烈にアタックして社長にお仕置きされたっぴょん! 臼でドーンッて!」
「……イスタ、そのあたっくとはどのような……?」
「えっとぴょんね、嫌がってたお姉ちゃんを力づくで連れ去――」
「ゴホンっ。――『この世をば 兎が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば』」
「まぁ良き一首。ですが誤魔化されませんわ兄様。どのような仔細か説明して頂いても?」
「そ、それはだな……。……う~さぎうさぎ、何見て跳~ねる~……」
「逃がすとお思いですか!? お待ちくださいまし! 皆も早う兄様を!」
「「は、ははぁっ!」」
「わたしもです?ッピョン? ならお任せあれ~! ッゴロゴロピョーンッ!」
「……追いかけっこの続きみたいになっちゃってるっぴょん。私、余計な事言っちゃったぴょん?」
「いいえイスタ、これもまた悦ばしきかな。うふふっ、『逢ふことも かくや と跳ねる わが君は 死なぬ薬も 何にかはせむ』 ――あら? お戻りに?」
「は~い! わたしだけ戻りました! あの人達からお届けもので~す! ッピョン!」
「あ、さっき皆で作ったお餅っぴょんね! お姉ちゃんの分を取っておいてたっぴょん!」
「まあそれはそれは! では早速――ふふっ、美味しゅうございますこと! 貴女様方も如何です?」
「わたしたちは頂けないですよ~。カグヤ様のために作ったお餅だって言ってましたし!」
「あら、それは申し訳――」
「――で・す・の・で~! わたしは自分用にとっておいたお団子を頂きます! カグヤ様、お胸を少々失礼致しま~す! ピョ~ン!」
「ぴゃんっ…! もう、くすぐっとうございますわ。ふふっ!」
「お姉ちゃんの胸の谷間に触手を入れて、潜ませてたお団子を引っ張り出す……。ミカドさんが見てたらまた鼻血出して倒れてたかもしれないっぴょんねぇ」
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